あなたに祝福を |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 時期はアレックさんED後から少したっていますが、二人は婚約すらしておりません。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。更にヴィジュアルファンブックの後日譚や、ＹＯＭＢＡＮでの小説と設定が完全に食い違っております。ご容赦下さい。 ３月４日のアレックさん誕生日に合わせ、「春のアレックさん祭①」としてアップしました。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
「お？どうしたどうした、こんなとことで。」 私服を着たエリカが教練場の横でポツンと一人で組み手の様子を眺めているのを見つけた、補給班隊長ドゥニ=ブロッホは陽気に声をかけた。 「組み手なんざぁ、見ていてあんまり面白いモンでもないだろがぁ？いや、別に悪いっていってるわけじゃあないんだがな。エリカちゃんが組み手に興味があるのなら、じきじきに伝授してあげようじゃあないか。さあ、遠慮しないでオジサンの胸に飛び込んでおいで～!!」 にまぁ、と笑いながらドゥニががばーっと両腕を広げると、エリカは慌てて首を振った。 「違うんです。あの、今日は半休なんで、アレックさんと待ち合わせをしていて……」 教練場を指すエリカの指の先をドゥニが辿ると、防衛分隊の兵達に混ざって訓練中のパイロット達の姿があった。むろん、アレックもその中にいる。軍服の上着を脱いだ白の丸首シャツ姿の男達は、フランツの号令に従って、格闘訓練をしている。 「ほお……珍しい。あっはっは、ひよっこパイロット達はやっぱり息があがってボロボロだな。無理もねえ。あいつらは普段組み手なんざやってきちゃあいねえし、いっちゃあなんだが、格闘するような筋肉つけちゃないからな。アレックの奴は……はぁ、全然へばってねぇでやんの。つーか、ま、もともと奴はクラウス司令にしごかれて鍛えられた騎兵だったんだし、この小隊に来てからもずっと鍛錬魔だったしな。……どうした、エリカちゃん。なんだか浮かない顔だな？」 「え？私、そんな風に見えますか？」 「ああ、見えた、見えた。夢見る乙女、というより悩める乙女てぇ感じだったぞ？何かあるならオジサンに相談しなさい。力になるぞぉ。」 「……パイロットって大変なんだな、って。こういう訓練もやらなくちゃいけないんだな、って改めて思って。」 ドゥニは頭を掻く。 「うーん。実際、パイロットが格闘戦をやる羽目になるようなら俺達もおしまいって気はするが、備えておくことは無駄じゃあないからな。懐に飛び込まれたとき、なんにもできなかったらヤバイだろ。でもまあ、アレックはこういうことも得意だからな。そこいらの若い奴より頑丈だから心配ねえって。あいつときたら、補給班に居たときも、上司であるこのドゥニおじさんに対して、取るに足らないちーっぽけなことで関節技をきめてくれやがったりして……」 エリカは笑った。なんとなくその場面が想像できた。 「あ、笑ったな。そうそう、いい笑顔だぞ～。女の子は笑顔が一番だ。」 エリカは微笑みながら言う。 「今見ている訓練のことだけじゃないんです。……この前は、アレックさん、射撃訓練をしてました。そのときも、こうして待ち合わせをしていて……私、射撃場から出てきたアレックさんに『持ってご覧』って言われて初めて銃を手に乗せたんです。……銃があんなに重いなんて知らなかったです……そのときにも随分待ちました。訓練って長引くものなんですね。」 「長引く？」 ドゥニの顔が、真面目なものに変わる。 「長引くって、そりゃあ、どういうことなんだ？」 「え、あの……待ち合わせの時間、もう過ぎているんです。もしかしたら長引くかもしれないってアレックさんに予め言われていたからそれはいいんですけど。射撃のときもそうでした。長引いちゃってちょっとの間ですけれど、待ったんです。」 ドゥニは眉をしかめる。 (訓練がそうそう長引くはずはねぇだろが。射撃はともかく、フランツの野郎が割り当てられた教練時間から理由もなしにはみ出るような真似はしねぇっつーの。……アレックの奴、何考えてやがるんだ。間違った時間を教えてこんな可愛い子を待たせて……) じっと教練場の方を見るエリカを見遣り、ドゥニは目を閉じる。 (……お前、また、考えなくてもいいことを考えちまってるんじゃないだろうな？) ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ……そんなことが何度も繰り返された。補給班班長は、元部下を思い切りつついて獅子奮迅の働きかけをしていたようだったが全体に時は穏やかに流れていった。旧シュレスベルク帝国は、第四皇女エルネスティーネの旗印のもとに少しずつだが政情が安定してきた。まだ、日々の哨戒飛行は欠かせなかったが、哨戒中のオオルリを見ても尚ユクトランドに進入しようとするヤクトケーファーはこのニヶ月の間皆無だった。