その男、真面目につき

ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 時期はアレックさんED後から少したった頃。フランツさん主役でそこはかとなくギャグです。 ……無論、某補給班隊長の上級曹長殿もフル回転です。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

夕食の時間をとうに過ぎた時間、食堂前を通りかかったとき、やけに陽気で大きな声が耳に入った。奥の方を見れば、はたしてそこにいたのは某班上級曹長であった。机の上に上り(さすがに軍靴は脱いでいたが)妙に嬉しそうに周囲の兵達に向かって小さなズダ袋を掲げている。もう片方の手には小さな木札。後ろに控えた金縁メガネの上等兵が几帳面にメモをとっている。……この小隊に配属されてから幾度同じ光景を目にしたことか。 　(ああ、また賭けが始まったのか) 　フランツは苦笑する。大金が動くならば問題だが、小銭ならば大目に見よう。フランツ自身は賭けに参加したことは一度もないが、これくらいなら目を瞑っても、軍人として、下士官として、恥ずべきことまではいかないだろう。少なくとも、酔って正体を失くし説教魔になる士官や、女性兵士と見れば自然と手が引き寄せられてしまう現在机の上に立っている人物よりは遥かにマシだ。……しかし、一体何の賭けなのだろうか。ドゥニがあそこまで嬉しそうな顔をしているのは帝国との停戦が実現したときと、重大な任務を負って帝国に飛んだ元部下が生還したとき以来のような気がする。 　フランツが賭けには決して乗らないことを皆は知っているので、声をかけられることはないが、あの盛り上がり様を目にすると、一体何の賭けなのか、それだけは確認しておきたくなる。……もしも無闇に下らないことであったら少し諌めて置いたほうがよいだろう。 　「ブロッホ上級曹長……」 　そう声をかけようとしたとき、ドゥニは机から飛び降り、手にしていた木札と袋を隠し、周りを取り巻いていた兵士達もドゥニに背を向け口笛など吹き出した。 　奇ッ怪な状況にフランツがあっけにとられていると、ドゥニに劣らず陽気な声が飛び込んできた。 　「あ〜。もう胃が空っぽですよー。夜間哨戒も楽じゃないですね。さあって、今日のメニューは……あれ？ドゥニさん、なんですか？何かイベント？」 　ドゥニは、びしっと敬礼してみせる。 　「コリン＝グレイディーア中尉殿、哨戒任務ご苦労様であります！」 　「うむ。気遣いに感謝する！」 　コリンもびしいっと敬礼を返し、二人は笑い転げた。 　その後ろでアレックが穏やかに微笑み、しかし、突っ込みをいれる事は忘れなかった。 　「ドゥニさん、何か悪巧みしてはいませんか。新兵達をあまりいじらないで下さいね。」 　「いやいやいやいや、悪巧みなんざ、するわけねえっての。ドゥニおじさんほど心の清い軍人はこのロビュ小隊には他にいねえって。それよか、早く夕メシ食っちまいな。今日の奴は中々旨かったぜ。さ、メシ食い終わった奴は撤収〜。」 　その時フランツはドゥニがコリンに目配せしたのを見逃さなかった……これは……ドゥニとコリンが目配せを交し合ったなら、それは碌でもないことの始まりである。……やはり確認しておかねば…………というわけで、真面目な防衛班長は補給班待機場所へと足を進めたのであった。 　「おお、フランツちゃんも賭けに参加するってか？まあ座れや座れ。」 　ドゥニは先程の袋と木札を取り出し、ペシペシとベンチの自分の隣の位置を平手で叩いたが、フランツは直立不動で立ったままだ。因みに、他の補給班の兵はフランツが入ってきた時点で逃げてしまっている。 　「自分が日ごろから賭けに参加しないと宣言しているのはご存知でしょう。」 　「いーやいや、宗旨替えっつうこともあるかな、って。今回ばかりは乗っちゃってもいいんでないか？」 　「……それがどのような種類の賭けであっても、自分は参加致しませんが。」 　ドゥニは、はああああああああとわざとらしくタメ息をつく。 　