帰路 |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 時期は大陸大戦終結の１年前くらい。ゲーム中ではすでに死去しているセルジュの父が主人公です。恋愛要素は全く存在しません。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
ロランドの街にある『フォンク亭』の主人ドニス・フォンクは、大の飛行機好きということで有名だった。店内の棚には自分で作った飛行機の模型を飾り、壁にかかっている絵も飛行機の絵だった。ユクトランド王国および友好国の空を飛んでいる飛行機の機種をすべて知っており、敵国の戦闘機の名前すらも大半を言うことができた。ドッグファイトには欠かせないマニューバ(高い技術を要するターンや急上昇、急降下などの技)もまるで自分がパイロットであるかのように身振りを交えて説明することができた。新聞で報道されたすべての「エース」の名を知っており、パイロットだという客が店に来たが最後、厨房そっちのけでその客のそばに椅子を並べてどっかと座り、飛行機談義に明け暮れる。 「あんたってば、パイロットにでもなる気？」 おかみさんに拳骨で脳天をゴチンとやられるまで熱を込めて喋り捲るドニスの姿は、フォンク亭の名物の1つだった。 その日、フォンク亭の扉には、“臨時休業”という札が下がっていた。いつもはあかあかと燃え続けているかまども今日は静かなもので、鍋はきちんと磨かれて壁の定位置に下げられている。 そして、ドニスは息子のセルジュと一緒に街の広場の北側の道を小走りに走っていた。 「父ちゃん、はやく〜！遅い遅い〜！」 セルジュは、振り向いて父親に手を振る。するとドニスは急に走る速度を上げた。あっという間にセルジュを抜き去る。セルジュはあわてて走り出したがドニスが少しだけ早く目的地にたどり着いた。崩れかけた小さな砦。崩れた、といっても、その砦は随分と古いもので、特に悲壮感もなにもない。砦の前の小さな明るい広場は、いつもはあまり人気(ひとけ）はないが、ときおり訪れる人の憩いの場所になっていた。 「いちばーん。父ちゃんの勝ち〜！」 大きな声でそう言ってニッと笑ったドニスにセルジュはふくれる。 「父ちゃんずるいや、俺に油断させて。」 そのセルジュに、ドニスは革を綴り合せて作ったボールをひょい、と投げた。 「ほい、セルジュ、来い！」 胸をドン、と叩くと、セルジュは笑って父親にボールを投げる。ドニスはふわりと山なりに息子に投げ返し、セルジュは体全体を使って力いっぱい投げる。続けていくうち、ドニスも熱が入ったのか全力でボールを投げ、それを受け取るたびにセルジュは嬉しそうに歓声を上げた。 「うわー、疲れた疲れた。セルジュ、少し休もう。」 砦の壁に寄りかかり足を開いて座る父親の膝の間にセルジュはもたれかかった。この場所は少し前、七歳になって卒業したはずだが、父親が徴兵されて遠くに行くことになって、セルジュは急にもっと幼い頃に戻って甘えん坊になってしまったようだった。ドニスはわしわしと自分と同じ色をした息子の少し癖のある毛を撫でた。 「父ちゃん、お腹すいちゃったよ。」 「母ちゃんたちがもうすぐ昼飯もってきてくれるからな。我慢我慢。」 妻は『先に出てセルジュといっぱい遊んでやって……出征前はこれが最後なんですもの。』とドニスを送り出した。その目が少し潤んでいたのにドニスは気付いていた。ぼんやり妻のことを考えていると、セルジュのはしゃいだ声がした。 「父ちゃん、父ちゃん！飛行機だよ。」 遙か遠くの空を偵察機が飛ぶ。セルジュもドニスも鷹のような視力を持っている。ドニスは息子の指差す方にすぐその機体を見つけた。まだまだこの時期飛行機はとても珍しいものであった。 「おう、飛行機だな！」 「うん、いいなあ、気持ち良さそうだなあ。」 