空爆の夜 |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
そのとき、セルジュは一体何がどうなったのかまったくわからなかった。 姉と一緒に、ロビュ小隊とシュレスベルク帝国の共同演習を見上げていたことを覚えている。 (ああ、ヤクトケーファーだ、速いなあ。オオルリも来た。姉ちゃん、あっちはきっと第一班、前を飛ぶのがコリンで、後ろがルカ。ヤクトケーファーに近いところを飛んでいるのが第二班だよ。) そして、ヤクトケーファーが突然旋回してオオルリを攻撃し、オオルリが二機撃墜され、もう一機も墜ちていき……あまりのことに声も出ず、動けないでいるうちに続いて大きな飛行機がやってきて……セルジュとサラの上に黒い影を落としたのは覚えている。そして、次に覚えているのはドーンという音と、体が持ち上がるような感覚。塞がれた視界。気付いたときには路上に飛ばされており、彼の体はしっかりとサラに抱きかかえられていた。 「姉ちゃん？」 サラが首をずらすとやっとセルジュの目に光が入ってきた。しかし、それは想像を絶する光景だった。散らばる瓦礫、崩れたフォンク亭。そして、目の前のサラの左頬は血で赤く染まっていた。 「姉ちゃん!!」 やっとセルジュは、空から爆撃を受けたこと、そしてサラが自分をかばって抱きかかえてくれたことを理解した。 「姉ちゃん、姉ちゃん、姉ちゃん!!」 サラは弟の呼びかけに答えようとしたが、ごぼっと嫌な音をした咳を出しただけだった。口元にも血がついている。 「嫌だよ!!姉ちゃん、返事してくれよ!!」 強い力で抱きしめてくれていた姉の腕から這い出してセルジュはサラの様子を見た。頬の他に、脇腹にも酷い傷がある。大きな瓦礫が飛んで姉の足が挟まれているのに気付き、渾身の力を込めて瓦礫をどかす。 「姉ちゃん、姉ちゃん、姉ちゃん!!」 「セルジュ……」 小さな声だが返事が返ってきたことにセルジュはほっとしたはずなのに、ガタガタと膝が震えていた。サラは弱々しく続けた。 「セルジュ……母さんは……お祖母ちゃんとお祖父ちゃんは……」 セルジュははっとして店の方を見た。店の玄関は見る影も無く崩れ去っている。あの中にいた家族は……しかし、その恐怖は次の瞬間喜びに変わった。店の裏口から無事な姿で母と祖父母が現れたのだ。 「母ちゃん!!」 飛びついて母親にかじりつくセルジュを母も抱きしめ返した。 「姉ちゃんが！」 大人たちは倒れているサラのもとにしゃがみ、様子を見る。エプロンを裂き、包帯にして血を止める。 「なぁ、助かるよな、姉ちゃん、大丈夫だよね。大丈夫だよね!?」 そんなセルジュを祖母が抱く。 「姉ちゃんは俺をかばって、怪我したんだ。俺、俺……」 大人たちも呆然としている。あたりには瓦礫が散らばり、倒れたまま動かない人間もいる。怒号が聞こえる。どこかで泣き叫ぶ声がする。 「セルジュ、厨房の方は完全には崩れてはおらん。今のうちに運び出せるものを運ぶぞ。」 セルジュは祖父に言われるまま、裏口から厨房に入る。ついちょっと前まで夕方の営業の準備で活気に満ちていた厨房は半壊し、硝子は割れ、かまども瓦礫に埋まっている。壊れずに残った椅子や机、鍋や食器、桶、食材、を言われるままに外に出し、裏庭に出して大きなシーツをかける。そこに母親と祖母の二人に抱えられたサラが運ばれてきた。 「セルジュ、井戸から水を。」 大人たちは次々にセルジュに仕事をいいつけた。それがセルジュにとっては一番いいことであるのを彼らは知っていた。幸い、井戸は崩れておらず、つるべを揚げるといつものように澄んだ水を汲む事ができた。傷を洗い、布を巻きなおし、そしてサラの口にも少し含ませる。 それだけのことをするまでに、随分と時間はたっていたのだろう。街にはいつの間にかユクトランド王国軍の軍服を着た男達が忙しく動いていた。近寄ろうとする老人を制止して、瓦礫をどかす作業をしているのは、中に生き埋めとなったものがいるからだろうか。……崩れたレンガの下に赤黒く広がっているのは血なのか。誰の血なのか。火の手も上がっている。兵士が消火作業の号令をかける声が聞こえる。あれは、セルジュの遊び仲間の家の方角ではないだろうか。 わからない、わからない。 そして知りたくなかった。 知り合いのうちの誰かはもうこの世のものではないのだろう。助けられるのなら助けたいが、セルジュが手伝ったとしても、軍人達の邪魔になるだけだろう。