最後のオオルリ

ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。
本編から大きく外れた完全な捏造話ですので、ご了解の上お読みください。
時期はアレックさんED後から15年と少し。大陸はすっかり平和となり、「ロランド空襲」は既に歴史上の出来事として捉えられています。ユクトランド国軍には空軍が組織されていますが、「オオルリ」の愛称で呼ばれる機体は空軍にはなく、それどころか陸軍にも海軍にももう一機も存在していません。

ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。

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　平日の博物館は驚くほど空いていた。人の体温で暖められていない冷たい空気が、グレーを基調にした洗練されたデザインの建物の中を満たしている。この国の歴史を順を追って紹介しているエリアは、大きな吹き抜けを持ち、様々な展示物がそこここに行儀良くちんまりと配置されていた。明り取りの窓はあるが、展示物が直射日光によって劣化することを避けるため、その窓は来館者からは死角で、当然空を見ることはない。灰色の壁からは最新式の蛍光灯が太陽の光よりもずっと青白い硬質の光を投げかけている。今、そこにいるのは10歳くらいの子供達15人ほどと彼らを引率してきた生真面目そうな若い教師だけである。固い床から伝わってくる寒気は相当なものだったが、子供達は元気だ。そして、彼らのたてる物音は、ほんの少しだけだが博物館の空気を柔らかくしていた。

　展示物の前には、詳細な説明が書かれた銀のプレートが立てられていたが、銀縁の眼鏡をかけた青年教師はそれには目もくれない。下見をし、内容は熟知していたので、プレートに一切目やることなく展示物を後ろにして立ち、パン、と一度手を打ち合わせて子供達を見回す。

　「皆さん、この飛行機を見てください。」

　高い天井からワイヤーで吊るされた青い飛行機を指差す。

　「この飛行機は、皆さんが生まれる前に起こった『大陸大戦』で活躍した戦闘機です。大陸大戦が終わってから５年目、ロランドの街がシュレスベルク帝国のだまし討ちにあって空爆されたことも皆さんは授業で習いましたね。そのときにもこの飛行機はユクトランドを守るために戦ったのです。皆さんのお父さんやお母さんはこの飛行機が飛ぶのを見たことがあるかもしれませんよ。胴体が船のようになっているのがわかりますか？この飛行機は水上機といって水から飛び立つために作られたのです。それはどうしてでしょう。」

　大人びた感じの女の子が手をあげて、『私達の国の地形に合っていたからです。』と答えた。

　「その通りです。この飛行機は海や湖から出発できるのです。『水の国』と言われる私達の国の地理に適した飛行機だったのですね。」

　子供達の目がすべて自分の方を向いていることを確認した教師は満足そうに言葉を続けた。

　「飛行機の名前はJuk-3　フライキャッチャー。Ｊｕｋ-3とはユクトランドで３番目につくられた戦闘機ということです。フライキャッチャーのことは知っていますね。フライキャッチャーは鳥の名前です。空中で虫を捕まえるために平たい嘴をしていて……」

　と、鼻のあたりにそばかすを散らした背の小さな男の子が突然得意そうに叫んだ。

　「先生、先生、この飛行機はフライキャッチャーじゃなくって、“オオルリ”っていうんだよ!!」

　若い教師はむっとする。この腕白坊主はつい三ヶ月前にロランドから引っ越してきた転校生だったが、瞬く間にクラスの先頭にたつようになり、いつだって場を引っ掻き回してくれる迷惑な存在だった。

　「エミール。説明のプレートをを良く御覧なさい。一番上の行に『フライキャッチャー』、と書いてあるでしょう？それがこの飛行機の名前です。オオルリ、という名前はどこにもありませんよ。」

　エミールと呼ばれた男の子はむっとした。

　「だって、先生、フォンク亭のセルジュおじさんが言ってたんだもん。ロビュ小隊ではみんなこの飛行機をオオルリって呼んでたんだって。ほら、大活躍したエースのグレイディーア中尉や、身分を隠してパイロットをやってたカレルヴォ様もオオルリって呼んでたんだよ！」

