撃墜王と看板娘

ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。
製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。
時期はエリカがロビュ小隊に入隊する前。舞台はコリン赴任後間もない時期のフォンク亭。セルジュは変声期も迎えていない子供です。
ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。

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　国境の町、ロランドに隣接したロビュ小隊に、新しく一人の若い士官がパイロットとして赴任してくると聞かされたとき、多くの兵士達は彼がいかような人物かを噂しあった。曰く、士官学校を優秀な成績で卒業したそうだ、曰く、かなりの操縦技術をもっているらしい、曰く、何でも貴族ではないが有力な家の長男だということだ、曰く……
　そして、もしも厳格が服を着て歩いているような…つまりは副指令のような人物だったらどうしよう。ということになり、彼が来るのを彼らは戦々恐々として待っていた。

　しかし、その人物、コリン・グレイディーア中尉がやってきたとき、心配は杞憂に終わった。むしろ銀の耳飾を両の耳にきらっと光らせ、下士官達にも気さくに挨拶してくる愛想のよい士官らしからぬ雰囲気、そして僅か一週間の間にロビュ小隊に属する女性兵士全員――会計を生業とする50のご婦人にまで――個人的に声をかけたという実績に、『これから一年の間に、中尉が副指令によって営倉送りにになる回数』が賭けの対象になったほどであった。

　そして、中尉が他の部署に所属する者の中で最も初期に親しくなった人物の一人が、補給班のドゥニ・ブロッホ上級曹長であった。……理由はいわずもがな。

　「コリン、お前は目のつけどころがイイ！そうそう、あの子は無愛想に見えてはにかんだときが最高なんだ！初対面でそれに気づくとは……」

　「いやいや、ドゥニさん、普通は気づくでしょ？それに気づかない男がいるなんて俺には信じられないですよ。あの笑顔は得がたいですよね！」

　このロビュ小隊は軍務以外では階級に関係なくファーストネームで会話する一団がいるが、それにしてもこの二人、いきなり意気投合したのは、相通じるものが無闇に沢山あったからだろう。今、二人の前の机にはロランドの街の地図が広げられ、ドゥニの指が家並みを辿っていた。

　「この花屋の看板娘のジョゼちゃんも可愛いぜ。」

　「あ、ブロンドのミツアミちゃんですよね〜。あはは〜この間の半休に一緒にお茶しちゃいましたぁ」

　「うお！ここもチェック済みか?!っていうか、もうおとしちまったの？……むーん、侮れねえ……士官学校卒の戦略おそるべし……」

　「嫌だなあ。別に士官学校でいろいろ教わったわけじゃないですって。……あのガッチガチの狸みたいな戦略担当の教官先生がそういうことを教えてくださるなんて考えただけで爆笑モンですよ。」

　ドゥニは大口開けてコリンと一緒に笑う。ドゥニの指先が一軒の家を指差した。

　「この粉屋の看板娘、カトリちゃんも可愛いんだが、この子はやめとけ。今度の春、隣町の若いのと結婚することになってっから。」

　コリンはにっこりと目を細めた。

　「ああ、やっぱりそうだったんですか。お誘いかけなくて正解正解。」

　「……ごあっ、コリン、おまっ！そんなとこまでわかっちまうわけなの?!……」

　「えー？だってわかりますよ。……挨拶したとき、その子の瞳の中に俺が映っているか俺以外の男が映っているか……俺も若いうちは何度か失敗しましたけど。あーでもお付き合いできなくて残念は残念だけど、女の子のああいう満ちたりた幸せそうな顔もいいものですよねー。なんつうか、兄さんになった感じ？」

　ふうっと遠い目をするコリンの後頭部をドゥニはパカンとはたいた。

　「20代前半の若いモンに、いたいけなオジサンがそういう百戦錬磨なご感想吐かれちゃうとなんかもー腹立つなーって。コノヤロコノヤロ〜〜！」

　そのままこめかみをげんこでぐりぐりとやるドゥニに痛い痛いとコリンは叫びながら笑う。

　「よ〜し、そんじゃロランドのこの地区のチェックを続けるぞ〜。この店、フォンク亭には行ったか？老舗の料理屋だ。」

　ドゥニの人差し指の先が置かれている大き目の店をコリンはじっと見る。

　「ああ、名前は耳にしたことあります。そうとうイケル店ってことですよね。行ったことはないですよ。この隊の食堂、士官学校に比べようがないほど旨いですし、女の子誘うには賑やかな食堂より、洒落た小さな店の方がいいですし〜。」

