それは、宝の鍵 |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 アレックさんルートED後。「鍵」の話です。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
初めて見たのがいつだったのはわからない。それはとても古い記憶で、自分はまだ言葉を話すこともできない赤ん坊だったはずだ。父のがっしりとした腕で胸に抱かれて安心しきっていて、父の顔を見上げ、そのときにきっと目に入ったのだと思う。キラキラとではなかったけれど、それはお日様の光があたるとところどころが少しだけぴかっと光って、不思議な形とあいまってとても面白いものに思えて手を伸ばして何度も触れた。口に入れたこともあったかもしれない。 父は、その銀色の小さな鍵を、無骨な太い革紐に通していつも首にかけていた。お風呂に入るときと夜寝るときには外していたと母は笑いながら言っていたけれど、それ以外の時は、食事のときも、仕事場でも、日曜に教会の礼拝に行くときにも、首から外しているのを見たことがなかった。エリカは、優しくて大きくて、自動車のことなら何でも知っていて教えてくれる父が大好きだったので、父が身に着けているその「鍵」のこともとても気に入っていた。そして、また、あの鍵はいったいどこの鍵なのだろう、と不思議に思っていた。あれはきっと秘密の鍵なんだわ、とエリカは考えた。お母さんに読んでもらった絵本では、特別の鍵で宝箱が開いて、そこには宝石が一杯入っていた。お父さんの鍵も宝の鍵で、宝石よりももっともっと凄いものが入っている箱が開けられるんだろう。きっと、そこには魔法の部品が入っていて、整備場に居る子(自動車のこと)たちに使うと、風より早く走れるようになったりするんだわ！ そう思ったらいてもたってもいられなくなり、エリカは父がシャワーを浴びている間にうん、と精一杯の背伸びをして脱衣場の物載せ台から銀色の鍵を失敬した。そして、鍵穴がついている箱という箱に鍵をつっこみまわしてみようとしたが、鍵の合う箱はどこにもなかった。小さな箱の小さな鍵穴には鍵は入らず、大きな箱の大きな鍵穴には鍵は入ってもうまく回せなかった。そうこうしているうちに、鍵がなくなったことに気付いた父親は工具小屋に足を投げ出してぐずっている一人娘を抱き上げて紅葉のような小さなその手から鍵を取り上げ定位置である自分の首にしっかりと掛けた。 黙って鍵をとっていったことを厳しい調子で叱ると、エリカは何度も何度もしゃくりあげながらゴメンなさい、ゴメンなさい、と繰り返した。アントニー＝アレーニアは、どこがいけなかったのか問いかけながら確認させ、同じことをしないと約束させてから、40歳をはるかに越してから授かった愛娘を片腕で抱き上げ大きな無骨な手で頭を愛しげに何度も撫でた。そして開いている方の手で鍵にそっと触った。 「どこの鍵だか知りたいか？」 エリカは緑色の大きな瞳を見開いた。悪いことをしてしまったので、訊くのを少し躊躇ったが、もともと盗んでまで確かめたかったのだ。エリカは勢いよくコクコクと頷く。 「教えてやりたいが、教えてやれない。」 エリカのキラキラした瞳が曇る。アントニーはまた娘の頭を撫で、前に落ちてきた髪を耳にかけてやる。 「これは父さんの父さんが、今の父さんと同じように首にかけていたんだ。父さんも子供の頃エリカと同じようにどこの鍵か知りたがったが父さんの父さんはやはり教えてくれなかった。教えてくれなかったが、『これはお守りになるんだ。なんたって神様のお墨付きだからな』、と、いつもいっていて、父さんが10歳になったときに、くれたんだ。これはお前のことも守ってくれるから、ってな。」 普段無口な父親が饒舌にそれだけのことを一気に喋り終わったとき小さなエリカは首をかしげた。 「かみさま……の、オスミツキ？」 ああ、まだお前にはわからないな、とアントニーは微笑み、また娘の頭を撫でた。 その『神様のお墨付きのお守り』という言葉はそれから何回も父の口から出た。『お墨付き』の意味がわかるようになったエリかも、何故この鍵が神様のお墨付きなのかはわからなかったが、父の誕生日に父の頬にキスをすると同時に、鍵に向かって『今度の一年もお父さんのことを守って下さい』とお祈りするようになった。 エリカの十歳の誕生日がやってきたとき、アントニーは自分の首から無造作に鍵を外し、エリカに渡した。女の子へ贈るにはそれはあまりに無骨で紐にも自分の汗が染みとおり乾くと塩が吹いていは居たが、エリカは、とても喜んだ。喜んだ後で、でもいいの？と見上げてきた。これはお父さんのお守りなのに、私が貰ってしまっていいの？それに対してアントニーは答えた。前にもお前に教えたように、父さんも10歳のときに父さんの父さんから貰ったんだ。父さんはこの年になるまで大病をすることなくやってこられた。今度はお前が守ってもらえ、と。エリカは有難う、お父さん、と父の首に飛びつき、すぐに自分の首に掛けた。