ドニスの飛行機好きは遺伝もあったのか息子にまで見事伝染し、二人は青空をすいっと動いている王国軍機をゆったりと眺める。 「うん、ありゃあ哨戒任務ってやつだ。」 「しょーかい？」 「ああ、見張りさ。悪い奴が向こうから来ないかって。」 「そうか！……あのさ、父ちゃん。父ちゃんは軍に入ったら、飛行機に乗るのかな。」 ドニスは目を見開く。 「父ちゃんが……飛行機にか？」 セルジュはうん、と頷く。 「どうかなあ。きっとパイロットになるのは、士官学校を出た偉い軍人さんか、志願して軍に入った人たちだよ。それに、父ちゃんは飛行機は好きだが、そんなに器用じゃないしなあ。」 「器用だよ！父ちゃん、おっきなパンケーキを一発でえいってひっくり返せるじゃないか！」 パンケーキと操縦はだいぶん違うと思うぞ、とドニスは笑った。 セルジュは首を振り、父親の膝に自分の両手を置いて体を右に倒したり左に倒したりし始めた。どうやら飛行機を操縦しているつもりらしい。 「セルジュ、そりゃ違う。方向を変えるのは腕じゃなくて足なんだ。」 セルジュのまだ小さな足を自分の足の甲に乗せさせる。 「曲がりたい方に踏むんだと。うん、そう、そんな具合だ。」 この間店に来た男が酔った勢いで教えてくれた知識を息子に披露するとセルジュは喜んだ。……まあ、すぐに忘れてしまうのだろうが。 「やっぱり父ちゃんは凄いや！飛行機のこといっぱい知ってるし、きっと飛行機に乗れるよ。」 ドニスは笑いながら頭の後ろで手を組む。 「そうさなあ。乗れたら嬉しいなあ。おっ！そうか、飛行機乗りになれたら、凄腕のパイロットたちにも会えるかもしれないな!!」 「うんうんうん、でもさ、父ちゃんはきっとどんな人より強くなるんだよ。」 「それはどうかなあ。……父ちゃんはパイロットじゃなく料理人だしなあ。」 「ううん、きっと父ちゃんは一番になるんだ！」 笑顔で大きな声を出し、こちらに向かって振り向いたセルジュをドニスはしっかり抱きしめる。 「父ちゃん……？」 「父ちゃんが居ない間、ばあちゃんやじいちゃんや母ちゃんやティノさんやサラのいうこときいて店の手伝いするんだぞ。」 うん、と頷いたセルジュの次の言葉を聞いてドニスは笑った。 「うん、俺、父ちゃんくらいうまくパンケーキひっくり返せるようになって、パイロットになってみせる！」 だから、どうしてパンケーキをひっくり返すのとパイロットが繋がるんだ。とドニスはぐりぐりとセルジュのこめかみに拳骨をあてた。 「おとうさ〜ん」 サラの声が聞こえた。サンドイッチの入った籠を持ち、スカートを翻し、サラは小走りにやってくる。そのあとに妻、そして両親、一番後ろからは、ワインとブドウジュースのびんを抱えたティノがゆっくり歩いてくる。ドニスは立ち上がる。 “これが最後のピクニックになるかもしれない” 一瞬そんなことを考え、ああ、いかんいかん、そんなことを今から考えてはいかん、とドニスは自分の頭をぽかりと殴り、娘達に向かって大きく手を振った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 大陸大戦期には各国は持てるだけの戦力を投入した。空戦においてもその例外ではなく、素人ではあったが飛行機の操縦について妙に詳しく、そして、視力が優れていたドニスは航空部隊へ送られ、訓練もそこそこに実線に臨む事になった。 訓練と、最初の飛行こそ、高揚感がドニスの心を支配したが、あんなに憧れていたはずの空であるのに、彼はそれを楽しむことなどまるでできなかった。同じ部隊にいた志願兵の19歳の青年が初めての出撃で自分の斜め後ろを飛んでいていとも容易く撃墜されたとき、氷のように冷たいものが血管を流れた。それから数日眠ることができず、ぼうっとしていたところを上官に叱責され殴られ、蹴られた。口の中が切れて味わった血は鉄の味がした。死んだものは血を味わうこともできない。