甘え上手に甘え下手 |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 時期はアレックさんED後から少したちやっとこさどうにかなって(←このサイトの二人はカメどころか粘菌並みの歩みです)ちょっとたった頃。エリカは20歳になったばかりという設定です。 そして、頭のネジが十本ほど飛んでいます。管理人、基本的に甘いものが書けないのですが、それでも無理に書こうとして失敗するとこうなるよ、という見本のような話となりました。もう、「こんにゃろー」と自分を殴りたくなりもうした。すべては題名からお察し頂いて、しかし、甘くないことは保障済みで、「失敗作でいいとも、ああ、気にしないとも」という方のみお進みください。 ……だから恋愛よりの話はダメなんです… ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
「よーし、酒をつげー！」 ナカジマの声がドックに響く。彼の部下たる整備士の面々は、持ち寄った酒のつまみを自分の前に置き、これまた持ち寄った酒をコップに注ぐ。例によって例の如くの酒盛りだ。そして、今日はパイロット連中はブリーフィングと重なったために来ていない。……ということは酒盛りの度にエタノールに撃墜され、誰とはいわず絡みまくるコリン・グレイディーア中尉がいないわけで、こころなしか皆の表情が穏やかかつにこやかに見える。そして、今日の皆の視線は揃って整備班の紅一点、エリカ・アレーニアへと注がれていた。エリカはこの前二十歳になった。それまでは、どこぞの生真面目でお堅い第三王子と一緒で、「まだお酒を飲める歳じゃありませんから」とちょっとだけならいいじゃないかと勧められる酒盃をきっぱり断って、一人でちびちびとリンゴジュースの瓶を抱えて飲んでいた。しかし、今日は違う。酒盛りがあると知らされた彼女は、嬉々としてロランドの街に出かけてシードル(リンゴ酒)の瓶を山ほど仕入れてきた。その瓶が数本入った可愛らしい籐のバスケットは彼女の横に置いてあり、親方の掛け声に合わせて一本取り出すと栓を抜き、これまた可愛らしい花の柄がついた金属のカップにとくとくと小さな音をさせて注いだ。 「よし、準備できたな！今日も気持ちよく酔おうじゃねえか、かんぱーい！」 カップを上に掲げ、声をあげる男達の中で、高いエリカの声はいつもの事ながらとても目立つ。そして、彼女は両隣に座っているトゥーフォンとオズウェルのカップと自分のカップを打ち合わせ、チン、と音をさせて目を細め、コクン、と音を立ててシードルを一口飲んだ。 「エリカ、今日は随分楽しそうだなー。」 トゥーフォンが彼女の様子を見て言うと、エリカは嬉しそうにした。 「いつも私だけジュースだったでしょ。これで本当に皆と一緒になって宴会ができるようになったって感じなんですもん。」 「うんうん、一緒に飲めるってのはいいことだよ。もしかしてさー、随分イケル口？」 エリカはもう一口シードルを飲む。 「どうかしら？今日でお酒を飲むのは二度目だし。」 逆隣に座っていたオズウェルが口の中にあった酒を噴きそうになる。 「二度目??お前の誕生日、十日前だったろ。あのときに乾杯してから全然飲んでないのか？」 エリカはうん、と元気よく頷いた。 「でも、あのときのお酒はとっても美味しかったわ。胸のところがほんのりあったかくなって、ちょっとふわふわっとして……でも二日酔いにはならなかったの。私、お酒に強いのかも。」 それはないだろ、とオズウェルは呆れたように呟く。エリカの誕生祝はフォンク亭で行われたが、そのときエリカが飲んだのはアレックがサラに用意して貰ったランブール産の甘くて口当たりのいいシャンパン一杯だけだった。あれくらいでは自分の適正な酒量がわかるわけはない。 「あれから酒飲む機会はあったろうに。」 「うーん、アレックさんに言われたの。『お酒は初めのうちは特別なときにだけ飲むといいかもしれないね』って。確かにそうだわ。すぐ眠くなっちゃうし、集中力は削がれちゃうし。」 