　するとドゥニはにやっと笑った。

　「ふっふっふ、するとこの店のカワイコちゃんはまだチェックしとらんな。サラちゃんは店に入っていかんと会えないからな〜〜。」

　「サラちゃん？」

　「おうさ、フォンク亭の看板娘がサラちゃんさ。まだ16歳になったばかしだがちょっと大人っぽい感じで、そりゃあふわふわ〜ふわふわ〜って。」

　「『ふわふわ〜』？」

　「そうよ、サラちゃんはまさにふわふわ〜、だな。会えばわかる。スカートがふわふわ〜。長い髪がふわふわ〜だろ。笑顔がふわふわ〜、すれ違い様ちょろっと触った腰の感触も……ごあっ！」

　いつの間にかドゥニの背後に立っていてドンと背をどやしつけたのは補給班の伍長、アレックだった。まだこのロビュに転属してから間がないが、昔からいたかのように随分と落ち着いた佇まいだ。

　「アレック、おまっ、いつからここにいたわけ!?」

　「……フォンク亭の名前が出たあたりからですよ。ドゥニさん、そんなに驚くことはないでしょう。俺は補給班で、ここは補給班の控え室なんですから。」

　コリンはアレックに笑顔で会釈した。小隊の兵士達からファーストネームで呼ばれる率が圧倒的に高いのはこの二人である。『ドゥニさん』『アレックさん』……多分、その理由は根本的に違うが。

　「全く……ドゥニさん、あんまり度を越すと、奥さんに告げ口しちゃいますよ？」

　「……お前だって若い頃は随分遊んだクチだろうがよぉ……」

　「何か？」

　微笑むアレックにドゥニは沈黙した。そして、コリンに向き直る。

　「グレイディーア中尉殿。」

　「いやだなあ、アレックさん、前にも言ったでしょ、コリンでいいですってば。俺、そんなに大層な人間じゃないんだから。」

　「では、コリン、サラちゃんを撃墜してはダメだよ？」

　「え？」

　アレックはしごく真面目な表情である。この補給班伍長は穏やかで常に周りを気遣う優しい人物だとは聞いているが、今目の前にいる彼からは、何か別の、こちらに迫ってくるような大きな感情を感じた。

　「……遊びでなく、真面目に付き合うのなら別だけれどね。」

　コリンは声をひそめた。

　「もしや、アレックさん、そのサラちゃんって子を狙ってます？」

　ドゥニが爆笑した。

　「あー、コイツはそういうのはダメなんだって。広く普く誰にでも優しいが、昔に全開で遊んじまったんだかなんだかわかんねーけど、今は絶妙に枯れちまってて。」

　「……ドゥニさん、枯れてるわけじゃないですが。俺、ドゥニさんより１つだけですが若いですし。」

　「え〜!?アレックさん、ドゥニさんと１つしか違わないんですか？どうみても30そこそこにしか見えない！40代なんですか!?」

　ドゥニが仏頂面になる。

　「そこで驚くかよ？あのなあ、俺だってまだ30代だって。……四捨五入すりゃ40だけどな。……俺はサラちゃんに声かけてもどうってことないと思うけどなあ。むしろかけてやった方があの子のためだって。第一サラちゃんに辿りつくまでにあそこには高い高いハードルがあるだろ？俺はこのあいだ、アレに思いっきり足踏まれたぞ。アレック、お前も何かやられたことはねーの？」

