ACE of ACES |
王家の子供達が並んで立っている場所を見たときに気になったのは第三王子の姿だった。 四年に渡る大規模な戦争が停戦を迎え、平和になった王都では、王宮の庭で園遊会が行われていた。戦時にあって尚、娯楽を与えた俳優や歌手、音楽家。傷病者を救う薬品を合成した科学者、そして、実際に戦闘の場に立ち、自らを盾として国民を守った軍人達が、そこには招かれていた。軍人の中には、桁外れの撃墜数を誇り、しかも僚機を失うことなく戦闘機を駆った「無傷のエース」「救国の英雄」と賞賛されるパイロット、アレック=ユーティライネンの姿もあった。彼ら、賓客として招かれた者たちは、順々に女王マルレナ２世のもとに導かれ、挨拶をする。 アレックの胸には、今日の午前、女王からじきじきに拝領した十字勲章が輝き、背筋をすっと伸ばして歩く若々しいその姿は、彼よりずっと階級は上の軍の将官達より数段魅力的に見えた。 「アレック=ユーティライネン准尉。あなたの戦時における働きに感謝いたします。」 女王はそういって、しかし微かに微笑んだようだった。勲章をアレックに渡したときに女王は「園遊会でもここでお話したことと同じような挨拶をしてしまいますが、約束事のようなものですので、勘弁してくださいね」と悪戯っ子のように笑った。なので、アレックもこの気さくな女王に微笑み返してみせた。 女王の隣には三人の王子と王女が一人立っている。平和が戻ってきたことを強くアピールするのに彼らの姿は効果的であったが、その表情は四者四様であった。 第一王子のフレドリクは22歳になっており、女王の子としてというより、既に為政者の顔をして、如才なく積極的に列席者と会話をしている。第二王子のヨアキムは、客人たちと話をするのは億劫なようであったが様々な人が往来するのを眺めているのが楽しいらしく、ゆったりとした微笑を浮かべて立っている。まだ10歳のメルヴィ王女はひたすら愛らしく、ドレスの裾をちょんと持って可愛らしい声で挨拶をしている。そして、王女の隣の第三王子であるカレルヴォ王子は……四人の中では一番あぶなっかしく見えた。自分に与えられた役目を果たそうと、賓客に生真面目に話しかけているのだが、はにかみやなのか緊張しているのか、変声期まえの高い声がうわずったりかすれたりしている。そして、それに自分でも気がついていて、誰か一人と挨拶をするたびに頬を赤くし、俯いてもいる。 アレックが王子たちの前を通った。フレドリクはアレックの撃墜数や、要となる勝利をおさめた戦闘のことを驚くほどよく知っており、そのことどもを交えながら、彼を労い、理想的な挨拶をした。ヨアキムはアレックの顔をじっと見つめ、食い入るように彼の青い瞳を見、『あなたの瞳はユクトランドの空と同じ色なのですね』と撃墜王に相応しいとは思えない言葉をかけてきたが、不思議に嫌な思いはしなかった。 カレルヴォ王子は、というと、これがもう可哀想なくらいに慌てていた。沢山話したいことがあるのに、声として出てこない……そんな雰囲気で、隣に居る小さなメルヴィ王女にまで背をさすられる始末。やっと口から出てきた『准尉殿』という呼びかけも、そのあとに言葉が続いてくれず、結局小さな声で“ありがとうございます”と付け足すのがやっとな状態だった。そんな弟の頭をヨアキムは鷹揚にがしがしと撫で、フレドリクはやれやれ、といった風にため息をついた。 園遊会も終わり、会場を引き上げる段になって、アレックは女王の侍従からそっと手紙を忍ばされた。そこには、夕食会までの間の休憩時間を30分ほど割いてくれまいか、という内容のことが書かれていた。女王じきじきの願いに、アレックは上官に文面を報告し、一人侍従に従って会場から少し離れた建物へと移動していった。 「どうぞお入りください。」 そうして通された部屋は、机が一つ椅子が三客、そして大きな本棚がいくつも置かれた部屋だった。その椅子に座っていた少年が勢い良く立ち上がった。 「アレック=ユーティライネン准尉殿！わざわざお越し戴いて有難うございます。」 カレルヴォ王子はそう叫ぶと、深く腰を折って礼をした。アレックも礼を返す。 アレックが顔を上げると、カレルヴォの横にメルヴィ王女の姿もあった。王女はアレックの方を警戒するようにジッと見ている。 「先程は失礼致しました。僕、あ、いえ、私はしっかりご挨拶しようとしていたのですが、あがってしまいまして。