無傷の撃墜王　

ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、オフィシャルとかけ離れており、我が家設定満載ですので、ご注意くださいませ。
2013年3月4日の「アレックさん誕生日」に向けての更新。今回は今までほとんど触れていなかったゲーム開始前、大陸大戦中、アレックさんが既に『無傷の撃墜王』と言われるようになってからの話となります。個人設定大爆発・オリジナルキャラクター多数登場な上に、多分に薄暗い話です。ご承知置きの上、お読みくださいませ。

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　　「まずはビールを一杯だろ？ごくごくっと一気にやってから、どーん、とテーブルに置いて、ねえちゃんにビールのおかわりを頼む。つまみは燻製ソーセージとチーズの盛り合わせだな。あそこの燻製ソーセージはうまいぜ。」

　小隊内にあるサウナ室に座った大男は、ビールを飲む真似を飲みほしてぷはーっと息をつくところまでやってみせた。隣のやや小柄な男が笑う。

　「おやっさんは色気より食い気だな。……俺らはこれからカワイイ姐さん達のところに繰り出す予定なんだが、一緒にどうだ。」

　腰にタオルを巻いているだけの、揃いも揃って立派な体格をした男達の内、三人がにやにやっと笑って頷いてみせる。

　「んんー。女の子か…………いやいやいやいや、やめとくぜ。近頃ハムもソーセージも品薄で値が上がってるんだ。財布の中身にゃ限度がある。食い物か、女か、ってぇなると、俺の場合は断然食い物だ。」

　がっはっは、と笑う大男に、向かい合った若い男が茶化すように言う。

　「おやっさん、おやっさん、あんまり太るとオオルリが『重い、重い』って音をあげちまうよ。」

　その隣の赤毛の男も大袈裟に頷く。

　「『この脂肪の塊！重いじゃないのよ！あたしの上にまるでそれが当然のようにのっからないでちょうだい！』ってな！」

　皆が笑うと、大男はむっとして両腕を上にあげ、力瘤を作って見せる。

　「誰が脂肪の塊だとぉ？俺の体は全部筋肉でできてんだ！」

　「わかってる、わかってる、この航空班で腕っ節が一番つええのはおやっさんだからな。……だがよ、筋肉は脂肪より重いんだぜ。今より体重が増えたら、本気でオオルリに嫌がられるんじゃあねえのか？」

　大男は目を見開き、軽口の叩きあいを鷹揚に聞いていた金髪碧眼の隊長に目をやる。この航空班の隊長であり、既に夥しい撃墜数を記録している『無傷のエース』、アレック＝ユーティライネンはは目を細めた。老け顔でやることなすことオヤジ臭いため『おやっさん』と呼ばれているが、実際はアレックよりずっと年下なのだ。

　「多少の体重変動でオオルリが機嫌を損ねるとは思わないけれど…」

　「思わないけど、……で、なんなんです？」

　「重いより軽い方がいいに越したことはないし、……君の場合、横幅がこれ以上増えたら、親方に特製操縦シートを作ってもらわなければいけなくなるかもしれない。」

　「………………そうすかねえ…………って！いっくら俺でもそこまで太りゃあしねえですって！」

　男達はまた大声で笑う。

　大陸大戦中にあって、戦闘機乗り達は久しぶりに命のやりとりの緊張から解放されていた。大きな低気圧がやってきていた。低気圧がやってくるということは、天気が乱れるということであり、帝国の主翼、ヤクトケーファーでさえも、そんな中で出撃することは自殺行為であった。低気圧は一両日は確実にもしかしたら二日くらいは国境付近に居座る。そのため、パイロットは、午前中は訓練に勤しんだものの、クラウスから完全休養が言い渡されており、ひとまず揃ってサウナで汗を流すことにしたのだ。