そう思うと青年の死を悼む気持ちと、なのに自分が生きていることを申し訳なく思うようなわけのわからない感情がドニスを襲った。 彼は職業軍人ではなかった。志願兵ですらなかった。彼はロランドの食堂『フォンク亭』の主人、料理人だった。 やがて、ドニスは敵機を一機撃墜した。同僚は皆で褒めちぎったが、彼は胃から苦くすっぱいものが上がって来ただけで、誇らしく思うことなどできなかった。そして、悪夢に苛まれた。あの帝国パイロットにも家族がいたのではないだろうか。自分と同じくまだまだ小さな子供を持った親だったのではないだろうか。……そう思いつつも、彼は命令に従って出撃し、機銃を撃った。逃げ場などどこにもなかった。彼の撃墜数はエースと呼ばれるまであと一機の四機となった。しかし、エースを目指すなどという気持ちはドニスには起こらなかった。 そうこうするうちに、四年の月日が経ち、その日がやってきた。あとちょうど３ヶ月で停戦となる日であった。 その日、彼は見慣れない帝国機を見た。そして、初めて見たのに、彼はその機体が何者なのかをすぐに理解した。 (帝国のエース、グリュンフォイエル!!) 彼の撃墜数は当時すでに70を越えていた。しばしフォンクは不謹慎にもグリュンフォイエルの飛行に見とれた。……無駄のないすべるような旋回。安定した飛行軌跡。 そしてそれは一瞬の出来事だった。グリュンフォイエルがすっとこちらに向かってきた。フォンクは咄嗟に旋回したが、相手の機銃がタタタタタ、と唸りをあげた。 エンジンが火を噴いた。 ああ、終わる。と彼は思った。 それは命の火がここで消える、ということだけではなかった。 全てが終わるのだ。 もう、機銃を撃たなくてよいのだ。死の恐怖に怯えなくてよいのだ。殺すことへの嫌悪に震えなくてよいのだ。 操縦桿を握らなくてよいのだ。そうだ、俺は料理人なんだ。この手はフライパンの柄を握るためにあるのだ。お客や、セルジュのためにパンケーキをひっくりかえすためにあるのだ。 (今還るから！) 妻が、両親が厨房で忙しく立ち働き、自分が大きなパンケーキをフライ返しでひっくり返すのを見てセルジュとサラが歓声をあげる。ああ、やっとあの場所に帰れる。 ドニスは壊れてもうまったく使い物にならなくなっている操縦桿を抱えるようにしてぐいと体ごと倒す。これでやっと自分は自由に飛べるのだ。若い頃から憧れていた空に向かって飛んでいけるのだ。ずっとずっと高くまで、きっと、きっと、これでうまくいく…… とうちゃん、ぼく、パイロットになりたい。 おお、そうだな！とうちゃんもパイロットになりたいぞ！ そしたら、どこまでとべるかきょうそうだね。 うん、うん、きょうそうしような。セルジュ、きょうそうしような。はやく、たかくとんだほうがいっとうしょうだ。 ドニスの機体は、しばらくそのまま空にとどまっていた。彼の目は急旋回してもう一度こちらに向かってきたグリュンフォイエルを見ていた。 (ああ……凄いマニューバだ。……飛行機に、あれだけのことができるんだなあ。綺麗な……綺麗な、なんて綺麗な飛行だろう!!) グリュンフォイエルは急激に高度を落としていくユクトランド機のコクピットを見、パイロットを見て混乱した。今まで撃墜してきたパイロット達は、墜ちていく途中、恐怖で凍りついた表情をしていた。しかし、このパイロットは笑っていた。口元に笑みを浮かべ、楽しそうに笑っていた。 グリュンフォイエルは、撃ってはならないものを撃ってしまったような不思議な気持ちに捕らわれた。いや、確かにこのパイロットだけは撃ってはいけないものだったのだと彼は次の瞬間には確信したのだった。 緑の翼のケーファーは自らの過ちを詫びるように機首を下に向け、墜落していく飛行機にならぶ。そのようなことはできようもないが、まるで助けようとするように。 すると、パイロットはこちらを向き……微かに、だがはっきりとグリュンフォイエルに向かって手を振ったのだった。