アレック自身にも特に変わったことはなかったが、ひと月とちょっと前から少し背を丸めてポケットに手を入れ、迷うような、そして少し悲しげな表情をすることがあり、それがエリカにとっての気がかりだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「そうそう！いいか、みんな、オオルリの一番凄いところは、その旋回性能だ。」 セルジュが熱弁をふるう前で、椅子に腰掛けた四人の男の子達が楽しそうに足をぶらぶらさせながら口々に声をあげる。 「せんかいせーのー」 「それってどこがすごいの？」 「すごいってのは、すごいんだよ、きっと」 「セルジュにいちゃん、教えてくれよ!!」 セルジュは、子供達を黙らせると、得意そうに旋回性能というものがどういうものかをわかりやすく説明する。昼餉のお客が一段落し、皿洗いも完了しているため、サラも弟が近所の子供達相手に油を売っているのを『しょうがないわねえ』という表情こそすれ、微笑ましく見守っている。 「兄ちゃん、それって」 もとは父親のものだったらしい、継ぎのあたった鳥打帽をはすに被った男の子が目を輝かせながら言う。 「ヤクトケーファーみたいな馬力がある奴とオオルリが互角に戦えたのってそのせんかいせーのーが良かったからだよね！」 セルジュは帽子の上からわしわしと男の子の頭を撫でる。 「そうそう！オオルリが強かったのは、ヤクトケーファーの隙をついてぐい～っとまわり込めたからなんだぜ！こう、ギュイーンって、さ。飛行機っていうのは相手の後ろにまわり込めた方が勝ちなんだぞ。こう、向こうからこんな風に来たら、こう、ギュイーン、だ！」 その場に集まっていた五人の子どものうち、四人の少年はセルジュの大げさな身振りにあわせてギュイーン、と歓声をあげる。あとの一人の少し離れて座っている小さな女の子はパチパチと瞬きをして不思議そうにしている。 「オオルリはすっごく素敵な飛行機だってことがわかったかい？」 うんうん、と男の子達は頷く。と、セルジュは途端にすまし顔になり、目を閉じる。もっとも目はうすーく開けて子供達の様子を見ている。 「確かにオオルリはすっげえ素敵な飛行機だ。でもな、飛行機がいいだけじゃだめなんだぜ！！」 「えー？何？」 「どうしてそれだけじゃだめなの？」 男の子達がセルジュに尋ねる中、鳥打帽の男の子が胸を張って言う。 「そりゃあさ、いくらいい飛行機でもいいパイロットが操縦していなけりゃどうしようもないのさ、ねえ、そうだろう、兄ちゃん。」 セルジュはまたぐりぐりと男の子の頭を撫でた。 「そうそう！いい飛行機にいいパイロット。それが大切なんだ。皆はさ、ロビュ小隊のパイロットを知ってるかー？」 「「「「知ってる～～！」」」」 男の子達が一斉に叫ぶ。 「「「「グレイディーア中尉！」」」」 小さな子供でもコリンの名前は知っている。彼は国境を越えてロランドに向かってきたヤクトケーファーを一機残らず撃退した。彼は町の人々にとって英雄の一人だった。 「コリン・グレイディーア中尉は確かに凄いエースだけどさ。」 鳥打帽の男の子が物知り顔で、コリンのフルネームを言いつつ大声で言う。 「二番機に乗ってたルカ・フォルゴーレ少尉のことを忘れちゃダメなんだぜ。二人がいたからおいらたちの町は守られたんだ。少尉の遠くまで見えるとってもいい目と中尉の操縦、二つがそろってたからこそ二人はロランドのてっぺきコンビになれたんだ。」 そのとき、カラン、と扉につけられた鐘が鳴った。 「あら～、いらっしゃいませ～～～。」 サラが招き入れたのは、エリカとアレックであった。二人は店の奥のテーブルで大騒ぎしているセルジュと子供達を見、くすっと笑った。今日はアレックが絵の具が足りなくなってしまったということで二人して買い物に出た帰りだった。お茶でも飲もうと寄ったが普段ならこんな中途半端な時間にフォンク亭に来ることはない。なので、子供達に会ったのはこれが初めてである。セルジュは二人がやってきたのに気づいて立ち上がった。 「あ、エリカ姉ちゃん、アレックさん、いらっしゃい！……そうだ！姉ちゃん、ちょっとこっち来てくれよ!!」 セルジュに手招きされ、エリカが歩いて行くと、セルジュはえへん、と咳払いしてから声を張り上げた。 「いいか、みんな。さっき、幾らいい飛行機でもいいパイロットがいなくちゃダメだって言ったの覚えてるか!!」 おぼえてるよ、にいちゃん、と答えが返ってくる。 「実はもう1つなくてはならないもの、いや人がいるんだぞ。それが誰だかわかる奴いるかな～!!」 子供達は沈黙する。セルジュは得意げにエリカを指差す。 「それはさ、飛行機の調子をバッチリみてくれる整備士なんだ。整備士が居なかったら、壊れたところが直せない。エンジンの調子だって悪くなっちまう。整備士がいなかったら、パイロットは安心して飛べないんだ。そして、ジャーン！このお姉ちゃんはオオルリの整備士なんだぜ!!」 うわあ、と歓声があがる。いきなり自分に話を振られたエリカが、やって来て横に立ったアレックを見上げると、アレックは黙って微笑んだ。 子供達は矢継ぎ早に質問を繰り出す。 「整備士ってどんなことやるの？」 「オオルリってどういうものから作るの？木？レンガ？布？紙？」 「オオルリが壊れたときにはどうやって直すの。」 「ねえねえ、エンジンの馬力ってどうやってはかるの？」 