いや、それはエリカを必要以上に大切にしているアレックならではの物言いなのだろうが。トゥーフォンは空になったエリカのカップにシードルを注ぐ。 「で、どう？二度目のお酒の味は。」 エリカはカップの中を覗きこんだ。 「正直、味はリンゴジュースの方が美味しいと思うの。」 「ははは〜、エリカはまだまだ子供だな。」 「でも、ふわっ、とあったかくなる感じは好き。」 そして、また一口飲むとオズウェルにティノが持たせてくれたナッツの皿を差し出した。 酒宴は和やかに続いた。エリカは一本目のシードルを空にし、順調に次の瓶に取り掛かっていたが、乱れる様子などなかった。仲間達に酒を注ぎ、仲間達からつまみを勧められ、ジュースを飲んでいたときと全く同じようだった。いや、少し饒舌になっただろうか。しかし、それは「酔って正体をなくしたコリンの大演説」とは違って、非常にいい酒であった。エリカは夢見るような瞳で、高高度飛行や高速飛行、ヤクトケーファーに使われている技術のオオルリへの転用、何百人もの人を乗せる旅客機のことを語った。大半は『そんなことできるわけはないだろう』ということどもではあったが、だからといって『絶対にできるはずがない』とも言い切れないことで、若手のみならず、ナカジマやオズウェルも楽しい気持ちになって、アルコールで頬をほんのり桜色に上気させた彼女のお喋りに耳を傾けた。 このときは、誰も、自分達がしばらくしてある意味修羅場を迎えようとは予想だにしていなかったのだ。 ……酒癖というのは人それぞれ、独特なものである。コリンの場合は、一定以上の酒量を越すと自動的に『ヘンなスイッチ』がバチン、と物凄い音をたてて入ってしまい、極度の絡み酒となり、大演説が展開される。そして、彼の場合調子がいいことに(場合によっては気の毒なこともある)酔いが醒めたら何も覚えていないというオマケがつく。 エリカの場合、一定以上の酒量を越すと、パチンとスイッチが控えめに入って少し饒舌になる。そして……しばらくすると二度目のスイッチがバッチンとコリン以上に物凄い音をたてて入るのであった。 最初に異変に気づいたのはトゥーフォンだった。 「でさ、第二班の新人がさ……あれれ、エリカ、もしかして、眠い？」 エリカの目蓋は少し下がって、周期的に首がかくん、かくん、と前に倒れている。 「眠くなっちゃったんだったら、部屋に帰って寝ちゃいなよ。無理して最後まで親方の飲みに付き合う必要はないんだからさー。」 エリカは座った目でゆらり、とトゥーフォンの顔を見、にっこり笑った。 「トゥーフォン。」 「ん、何？」 次の瞬間、トゥーフォンは硬直した。事もあろうにエリカが腕にぎゅっとしがみついてきたのだ。」 「……トゥーフォ〜ン」 「？ええええええ？エリカ、ちょ、ちょっと！」 すると、エリカはうるうると潤んだ瞳でじいっとトゥーフォンを見つめる。まずい、犯罪的に可愛い。可愛いだけでなく色っぽいことこの上ない。 「トゥーフォン、私のこと、嫌い？」 「いやいやいやいや、そういうことじゃなくって。嫌いなわけないだろ。整備の仲間なんだし。」 するとエリカはにこにこっと笑った。 「トゥーフォン、大好き！」 ふたたびぎゅっとしがみつくエリカから膝立ちで離れようとしながらトゥーフォンは叫ぶ。 「エリカ！タンマ！やめて！放して。うわ、お願いだから放して!!俺、まだ死にたくな〜い！アレックさんに殺されたくな〜い！助けて〜！カレン!!」 なんでカレンの名前が出たかはともかくとして、親友の悲痛な叫びにオズウェルが反応した。……いや、エリカがトゥーフォンにしがみついているのが気に食わなかっただけかもしれない。彼はエリカの腕を掴み、トゥーフォンから引き剥がす。 「……オズウェル？」 「落ち着け！お前の相手はトゥーフォンじゃないだろうが!!」 するとエリカは微笑んで素直に頷き……こともあろうにがば、とオズウェルの首にかじりつく。 「！！！！！！！！！！！！！」 「オズウェル〜、だ〜い好き！」 オズウェルは一瞬頭の中が白くなったのを感じた。ああ、この言葉、二年半前に聞きたかった。だが、もう今はしかし、いや、でも……などと考えているとエリカが次の行動を起こした。 