セルジュは目の前のものだけを見、すぐそばの物音だけを聞くようにした。……辛い知らせは黙っていてもいつかやってくるだろう。ならば目を背けていられるだけ目を背けていたかった。 そうしなければ正気を保っていられそうになかった。 今は、サラを医者にみせることだけを考えなくては。そうだ。あれだけの兵士が街にいるのなら、診療所もできているはずだろう。 「母さん、俺、ちょっと広場を見てくる。お医者がいないか探してくる!!」 母に声をかけセルジュは出て行った。空爆で所々穴の開いた石畳の上を彼はしっかりと歩いているつもりであったが、その足取りは端から見れば危ういものであった。 軍服の男達は、広場にテントを設営していた。その中に赤い十字マークを大きくつけたテントがあるのをセルジュは目ざとく見つけた。そのテントに走り寄る。 「軍人さん、姉ちゃんが！俺の姉ちゃんが怪我してるんです。」 既に軍服を血で汚した看護兵がセルジュの頭に手を置いた。 「お姉さんが？ここに連れてくることはできるかい。」 「できます！だから姉ちゃんを診てやって!!」 飛ぶように走って戻ると、兵士がぐったりとしたサラを抱えているのに出くわした。母親も一緒だ。 「姉ちゃん!!」 すると、サラを抱えている兵士が口をきいた。 「セルジュ、今医療テントに連れて行く。薬もあるし、応急手当もできる。」 それは、フォンク亭を贔屓にしてくれている防衛分隊の兵士だった。ただ、セルジュには今の彼が店に来て食事をしていく男と同一人物であるとは思えなかった。それほど、彼がいつも纏っている空気と今の空気は違っていた。 「う、うん。」 母親がセルジュの亜麻色の髪を優しく梳いた。 「お前はじいちゃんとばあちゃんと一緒にいなさい。母さん、サラと一緒にいってくるから。」 「う、うん。」 セルジュは戻って運び出したものの整理をしている祖父母のそばに行き手伝った。肩がびくびくと震え、涙が止まらなかった。……先程黒煙をあげていた火事は収まったようだった。上を見上げれば空は何事も無かったように青い。先程黒煙が巻き上がっていたことも、あそこから爆弾の雨が降ってきたことも。……地上に目を移しさえしなければ、すべて夢であったとしか思えなかった。 やがて空はその色を茜色に変えた。略奪行為が起きないように軍人達が巡回している。と、怒号が起こった。二人組で巡回している兵士を取り囲んで街の男達が数に力を得て怒鳴っている。 「女房も、子供も死んだ。軍は何をやっている！」 「ロビュ航空小隊は、帝国をこの街に呼び込んだだけじゃねえか。」 「ここは平和だった。あんたたちさえいなければ今も平和だったはずだ。」 「軍隊ってのは、国民を守るのが役目なんじゃねえのか？え、兵隊さんよ。」 「あんたらが、あんなもの、飛行機なんざ飛ばしてるから。飛行機が奴らを連れてきたんだ!!」 「そうだ、あんなものがあったから。」 セルジュはその声を聞いて堪らなくなった。その男達をセルジュは知っていた。みんな気のいいおじさんたちだった。なのに、なのに…… 「違うよ!!」 セルジュは走り出てどこからそんな大声が出るのか、と不思議に思えるくらいの大声で叫んでいた。 「どうして、どうして飛行機のことを悪いなんていうんだよ。……飛行機は全然悪くなんかない……爆撃をしたのは、飛行機じゃない。飛行機に乗っている人間じゃないか!!戦争を始めた帝国の誰かじゃないか！オオルリは俺達を守ってくれてる飛行機じゃないか。どうして怒鳴るのさ。どうしておじさんたちはそんなことをいうんだよぉ。どうして……」 兵士と街の男達の間に立って、セルジュはわあわあと喚いた。と、その肩にポンと手が置かれた。 「我々はユクトランド国軍です。我々は国を守ることを責務とし、そして、国民のいない国家などに意味がないことも承知しております。」 肩越しに見上げると、生真面目そうな軍人が立っていた。肩章から曹長とわかる。そう、確か、この人は……ドゥニさんとフォンク亭にきたことがある。確か防衛分隊隊長の……フランツさん……？ フランツ・ローナーは言った。 「……君の言うことは、おそらくは正しい。しかし、彼らの言うこともまた正しいのだ。……今は。」 セルジュのまわりから男達が慌てて散開していく。フランツに続いて何人もの兵士達がその場にやってきたからであった。 「フランツさん……何が起こったの？……オオルリ、三機も墜ちちゃって……パイロットのみんな、無事ですか？無事だよね？