エリカは、答えられそうな質問には答え、とても答えられそうにないものにも一応コメントし……きちんと対応して貰えた子供達はますます喜んで質問を浴びせる。子供達というものは優しいお姉さんが大好きなのだ。その様子を見ていたセルジュは口の端っこあたりがむずむずしてくるのを自分で押さえることができなかった。子供達に囲まれているエリカを目を細めて見守っているアレックを一瞥し、子供達を見、そしてまたアレックを見…… 「みんな、今日は運がいいぞー！お姉ちゃんの横に居る人はさ、パイロットなんだぞー!!今、グレイディーア中尉と一緒にオオルリで飛んでるんだ!!」 うわー！っと上がる歓声。 「グレイディーア中尉と一緒に飛んでるの？」 「おじさん、すごいや、すごいや！」 「ねえ、いままでに何回飛んだの？ねえ。」 「グレイディーア中尉とお話したことある？」 また、セルジュの口の端がむずむずとし始めた。 「グレイディーア中尉も凄いけど、この人も凄いんだぞ！もしかしたらグレイディーア中尉よりも凄いかも、なんだぜ！皆が生まれる前からオオルリに乗っている、エースの中のエースなんだ！グレイディーア中尉よりずっとずっとたくさんの、……70機以上も敵の飛行機を撃って落としてやっつけたんだ!!」 うわあ！と男の子たちがまた歓声をあげる。70機という撃墜数は、彼らの考えられる範囲を超えた数だった。何せ、彼らの中には20までしか数を数えられない子だっているのだ。 と、それまでずっと黙っていた女の子が椅子から降りてアレックの傍までいくと、上を見上げ、じっと彼の顔を見つめて口を開いた。 「おじちゃん、おそらをとんでいたひこうきをいっぱいおとしたの？」 アレックは視線を落とし……亜麻色の巻き毛の可愛らしい女の子の顔を覗き込むようにして頷いた。 「ああ、そうだよ。」 その声は、温かかったが、それを誇る響きなど皆無だ。 「おじちゃん、ひこうきにのってた人はどうなっちゃったの？おそらはたかいでしょう。たかいところからおっこっちゃったんでしょう。なかのひとはどうしたの。しんじゃったの？」 「…………」 アレックは悲しそうに微笑む。そして、女の子の髪をそっと撫でた。 「……そうだね、たくさんの人が死んでしまったよ。」 すると、女の子は目を見開き……悲しそうなアレックの顔を見、いきなり、きゅっとアレックの左手に両手で齧り付いた。…………子どもは残酷だ。……とても残酷だが、とても優しい。 「おじちゃん……おじちゃん、かわいそう…………！」 何故か泣き出しそうになっている小さな女の子の横にアレックはしゃがみ、その柔らかな髪を何度も、何度も優しく撫でた。 男の子たちも、その場の空気を読み取ったのか、しん、と静まり返っている。セルジュも、自分が言うべきでないことを言った、と感じたのか、眉を下げる。 「アレックさん……俺……」 アレックは立ち上がりセルジュに微笑んでみせた。 「セルジュ、そんな顔をしないで。君は事実を言っただけなんだからね。それより、この子をよろしく。……エリカ、ちょっと外に出ようか。」 サラがドアの傍で立っており、いつも通りのふんわりした笑顔で二人を送り出し……しかし、出て行くエリカの耳に 『大丈夫、きっと大丈夫よ、エリカちゃん。』 と囁くことは忘れなかった。 店の外に出たアレックは、エリカの一歩前を歩いて行った。エリカは黙って視線を落とし、ロランドの街の石畳を見つめるようにしてアレックの真後ろについていったが、途中で目的地がわかると、少しだけ前に出てアレックの左斜め後ろに続いた。アレックが目指しているのは、以前セルジュに教えて貰った場所に違いなかった。『エリカ姉ちゃんとアレックさんにだけ俺のとっておきの場所を教えてやるよ。なんてったって、エリカ姉ちゃんは俺のもう一人の姉ちゃんだし、だったらアレックさんは兄ちゃんになる人だからな』と嬉しそうに案内してくれたその場所は、小高い丘の上にあり、ロランドの街を一望のもとに見渡せる気持ちのよい草地だった。 その場所に着くと、アレックは振り向き、フォンク亭を出てから初めてエリカをまっすぐに見た。その表情は苦しそうであり、しかし、決然としていた。 「エリカ、ずっと……ずっと先延ばしにしてきてしまったことがある。早くしなければ、と思っていても、決断することができなかった。……でも、今日こそ、君に話さなければいけないのだと思う。」 コクン、とエリカは頷いた。 「！？」 同時に、腕を摑まれ、凄い力でねじ上げ上げられた。肘が痛い。腕も体も動かせない。アレックが手加減してくれていることはわかるが、彼はすぐには拘束を緩めなかった。だが、次の瞬間、戒めはいきなり解け、男は遠慮がちにふわり、とエリカを抱きしめる。すっぽりと抱きしめられて、エリカにアレックの顔は見えない。濃い灰色のセーターから頬に伝わる温もりの中、声だけが随分と頭上から聞こえる。 「驚かせて済まない。……でも、君には知らせなければいけなかった。俺がどういうことをしてきたかを。……騎兵隊の所属であったけれど、国際情勢の変化によっては、最前線に投入される可能性もあった俺達は、歩兵としての訓練も受けた。瞬間的に相手の動きを封じ、短剣で喉をかき切る……兵士としては基本の、敵を確実に殺す方法をね。