　教員は、靴の踵で博物館の灰色の床を打ってコツ、と音をたてた。広い博物館の空間に、その無機的な音は驚くほどよく反響した。

　「そんな話はどんな歴史の本にも書いてありませんよ。『セルジュおじさん』は何か聞き間違いでもしたのでしょう。」

　「そんなはずない！セルジュおじさんは飛行機のことをなんでもよく知ってて!!グレイディーア中尉やカレルヴォ殿下とも何度もお話したことがあるんだよ！」

　静かな空間にわんわんわんと腕白坊主の大声が響いた。ええーっ、グレイディーア中尉にカレルヴォ殿下、凄いや、などと他の生徒たちも騒ぎ出す。

　教師はコホン、と咳払いをした。

　「静かになさい。ここは博物館ですよ！……エミール、人の記憶というのはあてにならないものなのだからね。他の皆さんも覚えておきなさい。何かを調べるときには人の話を鵜呑みにせず、必ず図書館の本を見ること。本に書かれていることが本当のことなのだからね。」

　「でも〜!!でもでもでも！オオルリがホントのホントの名前なんだもん！」

　エミールの不満そうな声を制し、教師は続ける。

　「エミール、黙りなさい！フライキャッチャーのオスは綺麗な青い色をしています。だから名称として選ばれたのでしょうね。この飛行機は胴体も翼も青く塗られていますからね。第一オオルリ、というのはこの国の言葉ではありませんよ。」

　「でも、先生。」

　またエミールが口を挟んだ。

　「本当のオオルリはもっと青い色をしてたはずだよ！だって、オオルリは空の青よりずっと青かったんだって。こーんな白っぽいオオルリ、ほんとの色じゃないってば!!」

　教師は疲れたようにため息をついた。

　「エミール……何度言ったらわかるのかね。自分で見たこともないもののことを見てきたように言うのはやめなさい。……さて、説明に戻りますよ。このフライキャッチャーはユクトランド王国軍で使われていた最後の一機です。戦争が終結すると共に、平和になったシュレスベルクからも知識や技術がたくさん入って来て、それまでの戦闘機は一気に時代遅れになってしまったのです。しかし、この古い飛行機が私達を守ってくれたのは確かです。感謝しなければいけませんね。それと同時に、この飛行機が使われなくなったことも嬉しく思わなくては。この飛行機はずっと争いばかりしてきた戦争のための道具ですからね。戦闘機が働かなくても済む世界を今の偉い人たちは作ろうとしていますよ。この飛行機はもう私達には要らなくなったのです。……それでは皆さん、あちらに展示されている少し新しい飛行機を見にいきましょう。」

　教師は生徒達に合図をし、歩き出した。しかし、エミールはその場から動かずに黙って上を向いて少し白ちゃけた青い機体を見上げた。


　―――可哀想だ―――


　口をへの字にしてエミールは怒ったように機体を睨む。

　セルジュおじさんの飛行機の話は絶対に本当なんだ。この飛行機はこんなに薄い色のはずないんだ。……どうして誰もペンキを塗ってあげないんだろう。ロビュ小隊の整備の人たちは少しでもペンキがはげるとすぐに塗ってオオルリの世話をしてあげてたはずなんだ。これじゃ白い丸もくっきり見えないじゃないか！キールの先の濃い青のところは塗りなおされてるみたいだけれど、模様が間違ってる。……どうして博物館の人たちは、オオルリをこのままにしておくんだろう。オオルリを飾ってくれるんだったら、オオルリが空を飛んでたときみたいに素敵に格好良く飾ってあげなくちゃ！最後のオオルリがこんなんじゃいけないんだ!!

　「エミール!!早く来なさい!!」

　いらいらした教師の声がする。エミールはちらっと教師の方を見たが、オオルリを再びじっと見つめた。

　(いつか、僕がお前を空より青い青に塗ってもとの姿に戻してやるからな!!)