「人の不幸に賭けてるんじゃなくて、幸せに賭けてんだ。それに、今回の収益金の一割はご祝儀としてあいつらに包むってことにしてるしな。」 　幸せ？収益の一割をご祝儀？ 　「……それは何の賭けですか？」 　ドゥニはがははと笑う。 　「いやあ、それがよ、俺の元部下が、ドゥニおじさんの懇切丁寧な指導の下、やっと指輪を購入したんだが、いつ求婚するかっていう賭けでな。な、な、このまま一気にぶっちぎるか。うだうだひきずるか。どっちもアリだと思うわけよ、これが。」 　フランツは生真面目にドゥニの言葉を反芻していたが、ゆっくりと口を開いた。 　「……元部下、というのはいったい誰のことですか。」 　「？？？？？？？え？言わなけりゃわかんねえの？伍長だよ、伍長。アレック。アレック＝ユーティライネン！」 　フランツは顎に手をあて、考える。 　「ブロッホ上級曹長殿。……いくら彼が元部下だからといって、今は航空班隊長。階級も准尉のはず。それを伍長と呼び、呼び捨てにするなど……」 　ドゥニはうんざりしたように天を仰ぐ。 　「あのなあ、アレックは、俺が『准尉殿』なんて呼んだら、噴くっつーの。それになー。まだあいつは『准尉』に返り咲くことにあんま興味ねえみてぇで、正式な辞令が出んのはまだちょい先って話だぞ。」 　するとフランツは眉間に皺を寄せた。 　「すると、正式には、まだ伍長というわけなのですか。……しかし……救国の英雄殿に対して伍長と呼ぶなど正しいことだろうか……ブロッホ殿、自分は軍人としては現時点でどのようにユーティライネン殿を呼ぶべきなのだろう。」 　ドゥニは、もはやうだぁ〜っと机に顎を直に載せ、脱力している。 　「どうでもいいってぇの。……ま、他の奴はともかく、お前は『准尉殿』っていってりゃいいんじゃね？」 　そうか……そうだ、きっとそうだな、と独り言を言ったフランツは、 　「ところで……興味本位で聞くようで恥ずかしいのだが……准尉殿はどなたに求婚なさろうとしているのだろうか……」 　ドゥニは、細い目を、これ以上はない、というほどに大きく見開き……その後弾けたように大爆笑した。 　それから、ドゥニはフランツを“とても可哀想なものを見るような目つき”で見、フランツは居心地が悪いことこの上なかった。自分の部下にも直球で質問してみたが、何故か誰も教えてはくれなかった。 　“え？隊長は知らないって本当だったんだ” 　“……お堅いのもあそこまでいったら天然記念物だな” 　2時間もたたないうちに遠くで四方山話をしているそんな声が耳に入り、フランツは頭を抱えた。…………あの命がけの任務を無事に達成し、二年の時を経て帰還したエース殿を祝福したい気持ちは大いにある。…………しかし彼が生涯を共にしようと思うほど心惹かれた女性は誰なのかは予想もつかない。……自分が色恋沙汰に疎いという認識はある。が、飛びぬけて、とは思っていなかった。だがしかし、周囲の反応を見る限り、この小隊でそれを知らないのは自分だけではないかという感覚をフランツは覚え、頭を振った。 　こんなときに愚痴をこぼす相手というと……フランツの場合以前はアレックであったが、今度ばかりは彼に訊くわけにはいくまい。そういったことを独り言で呟いていたのだろうか。料理を運んできたティノが、じいっとこちらを見た。 　「ああ、すまない。……いや、今度ユーティライネン准尉殿がご婚約されるかもしれないということなのだが、相手は誰なのかと考えていてな。」 　すると、ティノは厳つい顔をふわっと綻ばせた。 　「…………！」 　知っている！この小隊一寡黙な料理人ですら、准尉殿の相手を知っている！！！…………。一体誰なのだ。……ティノの交友範囲はそう広くはない。この小隊内とフォンク亭……それだけだろう。……その為、フランツは半休の日にフォンク亭に料理を食べに行き、おかみさんや看板娘や看板息子に尋ねてみたが、何故か答を聞けなかった。そして、サラには 　「フランツさん、恋する心は表情に出るものなのよぉ〜小隊の女の子をよぉ〜く見て下さいねぇ〜うふふ〜、でもフランツさんは女心を読み取るの、苦手かしらぁ〜」 　とふんわりふわふわ微笑まれてしまった。 　