４本目のろうそく |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 時期はアレックさんシュレスベルクへの飛行からED後のクリスマスイヴまで。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
灯火管制でカーテンをぴっちりひいた暗い部屋の中でエリカはマッチに灯をともす。モミの木の枝をまるく環にして、そこに４本のろうそくを置いて…… ろうそくが見つかったのはほんの偶然。ロランドが空襲の標的になり半壊し、帝国からの一方的な宣戦布告。そのあとアレックがシュレスベルクに任務を負って旅立ち……開戦からずっとロビュ小隊は脅威に晒されていた。コリンと新たに配属されたパイロット達は断続的に哨戒の為に為に空に上がり、幾度かの空戦を経験していた………… 整備士達に、休息の時間はなかった。オオルリが空から戻ってくるとすぐに機体にとりつき、整備をすませればまたすぐに空に送り出す。そんな中、物資は不足気味になり、オオルリの部品もその例外ではなかった。負傷したナカジマがドックに戻れない状況下、オズウェルはドックの一斉整理を始め、ドックで使うものと使わないものを徹底的に分別した。 その『ドックでは使わないもの』の中にこの火を灯した様子の全くないろうそくが大量にあったのだ。他の部署に廻すのなら４本貰ってもいいかしら、とエリカが問うとオズウェルは何に使うんだと訝ったが、それ以上詮索せずに、太いしっかりとしたろうそくを渡してくれた。終業後の深夜、エリカは小隊内にある大きなモミの木から枝の先を苦労して伸び上がって一本折り取り自室に持ち帰り、紐でくくって環にした。その環の中に、長い釘を４本打ちつけた薄い板をさかさまに置いて即席のろうそく立てにし、貰ってきたろうそくを立てた。彼女は自分の仕事の出来栄えを見、ちょっと思案してから、長いこと使って端から糸がほつれてきてしまっていた古い赤いリボンを引き出しの隅から出してきてモミの環に結んで綺麗に形を作った。そして今度は微笑んだ。緑のモミの葉に赤いリボン、そしてろうそく。……本当はろうそくも赤いとよかったのだけど。……今はどうしたって無理だもの。 その日はアドベント(待降節=クリスマスの約４週間前)の始まりだった。アドベントの始まりと共にこうして４本のろうそくを立てたアドベント・クランツを作り、アドベント中の主日(日曜日)に１本ずつろうそくを灯し、イエス=キリストの誕生日であるクリスマスが来るのを待つ。王都にあるエリカの家の大きな居間にもクランツが作られていて、夕食の祈りの前に父がろうそくを灯し、祈りを捧げていた。 戦時にあっては、ドックの中でアドベントのことを口にするものは誰もいなかった。小隊内にある小さな礼拝堂に、アドベントクランツがこしらえてあるのをエリカは知っていたけれど、そのことを誰かに知らせる気分ではなかった。……ミサに出る者は開戦前より確実に増えてはいたのだが。 「主を待ちのぞむアドベント」 子供のときに教会で教わった賛美歌を無音の寒い部屋の中で小さく口ずさみながマッチを擦って灯をつける。 「さいしょの ろうそく 灯そう……」 (本当は第一主日に灯し始めるのが本当だけど……) しん、と冷え切った部屋の中に広がる燐の燃える焦げた匂いと硫黄の燃える少し酸い匂い。暗い中にぱあっと広がる、小さな、でも暖かな光。一本目のろうそくに火を灯す。マッチの光より少し大きな光が机の上を照らす。そのまま椅子に座り、机にひじを突いて掌に顎を載せてゆらゆらと揺れる炎を見つめる。それから慌てたように居住いを正し、背を伸ばして目を閉じる。……お祈り……ああ、何を祈ればいいのだろう。祈りたいことが見つからないのではなく、たくさんありすぎて何を祈ったらよいのかわからない。だからエリカは主の祈りを唱えた。 「天にいらっしゃる私達のおとうさま……」 願わくは 御名をあがめさせたまえ。 御国を来たらせたまえ 御心の天になる如く地にも成させたまえ 我らの日用の糧を今日も与えたまえ 我らに罪を犯す者を我らが許す如く我らの罪をも赦したまえ 我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ 国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり アーメン、と祈りを結んで彼女は目を開ける。 毎日それが繰り返された。第二主日には二本目のろうそく、第三主日には三本目のろうそく…… そして第四主日に四本目のろうそくを灯したとき、エリカは長い長い祈りをした。 平和が来ますように。人と人が殺しあわなくてすむようになりますように。 親方さんやルカの怪我が早くよくなりますように、 飛び立ったコリンや、パイロットのみなさんが、無事に戻ってこられますように。 おとうさんやおかあさんや王都の皆が息災でありますように。 私が自分のできる精一杯を続けていけるよう見守って下さい。 それから…… それから、今は遠い場所に居るはずの大切な人の無事を祈る……真っ先に祈りたかったけれど、そうしてはいけないような気がして……だから最後に祈りを捧げる。