この翼、この手 |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 時期はアレックさんルート「オオルリＢ」製作中のドックでの出来事。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
ドックの中には誰一人いなかった。 こんなこともあるのだな、と、トゥーフォンは眉を下げた。機体改修作業中のドックで、そう遅くも無い時間に整備士が一人も居なくなることなど、あの空襲が起こる前までは考えられなかった。休憩は交代で取り、休憩から戻ってきた整備士はずっと作業を続けていた同僚から説明を受けて作業を継続し、他の人間が休憩を取る。 そんな当たり前だったことが、今はこのようにやすやすと破られている。誰かが休憩時間を長く取りすぎている……というよりは、休憩中に呼び出しを受けてしまったのだろう。 親方が空襲で重傷を受け、整備のトップはオズウェルが果たしている。オズウェルももてるだけの力を投入し、時には親方よりも厳しく皆を叱咤し、同僚達も不平を言うことなく懸命に作業している。しかし、このような無人の時間ができてしまうのは、絶対的な人員不足からきている。……傷を負ったのは親方だけではないのだ。人員の不足は、作業時間を長引かせ、それは慢性的な疲労に繋がる。作業の効率も落ちる。どこで切り上げるか、どこで休ませるか。……オズウェルにはその匙加減がまだよくわからならしい。トゥーフォンに『今日はここで切り上げるのがいいだろうか。』というような視線を深夜作業の間に送ってくることが近頃多くなってきた。それを察して彼は時折大げさに 「あー、疲れた疲れた、俺、もうダメかも！」 などと叫んでみる。そうすると、 「お前のそういう泣き言を聞くとこっちが疲れる」 と不機嫌そうに言い放ち、しかし、それを契機として、やっと一日の作業が終わりになるのだ。 しかし、オズウェル個人はそこで作業をやめようとはしない。青い機体に取り付いて、黙々と作業を続ける。その隣にはエリカも必ずといってよいほど居るのだが、オズウェルは時刻が次の日にかかる前には 「あとは俺がやる。静かな夜に細かい仕事を進めたいのに他の奴が隣に居ると集中できない。」 と叱責して彼女をドックの外に追い立てていた。トゥーフォンが“もうちょっと優しい言い方してもいいんじゃないか？”と最前までエリカが居た場所に座って言うと、オズウェルは、あいつは厳しく言わないと倒れるまで作業を続けちまう。あいつは女だ、基礎体力が俺達とは違う。ここぞっていうときには徹夜しなけりゃいけなくなるが、いまからそれじゃアレックさんに……あいつが愛してる人に……翼を贈る前に倒れるだろうが。とぼそりと呟いた。 不器用な奴、とトゥーフォンは笑い、オズウェルと一緒に作業する。……親方やオズウェルからは不勉強とかなんとか言われることの多いトゥーフォンだったが、親方が倒れた今、彼はドックではかなりの重要な人物になっていた。 誰もいないドックでトゥーフォンは改修中のオオルリの胴体に触る。 (もしも、命令を受けたら、俺はこいつを壊すんだろうか。) 彼はシュレスベルク帝国と通じていた。強く望んでそうなったわけではない。“華夏の民はみなそうしてきたのだ。そうして居場所を確保し、生きてきたのだ”そう両親に告げられたのは何歳のときであったか。間諜(スパイ)の子は間諜にならねばいけない、そんな決まりはないはずだが、トゥーフォンはあまり悩むことなくそれをすんなりと受け入れた。……帝国には何の思い入れも無い。しかし、幼い頃より、異民族であることでからかわれ、差別され、いわれもなくののしられてきた彼にとって、すすんで迎え入れてくれる場所は他には無く、彼を虐げてきたこのユクトランドという国を憎む気持ちは自分が認識していたよりもずっと大きかったのだ。 志願兵としてこのロビュ小隊に配属され、兵として訓練を受け、しばらくして、親方に目をかけられて技術兵に転属し……言われるままに、小隊内で見聞きした情報を帝国へと流した。疑いがかけられぬよう、『人懐こい、ちょっといい加減な、お人よしで一本抜けた』性格を強調して振舞ってきた。最初のうちこそ、諜報活動をトゥーフォンも楽しんでいた。しかし、今は違う。 辛い。 それがどうしてなのか、トゥーフォンにはわかっている。 初めはカレンだった。子供の頃から傍に居て、いつもはちっとも優しくないのに、トゥーフォンが苛められたり罵られたりしていると、どんなに体の大きな奴が相手でもトゥーフォンの前に立ってかばってくれた。……その幼馴染がどういう訳か自分を追うように入隊してきて通信兵になってしまった。……俺が情報を流して、それがもとでこの基地が爆撃でもされたら、カレンも死ぬんだな。……そう思ったときに背筋が冷たくなったのは何時だったか。 そして、次には親方とオズウェルだった。ジパングとブリステント、異国出身の二人は、カレンと同様、馬鹿だの何だのと言いたい放題言ってくれたが、不思議にも嫌な感じがしなかった。初めは二人がユクト人ではないからだと理解していたが、今はそうではないと断言できる。 優しいオオルリ乗り……金の髪と青い目をもつ、空に戻った嘗ての救国のエースも、 王都からやってきた飛行機が大好きな自分より年下の頑張り屋の女の子も、 自分を排斥するどころか、気遣い、受け入れてくれている。 いや、二人だけではない。