……大陸大戦が勃発したとき、俺は既にパイロットになっていたが、もしも兵として前線に投入されていたら、俺はきっと、訓練の通りに武器をふるったはずだ。」 エリカは呆然とし、そしてまた、このところのアレックの行動にやっと合点が行った。格闘訓練を見せ、銃を彼女の手に持たせ……それは今のアレックの行動と直結するものだった。彼はエリカに説明はしてこなかった。ただ、見せ、触れさせ……それは言い訳を聞いて欲しいのではなく、彼女自身に感じて欲しいと思ったのだろうか。 「パイロットとして空戦に臨む時、俺達は相手の血の匂いを直接に感じることはなかった。機銃を撃つとき、相手はずっと離れた場所にいるのだから。しかし、俺がやってきたことは、相手の喉を掻き切ることとなんら変わりはないんだよ。さっきフォンク亭であの小さな女の子が言った通りなんだ。うまく不時着し、脱出してくれたパイロットもいたが、そうでなければ70機のエンジンを打ち抜けば、70人を殺したことになる。いや、もっとだ。複数の人間が搭乗する輸送機や大型の爆撃機も俺は墜としてきたのだから。」 エリカはアレックさんは悪くありません、などと安易な言葉は口にしなかった。口をぎゅっと閉じ、彼の腕の中で緑色の瞳を見開いて、じっと彼の言葉を聞く。声は音声であると同時に、彼の胸から直に震えのように伝わってくる。 「しかも俺は、自分が何をしているかをはっきり認識した上で、そうしてきたんだ。『大切なものを守るため』確かにそういった大義名分はつけられる。でも、俺が人殺し、しかも多くの人間を殺したことは確かなんだよ。……君をここに残してシュレスベルクにいた二年の間、ヨハンと共に革命組織で飛んでいたとき、俺は、自分が何をしてきたかを思い知らされた。……ユクトランドでエースとして航空中隊に居たときに、俺は自分がしてきたことを完全に理解したつもりでいた。しかし、そうではなかったんだ。……」 エリカは頭を上に向け、彼の腕の中からしっかりとアレックを見つめる。さっき掴まれた肘がじんじん痛む。もっともっと痛くなってくれればいいのに、などと考えながら。 しかし、彼女はアレックから決して目を逸らさない。 「……革命組織には、俺が撃墜した兵士の家族もいたんだよ……帝国のパイロットには貴族階級の者が圧倒的に多かったが、ヨハンのようにそうでないものもいた。輸送機に搭乗していた一般兵には民間から徴兵された人々も数多かった。シュレスベルクに住む人の、父を、夫を、兄弟を、息子を、手にかけたのは、紛れもない俺自身だった。……なじられることはなかった。すべては国家間の争いであり、個人に遺恨などない、そして今は志を同じくする者だと言ってくれた。……その言葉が俺には痛かった。そして、墜落した輸送機の中から奇跡的に生還した人にも会ったよ。……手足を失った人、視力を失った人、あれから五年以上経っているのに、今でも発作的な酷い頭痛に苛まれている人……あの人達から普通の人生を奪ったのが、他でもない自分だ、ということを俺は思い知った……その一方で俺は、ヤクトケーファーに乗り込み、機銃を撃ち、帝国機を作戦の通りに撃墜し続けた。何機も撃墜した。……記録には残っていないが、撃墜数はオオルリで墜とした数を加えて軽く100を越えている。どれだけ殺したかわからない。しかし、俺は機銃を撃つのをやめなかった。俺はそういう人間なんだよ。…………すまない、こんなことを聞かされて君が心穏やかに居られるはずがないのはわかっている。しかし、君に知らせないわけにはいかなかった。俺のことを、俺が紛れもない人殺しだということをしっかりした形で伝えなくてはいけないのだ、とずっと思ってきたのだから。…… ……もしも……もしも、俺に子どもが生まれたとして、その子が俺に過去に何をしてきたのか聞いてきたなら、俺は沈黙していることはできない。曖昧に微笑んで誤魔化すこともできない。自分が何をしてきたか、どれだけ人を殺してきたかを話さずにはいられない。……誇ることはできない。正当化などしたくない。いくら世間が俺を救国の英雄などと言ったとしても、俺は自分がしてきたことを得々として話すことなどはとてもできない。その子がいくら悲しんでも、自分が人殺しだと教えずにはいられない。」 エリカは黙って聞いていた。 そんなに苦しまないで下さい！ エリカは叫びたかった。アレックがシュレスベルクへと飛び立ってから二年の間、エリカはずっと、アレックがエースパイロットとして辿ってきた道のこと、彼が飛べなくなっていた理由であるあの『事故』のことに想いを巡らせてきた。アレックが帰ってきたとき、それらを理解はできていなくても(彼女は決して理解できるとは思わなかったのだ)、ずっと傍に寄り添って歩んで行こう、と決めていた。でも、いくらここでエリカが『そんなことは言わないで下さい。』と言っても、目の前に居る人は気にかけてしまうのだろう。どんな優しい言葉を選んで発してもそれは彼の気休めにもならない。 だから、エリカは一度口を引き結び、緑の大きな瞳でアレックを見据える。口がからからに渇いている。話せるのかしら、いいえ、話さなくちゃ。今度は私が話さなくっちゃ。薄く口を開き、息を鼻から吸って、口から細く吐き出してみる。うん、大丈夫。