　「……ドゥニさん、また何をやらかしたんですか。……俺はそんな経験ありませんが。」

　「こりゃ、お前は『安全』てレッテル貼られたな……嘆かわしい、嘆かわしいぞ！独身男がそんなレッテル貼られるなんて、俺は上司として情けない。」

　アレックはため息をついた。彼にとってはこうして大げさに嘆いている上司の方がよっぽど情けないのだろう。

　「……何を言ってるんですか。話を戻しますよ。確かにあのハードルは高いですが、中尉はパイロットです。ハードルの機能を果たさないでしょう。」

　「そうか！そうだったな！おい、コリン、チャンスだぞ。……ていってもな。いくらお前さんが撃墜王でも、サラちゃんのガードは固いぜ!!撃墜できたら、奇跡だ。今度アタックかけてみろ！」

　「……だからドゥニさん、若者にそういう発破をかけるのはやめたほうがいいですよ。コリン……本当に、サラちゃんを軽い気持ちで誘惑しないようにね。」

　「いやだなあぁ、アレックさん、女の子を誘うとき、俺はいつも真面目だし、本気ですってば。女の子は世界の宝！蔑ろにしたことなんて俺、一度もないですよ？」

　ドゥニはにやにやし、アレックは心配そうに眉を下げている。二人を前にして、ロビュ小隊の伊達男はにこやかな笑顔を浮かべながら、ひとまず今度の休日にフォンク亭に行くことを決めた。


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　コリンはロランドの街、フォンク亭へと続く石畳の道を歩いていた。太陽は昼から少し西に傾き、食堂ならば昼の戦争のような忙しさからやっとふっと一息つけるような時間。そんな時を彼は狙った。手には道端で買った仰々しくない小さな可愛らしい花束。もしもその「サラちゃん」に会えなくても、花を渡したい女の子はこの街に山ほどいる。無駄にはならない。

　食堂のドアを開けると「いらっしゃいませ〜」というおっとりふんわりとした少女の声がコリンを出迎えた。

　(こちゃあ幸先いいや、サラちゃんは店にいるようだ。)

　厨房の中で片づけをしていたのか、エプロンで手を拭き拭き現れたサラは、コリンを出迎えてにこにこ〜と笑った。

　(か、かわいい。)

　ドゥニの言ったとおり、16歳にしては随分大人びて見える。しかし、にっこり笑った笑顔は、まさに『ふわふわ〜』という擬態音が聞こえてきそうな可愛らしさだった。背まで延ばした大きくウェーブのかかった髪もふわふわで、思わず腕を伸ばして触りたくなる。

　サラはコリンをじいっと見て言った。

　「初めてのお客さまですか〜。」

　「よくわかるね、俺がここ初めてだって。」

　「はい、一度いらして下さったお客さまは覚えてますから。」

　「ふーん、サラちゃんって記憶力いいんだ。」

　するとサラが緑の瞳を大きくし、目を丸くする。

　「あら、私の名前、御存知なんですか。」

　「フォンク亭の看板娘、サラちゃんの名前を知らないなんてモグリだって、小隊で言われて教えてもらったんだ。あ、俺、今度ロビュ小隊に赴任してきたんだ。この店が美味しいって聞いて。ちょっと時間がずれちゃってるけど、昼ごはん頼めるかな。俺、メニューよくわかんないから適当に見繕ってくれると嬉しいなあ。おススメで頼める？」

　「はい、大丈夫ですよ〜。さあ、奥へどうぞ。」

　案内されて席についたコリンは、思い出したように花束を差し出した。

　「あ、これ、さっき歩いてて可愛いなって思って買っちゃったんだけど、俺の部屋には花瓶もないし、よかったらサラちゃん貰ってくれる？」

　サラは嬉しそうに受け取った。

　「有難うございます〜。さっそくお店に飾りますね、このお花もたくさんのお客さまに見ていただいた方が喜ぶと思いますから。」

　終始にこやかに接するサラにコリンは手ごたえを感じていた。

　（うん、本当にいい子じゃないか。それに、イケル、いけるぞ！」

　「ロビュ小隊の方々には贔屓していただいているんですよぉ〜。お客さまもよかったら度々いらして下さいねぇ。」

　「うん、なんか落ち着けそうな店だし、ちょくちょく寄せさせて貰うかも。俺、こういう雰囲気好きなんだ。あ、そしたら名前も覚えてもらった方がいいかな。俺、コリンっていうんだ。よろしく。」

