クリスマスと天使と俺の嫁 |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 ED後もドゥニさんは以前と変わりなく補給班隊長としてトラックを駆り、基地にいるときには日夜ちゃらんぽらんにセクハラ大魔王しつつフランツさんに怒られる毎日です。そんなドゥニさんの「クリスマス休暇が取れなかった」ある年のクリスマスのお話。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
どこに居たって誰にだってクリスマスはやってくる。北に住む者にも、南に住む者にも。男にも、女にも、老人にも赤ん坊にも。金持ちのところにも、貧乏人のところにも。クリスマス休暇で故郷に帰還した兵士達のもとには勿論、休暇となっても帰る場所がない者達のところにだって、やってくる。クリスマスは、黙っていても必ずやってくるのだ。神様は不公平など決してなさらない。 「不公平だよな〜」 大ジョッキを二杯空けた後、フォンク亭の机に額をつけて突っ伏し、心底嫌そうなくぐもった声でドゥニ・ブロッホは呻いた。 「なんで俺は休暇が貰えなかったの？今年一年、誠心誠意、ご奉公したいたいけな補給隊長を、なんで神様は鑑みて下さらなかったの？俺、一年間オイタせずイイ子にしてたのにっ！」 向かいに座っていたフランツ・ローナー曹長は、長々と机の上に伸ばされたドゥニの手をビシリ、と平手で打った。 「『イイ子』という年ではないだろうが。それに有体にいって、貴殿の今年一年間の振る舞いは決して下士官として相応しいとは言い難い。私が知るだけでも、優に五件以上の軍規違反寸前の騒ぎを起こしたではないか。特に、夏のあの乱痴気騒ぎといったら！」 ドゥニは突っ伏したままぐりぐりと顔を机になすりつけるように器用に横に振って見せた。 「ひどいやフランツちゃん。ありゃあ乱痴気騒ぎじゃあねえって。ストレス満載でこわれちゃいそな新兵ちゃん達の心を和ませるためにドゥニおじさんが一肌脱いだだけだっつーの。……んまー、ちょーっとばかし脱ぎすぎたかもしれねえけど。」 フランツは、はああああ、と息をついた。アレが『心和む光景』だとするなら、世界は隅から隅まで心和む光景で満ち満ちていることになる。怒髪天をつくといった状態になっているウーデット司令の怒りを静めるために、アレックとナカジマが二人がかりで尽力してくれたことを、このちょび髭おやじはもう忘れてしまったというのか。 「クリスマスであっても、すべての者が休暇をとるわけにいかないのはあたりまえだろう。…部下を持つ立場の我々は寧ろ率先して残るべきなのだ。」 ドゥニは人差し指を机にたてて、ぐりんぐりんと螺旋を描き始める。 「……あー。フランツちゃんの嫁は可愛そうに！嫁より仕事を大切にする旦那なんて……！」 そして、がば、と起き上がり、三白眼でフランツをみつめる。 「俺は嫁に会えなくて禁断症状が出そうだってぇえのに！あー、もう、ほんと、どうにかなりそうだぜ！嫁に会いたいッ!!心が寒いッ!!こりゃあ内側からあっためないと凍え死ぬ！酒を……！旨い酒を……！サラちゃん、後生だ！酒を早く！！」 厨房に向かって芝居がかった調子で叫ぶと、はぁ〜い、とふんわりした声がして、看板娘のサラが、ジョッキに入ったビールを運んできて、ドン、と机に置いた。 「うぉおおい、サラちゃんは、今日もカワイイ…のわっ！」 ドゥニは腕を伸ばし、サラの腰の辺りに手のひらを滑らせようとしたが、サラにするんと体を捻られ、勢い余って椅子から転げ落ちた。フランツはうんざりした様に天を仰ぎ、ドゥニを知る常連客からはどっと笑い声が起き、ドゥニ自身はいやー、参った参った、と白い歯を見せて笑っている。 「あいかわらずだな〜、ドゥニさん！」 少し離れた卓でオズウェルと夕食を食べていたトゥーフォンは、呆れ果てているフランツに手を貸されて立ち上がっている、我等が愛すべき補給隊長の姿を眺めて眼鏡の奥で目を細めた。 「懲りないっていうか〜。でも、奥さんのことはほんっと目いっぱい愛してるんだよな〜。」 「……奥さんを愛しているならなんで毎日女性にちょっかい出しまくってるんだ？俺には全く理解できない。」 確かにー、カレンなんか『あのセクハラオヤジ！』とかいってよく怒ってるもんな、トゥーフォンは笑い、ふっと真顔になった。 「ドゥニさんの奥さんってどんな人なんだ？」 「何だ、真剣な顔して。」 「いや……不思議じゃないか。ドゥニさん、うちの奥さんは世界一だぞ〜！とかいうけど、どんな人かって具体的なことはなーんにもきいてないんだよな。……アレックさんがいつかのクリスマスにドゥニさんの家に招待されたことがあるって聞いたんで、俺、奥さんがどんな人か聞き出そうとしたんだけど、アレックさん、笑ってなんにも教えてくれなかった。