ドゥニや、アリサや、フランツも……フォンク亭のおかみさんやサラやセルジュも 今ではカレンや親方やオズウェルと同じ側に皆が属している。 帝国もトゥーフォンには期待をしなくなったようだ。実際、ここしばらく、重要な情報を彼は流していなかった。そしてどうやらそれは彼が愚か者であるために、機密に属するものは全くまわってこないどころか触れることもできないのだと受け取られたようだった。……そのために、あの空襲についても、帝国はトゥーフォンに匂わせるだけでそれがいったい何なのかは知らせてはくれなかったのだ。評価されるためにはよい働きをしなくてはいけない。……それは間諜としてはあたりまえのことである。 今現在、トゥーフォンは重要な機密を握っている。 嘗て、ユクトランド一のエースパイロットであったユーティライネンがこの基地に居ること。そして、彼は以前と変わらない優れた飛行技術を維持していること。そして、彼が帝国に密命を負って飛ぼうとしていること…… アレックがここにいることは帝国も感づいているだろう。この前にアレックと交戦した際に一機は離脱して帝国に帰還したはずだから。しかし、密命のことは知らないはずだ。 もしも、知らせたなら、確実にこの青い機体を壊せという命令が下るだろう。……いや、おそらく、部品に傷をつけて飛行途中にトラブルが起こるよう工作しろといわれるだろう。飛行中には不測の事態が起こるものだ。事故が起きてもトゥーフォンに疑いはかからず、諜報活動が続けられ、何よりユクトランド軍はエースの中のエースであるアレック ユーティライネンを失い、帝国は内部の火種を消せるのだ。 トゥーフォンは首をぶるぶるっと振る。 そんなことはできない。まず、オズウェルに見つからないように工作などできない。彼は最後の点検は自分でやらないことには気がすまないのだ。それに……それに…… アレックが死んだら、エリカが泣く。オズウェルも。……そしておそらく自分も。 このユクトランドという国には微塵も愛着などないが、ユクトランドに暮らしている人々をトゥーフォンはもはや蔑ろにできなくなってしまった。 もしも自分が間諜だとばれたなら、どうなるのだろう、とトゥーフォンはふと思う。 投獄か？悪ければ銃殺だ。 （殺されるのなら誰かわからない奴にじゃなくて、親方かオズウェルに殺されたい。いや、……そんなのダメだ。親方もオズウェルも、殺すなんてできないもんな。させてもいけない。馬鹿っていってはったおされて……二人にやって貰えるのはそこまでだ。あの人たちの手は殺す手じゃなくって、飛行機を作る手なんだ。……副指令なら……俺をちゃんと殺してくれるだろうか。……だったらそれでもいい。……カレンの前じゃなければ、一思いに殺してくれて構わない。) 考えの中に入ってしまっていたトゥーフォンは、はっと我に返った。自分はまだオオルリの青い機体に片手で触れている。 (大丈夫。お前を壊すなんてことはしやしない。……オズウェルやエリカちゃんほどじゃないけどさ、俺、お前を必死で作っている最中なんだぜ。睡眠時間削って、体力削って、神経削って……命削って作っているものを壊すなんて……おかしいだろ？カレンに話したら『ばっかじゃない!?』って呆れられるよな。……俺が間諜だって教えたりはできないけど。) こつん、と額を機体に打ちつけ、トゥーフォンは眼鏡の奥で目を細めて笑う。そして先程まで機体に当てていた手を外し、自分の喉を掌で覆った。……頚動脈にあたった冷たい親指からはドクンドクンと命を刻む拍動が伝わってくる。 (もしもこうして力を入れたら、俺は自分を縊り殺すことができるんだろうか。) 少し力を入れたところで、背後に人の気配がした。 「トゥーフォン、何やってんだ。……喉が痛いのか。」 現在のドックの長は、ぶっきら棒な中にも少しの心配を交えながら声をかけてきた。 「いやいや〜。ちょっと鼻歌とか歌ってて〜。あ、オズウェル。遅かったな。はっは〜ん、どっかで油売ってた？な〜、面白いことあったんだったら教えてくれよ。」 「……馬鹿、副指令に呼び出されてた。下らない事言ってないで、作業に戻れ。」 「はいは〜い。そうカリカリすんなって！」 オズウェルに続いて作業ハシゴに登ったトゥーフォンは、アレックに新しい翼を贈るために忙しく手を動かし始めた。 |
| トゥーフォンとオオルリ。飛行機の知識はオズウェルが呆れるほど浅くて、人懐こくてちょっといい加減で……まさかの間諜。そんなトゥーフォンはサブキャラクターということもあって、ゲーム内ではオオルリや空への思いは描かれていないのですが、親方の元、時には徹夜しながらつきあってきたものなわけですから、彼なりに考えるところはあったはず。ただ、それは彼自身の気持ちではなく、親方やオズウェルやエリカちゃんやアレックさんの思いを受け止めて、そこから派生するのではないかと。 アレックさんルートの場合、トゥーフォンが間諜であったことはうやむやになってしまうのですが、もし、ゲーム後に正体が明るみになるとしても、銃殺だけは免れてもらいたいものです。オズのベストコンビはエリカちゃんで、親友はトゥーフォン。ずっとそのポジションに位置していてほしいです。彼は「いいやつ」なんですから。 そしてまた恋愛色ゼロ！ (いつまでこんななのか……) |
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