「うわッ!!」 ……詳細描写をすることはエリカ嬢の名誉にかかわらないでもないので、今は整備士連中が涙目で発した悲鳴にも似た叫びだけを紹介するに留めよう。 「は、は、放せ！抱きつくな！そ、それだけはやめとけ、いや、やめろ！」 「オズウェルのこと放してやってよ、エリカ。うわー、また俺のとこに来るの!?ギャー！」 「だからッ！お前の相手はトゥーフォンじゃない……だからッ！俺でもないんだって。親方！お願いです。こいつをなんとかして下さいッ！」 「エリカ、何やってやがる。俺にまで抱きつくなッ。そういう台詞を吐くのはアレックの野郎に向かってだけにしろ！だからッ!!べたべたくっつくな!!」 「アレーニア先輩、こ、困ります、困りますって。」 「そこの新人共！くっつかれて鼻の下伸ばしてんじゃあないッ!!」 「うわ、オズウェル、まさかのいきなり鉄拳制裁かよ!?ぎゃー、だから来ないでってば！オズウェル、そっち行ったぞ、気をつけろ。」 「だ、か、ら、よく見ろ！俺はアレックさんじゃないッ！そうじゃないっていってるだろ!!ヤメロ！迫るな!!」 ……合掌…… ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「今日はここまで。ああ、明日の午前は休みだが、午後には続きをやるから、最も適切だと思われるルートを各自考えておくように。」 アレックは紙束を持ち、机に軽く当てて揃えた。新人飛行士達は、先程まで皆で検討していた地図をまだじっと見ている。これがアレックからの宿題なのだろう。と、物凄い勢いで扉が叩かれた。 「はいはいはい、ちょっと待って。」 コリンがダッシュして扉を開けると。そこには涙目の新人整備兵が二人。パイロット達の視線が彼らに集まると慌てて敬礼をする。コリンを除いたほかのパイロットたちも敬礼を返したが、コリンはしゃがみこんで彼らの顔を下から見上げた。 「えーっと。整備は今呑みの最中なんじゃなかったっけー？お誘いに来てくれた……にしては深刻な顔してるけど、どーした？」 すると、一人が叫んだ。 「ナカジマ班長からの伝言です。ユーティライネン隊長に、至急ドックまで来ていただくようにと！どんなにご多忙であってもとにかく来ていただくようにと。」 アレックが首を捻る。 「俺に？」 「たたた、大変なんであります。我々では手が出せないのであります。イマージェンシーなんであります。」 穏やかなアレックの顔色が変わる。 「もしや、彼女が倒れでもしたのかい？」 「いや……むしろ、我々が倒されているのでありますが……」 アレックはコリンと顔を見合わせ……すぐにドックへと急いだ。 二人のエースがドックに駆けつけたとき、オズウェルとトゥーフォンを含んだ他の整備士達は壁際に退避しており、ナカジマだけがドックの真ん中にでん、と胡坐をかいて座り、エリカはナカジマにしなだれかかるようにしがみついて、その背に頬ずりしていた。どうやら、ナカジマにひっついているのがあらゆる意味で一番全体ダメージが少ないだろうと判断しての皆の総意の行動選択らしい。……トゥーフォンはエリカにひっつかれたら後日カレンに「グーで殴られる」と感じていたし、オズウェルは、といえば、いくら酒の席でも胸の奥におき火のようにくすぶっている何かを火箸で掻き立てられるようなことはされたくなかったのだった。 そんな仔細は知らないアレックは、親方に幸せそうに懐いているエリカを見て頭を掻いた。 「あの、親方……彼女、酔っているのですか。」 「……見りゃあわかるだろうが。……こりゃあ……考えようによっちゃあコリンを凌ぐ勢いの絡み酒だぜ。」 えー、俺、酒飲んで絡んだりしないですよ？というコリンの呟きはもちろん黙殺された。 「アレックよぉ。」 「え？何です。」 「こいつは絡むというより極端な甘え酒だ。……端で見ている限りそんなことはねぇと思うんだが、お前、こいつを甘えさえ足りないんじゃあねえか？」 オズウェルがぶんぶんと首を横に振る。 「……親方、俺達が毎日のように自分達自身の目で見ているものを信じる限り、それは絶対にないです!!」 