　すると、厨房からタタタタタ、と小さな影が走ってきて、サラの前に守るようにドン、と立った。

　「ねえちゃんをゆーわくするなっ！」

　まだ声変わりもしていない少年の、客にたいしてのあんまりな言葉にコリンは怒るよりむしろ笑い出しそうになった。

　「セルジュ〜、お客さまにそんなことを言ってはダメよ〜。ごめんなさいね、コリンさん。」

　(これがハードル？)

　コリンはドゥニとアレックとの会話を思い出しながら、できるだけ怖い顔をしようと頑張っている少年を笑顔で見つめた。

　「だって！この人、コリンっていうんでしょ。この間、小隊から来たお客さんが、俺に言ったんだ。『セルジュ、小隊からコリンって人がきたら、姉さんを守ってやれ』って！俺、父ちゃんが帰って来るまで父ちゃんの代わりに姉ちゃんを守るんだからな！！」

　そんなことを言ったのはどこの誰だ、とコリンは叫びたくなったが苦笑するに留めた。そして『あらあらまあまあ〜』と自分を検分しているサラに笑いかけた。

　「俺、誤解されてるんだと思うんだけど〜。」

　「ふふ、構いませんよ、どちらにせよお客さまですもの〜、大歓迎するわ。」

　「サラちゃーん、信じてよ〜。ロビュ小隊航空班所属コリン・グレイディーア中尉、嘘なんかつかないってば。」

　すると、目の色が変わった。サラではなくセルジュの。

　「お客さん、航空班の所属なの!?」

　「ん、ああ、そうだけど。」

　「もしかして、パイロットなの？」

　「ああ、フライキャッチャーに乗ってるよ。」

　セルジュはしかめっ面からくしゃくしゃの笑顔に豹変すると、コリンの隣の椅子に飛び乗って目をキラキラと輝かせた。そして、次の瞬間には椅子から飛び降り、意味も無く腕をぐるぐると回した。

　「ねーちゃん、このお客さん、パイロットなんだって！きっといい人だよ！あ、ちょっと待って、すぐにお茶入れてくるから。ねーちゃん、ねーちゃん、早く早く！かあちゃーん、ランチお一人様至急至急！お客さん、お腹すいて死んじゃうよ！兄ちゃん！ご飯食べながら飛行機のこと話してくれる？俺、飛行機大好きなんだ!!ほんとに、よかったらでいいからさ、でも話して欲しいけど!!ほら、ねーちゃん、突っ立ってないで早く早く!!」

　サラはゆったりと微笑んでから

　「ごめんなさいね〜弟は飛行機が大好きで〜」

　といいつつセルジュのあとを追いかけて厨房に入っていった。

　それから、コリンはセルジュの質問攻めに遭い、サラとゆっくり話すどころではなかった。しかし、コリンはその時間を十分に楽しんだ。サラを攻略するのにはこの元気モノの弟に好印象を与える必要があるし、セルジュは本当に飛行機のことが大好きで大好きで、話していてそれが伝わってきてとても気持ちがよかった。それに、フォンク亭の料理は噂どおりに旨くて……勘定を済ませ席を立つと、サラは頭を下げた。

　「コリンさん、本当に御免なさい。セルジュが煩かったでしょう？」

　「あ、いいいのいいの、俺も楽しかったし。料理もとっても美味しかったよ。」

　その言葉に嘘はない。

　「よかったらまた来て下さいね〜。」

　「ああ、もちろん」

　『サラちゃんにまた会いたいしね』と付け加える前にサラの方が口を開いた。

　「今度は恋人さんを連れて二人で来てくれると嬉しいわぁ〜ｖｖ」

　「は？」

　コリンは耳を疑った。サラに対して好意全開で接していることはサラにも伝わっているだろうし、サラの方でもまんざらではないだろうとコリンは思っていたのだが、『恋人を連れて来てくれ』とはどういうことなのか。わかっていない、サラには伝わっていない!!こんなことはコリンにとって初めての経験だった。