それから今まで、首から外したことはない。父と同じで、夜寝るときと風呂に入るとき以外は…… ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 就寝前の休憩時間、休憩所で待ち合わせたアレックに、いつも肌身離さずつけている鍵のペンダントのことを尋ねられ、エリカは以上のことをゆっくりと話し、アレックがどんな反応をするか期待半分、不安半分で待った。だが、アレックはゆったりと微笑んでいるだけだった。 「あの、私くらいの年の女性が、こういったものを下げているのっておかしいでしょうか。」 いきなり、どうしたの？とアレックは首を傾げる。 「……カレンが、二十歳すぎてこういうものを下げているのって珍しいって……胸の開いていないブラウスなら服の下に隠してしまえるけれど、そういうことじゃなくて、これから人の奥さんになる人がそんなんじゃ変だって。……ペンダントにしては、大きすぎるし、形も綺麗じゃないし、光っていないし、革紐も古くて……何か別のはないの？って……父から貰った大切なお守りだって話したら、今の忘れてって言ってくれましたけど……」 すると、アレックは、隣に座ったエリカの首にそっと触れ、エリカに許可をもらってから鍵を胸元から少し持ち上げると、『今までエリカを守ってくれてありがとう、これからも頼むよ』と音をさせてその銀色の小さな金属にキスした。そして、そっと鍵を胸元に戻し、『俺はこの鍵が大好きだよ。』と微笑んだ。エリカは大好きな人が今まで以上に大好きになってその鍛え上げられた腕にしっかりと抱きついた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ これからもずっとこのお守りをずっと首に下げて生きていくんだわ。エリカはごく自然にそう思っていたけれど、それは、思ってもみなかった人の言葉でおしまいになった。 それはエリカの結婚式の日だった。王都にあるエリカの実家が結婚式の会場で、エリカは母の手によって着飾らせて貰っていた。以前、婚約の報告をしに帰ったときに一度サイズ合わせのために袖をとおした、母が昔着たというウエディングドレス。再びそれに袖を通し、背中のファスナーを上げたとき、母であるリズ＝アレーニアは、こともなげにその大切な鍵に手をやって、エリカの首から外そうとしたのだ。エリカは慌て、自分の右手でギュッと鍵を握り締め、待って、お母さん、待って、鍵を取らないで、と訴えた。リズは顔を青くしている娘の背を優しくさすった。しかし、きっぱりと言った。 「エリカ、鏡を御覧なさい。」 姿見の中に、花嫁衣裳を身に着けた自分が映っている。肌はそんなに開いていないが、いつもの普段着と比べれば襟ぐりは開いていて鍵も、革紐もはっきり表に出てしまっている。そして、ふんわりしたレースで飾られた純白のドレスには革紐も、鈍い銀色の無骨な鍵も、実に似合っていなかった。 「ね、ほら、……これを首にずっとかけているわけにはいかないわ。大丈夫、大丈夫よ。エリカの大切なお守りが首になくても、母さん達が傍にいますからね。心細く思うことは何もないの。ほら、髪を結う前に外すわね。」 娘が頷いたのを確認し、リズは娘の首から鍵を外した。しかし、エリカの目には涙が浮かび、一度スン、しゃくりあげると、先ほどまで鍵がぶら下がっていたあたりに拳を当て、声を上げて泣き出してしまった。 結婚式は幸せな日であると同時に、とても心が敏感になり、少しのことで泣きたくなったりする。自らの経験でそれをよく知っているリズは娘の頭を抱きしめて、大丈夫よ、大丈夫だからね、と何度も囁いた。その、母の抱擁の感触が消えた。次に顔を上げるときには笑っていなくては。嫁ぐ日だというのに、母に泣き顔を見せてはいけない、とエリカは奥歯を噛み締めた。でも、どうしよう。寝るときにはごく普通に首から鍵を外して、それでも不安など感じずにぐっすりと眠れたのに、今、首から鍵をはずしたら、不安で仕方ない。どこかにぽっかり穴が開いてしまったような気がして、とても胸が寒い。今までそれほどこの鍵に執着していたつもりはなかったのに、無くなったらまるで自分が自分でなくなってしまったような気がした。苦労して涙を止め、顔をあげると、そこにはリズが呼んできた父、アントニーの姿があった。 「お父さん……」 うまく笑えていないのを自分ではっきりわかっているエリカは、声も酷く震えていた。 アントニーは、いつもエリカの首にあった鍵を、右手に掴んでいた。 「私、……駄目かもしれない。お守りがないと、心細くて……私、結婚式なのに……」 すると、アントニーは娘を子供のときと同じように抱き寄せた。エリカははっとする。エリカが大きくなってから、こうして抱き寄せられたことは父の代わりにロビュへ徴兵されていったあの別れの朝以外一度も無い。 「……エリカ」 彼は腕を放し鍵をエリカに握らせ、そして、なにかしくじりをして必要以上に落ち込んでいる徒弟に対してよくするようにトン、と愛娘の肩に手を置いた。 そして、言う。 