一同うんうん、と首を縦に振る。……一体毎日のように何を目撃しているのだか。 「とにかく、酔いがさめるまで休ませた方がいいようですね。」 心配そうにそう言ったアレックの声が聞こえたのか、親方にうっとりと齧りついて閉じられていたエリカの目蓋がぱっちり見開かれた。 「アレックさん？」 整備班若手一同がゴクリ、と息を呑む。いや、先程までエリカの過剰な甘え癖をドキドキ九割、ワクワク一割で見てきたが、なんと言っても今度は“本命”のご登場である。ソレとかアレとかましてやあんなことが目前で拡大展開されるのだろうか。若い彼らにとって、それは迷惑というよりも“ちょっと、いや、大いに見てみたい”ものだったりする。オズウェルははぁぁぁぁぁ、とヘンな風に息をつき、トゥーフォンはいざとなったら咄嗟に目隠しできるようにオズウェルの後ろに立った。 「アレックさん……」 またエリカが名前を呼んだ。 ユクトランドの救国のエースは心配そうに歩み寄る。 「随分酔ってしまった？気持ち悪くはないかい？」 と、次の瞬間、一同は信じられないエリカの叫びを聞く。 「アレックさんなんてだーいっ嫌いです!!」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 体がゆったりと揺られている。赤ちゃんが揺り籠で揺られているのはこんな感じなのかしら、と、自分が赤ん坊の頃のことはもうすっかりと忘れてしまっているエリカは思う。でも、彼女が居るのは揺り籠ではない。誰かに抱かれて移動しているのだ。 ああ、また私寝ちゃったんだわ。お父さんのお弟子さん達の話、楽しいのにな。夕ご飯を食べてしばらくするとどうしても目蓋が目に被さってきてしまう。みんなで輪を作ってお喋りしていたところまでは覚えているのに、気がついたらこうしてうとうとしちゃっているのだもの。でも、こうして抱かれて運んで貰うのは嫌じゃない。お父さんはいつだって眠った私をこうして抱き上げて運んでくれる。お父さんの胸は広くてあったかくてとっても安心できる。いつまでもこうして抱っこされいたい。だから……目を開けようとすればできるような気がしていても、こうしてずっと眠ったふりをしてしまう。 エリカは自分を抱き上げてくれている人の服を小さな子供のようにぎゅっと掴んだ。 ああ、眠い。……やっぱり目は開けられない。本当に眠い。……でも大丈夫。眠ってしまってもお父さんがベッドに寝かせてくれるから。お母さんが干してお日様の匂いがしている枕に頭をぽっふり埋めて目がさめるのだから。 体がベッドに下ろされて、毛布がかけられ、ポム、と肩が優しく二度叩かれる。そのままエリカは夢の世界に落ちていった。 目を薄く開けたとき、エリカはいつもと違う様子に戸惑った。ここは自分の部屋ではない。おそるおそるもう少し大きく目をあけると、辺りの様子がはっきりしてきた……微かに消毒薬の匂いがする。ああ、ここは医療室だ。自分は……ええと、整備の皆とお酒を飲んで、楽しく盛り上がって……そこから先の記憶が……全くない。 「目が覚めた？大丈夫かい？」 静かな声のする方に顔を向けると、アレックがいた。 「！」 飛び起きようとした途端、ガン、と殴られたような痛みを感じて頭を押さえると、アレックは笑った。 「悪酔いしちゃったちゃったみたいだね。はい、お水。ゆっくり飲んで。」 水差しからガラスのコップに水を注がれ、ゆっくり飲むと人心地ついた。頭は痛むが、ゆっくりと動かせば耐えられないほどではない。 「あの……アレックさんがここまで運んでくれたんですか？」 「……もしかして、覚えていない？」 エリカの頬がかあっと熱くなった。 「は、はい、なんにも覚えてないで……す。整備の皆とお酒を飲んでいた筈だったのに……」 すると何故かアレックの表情がほっとしたものになった。 「皆が、君が酔って寝てしまったと知らせてくれてね。俺が君の部屋に入るわけにもいかないからここに。アリサちゃんには『ここは酔っ払いの為の部屋じゃないんですよ』ってやんわり怒られちゃったけれどね。しかし……本当に何も覚えていないんだ？