まるで(ありがとう！)というように。 「！」 グリュンフォイエルが急上昇したときに、ユクトランド王国機は地面に激突して大破炎上していた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「悪いな、また俺の勝ちだ。」 深夜。格納庫で下級兵士の声が響いた。 一人、駐屯地内を歩いていたグリュンフォイエルは突然聞こえてきた声に反応し、聞き耳をたてた。彼らは撃墜した敵機から金属を回収する役目を負っていた。配線などでそのまま使えるものは使い、壊れたものは鋳融かして新たな部品に生まれ変わらせる。 「しかし、ユクトランド王国ってのは“Ｆ”がつくやつが多いのか？この前も“Ｆ”で始まる奴だったじゃねえか。」 「疑うのか？ほれ、この認識票を見ろよ。間違いなくＦだろうが。」 男は引きちぎられ黒く変色した認識票を相手に突き出した。相手はそれを見、悔しそうに懐から紙幣を抜き出すと認識票をぶらぶらさせている男に投げるように渡す。 と、グリュンフォイエルその人が足音も立てずに二人の横に立っていた。兵士二人は緊張し敬礼をする。帝国のエースパイロットであるその男は、部隊内の誰とも交わろうとせず、仲間からも『死神』と呼ばれ、恐れられていた。その瞳には表情というものがなく、だがしかし、体中から異様な“気”というべきものが発散されている。 「……その認識票は、俺が撃墜した男のものか。」 兵士は敬礼をした姿勢を崩さず、はい、そうです。と答えた。 「……ならば、その認識票は俺が預かろう。」 すぐに認識票はグリュンフォイエルの手の中に落とされた。 「……行ってよいぞ。」 グリュンフォイエルの抑揚のない声は、二人に『ここから立ち去れ』と告げていた。逃げるように駆け出した二人の姿をグリュンフォイエルは追ってはいなかった。格納庫からもれる明かりに手の中のものをつまんでかざすと、そこには男の名が見て取れた。 「“ドニス・フォンク”……」 グリュンフォイエル――ヨハン・レーヴェンハルト――は、親指の腹で黒く煤けた認識票を丁寧に拭うと、白いハンカチで大切そうに包んだ。 「…………」 ヨハンが北を向き、星空を見上げる。そこに、この男の故国がある。 ヨハンはハンカチを左胸のポケットに入れ、そこに右手をあてた。 久しく感じたことのないあたたかい感情がそこから流れ出てくるような心持ちがした。 自分は明日も飛び、命令どおりに敵機を屠るだろう。何の感情も感慨もなく。 しかし、……しかし、今日落とした男のことは決して忘れない。そう、……もしかしたらいつか…… ヨハンはしばらく立ち尽くしていたが、自分でも驚くほど力を込めて一歩をそこから踏み出した。 それが、ドニス・フォンクのロランドの街への帰還の始まりであった。 |
| 例によって、裏設定が公開されたらどうしようもなくなりそうな文です。 (09.10.16追記：どうしようもならなくなりました(^_^)。話の大筋に無関係なところはオフィシャル設定に合わせましたが、ヨハンが「撃墜後二年の間、ドニス・フォンクを自分が撃墜したことを知らなかった」というオフィシャル設定は、話を根底から覆してしまうので、無視しました。あくまでこのサイト上の「if」話だということでご了承願います) ゲーム中ではヨハンは「偶然」に認識票を手に入れたといっていましたが、いったいどういうことだったんだろう。撃墜数80を数えるヨハンの心に残ったたった一度の撃墜。話をしてもいないのに(認識票を手にしたのが偶然なのなら、言葉を交わしていないはず)ヨハンの心を動かしたということは極めて異常な状況だったのだろうな……と思ったらこんな話に。 ティノさんルートからうかがわれるドニス父さんの性格は、もっと静かで懐が深い気もするのですが、セルジュの飛行機好きはお父さん譲りだったとするとこんな感じかなあと。 |
戻ります |