　エミールが行ってしまうと、静寂が訪れた。「最後のオオルリ」は無音の中でただひっそりと次の見学者を待っていた。




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　さて、博物館に展示されていたオオルリが最後のオオルリというのは本当だろうか。確かに、「軍で使用されていた最後の一機」であるというのは本当である。が、本当に本当の最後のオオルリとはいえない。何故なら……最後のオオルリは別の場所に存在しているからである。




　小さな湖の傍に、可愛らしい小さな家が建っている。何本かのリンゴの木、寒い冬の時期を除いていつも花の植わっている花壇。ポーチには彫刻の施された木づくりのテーブルと椅子があり、そこに座ると四季折々の美しい湖の情景が見て取れる。この家の主人は暇なときにはこの椅子に座ってスケッチをするのが趣味であった。秋ともなれば、親子四人がテーブルを囲み、細君が庭のリンゴをもいで作ったアップルパイを談笑しながら暖かなお日様の光の中で頬張る姿が見られた。庭には子供達が随分と遊んだらしい手作りのブランコもあったが、それは今も時々は使われているらしい。

　「荷物は全部準備した？お土産は初めの挨拶をするときに渡すのよ？」

　息子の襟を直してやりながらエリカは心配そうに言い聞かせる。母親譲りの茶の髪と、父親譲りの青い瞳をもった少年はくすぐったそうに笑った。

　「母さん、それ、注意するの何度目？荷物はもう三度点検した。お土産は忘れずにセルジュおじさんに渡すよ。」

　後ろから、金の髪に緑の瞳の少女が頷く。彼女の隣には父親が並んで立っている。

　「お母さんは心配性なんだから！おにいちゃんが忘れたとしても私が忘れたりしないから。それに、コリンおじさんがロランドまで一緒にいってくれるんですもの！」

　休日を利用して兄妹を迎えに来てくれたコリンは恭しく一礼してみせた。

　「いい？くれぐれも迷惑をかけちゃだめよ？長い間泊めていただくのだから、ちゃんとフォンク亭のお手伝いするのよ。」

　「大丈夫、大丈夫。楽しみだな！セルジュおじさんに飛行機の話、いっぱいして貰うんだ！あ、コリンおじさん、僕、もうすぐ14になるんだから、今度こそ『男だけの内緒の話』っていうの教えてよ!!いっつもはぐらかしちゃうんだから。」

　アレックもエリカも頭を抱えた。ご当人はというと白い歯を光らせて爽やかに笑っている。コリンは15年たっても何も変わらない。

　アマリアがにっこりする。

　「私、サラおばさんのお母さんからキッシュの作り方を教えて貰う約束なの！セルジュおじさんからは特製のオムレツの作り方を習うの！そして、クーおじさんに会えるのがとっても楽しみ！、クーおじさんに会えるの、久しぶりなんですもの。私が刺繍をしたスリッパ、気に入ってくださるかしら？ドキドキしちゃう。……アーサーが一緒に来るのがちょっと憂鬱だけれど。」

　オズウェルの一人息子のアーサーは、アマリアと同い年で学校でも一緒なのだが、その性格は昔のオズウェルそっくりだった。

　「ねえ、お母さん、オズおじさんはあんなに優しいのに、どうしてアーサーはいつもむすっとしていて不機嫌なのかしら。」

　エリカはくすっと笑った。傍目から見ればアマリアとアーサーは十分に仲良しなのだが……アレックが自分そっくりの金に輝く愛娘の髪を優しく撫でる。

　「アーサーは照れ屋なだけで本当は優しい子だよ。だって、オズおじさんの子だろう？いつかきっと仲良くなれるよ。」

　「そうよ、喧嘩しちゃダメ。……ええっと、他に何か言っておかなきゃいけないって朝は思っていたのだけど、なんだったかしら？」

　するとコリンが一歩前に出た。

　「ほらほら、エリカちゃんもアレックさんもあとのことは俺に任せて。折角ディックとアマリアちゃんが送り出してくれる『結婚十五年目』の記念旅行なんですから〜。オズウェルんとこのアーサーも拾って俺が三人揃えてばっちりフォンク亭に連れていきますから。さあ、ぐずぐず言ってないでいってらっしゃーいっ!!」

　二人の背をコリンがえいっとばかりに押し出した。

　アレック=ユーティライネンは、王立航空開発機関のテストパイロットの職を得ると共に、25年以上を過ごしたユクトランド軍を退役した。軍に多大な貢献をしたアレックに上層部は多額の恩賞をを与えようとしたが、アレックはそれを断り、その代わりにロビュ小隊から一機の複座のオオルリを譲り受けた。もう随分と使い込まれ、引退間際の機体であったが、エリカやオズウェルたちが大規模修繕を行った結果、見違えるような姿を取り戻した。
その機体、「最後の現役のオオルリ」は、桟橋でエリカとアレックを今や遅しと待っている。