きっと大丈夫。 「アレックさん、私の話も聞いて下さい。アレックさんがシュレスベルクに居る間、私はドックであの子たちの整備を続けていました。……ロビュ小隊に来たときの私は自分が何をしているのかなにもわかっていませんでしたけれど、二年の間には、少しはわかった積もりです。 ……私の仕事は整備です。あの子たちの世話をして、コリンや、途中からは傷が癒えたルカを空へ送り出すのが仕事でした。それは、入隊したときと変わりありません。でも、私はもう知っていました。私が送り出したあの子達は、空で機銃を撃って、帝国機を撃墜して帰って来るということを。…… 私も、私も同じですよ。アレックさんと同じです。私たちが送り出したオオルリ、あの子たちは、人を殺して帰ってくるんです。」 何か言おうとしたアレックを、エリカはふるふると首を振って制止した。赤いリボンの端が彼女の首の動きと共に揺れる。 「待って下さい。最後まで話させて下さい！……二年の間に、私、オオルリの整備を飛行機構についてはエンジンから機体、そして、計器に到るまで任せて貰えるようになりました。初めはオズウェルに、怪我から復帰してからは親方さんにも認めて貰えたんです。……でも、絶対に任せて貰えない、ううん、触らせてすら貰えないものが一つだけあったんです。……そして、きっと、これからもそれには決して触らせて貰えないんだと思います。……それが何かアレックさんにはわかりますか？」 アレックはじっとエリカを見つめていたが、何も言えなかった。 エリカは言う。 「機銃です。」 アレックが少しだけ目を見開く。 「……機銃です。……オズウェルは言います、女は非力だから、重い機銃を調整するのには向かないって。トゥーフォンは、こういうのは元兵科の俺に任せとけって笑います。親方さんは、そんなものいじってる暇があったらエンジンの調子をみてやれって怒鳴ります。コリンもルカも、出撃が最も頻繁だった時期にはそれまでは自分達だけでやっていた弾のチェックを手伝うよう整備に依頼を出していたけれど、そのときも二人は私には触らせようとしなかった。でも、私は知っています。台座に機銃を設置するときは別にして、微調整は私にできないことはないって。弾を点検する細かい作業は私向きの仕事だって……でも、私は、『私にも機銃の整備をやらせて下さい、弾の点検をさせて下さい』とは言いませんでした。わかっていましたから。整備の皆も、コリンも、ルカも、私に機銃を触らせない、ということで気持ちを落ち着けているのだって、私はなんとなくですけれどわかっていましたから。私が機銃を触らないことが、整備とパイロットの皆には必要なことなんだってわかっていましたから！ ……私が機銃を触らなくても、私がやっていることは戦闘機という戦いのための飛行機の整備です。そのことは、私、理解しているつもりです。 それでは駄目ですか。今のままの私ではあなたの隣にいてはいけませんか。……私には隣に居る資格がありませんか。 もしも……アレックさんに子どもができたとして、アレックさんがやってきたことすべてを知らせても、その子はアレックさんのことを人殺しだなんて責めはしない。驚くとは思います、泣き出しちゃうかもしれない。でも、絶対に大丈夫です。だって、その子はアレックさんの子なんでしょう？大丈夫じゃないわけがないじゃないですか！泣き出しちゃったら、私がぎゅっと抱きしめます。涙が止まるまでずっとずっと抱きしめています。そして言います。あなたのお父さんはとても優しい人なの。優しい人だからあなたに知らせたのよって。」 そこまで、凛とした声で話したエリカは、へなへなと草の上に座り込んでしまった。 「エリカ？」 慌てて背を支え、立たせるアレックにエリカは笑った。 「すみません、気合い、途切れました。偉そうな事、言うものじゃないですね。」 その体が少し震えているのに気付き、アレックは小さな声で“君って子は”、と優しく呟いた。エリカはポン、と一つ小さくジャンプして、二本の足で今度はしっかりと草地に立つ。 「もう大丈夫ですよ！ほら、もう平気です。この通り！」 そんな少女を、撃墜王……多くの命をその手で奪ったパイロットはふぅわりと春の風のように抱きしめた。 「エリカ……すまない。本当に……ごめん、本当に……」 しばらくしてからその腕を放し、ゆっくりと髪を撫でる。そして、彼は上着のポケットに手をつっこむと、小さな箱を取り出した。このひと月以上の間、そこに入れられ、ずっと彼の大きな手で暗いポケットの中を転がされ続けてきた布張りの箱は、少し汚れ、汗の染みらしきものも見える。首を傾げるエリカに、アレックは箱を開け、小さなものを取り出した。小さな青い石が嵌った銀色の指輪。エリカはぱあぁぁぁ、と表情を明るくする。 「綺麗な青い石……オオルリの色ですね！」 「……そうだね、オオルリの色だよ。」 目を細め、頷くアレックはそれ以上何も言わない。 「本当にオオルリと同じ色。そして、アレックさんの瞳の色にも似ています……」 そこまではしゃいだように言ってからその指輪の意味するところに思い至ってエリカは顔を真っ赤にした。アレックはそっとエリカの肩に手を置く。 「返事は？」 「へ？」 間の抜けた声を出してしまってから、エリカはピンと背筋を伸ばす。 