そして、最後にこう付け加えた。 飛行機が戦争の為でなく飛べる世界が早く来ますように。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 二回目のクリスマスには戦況も落ち着いてきていた。ナカジマはドックを仕切れるようになり、ルカはパイロットとして復帰し、コリンと共に『ロビュの鉄壁コンビ』と言われるようになり、敵機は全てロビュの海上で撃墜された。 「久しく待ちにし、主よ、とく 来たりて……」 歌いながら四本目のろうそくに火を灯し、エリカは思う。 1900年以上前に生まれた人の誕生日を、皆はこうして待ち望む。その人が皆を救うために人の姿となって大昔に来てくれたことはもう知っているのに、それでもその人の誕生を日を指折り数えて待っている。 自分が待っている人は、いつ来てくれるか、それどころか今どうしているのかさえはっきりしないけれど……でも、こうして待っていることはちっとも不思議なことじゃない。イエス様の誕生日を待つことと同じようにあたりまえのことに思える……一年たっても、二年たっても……もっともっと……きっと自分は待ち続ける。 灯火管制も解け、エリカは蒼灰色のカーテンを少しだけ開けて夜空を眺める。少し細くなった青い月の光が部屋に差し込む。 「ねえ、見て、月が綺麗よ。」 そう四本揃って輝くろうそくに語りかけてから、エリカは祈り始める。去年と同じように主の祈りを唱え、世界の為に祈り、自分の身近な人の為に祈り……最後に大切な人の無事を祈って、祈りを終えた。 寒い部屋の中で彼女はろうそくに手を翳す。 「寒いけれど……あったかい」 そうして彼女は目を閉じて微笑んだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 三年目のアドベント、第四主日はクリスマス・イヴだった。 その前の二年間、女性兵の宿舎棟、エリカの私室に置かれていた四本のろうそくは今は食卓にしている大きなテーブルの上にあった。たっぷりしたモミの枝で綺麗に形作られたリースは、今年は真新しい真紅のリボンで飾られている。 「四本目のろうそくはアレックさんがつけて下さい。」 いつも夕食の前にろうそくを自ら灯していたエリカが甘えるように言ってマッチ箱を差し出した。アレックは微笑んでマッチを受け取り立ち上がって四本目のろうそくに火を灯す。 折りしも窓の外から、子供達が家々をまわり、クリスマスキャロルを歌う歌声が聞こえて来た。少し調子はずれの声も混ざっているけれど、しんしんと降る雪の中を響く元気な歌声。 もろびとこぞりて 迎えまつれ………… 揺れるろうそくの炎。 綺麗に包装され、リボンをかけられたプレゼントの箱が並ぶマントルピース。 あたたかな夕食が並んだテーブル。 暖色のカーテンがかけられた南向きの大きな窓。 もう誰もこの幸せを壊すものはないはず。 もう未来を憂えなくてよいのだ。大切な人は帰ってきた。遠い国から戻ってエリカの傍にいる。 もはや彼が飛ぶのは戦場ではなく、オオルリが羽ばたく空は自由な世界になったのだ。 主は来ませり 主は来ませり 主は、主は、来ませり…… 子供達の歌声は続く。その中にはフォンク亭に遊びに来る子供達で、エリカとアレックの結婚パーティーに来てくれた飛行機好きの子もいるはずだ。母親の編んだ毛糸の帽子と手袋を身につけて、頬を林檎のように赤くして、少し年嵩の子の指揮に合わせて歌っているに違いない。 エリカは夫の腕に身をよせ、静かにキャロルに耳を傾ける。 ………… 萎める心の 花を咲かせ 恵みの 露置く 主は来ませり 主は来ませり 主は、主は 来ませり と、エリカがわっと泣き出した。自分でも何故かわからないが、涙が止まらなかった。自分に齧りついて泣きじゃくるその体を優しく抱きしめ、アレックは親が子にするように、何度も何度も宥めるように背を、髪を、優しく撫でた。 平和の君なる 御子を迎え 救いの 主とぞ 誉めたたえよ 誉めたたえよ 誉め、誉めたたえよ 四本のろうそくの炎は小さかったが、食卓は十分に明るく、暖かい色に染まっていた。 |
| 2010年クリスマス更新。まさかの２年続けて風色更新です。クリスマス…クリスマス……と唸っていたら浮かんだのがこのお話でした。去年がアレックさんバージョンだとすれば今年はエリカちゃんから見たクリスマスの一こま(去年の話の一日前、クリスマスイヴですが)。エリカちゃんはアレックさん不在の間、お祈りは欠かさなかったと思います。そして、余程のことがなければ泣かなかったはず。……堪えていた涙は幸せになってから、堪えず全部流しきってしまってよいと思います。 賛美歌のことをよく知らないのにも関わらず、歌を引用していましたら、やっぱり凄まじい間違いをやらかしてしまいました。「主を待ちのぞむアドベント〜」は、ドイツの歌ですが、現実世界では、一時大戦のときには存在しておりませんでした！か、風色は架空戦記なので、そこいらへんは許して下さいませ…… |
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