……コリン二世だね。」 「!?あ、わ、私、コリンみたいに何かやっちゃいませんでしたか？」 「コリンみたいなことはやらなかったけれど……抱きつかれて、その……いろいろと……」 覚えてない覚えてない覚えてない！ 「あー、あの、いろいろって……」 「まあ、その、いろいろ、だよ。」 目の前の男の頬が少し赤くなっているのは、自分がやってしまったらしい“いろいろ”のせいなのだろう。あれ、ちょっと待って……アレックが来るまでも自分は酔っていたはずであり…… 「私、アレックさん以外の人にもそういうことやっちゃったんですか!?」 「あ、親方に訊いたけれど、そこまではやっていないっていうことだから安心して？でも、迷惑をかけたことは確かだから、明日にでも謝っておいたほうがいい。シードルは甘くて口当たりがいいから度を越してしまったんだね。君はあまりお酒に強くないほうだと思うから、これからは用心するんだよ。……乾杯のときはお酒を飲んでも、あとはまだジュースの方がいいのかもしれない。……ひとまず、約束して。お酒に慣れるまで俺のいない席では、小瓶でシードル一本だけにすること。そして、俺が居ても、俺の隣じゃない場所では飲まないこと。」 声の調子はきつくないものの、きっぱり言われてエリカは自分が相当なことをやってしまったのだとひしひしと感じていた。多分、整備の誰かに抱きつきでもしてしまったのだろう。実際は殆ど全員にだが。明日ドックにいったら、いや、朝食で顔を合わせたら、平謝りに謝らなくては。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。それからまた御免なさい、と言う。 「ブリーフィングの後なのに、運んで貰って、ついていて貰って、御免なさい。」 「……これくらいどうということはないよ。……昔どこかの飛べなかったパイロットが空に戻ったあと、倒れた挙句にずっと誰かに看ていてもらったことに比べればね。」 「いや、でも、それとこれとは。」 男は笑っているだけだった。 「立てる？大丈夫そうなら自分の部屋に戻って寝たほうがいい。」 エリカが頷くと、アレックはアリサを呼んだ。ただの酔っ払いとは言っても酔いが体に深刻なダメージを与える可能性があることも知っているアリサは近くで詰めていてくれたのだ。エリカはアレックとアリサの間に挟まれて自室まで歩き、アレックに“おやすみ”と挨拶されてアリサと一緒に部屋へ入った。御免ね、アリサにも迷惑かけちゃったね、とエリカが謝ると、アリサはううん、いいの、調子の悪い人の様子を看るのが私の仕事だから、と笑った後に少しもじもじしながら言った。 「エリカちゃん、あのね。」 「？」 「……あのね、アレックさんがエリカちゃんを運んできたとき、後ろからトゥーフォン君とオズウェルがついてきてたの。エリカちゃんを気遣って来てくれたことは確かなんだけれど、医療室を出るとき、オズウェルがアレックさんに向かって『大丈夫ですか』って訊いたの。あれはエリカちゃんを気遣うというより、アレックさんの心配をしているみたいだった。……それがどういうことなのか明日、聞いてみたほうがいいかもしれないよ。……私もちょっと訊いてみたんだけど、何があったか私には教えてくれなかったの。」 エリカは眉を下げる。どうやら自分は恥ずかしいことだけではなくとんでもないことをしてしまったのかもしれない。 「うん、訊いてみる。」 「……気になるようなことを言っちゃったけれど、今日はゆっくり眠ってね。整備は明日半休なんでしょう。お昼まで寝ちゃったらいいよ。喉が渇いたらお水をちゃんと飲むこと。起きて頭が酷く痛んだりむかむかするようなら私のところに来て。痛み止めや胃のお薬は出せるから。」 有難う、とエリカはアリサの手を握る。いいよいいよ、とアリサは笑い、じゃあね、本当によく寝てね、おやすみなさい、と言い残して部屋から出て行った。 （眠れないような気がする) そうは思ったけれど、アリサにゆっくり眠ってと釘をさされたことを思い出し、のろのろと服を脱いでベッドに入って目を閉じる。