「あ、あ、あの、ど、ど、どどどいう質問ですか。」 するとアレックは、この上もなく優しく微笑んだ。 「一緒になって貰えるかい。こんな俺だけど。」 するとエリカは過熱してしまったエンジンのようになり、真っ赤な顔でただただ頷いた。男の大きな手がエリカの左手を取り、薬指に指輪を嵌める。指輪ははかったようにぴったりの大きさで指の根本に落ち着いた。エリカはゆっくりと、空に左手を翳す。オオルリ色の石の向こうにアレックの優しい瞳がある。そしてその先には青い空が…… アレックがその手をもう一度とる。彼はエリカの両手を握ると、笑った。憂いのない、心からの笑顔で笑った。そして、まるでダンスをおどるように手を伸ばしたままくるくると大きく廻る。エリカのスカートが大きく翻る。風をきってまわりながら、エリカはアレックの笑い声を聞く。子どものようにはしゃいだような声。その声を耳にしてエリカも声をあげて笑う。あまりに幸せで、ずっとくるくると廻りすぎて、エリカは足をもつれさせ、アレックに飛びつく。突然のことで受け止めきれずにアレックは草の上に倒れ…… そのままエリカはアレックの広い胸の上に体を預ける。背からは太陽の、体の前面からはアレックの温もりが柔らかに伝わってくる。青草のいい匂いが鼻腔に入ってくる。とくんとくんと耳から伝わる彼の心臓の音。そして、ぴったりと合わされた胸からは、振動として自分の鼓動が感じられる。目を閉じ、身体を摺り寄せてそのままじっとかじりついていると、戸惑うようなアレックの声が聞こえた。 「エリカ、あの……この体勢は……少し、きつい。」 エリカは、小さく声をあげて、膝立ちで起き上がる。 「ごめんなさい。しがみついたりして。お、重かったですよね。」 アレックは困ったように眉を下げる。 「……そういうことじゃなくて……」 肘をついて上体を起こすアレックに、エリカは立ち上がる助けをしようと手を伸ばす。アレックは差し出された彼女の小さな、だがしっかりした整備士の手を見る。 ……補給班の旅、悪夢にうなされたときに彼女が差し伸べてくれた手を彼は無意識に掴み、……空に戻れずに立ちすくんでいた自分に差し伸べてくれた手を彼は払いのけ……今、差し伸べてくれた手を、彼はエリカの目をまっすぐに見、握り締める。そう、翼を取り戻して着水したとき、桟橋でこの小さな手を握り締めたときと同じようにしっかりと。そして、草の上に座ったまま、握った手をぐい、と自分の方に引き寄せた。 バランスを崩し、エリカは小さな悲鳴をあげて倒れこみ……続いてアレックが耳元で囁く声がし…… ……それからすぐに辺りには風が草を揺らす音と吐息だけしか聞こえなくなった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 丘から街への坂道を、アレックはエリカを横抱きにして下っていた。 「アレックさん、あ、あの、下ろして下さい。もう大丈夫ですから！」 頬を赤くしてエリカが言うが、アレックは足を止めることなく微笑んだ。 「駄目駄目。さっきは立てなかったじゃないかい？」 茶化すように言うアレックにエリカは更に真っ赤になる。 「だ、だって、それは、アレックさんが……！」 言葉の最後を濁すと、アレックが優しく“俺はキスしただけだよ？”とささやいた。そう、確かに。ただ…… 「あ、あ、あ、あ、あれは普通のじゃありませんでした!!」 そうだね、と、アレックは余裕の表情で微笑んで、エリカを見つめる。エリカはアレックの視線から逃げ出して彼の胸に顔を伏せた。 道に出てしばらくすると、道端に荷車が止まっていた。横では足の短い農耕馬が呑気に草を食んでいる。馬と逆の側には、老いた農夫が座っている。彼は、アレックたちを認めると、自分から声をかけてきた。 「お～う、ロビュ小隊の伍長さんじゃないかい？久しぶりだぁな。ん？その嬢ちゃん、怪我でもしたんかね？なんだったら、うちの荷車に乗せてやろうか？」 「いいえ、違うんです。怪我じゃありません。ええと、あの……以前どこかでお会いしましたか？」 老人は歯の少なくなった口を少し開けてにたぁと笑った。 「忘れちまったかのぉ？三年ほど前にこの荷車の車軸が壊れて道で難儀しているときに、あんたが助けてくれたじゃあないかね。あそこで草を食ってるあいつの足の具合まで診てくれてたっけなあ。あんときゃあ、本当にありがとうよ。で、怪我じゃないとすると、どうしたんだい。」 アレックは微笑み、エリカは顔を赤くする。 「俺達、ついさっき婚約したんです。」 すると、男は皺の多い顔を更に皺だらけにしてにまにまと笑った。 「そうかいそうかい、うーん、いいことじゃよ、嫁さんを貰うのは。ほんによかったのぉ、心配しておったんじゃよ。いい男ほど、妙に縁遠いってこともあるからのぉ。わしゃ、孫娘の一人も、あんたに紹介してやりたかったんじゃがが、生憎とこの街に居る孫は男ばかりでなぁ。でも、いらん心配だったのぉ。こんなに可愛らしい嫁さんを見つけるとはなあ。いやいやいやいや、お前さんも隅におけない男だったんじゃのぉ。あっはっは。」 有難うございます、とアレックが言うと、農夫は手を伸ばし、荷車の籠から木苺を片手一杯すくい新聞紙で作った袋に入れて差し出した。 