……本当にご足労戴いて申し訳ございません。どうしてもあなたから飛行機のお話が聞きたかったのです。」 王子は、こざっぱりした白のシャツに青い毛糸のベストを着ていた。上質な服ではあるが、特に華美ではなく、王族と知らなければ市井の少年と言われてもおかしくはなかった。ただ、王子の目はキラキラと眩しいほどに輝いていた。アレックは救国の英雄として、これまでも多くの人の興味を惹き、騒がれてもいたが、この少年の様子はただただ彼を崇拝しているだけではなさそうだった。彼はアレックに椅子をすすめ、自分は机を挟んだ向こう側に座った。妹のメルヴィ王女はカレルヴォと仲がよいらしく、兄の椅子に自分の椅子をぴったりと並べて座る。机の上には二つの飛行機の模型。片方は世界で始めて飛行に成功したアメリゴス国のルイト兄弟の機体、ルイト・フライヤー。もう一つは、アレックも乗機としているオオルリの模型であった。 「フォルゴーレ先生から、いろいろなことを教えていただきました。揚力のことや機体の構造のこと。」 少年はメモを見ながら質問する。その質問は、一生懸命に考えたものなのだろう。見事なまでに要点がはっきりまとまっていた。そして、王子の知識も13歳の少年としては舌を巻くほど深いものだった。アレックが判りやすく丁寧に答えていくと、王子は心底嬉しそうに帳面にいろいろと書き付けていった。話は次第に飛行技術のことに移って行った。マニューバはどのようにして行うのか。多くの敵機がやってきたときにはどのように戦ったのか……。 カレルヴォ王子は頬を紅潮させて准尉の言葉に頷き、こう言った。 「准尉殿。私達の暮らすユクトランドを守って下さって有難うございました。僕、あ、いえ、私は、あなたのようになりたいです。今すぐパイロットになって、あなたのように空を飛びたい。」 すると、アレックはゆっくりと首を振った。 「畏れながら殿下、それには賛同致しかねます。……私たち戦闘機乗りは、このユクトランドに暮らす人々を守るために空へと出撃しました。特に、殿下のような年若い人々を守るために…………今でも殿下は守られるべき年齢でいらっしゃいます。軽い気持ちで物事をおっしゃってはなりません。殿下には今、空を飛ぶこと以外に、なさるべきことがあるはずです。」 王子は少ししゅん、としたようだったが、ふわ、と笑った。 「そうですね。私は准尉殿にお会いできて浮かれてしまっていたようです。……准尉殿、そんなことがないように、と願ってはいますが、また何かが起こったとき、准尉殿はその翼でユクトランドの皆を守って下さいますか。」 アレックは微笑んでゆったりと頷いた。 「ええ、命がある限り、必ず。…………いつか、王子が戦争ではなく空を飛ぶ日が来ればよいと願っております。」 「……そんなときが来てくれたとしたら、私と一緒に空を飛んで下さいますか。」 「はい、機会が許せば。」 大きな手を差し出され、カレルヴォはその手をぎゅっと掴んで握手した。 時間は瞬く間に過ぎ、アレックはその場を辞した。その場に残った王子は、准尉を見送ってから妹に聞いた。 「メルヴィ、どう？准尉殿とお話した感想は。」 メルヴィ王女はにこっと笑い、大好きな兄に向かって嬉しそうに言った。 「とっても優しそうな人だったわ。想像していたよりずっと素敵な方だった。」 「そうだね、確かにとても優しそうな人だったけれど……想像していた方よりもあまり軍人らしくなくて……うん、でもそんなことを聞いているんじゃないよ。」 メルヴィの答えはカレルヴォが答えて欲しかったものと少しずれていたようだった。同じものを見、同じことを聞いても、感じることは人それぞれ違うのだ。 「あの人こそ、英雄だね。エースの中のエースだ！准尉殿はどんなことがあっても怯まない、どんな困難が目の前にあっても躊躇したり、空から逃げ出したりしない方なんだ。准尉殿は、どんなときだって飛べる方なんだよ。メルヴィ、僕は大きくなって守られるだけの年齢ではなくなったら、准尉殿みたいになってみせるよ……」 少年の手がオオルリの青い模型を優しく掴む。 「もしも何かが起こったら、僕がこの国を翼で守ってみせるんだ。准尉殿と一緒に。」 少年らしい、無知からくる罪のない夢想から、王子はオオルリに乗った自分を想像しながら機嫌よく言った。 「いつか、必ず。」 |
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