『ドゥニさんが話そうとしないことを俺が話すわけにはいかないよ』って。」 「あの人らしいな。……まあ、どんな人か予想するのは簡単だ。」 「お？お前がご婦人のことなんてわかるのかぁ？」 オズウェルは憮然としながら言う。 「あれを許せて結婚し続けている人だぞ。控えめに言っても大天使だ。」 へ？とトゥーフォンは、あははは、と大声をあげて笑った。 「なーるほどー！そうだよなー！天使サマだよなーっ！」 「おいおい、人ん家(ち)の奥さんを外野で色々いってくれるなよなー。」 聞き慣れた陽気な声に、整備兵二人が肩をそびやかすと、ドゥニがいつの間にかオズウェルの横に座っていた。片手に持った大きなジョッキからぐびぐびっと喉を鳴らして麦酒を飲むと、あー。うめぇ、と満足そうにいって、手の甲で口を拭う。 「青年！嫁はいいぞ、嫁は！お前らも早く嫁を貰え〜。いやいや、俺の奥さんはほんっとに素敵な奥さんなのよー。いっつも後光がさしてるもんで肉眼で直視するのが危険なくらいだー！」 またまた〜ドゥニさん、言いますねぇ、とトゥーフォンが笑い、んなわけないだろう、とオズウェルがぼそりと呟く中、ドゥニはまたジョッキを傾けてぐびりと麦酒を飲み、ぷはーっと息を吐いた。 「ただなあ、天使ってのはどうかなあ？ちょーっと違うんじゃあねえかなあって思うわけよ、これが。」 「あらぁ、どうしてなのかしら〜。」 海産物のから揚げをドゥニの前に、オズウェルたちの前にはサービスでナッツの盛り合わせの小皿をコトリと置いたサラがふんわり笑って尋ねると、ドゥニはそれはだな〜と口を開きつつ、またサラの腰のあたりに手を延ばす。その手首をフランツがガシッと握り、ぐいと上に引っ張りあげた。 「フランツちゃん、痛い、痛いってば！」 「……痛いのがいやならば、痛くされるようなことをしないことです！サラさん。お忙しいことでしょう。なんなら、この不届き者に皿洗いの手伝いでもさせましょうか。」 「ふふ、ありがとうございます。でも大丈夫なんですよ〜。今日のお昼から厨房にお手伝いの方が来てくださっているんです。」 麦酒のお代わりを運んできたセルジュは姉の言葉に頷く。 「それに、ドゥニさんが皿洗いに入ったら、余計にこっちの仕事が増えちゃいそうだ。」 「セルジュ、そりゃあねえだろうが？ドゥニおじさんは、こう見えて相当器用なんだぞ。知る人ぞ知る、驚異のフィンガーテクニック！知らねえ奴は全く知らねえが。」 指をわきわきと動かすドゥニの頭をフランツが殴る。 「痛ぇっ！今はまだ何にもやってねえだろーが！」 そんなやりとりを、口数少ない巨漢の料理人は、目を細めて聞きながら大きなフライパンを握って次々と料理を仕上げていく。 「でもさ、ドゥニさん。奥さんが天使じゃないってどういうことなんだい。ドゥニさんの奥さんはすっごく素敵な人なんだろ？」 親しくなったお客にはタメ口になるセルジュの髪をくしゃっと一つかき混ぜ、うーん、まあ、天使っつーてもいいんだけどよ、と前置きしたあとドゥニは語り始める。 「もうすぐクリスマスじゃあねえか。んだもんでイエス様の誕生関係での天使様の役どころって奴を考えると、うちの奥さんはああいうのじゃあねえって思っちまった。」 天使様のクリスマスの役どころ？んー、それってガブリエル様がマリア様にイエス様の誕生を告げるって奴？とセルジュが少し考えたあと言うと、そう、そうだ、そのガブリエル様だ〜！とドゥニは大きく頷く。 「ガブリエル様は、婚約したばっかのいたいけなマリアちゃんのところにひら〜って飛んできて、『おめでとう、主があなたと共におられる』とかなんとかのたまって、腹んなかに神様の子がいる、成長したら神の子と呼ばれる、ってえ伝えなさるわけだが、よく考えてみねえでも、マリアちゃんがかわいそうじゃあねえか。婚約者のヨセフ父っつあんとはまだ何もありゃあしねえのに、腹がでかくなって子供が生まれるって、こりゃ、相当な恐怖体験だっつーの。ヨセフ父っつあんにかくがくしかじかって説明するのも絶対にたいへんだったに違いないだろーしなあ。下手すりゃ不倫を疑われてもしかたないっつー修羅場よ？ふつう泣くぞ？第一『おめでとう』って言っときながら、その後のアフターケアがガブちゃんはお粗末すぎるだろうが。イエス様を生んだのが12月でもって馬小屋だぞ？初産の妊婦がお産婆さんもいねえ家畜小屋で子供を生むって心細さがガブちゃんにはちーともわかっちゃあいねえ、三人の博士が持ってきたのだって乳香と没薬と黄金だろう。金はあとあと役に立つだろうが、赤ん坊に必要なのはあったかい産湯やおくるみで、マリアちゃんに必要なのは産後の肥立ちがよくなるよう精のつく食いもんだ。