　「で、隊長はどうなさるんですか？」

　『おやっさん』に尋ねられ、アレックは部下達をぐるっと見渡す。

　「そうだね。……女の子達に会うのも悪くないけれど……今日はおやっさんが食べ過ぎないよう見張るのも兼ねて酒場に繰り出すとするか？しばらく空戦と小隊内待機ばかりだったから懐も暖かい。今日は俺が奢るよ。」

　やった！とおやっさんが言い、そのあまりの喜びように、アレックは『度を越したら自腹でお願いするよ』とさらっと釘を刺した。
　奢り、と聞いて、『姐さん達に会いに行く』と言っていたうちの一人が酒場組に変更し、12人のパイロットのうちアレックを含めて8人が酒場に行くことになった。

　「君は、どうするんだい？息抜きも必要だぞ。」

　今まで黙って何事かを考えていたらしい、この隊の№3であり、撃墜数だけをとれば№２である曹長にアレックは声をかけた。

　「あ、はい。……今日はやめておきます。いろいろなところに手紙を書かなければなりませんで。」

　アレックは彼についてのことを思い出す。

　「ああ、坊やはもう生まれてどれだけたったかな。細君は元気でいるのかい。」

　「手紙によれば妻も子供も特に問題はなさそうです。……先月の洗礼式も無事に終わったと。」

　「それは何よりだね。奥さんだけでなく、親類縁者からたくさんの手紙が届いたのかな。」

　「ええ。……書く機会を逸し、随分と貯めたものですから、今日、気合いを入れて書こうと。俺からもいろいろ聞きたいことがありますしね。もう何やら話し始めているらしいんですよ。隊長、子供はいいですよ。余計なお世話かもしれませんが、嫁も、子供も持つべきです！」

　彼から細君と子供のことを散々聞かされているアレックは、ごちそうさま、と、曹長の背をパーン、と叩き、曹長は嬉しそうにゲホンゲホンと咳をした。

　『おやっさん』が、立ち上がっていざ行かん、奢り、奢り、隊長の奢り、と歌うように言うと、パイロット達は声を合わせて同じことをいい、次々とサウナ室から出て行った。


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　それからほどなくして曹長は他の基地へと転属命令が下された。彼にとっては青天の霹靂だったが、アレックにはなんとなくだが予想がついていたことだった。少し前にアレックは上官であるクラウスに呼び出され、新たに飛行班を組織するとして、任命権が自分にあるとすれば、誰が適当か、と尋ねられたのだ。その時、アレックは、副隊長と曹長の名を挙げた。この２人ならばやれるでしょう、と。アレックは知っていた。それが『例えば』の話だけに収まらないことを。……シュレスベルクとの戦闘において、ある航空小隊の飛行班の隊長が撃墜され殉職した。クラウスはそのことを何も言わなかったが、誰かを隊長として送り出すための質問だったのだ。クラウスが副隊長ではなく曹長を指名したのは、この小隊の飛行班の維持と、新たな環境で隊を率いて行く力量を鑑みた結果である。しかし、曹長は、アレックが自分を推挙したのだと思い、転属直前にやってきて、ことの次第を説明してくれるように申し出た。アレックが、主観を交えぬよう、ことの経緯を話すと、曹長ははあ、と小さく息をつき、そうでしたか。と視線を落とした。

　「自分は、隊長から『要らぬもの』だと思われたのだとばかり……」

　ドックの横にあるパイロット控室の椅子に飛行服を纏ったまま腰かけたアレックは首を振った。

　「不要だなんてことはあるわけがない。この飛行班の構成員すべてを俺は『必要不可欠』な人員だと思っているよ。君もだ。正直、君の抜けたあと、どのようにやっていこうか、随分と悩むところだよ。君はよくやってくれた。あの厳格なウーデット大尉も君を評価して下さったのだ。」

　しかし、曹長の表情は暗かった。

　「どうした？まだ何かあるのかい？」

　飛行服のままアレックの前に立った曹長は、己が不甲斐ない、というように、二三度頭を横に振った。

　「怖いのです。」

　アレックは意外に思う。曹長は、冷静沈着で、空中戦で窮地に追い込まれても取り乱したりなどしなかった。優れた視力を持ち、隙をついて少ない弾数で敵を沈め、僚機を気遣う余裕も見せた。その男が、何を恐れている。