……気になることはいくらでもあったが、酔いで汗ばんでいた肌もいつか乾いてエリカはいつのまにか眠っていた。 次の日、結局エリカは早くに目を覚ました。少しだけ頭が痛かったが、昨晩ほどではない。息からも酒臭い匂いは消えている。作業服に袖を通し、ドックへと向かったのは、休みの日でも、親方とオズウェルは暇があれば朝からドック周辺に居ることを知っているからだった。 果たして、二人はドックに居た。いや、今日はトゥーフォンも居て朝の光の中で床を磨いている。どうやらあれから派手に散らかしたらしい。エリカの姿を認めると、トゥーフォンは一瞬かたまり、オズウェルはいつもの不機嫌な顔になる前にひきつった顔をし、親方は豪快に笑った。 「おう、生きてたか！ま、最初の洗礼って奴だ。酒なんて奴は失敗しながらだんだん強くなっていきゃあいいんだ！」 「……親方、煽らないで下さい。俺はもうこいつの世話をするのは御免です。いいか、お前、どんだけ迷惑かけたか自分でも判ってるか……今度あんなことがあったら、コンビ解消するからな。」 「御免なさい、オズウェル。あの……でも、何も覚えてなくて……」 「え？エリカ、何も覚えてないの？？幸せな奴だなあ。」 呆れるトゥーフォンの横でオズウェルは、それを聞いて、少し機嫌がよくなったようだった。エリカから視線を外し、工具箱に手をやる。それはもうきちんと整頓されているようにも見えたが、オズウェルは工具をいじるのを辞めなかった。 「だったら忘れろ。……俺達も忘れるから……思い出したくもないし。」 ナカジマはにやにや笑いを続けている。 「皆にもあとで謝るわ。……もう、悪酔いはしないように気をつける。」 そして、ちょっと躊躇しながら言う。 「私、アレックさんに酷いことを言っちゃったよね。」 実際のところ、アレックに何を言ったのかさっぱり覚えていないのだが、オズウェルにしても親方にしても、普通に訊いても教えてくれないような気がしてエリカはさもそこだけは覚えている風に装った。オズウェルが驚いたように目を見開く。 「……お前、そこのところだけは覚えているのか。よりによって。」 俯いたままエリカは頷いてみせる。 あちゃー。というようにトゥーフォンが天を仰ぐ。 「うん、確かにアレックさん、エリカが大演説しているとき微動だにしなかったよなー。」 オズウェルは頭を掻く。 「……別にいいんじゃないか。本当のことだし。……俺もあの人には似たようなことぶつけたことあるし。」 ことさらぶっきら棒にオズウェルが言うと、トゥーフォンが驚く。 「えええっ!?オズウェル、あんなことをアレックさんに言ったことがあるのか!?きっつー！」 「……なりゆきでだ。大体あの人はエリカがぶちまけた通りの人だからな。」 「でもさ、アレックさんがあの通りの人だから、みんなそういうこと言わずにきたんじゃないの〜？」 「……だ・か・ら・あの通りの人だからこそ癇にさわることもあるんだろうが。」 「だからってさ、あの事故のことやらなんやらをビシバシ突っ込んで、『一人で抱え込んで笑って、優しくして、諦めて、自分を責めて、それで全部がうまくいくなんて勘違いしているんじゃないでしょうね馬鹿馬鹿大嫌い』なんて、俺には言えない。」 二人の言葉の応酬を聞いていたエリカの顔からさーっと血の気が引いた。 「わ、私、そんなこと言ったの!?」 トゥーフォンとオズウェルは顔を見合わせ、エリカの嘘に気づいた。もうこうなってはフォローも何もできない。 すると親方の陽気な笑い声が四人しかいない広々としたドックに響いた。 「はははは、オズウェルもトゥーフォンもうまい具合に騙されやがったな。……エリカ、気にすんなって。少なくとも、俺はお前の演説を聞いていて痛快だったぞ。アレックの野郎に、ああいったことを正面きって突きつけられるのは、俺と、クラウスと、ルイディナだけだったからな。若手の中にも突っ込める人材が育つってぇのは嬉しいねえ。オズウェルといい、エリカといい、さっすが俺が見込んだだけのことはある。相手がいくら熱くなってものらりくらりと微笑んで真意を見せないあいつを叩きのめせる奴はなかなかいねぇからなあ。