「これは、なくても大丈夫だろう。……新しく肌身離さず持つものができるのだから。」 何のことかわからず不安げに父を見上げるエリカに、アントニーは、自身の左薬指にある指輪に触ってみせる。 エリカはそれには納得できない。 「だって、指輪ははお父さんのくれたお守りじゃないもの！私は、私はお父さんの……！」 父は怒らず、悲しそうでもなく、微笑んでいた。 「……ありがとう。エリカ、ありがとう。俺の娘。…………お前は鍵を大切にしてくれている。それで十分だ。」 父に見つめられ、エリカは頷き、化粧台の上にコトンと鍵を置いた。アントニーはまたトン、と一つエリカの肩を叩いて部屋を出て行った。再び入ってきた母にエリカは一度抱きついてお母さん、大好き、もう大丈夫、もう大丈夫、と輝くばかりの笑顔を見せた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 鍵は、婚約指輪を初めとした、ごく少数の、だが、それぞれに想いの込められた装身具と一緒にアレックに買ってもらった木製の美しいアクセサリー箱に収められた。そして、出かけるときには必ず鞄の中に入れて出かける。鞄に入れる前、エリカは必ず銀色の鍵をぎゅっと握って有難う、と鍵に心で語りかけ一度首にかける。常時身に着けてはいなくとも、銀色の無骨な鍵は今でもエリカの大切なお守りだった。父の父が身につけ、父が40年以上身につけ……この鍵は自分に勇気をくれ、叱咤激励してくれる。一度首にかけたものをエリカは外し、鞄に入れる。そして、仕事中、ドックの中ではしっかりと首からかけて身につける。小隊を出るときにまた鞄にしまい、家に帰ると、今日もありがとう、と鍵を労ってからまたアクセサリーの箱の中に戻すのだった。 年月が流れた。休日、皿洗いが終わったエリカは、長女のアマリアが居間に足を投げ出して座り、楽しそうに何かを目の前に掲げてみているのに気付いた。それはアクセサリー箱だった。棚の上に乗せて置いたのに、このお転婆な四歳児はミシン用の丸椅子を運んできてそれによじ登って箱を掴み、下ろしてきたらしい。 駄目よ、棚のものは勝手に触っちゃ駄目っていっているでしょう、と声をかけたエリカに、アマリアは、他のいろいろな金や、銀や、綺麗な石のついた装身具には目をくれず、銀色の無骨な鍵を母親に向かって得意げに掲げ持った。 「お母さん、アマリア、鍵を見つけたの！すごいでしょ！とってもとっても綺麗な鍵でしょ！ほら！この中で一番凄い宝物よ！」 エリカは大きく目を見開いた。言葉が出ない。なんといってよいのかわからない。そして、無言でアマリアを抱きしめた。 「お母さん？」 きょとんとするわが子を抱きしめながら、エリカは何故だか涙がどんどん溢れてくるのを止められなかった。 「お母さん？」 エリカは、そうよ、それは、なにより凄い宝物の鍵なのよ、と囁いて、まだ何もわかっていないわが子の首に、大切なお守りをそっとかけてやった。 |
| 「鍵」の話。エリカちゃんはいつも銀色の鍵を首からかけていますが、あれは一体何処の鍵なのだろうとずっと不思議に思っていました。ゲーム中には、鍵についての言及はありませんでしたが、おそらく公式の裏設定はあったのでしょうね。ただ、それが明かされないままで終わってしまいましたので、あれやこれやと自分で考え続けておりました。単に、「鍵形のアクセサリー」とは、エリカちゃんの性格上ありえない。だったらあれは本物の鍵であるはず。ならば、どこの鍵？エリカちゃんは鍵を開けたときに何がそこにあるのかわかっているのか、わかっていないのか？……あれこれ考えた挙句の捏造設定です。 アントニー父さんが生まれたのは1863年。「風色」は架空世界ですが、現実のヨーロッパでは1827年に蒸気自動車が定期バスとして使用されはじめていますから、アントニー父さんのお父さんは、自動車の黎明期が青春時代であり、自動車改良に腕を奮った職人さんではないかと思います。この話の中では「何の鍵」なのか明かしてはいませんが、自己設定としては、あの鍵は「一般の人が見てもどこが宝なのかわからないが、職人魂を持った人にとってはこの上ない宝」がつまっている箱の鍵ということになっています。お祖父さんがお父さんに、お父さんがエリカちゃんに、そして、エリカちゃんはアマリアちゃんが10歳になったときに鍵を渡していきます。アマリアもまた、将来職人魂を持った飛行機設計士に育つはず(お兄ちゃんのディックは、パイロットになるため、鍵を受け継ぐことはありません)。そうして伝えるうちに「宝箱を開ける為の手段」だった「鍵」は、「それ自身が宝」に変化していくのかなあ……とまあそんな話です。 アマリアちゃんが10歳になるまでは、ドックでエリカちゃんが身につける以外は普段、箱にしまわれている鍵ですが、家族でピクニックに行くとき等にはちゃんとエリカちゃんの胸を飾ります。アレックさんはそんなとき、いつかしたように、鍵にそっとキスして、そのあと愛する奥さんにもキスしていればよいと思います。 |
戻ります |