　「あら、だって、コリンさんは女の方とお付き合いしているんでしょう？ふふ、よかったら、お二人でいらして、そのときに馴れ初めでも教えていただけたら嬉しいわぁ〜〜」

　「あの〜サラちゃん？」

　サラはふわふわ〜っと笑う。

　「ふふふ〜恥ずかしがらないで下さいね〜。いらしたらお二人にお料理サービスしちゃいますから〜ｖｖこれからもフォンク亭をご贔屓に〜」

　笑顔で送り出されたコリンはフォンク亭の前ではあ、と息をついた。







　確かにこれは強敵かもしれない。


　あの、ふわふわ〜という笑顔に隠れてしまっているが、あの娘、中々ガードが固い。しかも、自分に寄せられる「その手の」好意に対して無闇に鈍感だ。最大限の思わせぶりな言葉をかけても、頬を染めもしない。そして、あの弟……自分がパイロットだと知った時点でハードルの高さが急に低くはなったが、彼の熱の篭ったおしゃべりを聞いていると第一目標であるサラの攻略がどうにもおそろかになりそうだった。





　それからコリンは他の娘達を順調に墜としつつも度々フォンク亭を訪れた。サラとお近づきになりたいという気持ちもあったが、フォンク亭の料理につられて、ということもある。セルジュはすっかりコリンと仲良くなったが、それでもコリンが姉にモーションをかけるたびにむっとして姉と彼の間に入って『姉ちゃんは俺が守るんだから！』と叫んだ。甲高かったセルジュの声は声変わりして低くなり、その台詞からはいつの間にか『父ちゃんが帰って来るまで』という言葉が抜けたことにコリンは気づいていた。
　一人だけではなく、ドゥニやアレックと一緒に食事に来ることもあった。そして、この二人が、対応は全く違うが、このフォンク姉弟を気遣っていることも知った。

　先の、大陸大戦を経験している二人の大人は、大戦で大黒柱を失った遺族の悲しみを、単なる想像でなく身をもって受け止めていたのだ。


　一度だけ、サラに言われたように付き合っている娘をフォンク亭に連れて行ったことがある。サラは大層はしゃいで二人を質問攻めにした。連れて行った娘はくすぐったそうな顔で甘えるようにコリンに寄り添っていたが、店からの帰り道にこう言った。

　「サラちゃんは変わり者なのよ。他人の恋には無茶苦茶興味があるのに、自分じゃ恋をしようとしないのよね。コリンも驚いちゃった？全くヘンな子よね。お節介って言うかなんていうか。人のこと言うより自分の心配したらいいのにね。」

　そういってコリンの腕にぎゅっと抱きついた娘の耳に、コリンは静かに、そして彼にしてはいつになく真面目に言った。

　「俺は、サラちゃんはいい子だと思う。」

　それきり、その娘とはつきあっていない。女性と二人きりでフォンク亭に入ったこともない。

　「サラちゃ〜ん、俺、この頃胸が苦しいんですけど〜。どーにかしてー。サラちゃんになら俺を救える!!」

　コリンが時折冗談めかしていうと、サラは頬を染めることもなく、

　「あらあら〜、胸焼けかしらぁ。今日はお酒は抜きにしたほうがいいのかしら？待ってて、何か消化のいいものをみつくろってくるわぁ〜」

　と微笑む。

　ギャフン、となるコリンに店の常連達は、ロビュ小隊の撃墜王もサラちゃんの前じゃ形無しだな、と大声で笑った。




　そんなある日、コリンが一人でフォンク亭の扉をくぐると、店の奥で赤ら顔の大男が呑んだくれていた。見知った顔ではない。旅の途中にふらりと立ち寄ったのだろうか。大男は、ブツブツと独り言を呟いていた。明らかに薄気味悪がっている客を他所に、サラはいつものふわふわーという笑顔でグラスに入れた水を運んだ。

　「お水です。どうぞ。」

　「……酒を持って来い。」

　「……あの、お客様もう随分とお酒はお召し上がりになって、それ以上はお身体に悪……」

　客はぎろっとサラを睨んだ。サラの顔から笑顔が消える。次の瞬間、サラの腰は男に掴まれ、膝の上に捕らえられていた。酒臭い息がサラの耳にかかる。必死に身をよじるが男の腕から抜け出せない。そして男のもう一方の手がサラの顎にかかった。