大天使ってえもんは、うちのオオルリより高速で飛べるはずだろう？右手におくるみと食い物をぐいっと抱え、左手に産湯の入った桶を掴んで天国から急降下してシュタッと着地、そんでヨセフ父ちゃんに、はいっこれをどうぞ、って差し出す。それがガブちゃんがすべきことだった！そうだろう、フランツちゃん！」 がしっと肩を組まれ同意を求められたフランツは、いい具合にアルコールの回ったドゥニの赤い顔を見てふっと微笑んだ。生真面目に、聖書に書かれていることや予言には神様の深いご計画があり、ひとり子であるイエスを人の贖罪のために差し出されたことが神の愛の証なのだと説いてもこの気のいい酔っ払いには理解してもらえそうにない。 「俺の奥さんはガブちゃんに何言われようが、しおらしく、その通りになりますように、なんざぁ言わねえ人なのよ。自分の息子が危ない目に遭いそうになったら全力で回避させようとするし、その甲斐なく息子が十字架背負わされて刑場に向かう羽目になったら、何もできなくたって、飛び出していくね、絶対。でもって、復活したらどこにいるか探し出してギュ―って抱きしめるんだわ、きっと。で、説教する。『生き返ったんだったら、お世話になった人たちやお弟子さんのところに真っ先に挨拶にいくべきでしょうっ！母さんだってお父さんだって心配したんだから！』ビンタくらいはするかもしれないわな。……そういう人なのよ、俺の奥さんは。ガブちゃんとは違うのよ、うん。……だから、やっぱ、俺の奥さんは天使じゃあなくって、女神様なわけよ、これが！うーん、女神様、愛してるぞー！」 (この惚気に、店の中に居た客の８割が天を仰いだ) 「………折角のクリスマスだってのに、奥さんに会えないなんて、ああ、俺は不幸だー！このままじゃあ死ぬー！小隊のカワイコちゃんたちにいっくらちょっかいかけたところでこの寂しさは埋まらな〜いサラちゃーん！この可愛そうな孤独なおじさんをせめて今日一晩慰めてくれ〜〜！」 サラはドゥニの目の前の空になったジョッキを持ち上げつつ先程と同様に軽やかにドゥニの“おさわり”から逃げてみせる。 「ドゥニさ〜ん。ちょっとお酒が過ぎたかしら〜？」 そして、厨房の方に向かって目配せしてみせた。 「そろそろデザートにしたらどうかしらぁ〜？お勧めのエーブレスキーバ(←クリスマスのお菓子。見かけはタコヤキそっくり。ジャムや砂糖をかけて食べる)ができているのよぉ。」 ドゥニはまだ飲み足りない様子をしていたが、ぼそぼそっと呟いた。 「……フォンク亭のエーブレスキーバも美味いんだろうが、俺は奥さんのエーブレスキーバが食べたいんだよー。奥さんの作るエーブレスキーバは、中に賽の目に切った甘い煮林檎が入っていてよぉ……」 まあまあ、食ってみてよ、ドゥニさん、とセルジュが言って美味しそうなキツネ色に焼けた数個のエーブレスキーバが乗った皿を運んでくる。 「お手伝いに来てくれた人のレシピでさ、これがなかなかっていうか、すっごく美味くって、ドゥニさんきっと気に入るから！」 気のなさそうに一つ摘んで口に放り込んだドゥニが目を見開く。甘さを抑えたふんわりした生地。そして……歯にあたるこの感触は？…… おい、こ、これは！とかすれ声で叫べば、厨房からエーブレスキーバの作り主がひょい、と顔を覗かせる。 メリー・クリスマス、ドゥニさん。とフォンク姉弟が声を揃え、いち早く状況を把握したフランツがドンとドゥニの背を叩く。整備兵の二人は狐につままれたような顔をしていたが、そっか、そういうことか、とトゥーフォンが手をポンと打って、オズウェルも、ああ、そういうことだな、と頷く。 一同興味しんしんで見守る中、酔っ払いの補給班隊長はふらつきながらも立ち上がり、ビシィと一度背筋を伸ばしてから頭が床につきそうになるまで深々と腰を折り、頭を下げたまま言った。 「メリークリスマス、奥さん！」 |
| ドゥニさんの幸せな(?)クリスマス。サプライズの共犯はもちろんフォンク家の人々です。フォンク家はこういうイタズラが大好き。 この後、奥さんがふんわりふわふわサラ姉さんのように微笑むのか、『小隊のカワイコちゃんって、どういうことですか!?』と音速を超えたビンタをかますのかはお好みでどうぞ。性格はともかく、ドゥニさんの奥さんは傑物であって欲しい。敬虔なキリスト教徒であっても、『神様のご計画のままに』ではなく『神様！そこで見ていて下さいねッ！』的な発言が先に出そうだな、と。 エーブレスキーバはデンマークのお菓子で、Web上の画像を見るとまさにタコヤキそのもの。昔は林檎の薄切りなどを入れていたそうです。 クリスマス更新にしては超短編となってしまいました(大汗)。風色はこういった日常パートも大好物であります。 |
戻ります |