　「……何を？君はここまで来る間に恐怖とは何度も向き合った筈だ。それを乗り越えたからこそ、今の君があるのだろう。……俺は君に助けて貰ったことが何度かある。君がいなかったら、俺は生きてここにいなかったかもしれないんだ。……自信を持っていい。新しい任地でも、君はきっとうまくやる。ここと同じようにやるのではなく、君自身のやり方で隊を率いていけるだろう。

　アレックの青い瞳は静かで、まっすぐにこちらを見ており、気休めで物を言っているのではないことはよくわかった。しかし……。曹長は口を開こうとうして、やめた。そして、初めに思ったことと違う言葉を紡いだ。

　「あなたの隊に赴任が決まった時、俺は、目の前が魔法のように明るくなるのを感じました。俺は隊長を目標とし、俺の翼を安心して隊長に預けました。……次は、俺自身が、部下から翼を迷いなく預けられるように精進します。」

　そうして、握手を求めて来たので、アレックは立ち上がり、しっかりと二人は握手した。



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　それから5カ月後、曹長はヤクトケーファーと交戦中、撃墜されて死んだ。戦闘内で自身で二機撃墜後、練度の低い部下とヤクトケーファーの間に飛び込んでの空戦中の出来事だったという。アレックはクラウスからそれを知らされ、パイロット達にはドックでアレックから知らされた。……それを知らせる義務はアレックにはなかったが、いずれは知ることならば、皆の前で告知し、その死を受け止めたほうがよいことをアレックは経験上知っていた。

　アレックが短い訓示をし、死者を悼み、彼の死を無駄にしない決意を述べている間、パイロット達は姿勢正しく整列していたが、彼らの視線は下に落ちていた。解散宣言を出し、アレックがドックを退出するとき、背後から叫び声がした。

　「なんでだ？曹長殿は俺なんかよりずっと凄いパイロットだったじゃないか！」

　叫んだのは『おやっさん』だけで、あとの者は無言で床を向いていた。




　その夜、アレックはドックの長であるナカジマに曹長が転属前に「怖い」と言い残したことを話した。何故歴戦のパイロットがいきなり恐怖を訴えたのか。自分は心霊現象などは信じない方であるが、こうなることを彼が予期していたのではないかとさえ思ってしまう、と。ナカジマは黙って聞いていたが、『まあ、何だ、人間ってぇ奴は、一度何かの弾みで怖いと思っちまったら中々そこから抜け出ていけねえもんだ。』とアレックの肩を叩いた。

　「あいつは確かにいいパイロットだった。オオルリを大切に乗ってやがったし、オオルリもそんな奴に応えて気持ちよさげに飛んでいた。…………だがな、空を飛んでいりゃあ、そこから落ちることもあるってのは、パイロットなら誰でもわかっているこった。アレックよぉ。お前さんだってそうだ。今まではうまくやってこられたが、明日落ちるかもしれねえ。明後日落ちるかもしれねえ。おめえに具合が悪いところがなくたって、整備が甘くてオオルリがいうことをきかないこともあるかもしれねえ。」

　すると、アレックは首を振り、親方がドックに居る限り、整備が甘いなんてあり得ませんよ。と無理に笑顔を浮かべて見せた。


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　「―――奴は、すぐに仏さんのおかみさんに悔やみの手紙を書いて、思い出の品と共に贈ったそうだ。」

　自室にクラウスを招き、塩気の多いプレッツェルを茶請けにナカジマは茶を啜った。

　クラウスはナカジマが言葉を続けるのを待った。旧友がこういった話をするときには、四方山話ではない、真面目な話をしたがっているときであり、そして、ナカジマは問われるより自分から話す方を好むのだ。