「お祝いじゃて。あとで二人で食うがええ。……しかし、よかったのお、しばらく姿を見なんだから、もしかして街が空襲を受けたときか、トラックで走っていった出先でやられてしもうたかと思っとったんじゃぞ。飛行機でわしらを守ってくれた兵隊さんがいなんだらこの街も終わりじゃった。そうだ、小隊に帰ってもしもあの青い飛行機に乗っとる人と話すことがあったら、よろしく伝えておいてくれるかのぉ。それとも、トラックの運転手さんは飛行機の操縦士とはあんまし話をすることはないかのぉ。」 アレックとエリカはこっそり笑い。しかし、必ず伝えると約束した。 農夫に手を振って別れた二人は、それから何人もの人から声をかけられ、祝福された。アレック自身は覚えていないこともあったが、彼は街に出ているときにそれらの人に対して無自覚に心に残るようなかかわりをしてきていたのだった。エリカは『コリンとは中身が違いますけれどアレックさんも有名なんですね』と笑った。そして、当たり前といえば当たり前であったが、街の人々は、彼が今も補給班のトラック運転手であることを疑っていなかった。そして、アレックもそれを正そうとはしなかった。 フォンク亭が近づいてきたとき、アレックはまだエリカを抱き上げていた。先ほど店の中に居た子供たちは、今は通りに出、石畳に蝋石で枠を描いて石蹴り遊びをしていた。そして、アレックたちに初めに気がついたのは、あの、小さな女の子だった。女の子は走ってきて、エリカを抱き上げているアレックを見上げ、二人が自分を見て微笑んでいるのに気付く。女の子は少しだけ不思議そうに首を傾げた。 「おじちゃん、おじちゃん。お姉ちゃんも。なにかいいことあったの？」 アレックは頷く。 「このお姉さんがね、お嫁さんに来てくれることになったんだよ。」 すると、女の子はおじちゃん、よかったね、よかったね。と、言って顔をくしゃくしゃにしてアレックの足にぎゅっと抱きついてきた。その様子を見た男の子達がフォンク亭に駆け込み、セルジュを連れて来る。セルジュはアレックに抱かれたエリカを見、おめでとう、おめでとう、姉ちゃん、おめでとう、アレックさん、と言って泣いた。あとからやってきたサラは、あらあら～、もう、全く、アレックさんてばほんっとにいっつもエリカを待たせすぎだわ～、と言いつつ、アレックに石畳に下ろして貰ったエリカをぎゅっと抱擁して祝福した。 尚も号泣するセルジュの背をエリカがさする。サラが『あら～、初恋の人が幸せな花嫁さんになるっていうのは、嬉しいけれどちょっぴり悲しかったりするのよね～』とふんわりした笑顔で言う。セルジュが『姉ちゃん！一言も二言も多すぎだッ!!』と叫ぶ。エリカが『え、そうだったの？』と驚いて言うと、セルジュはふかーくため息をついて、『エリカ姉ちゃん鈍感すぎ』と呟き、しかし、『俺、アレックさんにならエリカ姉ちゃんを譲ったっていいって前から思ってたんだもんな！』とにっこり笑った。扉からはセルジュの母も出てきて、アレックを軽く抱擁し、エリカの頬にキスして二人を祝福した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 二人は揃ってドックへと向かった。午後からすべての整備士は半休となっており、いつものような賑わいは聞こえない。しかし、二人は捜していた人物をそこに見つけた。 「親方。」 丁度ドックの中から外に出てきたナカジマは、アレックに呼ばれて二人の傍にやってきた。 「おう、なんだ。アレック。」 「お知らせたいことがありまして。俺、いや、俺達は……」 ナカジマはエリカの左手にさっと視線を向け、目を細め、次にむっとした顔になり、手を上に上げると、少し伸び上がってパカン、とアレックの頭を殴った。 「全く……お前の難儀な性格はよーっくわかったつもりで居たが、それにしても煮え切らなさすぎだろうが！……おっせえんだよ！相思相愛の19の小娘に祝言あげようって切り出すのに40男がなに躊躇していやがったんだ！…………アレック、俺の大事な弟子を不幸にしたら承知しねぇからな。もしも泣かせるようなことをやらかしたら、飛行中に空中分解するようにボルトを緩めておいてやるから覚悟しろ。エリカ、こいつは随分と面倒な奴だが悪い奴じゃあねえ。むしろ迷惑なくらいいい奴だ。しっかり尻に敷いとけよ。 しっかしまあ長々と悩んだもんだよなあ。アレック、おめぇがドゥニに突っつかれて指輪を買ってから、ゆうにひと月は経ってんだろうが？ま、いい。お陰で俺は賭けに勝ったんだからな。」 「え？賭け、ですか？」 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてアレックが尋ねると、ナカジマは声をたてて笑った。 「お前がエリカにいつ指輪を渡すかって賭けだよ！小隊に居る奴のかれこれ半分以上がが参加したが、ここまで遅くなるって予想して賭けに勝ったのは、俺と、クラウスと、ドゥニと、オズウェルの四人だけだ。……賭けに勝った奴らのところには二人で揃って直に報告に行ってやれ。表情が動かなかったりおちょくりまくりだったり不機嫌だったり上っ面はいろいろだろうが、内心泣くほど喜んでいやがるからな。トゥーフォンやティノやコリンのところにもな。