死んでなんか、ないよね？ フランツはそれには答えなかった……セルジュにとってはそれが答えに等しかった。防衛分隊隊長は続けた。 「街を鎮め、被害を把握し、対処するのが私達の隊に課せられた仕事だ。……君は君の仕事をしたまえ。」 肩に乗せられた手が一度強く押し付けられたけれど、フランツは行ってしまった。 「俺の……仕事？」 目をこすり、セルジュは鼻をすすった。男達も、兵士も店の前からはもういない。目の前には崩れたフォンク亭。 「俺の……仕事？」 それは一体なんだろう。 祖母が後ろからセルジュを抱きかかえる。 祖父の声が聞こえる。 「しっかりしとくれよ。セルジュ、お前はフォンク亭の跡継ぎじゃろうが？わしらの仕事は一体なんじゃ？そして、わしらはまだその仕事をできるだけの最低限のものはもっとるじゃろうが。」 祖母の腕の中でセルジュは目を見開く。 「そうか、そうだよね、じいちゃん！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 救護テントの中で、うつらうつらしていたサラは、カーンカーンという音で目を覚ました。薄く目を開けるだけで足と脇腹と頬の傷は心臓の拍動に合わせて鈍く痛む。あれは一体何の音？頭の芯をがくがく揺さぶるような耳障りな音。だが、その音に混ざって聞こえてきたのは弟の元気一杯の声だった。 『フォンク亭の特製スープ、フォンク亭の特製スープ！食器を持って来とくれよ！お玉に２杯こっきりだけど、いつもの味でやってるよ。今日だけ特別ただでサービス、フォンク亭の特製スープ、フォンク亭の特製スープ！』 「セルジュ……」 サラの発した小さな小さな声に母親が反応して白い手をきゅっと握った。 「サラ、気付いた？無理に動かないで。肋骨が折れているのよ。兵隊さんがね、静かにしていなさいって。」 「セルジュ……無事なのね。」 「ああ、ピンピンしてるわ。ああしてさっきから麺棒でフライパンを叩きながらで街を回ってる。……おじいちゃんたちが、傷みやすい食材を全部使ってスープを作ったの。焚き火の上に崩れたレンガでかまどを作って、あの、うちで一番大きな寸胴鍋を置いて……サラは眠っていたけれど、ここにもさっきもってきてくれたの。少し食べてみる？」 こくん、と頷いたサラに、母親は木でできたスプーンで、小鍋からスープをすくって娘の口に流し込んだ。 ああ、本当にいつもの味だ。口の中にできた傷に沁みるけれど、美味しい。……美味しい、と思えるなら、きっと自分は大丈夫なのだ。だってほら、人は美味しく食事をしている間は生きていけるのだもの。このまま死ぬことなどない。絶対にそんなことはないのだ。祖父母や母より先に死ぬ不幸を犯してはいけない。セルジュが一人前になる前に死ぬわけにはいかない。 「かあさん。」 「なぁに…？」 「わたし……歩けるようになったら、セルジュの隣で鍋をすりこぎ棒で叩くわ。」 母親は微笑んだ。 「そうね、そうして。賑やかでいいわ。あんたたち二人でまわったら、街の人たちもきっと元気になるわ。」 うん、とサラは言い、目を閉じた。まだセルジュの声が遠くから聞こえる。 夜のしじまの中、打ちひしがれる人たちの間を、場違いに明るいセルジュの声は風に乗って街の隅々にまで広がっていった。 |
| フォンク亭第三弾。そして、①に続いて徹頭徹尾恋愛要素ゼロ。本当にこれは乙女ゲームを基にしているのか!?捏造設定満載でお届けしております。 ルカ君ルートで見ることができるロランド復興に勤しむフォンク姉弟の姿が好きです。他のルートではその描写は無く、フォンク家の皆がどうなってしまったのかもはっきりせず、とあるルートではサラ姉さんが大変なことになってしまうわけなのですが、それは哀しすぎる、というのが私見です。やはり、フォンク亭はずっとロランドにあり、セルジュとサラ姉さんは逞しく前向きに生きていってくれないと!! 実際に空爆を受けた街の様子というのは、こんな甘ったるい状況ではないでしょうけれど、「どっこい生きてる」感が少しでも出せていれば幸いです。 フランツさんは隊長として指揮をとっている身ですから、このように自らロランドの街をぐるっとまわったりしていないと思いますが、セルジュと絡ませるために出てきて貰いました。<(_ _)>お忙しいところを引っ張り出して御免なさい、フランツさん。 |
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