(私は、そんなにも鈍い男なのだろうか) 　自室に帰り、妻の写真をじっと見つめつつ、考える。 　(そういえば、君と付き合っているときに、友人達から『お前は女心を解せぬ無粋な奴だ』と何度も言われてしまっていたが……君の心の機微に気づかぬたわけ者だったのだろうか。悲しい思いをさせたことが少なからずあっただろうか……だったらすまん。) 　普段、恋愛のことになど首をつっこむ性格ではないが、このことだけははっきりさせたい。そのため、アレックと親交があると思われる者に片端から質問してみたが、返事は返ってこなかった。 　(おかしい……緘口令でも敷かれているのか？) 　コリン・グレイディーア中尉には『冗談はなしですよ〜、え？本当に知らないんですか』と笑われるやら驚かれるやら。ドックの主のナカジマにはとにかく豪快に笑われ、トゥーフォンはニヤニヤ笑い、オズウェルは常にも増して敵意を感じるほどにぶっきら棒。……その為……大変に遺憾ながら…………フランツから見れば、年端のいかない子供達に質問をするところまで追い込まれてしまった。 　「君たち、少しいいだろうか。」 　休憩時間に医療室でお喋りに興じていた三人娘に、深刻な顔でフランツは問う。 　「あの……フランツさん……どこか具合が悪いですか。」 　アリサが心配そうに尋ねると、フランツは首を振った。 　「いや………………笑わないで欲しいのだが…………もう他に訊く相手がいなくてな。カレン君、君は准尉殿を随分と好いていたようだし、アリサ君は倒れた准尉殿を看護していた。そしてエリカ君は、准尉殿が帝国に飛んだオオルリを設計したと聞いた。……だから聞くのだが…………准尉殿の意中の相手はいったいどなたなのだろうか。」 　痛いほどの空白の時間…… 　「あ、あのですねえ、フランツさん。」 　真っ赤になっている自分以外の二人を見、ここは自分が喋らねばならないだろうと判断してカレンは口を開いた。 　「いや、君たちのような若者に訊くべきではないと私も理解しているのだ。が……それを知らないのは小隊でどうやら自分くらいのもので、どうやらそのことを話の種にされているようなのだ。このままでは部下に対しても示しがつかない。……准尉殿の心を掴んだ御婦人がどなたなのか、名前くらいは知っておきたいと……彼の妻となる方ならば、落ち着いたご婦人であるのだろうな。私は知らぬが小隊の誰かの令嬢なのだろうか。……とまれ、そのご婦人は幸せものだと……おや、どうした？」 　あちゃー、っと目を手で押さえるカレン、スカートをぎゅっと握ってもじもじするアリサ。そして、とにかく真っ赤で下を向きっぱなしのエリカ。 　「……アレーニア一等技術兵、もしかして体調が悪くてここに来ていたのか。」 　もはやエリカは涙目である。そして、相変わらずもじもじしているアリサ。そしてカレンはじとーっとフランツを睨んでいる。 　いくらその手の話に鈍い男でも、ここまで来れば気づかぬ方がおかしいというものだ。 　「まさか……」 　エリカを見つめると、アリサとカレンははあっと息をはく。 　「……しかし、君は准尉殿より20以上も下の子供で……待て、待て、それは犯罪だろう。あ……い、いや……！すまない、犯罪などと酷い言葉を使った。驚いただけなのだ。准尉殿が、君を特別に気にかけていたことも、君が准尉殿を慕っており、准尉殿の帰りをずっと待っていたことも自分はよく知っていた。ただ……自分は、准尉殿が君に寄せる好意は、保護者が被保護者に寄せるようなものだとばかり……君も准尉殿を父か兄のように慕い尊敬しているのだと………いやいやいや！年齢差など関係はない！20離れていようと30離れていようと、愛情を育む障害にはならない。自分も自分の妻とは随分齢が離れているが、妻を子供と感じたことなどなかったし……恩ある方の娘だった妻と初めて出会った時も運命は感じたが齢の差は感じず……」 　慌てていろいろと取り繕うように最新式の機関銃の如く喋るフランツを三人娘は呆気に取られて眺め……しまいには、ずっと下を向いていたエリカも顔をあげた。 　