　ことばにならないサラの叫びが店に響いた。

　「姉ちゃん!!」

　セルジュが飛び出そうとするのを常連客が慌てて止めた。他の客が躊躇し、或いは逃げる中、コリンは咄嗟に前に出た。

　「そこの旦那、そりゃあ流石にアウト。サラちゃんをすぐに放してあげなよ。」

　男はサラを戒めたまま立ち上がり、左手でサラを抱いたまま、右手はがっしりした木製の椅子を掴んで軽々と頭上に振り上げる。コリンはひゅう、と口笛を吹いた。

　「あら〜、すっごい力持ち。……でも、脇ががら空きですよ〜!!」

　コリンは素早く右に回りこんで肘を掴み、股間を後ろから蹴り上げた。男の背がピンと伸びきったと同時に、両手を組んで腎臓のあたりを強打する。サラが逃れたのを視界の端で確認し、床に倒れた男の背に肘で一撃を叩き込んで完全にノックアウトした。

　「……士官学校で習った格闘術が初めて役にたっちゃったよ。……全く旦那は呑み過ぎだって。酒は飲んでも呑まれるなってよくいうでしょーが？」

　パンパン、と手を叩いたコリンは、立ち尽くしているサラの横に立った。サラは右手で口を押さえ、左手でエプロンを指が白くなるほどにぎゅっと掴んでいた。それは、先程の恐怖が並大抵ではなかったことを物語っている。

　「サラちゃん……」

　コリンは抱きしめようとしてやめた。サラが、微かにこう言ったのだ。

　(……私は、大丈夫)

　コリンが棒立ちになっている間に、セルジュが走ってきて体当たりするようにサラに抱きついた。サラはまだまだ自分より随分背が低い弟の背に腕を回してぎゅっと抱きしめる。

　「セルジュ、セルジュ、ほら、泣かないの。こんなに震えて……おばかさんね、姉さん、コリンさんに助けてもらったじゃない。大丈夫、もう大丈夫よ。」

　コリンは知っている。ぶるぶる震えているセルジュを抱きしめることによってサラが自分の震えを完全に止めたことを。厨房から姉弟の母親が慌てて出てくる。サラは弟を胸に抱きしめたままふわっと笑って見せた。


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　コリンが店を出るとき、サラもそっとついてきた。有難う、コリンさん、と深々と頭を下げるサラにコリンはちょっと真面目な顔をしてみせた。

　「いやいや、あれくらいどうってことないさ。……それより、サラちゃ〜ん、ダメだよ？無理は。」

　「…………」

　サラはふんわり笑っているだけだった。

　コリンは夜の石畳の上でうーん、とのびをする。

　「サラちゃんはさ、恋をしないの？」

　え？とサラは目を大きくしたが、すぐにふわふわっと笑う。

　「恋？……そうねえ、セルジュが一人前になってお嫁さんをもらったら、そういうことも考えないといけないかしら。いつまでも一人じゃセルジュに迷惑かかっちゃうかもしれないわねえ。」

　そんなサラの横顔を微笑ましく眺めながらコリンは嘆息する。

　「はー、今の俺じゃまだ、サラちゃんを撃墜できないな。」

　看板娘はきょとんとする。

　「撃墜？」

　「いーや、いや、いや、何でもない。サラちゃん、恋をしたくなったら俺に言ってよ。……悪いようにはしないからさ。」

　「そうねぇ、その時には宜しくお願いしちゃうかもしれないわぁ。」

　サラはそういってから、静かに付け加えた。

　「……コリンさん、だからそのときまで、空から落ちたりしないでちょうだいね。」


　コリンは一度絶句し、ポム、とふわふわのサラの頭に手をのせ、じゃ、またね、サラちゃん、と手を振った。
コリンは「女の子とお付き合いするのが大好き」なわけですが、サラ姉さんはどこをどう見てもコリンに対して最強な気がしまして。そして、コリンはナンパな奴というレッテルを貼られてはいても、ここぞ、というときには誠心誠意相手の為に力を尽くしてくれると思います。……そういうわけで今回はサラ姉さんとコリンに夢見がちです。

戻ります