コリンの奴は感心して演説の最後で『俺、エリカちゃんに惚れ直したかも〜』なんて小さく拍手してやがったぞ。」 「親方、こいつ落ち込んでますから。息の根止めるような追い討ちはかけないで下さいよ。」 「いいっていいって。酒の席の話だからな。エリカ、おめぇだって、素面のときにはそんな話をしたことねえんだろうが？今奈落まで落ち込んだ面してるのはそういうことだろ。腹の中で思ってることが、酒で歯止めが効かなくなって流れ出しちまったが、お前だっていろいろと我慢して我慢してここまできたんだ。あいつだってお前を責めやしねえさ。つーか、責める資格はあいつにゃあねえ。俺だって何度あいつのことを怒鳴ったりなじったりしたか、あいつが若いときから通算すりゃあ手の指全部どころか足の指まで使ってもまだ足りねえや。ただな、エリカ、おめぇ、演説の最後の方で『もっと甘えて下さい』って連呼してたが、あいつは甘えてこなかったわけじゃねえんだぞ。甘えるのが下手だっただけだ。そこんところは勘違いしちゃあいけねえや。」 「？？？？？？」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ロビュ城内の昔の砲台跡の石組みに座り、アレックはスケッチをしていた。スケッチブックには鉛筆で精緻なスケッチが描かれていく。と。その紙の上に人影が落ちた。後ろを向けば整備の少女が心配そうに自分を覗き込んでいる。 「おはよう、エリカ。もう頭は痛くない？」 「おはようございます……あの……ごめんなさい。」 「いったろう？医療室まで運ぶことくらいどうということは」 「違うんです。……酷いことを言いました。多分、言ってはいけないことを言ったんです。絶対に言わないと決めていたことを言っちゃったんです。」 鉛筆が置かれる。 「……覚えていないのじゃなかったのかい？」 固い声だった。 「覚えていなかったのは本当ですけれど……聞き出してしまいました。」 「親方……かな？」 エリカは答えなかった。アレックは息をつく。確かに、エリカからことばをぶつけられたときに彼は脳髄を素手で掴まれたような気がした。しかし、その中身はエリカが心配していることと全く違う筈だ。 自分はエリカが考えているような聖人君子ではない。むしろ卑怯者だ。いつも微笑んでつとめて他者に優しくしてきたことは、贖罪と、精神を平静に保つための自衛から始まったことだ。エリカはもっと甘えろといったが、自分ほど甘えて生きてきた人間はいない。自分の慢心から事故を起こし、部下を殺し、オオルリという相棒に泥を塗り、飛べなくなり、しかし、死ぬこともできず、空へ向けた目を地上に降ろすこともできず、おめおめと軍に居残り……これほど他者に、そして自分自身に甘えてきた男はいないはずだ。そして、年端のいかないこの少女にまで心配させて……これもまた甘えだ。 エリカは昨日、自分に、感じている苦しみも悲しみもすべてをぶつけて欲しいと言った。アレックの精神を今も苛んでいる悪夢を共有したいと言った。酔ってはいたが、あれは彼女の心からの声だった。 しかし、そのようなことはできない。彼女にはいつも笑顔で居て欲しい。自分の大切な者に悲しみも苦悩も与えたくない。……いや、これも一種の甘えなのか。 座ったまま見上げる少女の顔は泣き出しそうだ。こんな表情のまま、帰らせたくはない。男は自分の隣の石積みをとん、と叩いて少女を座らせた。 「……昨日、君が言ってくれたように、少し甘えさせてもらえるかい。」 エリカは神妙な顔をしてコクンと頷いた。 エリカは背筋を伸ばして緊張して座っていた。どんなに悲しい話が出ても、どんなに苦しい心情を吐露されても、毅然として話をしっかり聞いていられるように。……しかし……アレックの金髪は自分の茶の髪の上に凭せ掛けられていたが、エリカの頭はというとおもいきりアレックの肩にあり…… なんだかこれでは、甘えているのは自分のようではないか。 そして、アレックが話していることも、あの忌まわしい事故の記憶のことではなかった。彼が話し始めたのは初めてオオルリに乗った日のことだった。 