　

　「ディック、アマリア、本当に気をつけるんだよ。コリン、二人を頼んだよ。」

　アレックは手袋を嵌めた手を妻に向かって差し出した。

　「……さあ、いこうか、エリカ。」

　「はい、アレックさん！」

　オオルリのところまで早足で向かった飛行服姿の二人が一度キスしてからゴーグルを装着し、機体をじっと見る。二人は小声でオオルリに何事かを語りかけているようだったが、その内容は容易に想像できた。まず父、父に手を引かれて母がオオルリに乗り込むのを子供達はニコニコと見守る。

　やがてエンジンが作動し始め、オオルリは嘗てロビュ小隊にいたときととおなじようになめらかで見事な離水をした。しかし、すべてが同じではない。機銃は外され、軍機であることを示すマークも塗りつぶされ……空を飛んでいるのはもう戦闘機ではない、そこに飛んでいるのはただ一機の飛行機、今はユーティライネン一家の家族の一員である空より青い大切な機体。

　「僕、絶対に父さんみたいなパイロットになるんだ！」

　「私、おにいちゃんの飛行機をお母さんみたいに整備するね！あ、お父さん、急旋回した！」

　「あれ、多分、母さんがやってって言ったんだぜ。あっ！今度は降下した。やっぱり父さんの操縦は凄いや！」

　「オオルリもね。そして、お母さんがしっかりお世話してあげてるからオオルリも頑張ってくれるのよ。」

　「うん！……オオルリ！父さんと母さんをヨハンおじさんのところに無事に送って行くんだぞ！」

　兄妹がオオルリの名を友達のように呼び、後ろからコリンが優しく見守る中、本当の最後のオオルリは上空を何度か旋回し、空より青い翼で旧友の待つシュレスベルク共和国の方に飛び去っていった。
完全大捏造話。以下、大妄想。公式を無視している痛い話ですので、読み流してください。

普通に考えれば、アレックさんは新たに作られた空軍に招聘されてそこで重要なポストにつく未来がありそうですが、私はどうしても退役してもらいたいもので、こんな未来を想定しています。他の話でも触れましたが、王立の航空開発機関はルカの肝いりで設立され、オズウェル、トゥーフォン、親方、エリカは皆で揃ってそちらに移ったという設定。ユーティライネン家の長男の名前は、無着陸世界一周飛行を実現させた一人、ディック＝ルータンさんから。オズウェルはサラ姉さんと所帯を持ち、一人息子のアーサー君はアマリアちゃんが大好きなものの父に良く似た真性のツンデレ君なもので、何かというとつい喧嘩をしています。もう少し時がたったら、ディックは軍ではなく民間のパイロット養成学校に入り、アマリアとアーサーも航空開発機関付属の技術学校に入学。唯一の女生徒であるアマリアちゃんは同級生から何かと目をつけられてしまい、いつもはぶっきら棒なアーサー君が体を張って守ってやり、そして、アレックさんとエリカちゃんとオズウェルとサラ姉さんとセルジュは最終的に義兄弟……なんてどうでしょうか。(←何かもういろいろと間違っているし痛すぎますね)

　この話、究極の甘い話です。何から何までこんなに平和にうまく納まるところに納まるわけがありません。……物凄く「甘ちゃん」な話です。

　それでも、やはり、ハッピーエンド……最後のオオルリのハッピーエンドを願いたいのでした。

尚、この話のアレックさんは既に55歳ですが、ダンディでますます素敵になっていると信じています。そしてエリカちゃんはふだんは「あなた」とか呼んでいても一度「恋人モード」に入ると「アレックさん」呼びが復活すると宜しいです。子供達から「目の毒！」とか言われるようなことを毎日実践している万年新婚夫婦であることを信じて疑っておりませんです。はい。

……少しは幸せに出来たでしょうか……アレックさんのことを……

戻ります