あ、ドックは今カラだぞ。オズウェルはきっと部屋だろうさ。」 「親方。」 アレックが呼びかけたが、ナカジマはひらひらと手を振って遮った。 「今夜は俺の部屋に来やがれ。久しぶりにクラウスと三人で酒盛りだ。俺がとっておきのセイシュを出してやるからお前はつまみをどっかから調達してこい。みちみちと冷やかしてやるから覚悟しとけよ。エリカも小隊の娘連中とよっぴでお喋りでもすりゃあいい。じゃあ、俺は行くぜ……おっと、忘れちまうところだった。」 ナカジマはにやっと笑う。 「ひとまず祝っとくぜ。おめぇら、うんざりするほど似合いだ。だが、浮かれすぎるなよ。仕事の手ぇ抜いたら張り倒すからな。」 彼は背を向けた。が、また向き直る。そして、ナカジマはドックの扉を指さした。 「……二人とも、挨拶しとけよ。」 再びナカジマは背を向け、今度は本当に去っていった。 二人は顔を見合わせる。さっきナカジマは、『ドックはカラだ』と言った。しかし、今、ドックを指差し、『挨拶しろ』とも言った。 「「！」」 顔を見合わせたまま、どちらからともなく微笑む。ああ、そうだ。確かにそうだ、挨拶をしなければ。 二人は重い扉に手をかけて開き、ドックの中に入る。エリカが寄り添うとアレックが包むように肩を抱く。 彼らの視線の先には、オオルリがその翼を休めている。 「相棒、婚約したよ。」 「これからもよろしくね、みんな。」 青い機体は婚約者となったエースパイロットと整備士の少女を無言で祝福し、二人は誓いをたてるように優しい接吻を交わした。 |
| もとは11月頃にサイトで開催していた「一人オオルリ祭」の話の一つになるはずでしたが、ご覧の通りオオルリは脇役ですので、アレックさん祭のメイン更新へと移動しました。 アレックさんはVFB(ヴィジュアルファンブック)では帰還後すぐにエリカに指輪を渡していますが、自サイトのアレックさんは、どうにもそういうことができる人ではないのでこんな話に……。 このサイトのアレックさんは、かなり弱い人です。エースパイロットとしての矜持を持ち、自分が今何をしているか承知の上でオオルリを駆り、軍人を続け……自分の危険を顧みずに部下の窮地を救い、命を懸けた任務に志願する……そういう意味では強い人ですが、自分が他者に不利益をもたらすかもしれない、不幸にするかもしれない、と感じたなら、悩みに悩み、結果、身動きが取れなくなってしまうようなそういう弱い人です。(今になって考えればもっと強い人に描けていれば……と思わなくもないのですが) なので、「帰還してもしばらく求婚などできまい」「いや、指輪を買うことすらなかなかできまい」「閉め切った部屋で二人きりになるのも無理っぽい」「いやいやいやいやもしかして……オズウェルに殴られでもしないかぎり無理かも」と本気で思っていたのですが、「アレックさん頑張れ！」「アレックさんを幸せに！」を合言葉になんとかウフフアハハ(がちょっとだけでてくる)話をでっちあげました。 ほ、本当の糖分は他サイト様の「アレックさん生誕祭」で補給させていただくことにします！ 翌日、アレックさんの乗機コクピット内には愛の篭ったひやかしの言葉や呪いの言葉(笑)が書かれたメモが所狭しとべたべたと貼り付けられているんじゃないかと思います。そして、おそらくオズウェルは誰よりも喜んでくれるはずだと信じたい。そして「結婚祝いというのはどういったものがいいんだ……？くそっ、全く思いつかん」とか今から悶々としてくれるとイイ。隣でトゥーフォンが喜びつつ見守っているとイイ。あまり女の子らしい身だしなみに気をつかわなさそうなエリカちゃんに「あー、もう！そんなんじゃ駄目！」とカレンがアリサを巻き込みつつ買い物に連れ出していろいろレクチャーしてくれるとイイ。コリンがいろいろエリカちゃんと話し込んだ後「アレックさん、エリカちゃんは本当に何も知らないんだ！俺がいうのもなんなんですけど、今から色々教えてあげた方がいい！」とか青くなってるとイイ。副司令はひたすらほのぼのとお茶会でもしてくれるとイイ。サラ姉さんのほんわか～な、でも鋭いツッコミが炸裂するとイイ。セルジュはもう、とにかくひたすら喜んで居るとイイ。フランツさんは例によってとても真面目に祝福してくれたらイイ。ティノさんは黙って微笑んでくれるだけでもう私はなにもいらない。 そしてね、ドゥニさんは、っていうか補給班は班長の号令のもと、きっと元同僚を盛大に胴上げしてくれるんじゃないかな、と思うんですよ。(←何故か補給班に夢を見ている) アレックさんルートではルイディナ司令は小隊を去っているわけですが、少ししてアレックさん宛てにお祝いの手紙が来ることを希望。そして、そこから連絡が届いて大喜びする某第三王子がフレドリク皇太子に思いっきり不審がられていいるとイイ。大団円というものはそうでなくっちゃ……話がここで終わるわけではありませんが。 尚、フォンク亭で出会う小さな女の子の話には元ネタがありまして、アメリカのベトナム帰還兵の方が体験した実話を下敷きにしています。 そして、締めはオオルリで!! (↑やっぱりそこかい！) |
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