　「……戦争がおっぱじまって、人が死なねえ日なんざあるわけがない。あの気の毒な曹長だって、たまたまその一人になっちまっただけで、俺たちに奴が仏さんになっちまった責任があるわけはねえ。だがよ……俺はアレックの話を聞いて、もしかしたら、って少々考えちまったね。」

　「何をだ。」

　「……仏さんは、ここに来た時に目の前が魔法みたいに明るくなったと感じたそうだ。クラウス、知ってるか？アレックの奴が『無傷の撃墜王』と呼ばれているのみならず、奴の隊にくりゃあ、死ぬことはないって噂されてるのを。」

　「……ああ。」

　「……別にそりゃあ悪い事じゃねえさ。こんなご時世だ。神仏に祈るのと同じように何かに縋りつきたい気持ちはわかるやな。……だがよ。……仏さんが、ここに来て『死ぬことはない』って思ったんだとしたなら、ここを出て行くときに、死神に足を掴まれちまったんじゃあねえかなってよ…………」

　「…………」

　「ドックで、曹長が死んだことを伝えた時、一人が大声出して反応してたが、後の連中は黙っていた。でもなあ、俺にはあいつらの声が聞こえた気がしたんだ。『気の毒に。ここにずっと居りゃあ生きていられたのに。』って声がな。クラウスよ。おめえにちょっと聞いてみてえんだがよ。」

　そこでナカジマはずずず、と音をたてて茶を啜った。

　「アレックの野郎はどう思っているんだろうな。……あいつも、『自分の部下で居続けさえしたら』って思っているのかねえ。」

　「……どうだろうな。」

　「人間死ぬときは死ぬ。どんなに運が強かろうが、どんなに操縦技術が優れていようがな。……だがよ、あいつほどオオルリを巧く自分の手足のように扱えると、自分が神様みてえなモンだって勘違いしちまわねえかのかな。……もともとが腰の低い奴だ。尊大になることはねえだろう。でもな、自分でも知らねえうちに、そんな勘違いが胸ン中に入り込んできちまうと、いろいろ面倒なことになるんじゃねえかってよ。」

　「…………」

　「何より、俺も勘違いしかけてるんだよ。アレックの奴は空では決して死なねえってな。」

　「……飛行士は空で死ぬのが本意だろうとどこかの誰かが言っていたがな。」

　「そりゃあ、本意なんかじゃねえや。単なるかっこつけだ。かっこつけ。」

　「………それを言ったのはお前だ。ナカジマ。」

　ナカジマは茶を吹き、クラウスは少し笑い、……お前が准尉のことを心配することはない。そんな心配をされているうちは、彼は今まで通りの武勲を続けるだろうと確信に満ちて語った。ただし、それが人としての危うさは伴うかもしれないが、と付け加えることも忘れなかった。


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　アレック＝ユーティライネン准尉。彼は途方もない撃墜数を誇り、『無傷の撃墜王』と呼ばれた。更に彼は僚機を一機も失ったことがない奇跡の隊長であった。彼と共に翼を並べて出撃したものは必ず帰還した。


　　そう、彼の部下である限り、


　誰一人として欠けることなく。
　
アレックさん誕生日に向けての短編。ゲーム内で若いころのことを「過信に満ちた何も知らない若造だった……。すべてが俺を祝福しているような気分になったこともあった」と語っているアレックさんですが。当時の言動がどのようなものだったのかを提示している個所はありません。
　もともとが穏やかで協調性の高いアレックさんですから、若い頃も「鼻もちならない」ところはなかったはず。ならば、どのような危うさがあったのだろうか、と思うと同時に「僚機を全く失っていない」というのが「それはどう考えても無理だろう」と考えてこうなった次第。
　天候が悪い時にはパイロットが暇、というのは本物のユーティライネンさんの手記からの拝借。サウナもあったみたいです。

　今回は薄暗い話となりましたが、いつか、大陸大戦時の部下との明るい再会の話を書きたいと思います。
　

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