「わかります。私もアレックさんが私に親切にしてくれるのは、そういうことだと思っていましたから。…………そして、この間、アレックさんからも言われました。アレックさんもそう思ってたって……だから、フランツさんが謝ることなんてなにもないんです。それに……まだ、私達、はっきりと約束はしていませんし……」 　そうして小さく笑うエリカに安心したフランツが頭を掻く。 　そうか、判ってみれば、当たり前のようにそれを受け容れられた。自分と妻のように、准尉殿は、この可憐な整備士と引き合うのだろう。ふっと口元が緩んだ途端、カレンが面白そうに言った。 　「フランツさん！今すっごくいい笑顔してますよ。いつもはしかめ面なのに。」 　生真面目な防衛班長は、コホン、と咳払いする。 　「自分も笑うときくらいある。……それに、しかめ面が多いのはブロッホ上級曹長殿を叱責することが多すぎる為だろう。」 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　「……で、何故小隊中の者が、自分へ准尉殿の想い人がアレーニア技術兵だと教えてくれなかったのでしょうか。」 　ドゥニを前にし、腕を組んでフランツは問い詰めるように言う。 　「……ん〜？何故だろうなあ不可解だなあどうしてだろうなあ不思議だなあ。」 　にまにまと笑うドゥニの前に、むすっとしたフランツの顔が近づく。 　「あなたのさしがねだということは察しがついております。」 　ドゥニは嬉しそうに笑った。 　「いやぁー。さしがねっちゅうことじゃあねえんだけどさ。ちょっとばかり具合が悪いことがあってよ。でもな、もう全てかいきーん！フランツちゃんにも思う存分教えてやるぞ〜〜。エリカちゃんと俺の元部下とのあーんなことやこーんなことを実況中継さながらに微に入り細に入り尾鰭をつけて……」 　「尾鰭はつけてよいものではありませんし、自分はそんなことを訊いているのではありません！」 　凛々しい眉を吊り上げて叫ぶフランツからドゥニはじりじりっと後ずさる。 　「だってよ。……二つの賭けをくっつけた連勝複式っつー奴を一度やってみたかったもんで。」 　は？れんしょーふくしき？ 　「元部下がいつ求婚するかっつー賭けと、エリカちゃんがあいつの相手だっていつフランツちゃんが知るかって賭けをくっつけてな…………」 　この男、自分を賭けの対象にしたのか…………？ 　フランツの噛み締めた奥歯がぎり、と音をたてた。 　「あ、別口の賭けで、お前さんが、奥方を紹介されてから結婚するまでにどれくらい時間がかかったかっちゅうのも始めてみたんだが、これが予想以上に好評で、元部下の方の賭けほどじゃあねえが結構乗ってくる奴が多くってよ。で、フランツちゃん、実際のところどうだったの？胴元が答えを知らないと、どうしようもな…………ごあッ！ぐえ、おい、おい、おいッ！フランツちゃーん!!」 　その日、軍医殿は、悪質な関節技をかけられて肩を思い切り脱臼させられた某補給班隊長の手当てをしたが、肩がうまく嵌ったあとの彼の第一声はこうだったという。 　「軍医殿、じつは滅法面白い賭けがあるんですがね！」

９周年記念で藤井桜さまからリクをいただきまいた「アレックさんED後でロビュ小隊ほのぼの話」です。ほのぼの……というよりも、「防衛班長ｖｓ補給班長の果てしない戦い」のようになってしまいました。アレックさん婚約前後の話を書くのはこれが初めてではありませんが、フランツさんだけはもしかしたら、二人が恋人だということに全然気づいていないのではないか、いや、そうに違いない……という発想からできたものです。 自分設定ではフランツさんと奥さんの馴れ初めは「銀英伝」のミッターマイヤーさん的なものではないかなと……黄色いバラの花束をフランツさんも大真面目で贈りそうです。(←銀英伝知らない方はすみません！)

風色部屋に戻ります　　９周年部屋に戻ります