「……そして、離水したとき、ぐらりと横揺れがきた。」 「それってやっぱりキールへの風ですか。」 「ああ、夢中で体勢を立て直そうとした。しかし、それも中々至難の技だった。技術者の方から事前に詳細な説明は受けていたけれど……どうしてだと思う？」 「アレックさんはそれまでマーティンに乗っていたんですよね。」 エリカは少し考える。 「エンジンが上にあったからですね！」 「その通り。重心が高い位置にある機体がこれほど操りにくいものだとは考えてもいなかった。冷や汗を流しながらペダルを踏み、操縦桿を引き……そんな中でも当時の俺は既にエースだなんて言われていたこともあって『格好良く飛ぼう』なんて、どうしようもないことを考えていたのだから、今考えると恥ずかしいよ。自分の腕の未熟さを棚に上げて、思うように飛んでくれないオオルリにとんでもない馬鹿げたじゃじゃ馬だ、なんて毒づいたりしてね。未来の最高の相棒に向かってなんてことをいったんだって今は反省してる。そうしたら急にエンジンの音がおかしくなってね。単純な整備不良だったらしいんだけど、その時はオオルリが機嫌を悪くして拗ねたんだと思って、あわててお前は最高の機体だよって褒め倒して……そうしたら急にエンジンが元通りになり……それ以来、オオルリが駄々をこねたことはないかな。尤も、あたふたしてたのは俺だけで、外から見る限りは優雅に飛んでいるように見えていたようで、当時の直属の上官、今のクラウス司令からすら褒められ……もっともっと精進しろと地上に戻ってから頭を拳骨で殴って叱責してくれたのは親方だけだったね。」 そのときの様子を想像してエリカが笑い……真顔になった。 「アレックさん。」 「なんだい。」 「あの、これって、本当にアレックさん、私に甘えてくれてるんですか？」 すると、アレックはいつものように空の色をした目を細くして微笑み、俺がこれ以上君に甘えたらおそらくたいへんなことになってしまうよ、と腰にまわした腕に力をいれた。 何かおかしい、何か違う、とエリカは思ったけれど、何から何までが間違っているわけではないような気もして……ただ、整備の少女はもう一度、自分にそれだけの力はないかもしれないけれど、何があっても全力でこの人を支えるんだといわんばかりにしっかりと背を伸ばして、男の髪を細い指で優しく梳いてみせた。 |
| なんということはないアレックさんとエリカの話。 といいつつも、恋の話のはずだったのに、妙な具合に甘くなくなりました。(イオン飲料くらいのしょっぱさがあります) 実際、アレックさんはいろいろと甘えてきたことは確かで、しかし甘えている自分を自覚しつづけた結果飛べないエースであり続けてしまった人だと思います。そして、あの事故についての彼の苦しみや悔恨の情は、いくら時間がたっても消えることはなく、空に戻った今でも、悪夢を見ることがなくなってはいないのだと思います。こればかりはエリカがいようとどうであろうと変わらないと考えています。アレックさんは、当時のことを詳細にエリカに語ることがあるのだろうか。アウトラインは話すとしても、吐き気を催させるに違いない事故後の惨状を語って聞かせるのだろうか……多分、それは否なのでしょうが、直截的な形で提示されなくても、近くにいる限り、彼女も少しずつじわじわと不明瞭な形ながら理解をしていくのでしょう。 甘える、というのは、相手のことなど考えず(或いは考える余裕も無く)縋り付いている場合はどうしようもない自己中心的行為で、それが許されるのは、年端のいかない小さな子供だけだと思います。……子供を愛しているお母さんは(勿論時と場合にもよりますが)そこから力を貰えるのだと勝手に想像するからです。 でも、大人同士でも、甘えることが相手の力になることがあって……それが「甘え上手」なのだと思います。 何を書いているんだか自分でもわからなくなってきましたが、ひとまずは、アレックさんに甘え上手になって欲しいな、と。 今の時点ではまだまだだと思うております。泣いたり、喚いたりしろとはいいませんが。 (アレックさん頑張れ、うんと頑張れ) |
戻ります |