本日のメニュー |
さささっとセルジュが黒板にチョークで字を書いていく。 ◇◇本日のおすすめ◇◇ 子牛肉の野菜添えマトソース掛け 特製海鮮スープ・チーズパン・アップルパイ 常連たちは黒板なんぞ見ないで「セルジュ、今日のおすすめはなんだい」と声をかけてすませるが、声をかけるのが苦手な人もいるし、通りすがりの旅人さんにはこうして店の前にメニューを置いて知らせたほうが親切だ。 「うふふ〜。……セルジュ、ちょっと綴りが違ってるわよ〜。」 「えーっどこどこ、あ、ここか！気付かなかった。」 指の先で消して書き直す弟の横でサラは黒板の四隅に赤いチョークで花の絵を書く。 「ねーちゃん、それ、ちょっと装飾過剰。」 「え〜、だって、少し華やかにした方がよくないかしらぁ？」 「花食うわけじゃないんだからさ。せめて牛描いてくれよ、牛。今日は牛料理なんだから！」 「あらあらあら。牛はちょっと難しいわね、どうしようかしら〜」 姉弟の言い合いを微笑ましく聞きながら常連達が店に入っていく。フォンク亭の海鮮スープは新鮮な魚介が入ったときにしか作られない一品だ。……今日のランチは素敵な時間になりそうだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「おーい、皆よく聞けー！今日の午後は防衛分隊と合同で格闘やるぞー。」 ドゥニの声に一瞬ざわ、と呻き声のような声を出した者が数人。 「言うまでもなくフランツの奴の鍛錬メニューはやけに充実しきっているが、倒れるなよー。医療室まで運ぶの面倒くせえから水ぶっかけるが水ぶっかけるのも面倒だからなー。」 四角四面な防衛分隊隊長、フランツ＝ローナー曹長。彼の作る鍛錬メニューは無駄なく隙なく容赦ない。……そして誰からも有り難がられない。ただし、フランツに刃向かうものもいない。何せフランツはクラウス＝ウーデット指令に勝るとも劣らない見上げた軍人魂を持った男で、更に、役者といっても通るほどに整った外見からは想像できないほどに、銃の腕も腕っ節も飛びぬけている。奴は口だけの男ではなく、有言実行の男で、更に厄介な事に、正義や信義や信念をこよなく愛する徹頭徹尾真面目な男なのだ。 「まー、よーっく噛み締めて味わえば絶対身になるメニューだから、真面目に喰えよー！。じゃ、020時後に訓練場に集合！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「ここで、ポジションをこう変える。」 飛行機を表す三角形の木片が机の上に５個。それぞれ別の色に塗られたもののうち青い木片をアレックはつまんで動かした。 「さらに二番機は上昇し、ここにつく。」 新人パイロット達は、編隊の組み方を説明する隊長の指先をじっと見つめている。 一人が手を上げたのに気付きアレックは発言を促す。 「隊長殿、ここでもしもこの黄色の機体が少しでも高度を上にとり過ぎると、接触してしまいますが」 すると隊長は微笑んだ。 「そうだね。だから高度を間違えてはいけないよ。……難しい位置取りだが、敵機が来たときにこうすれば……」 目まぐるしくアレックが木片を動かす。 「このようにどの方位から迫られても、容易く対応できる。……必要なのはチームワークだが、そのチームワークを生み出すにはまず操縦技術を磨くことが必要だ。」 頷く若いパイロット達に、アレックは休日明けの飛行メニューを告げた。それはコリンの眉をも動かさせるほどに難易度の高いものだったが、アレックは微笑んでいた。 「俺は君達ができると思うから、必要だと思うからやらせる。……命がかかっていることだからね。無理は決してしない。ひたすらしごくなんて気持ちで言ったりはしないよ。」 また若手達が真剣な顔で頷いたのを見てコリンは心の中で(やっぱ、アレックさんは凄いや)と一人ごちた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 医療室には毎日決まったメニューがある。棚にある薬品の確認・器具の消毒・包帯類の洗濯・小隊構成員の健康状態の確認。 そして、居れば、傷病者の看護と投薬予定の確認と実施。 そして、一通りのことが終わってしまうと暇な時間となる。しかし、この時間は無駄ではない。軍医も看護兵も、その時間を利用して医療の文献を読み新たな知識を得るのだから。 メニューのない時間……それはひとたび戦闘が起これば寸暇なく怪我人に対応するまさしく戦場となる。血で汚れ、呻きで満たされ、さらにその呻きを上げることもできなくなって天に召される兵士達。 だから、この「何もない時間」があることに異論を唱えるものは誰もいない。 アリサはこの時間がまた今日も持てたことに感謝し、広げた看護技術の雑誌に目を落とした。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 明日のメニューは何にしようか。 ロビュ小隊の厨房メニューは、軍属である調理兵が決めているが、週に二度ほどティノにその役目がまわってくる。それだけティノが信頼されているということなのだが、そのたびにティノは何を出そうか途方にくれる。倉庫に入った加工肉や魚、野菜……それらを古いものから使っていくことは必要だが、それにしても幾通りものメニューが考えられる。そんなとき、ティノはフォンク亭でドニスから料理を習っていた頃に作ったノートを開く。 開いたページは肉料理のページ。そこからは、ドニスの陽気な大きな声が聞こえてくる。 (ティノ、夏の暑いときにゃあやっぱりさっぱりした味が欲しくなるんだよな。そんときにはビネガーをちょっと使ってみろ。脂っこさがあんまし気にならなくなって食が進むぞ) 次に開いたページは魚のページ。 (骨のある魚つーと、ちまちま小骨を取るのがたいへんなんだが、骨も食うことも考えろ。煮たり揚げたり……小さい子供じゃなきゃあ、骨もまた乙なアクセントだぞ) そしてケーキのページ (男だからって甘いモンを嫌うのはどうかと思うね。疲れたときには甘いもんだ。ただ、甘いばっかりじゃあ胸焼けしちまうなってときにはスパイスを使うんだ。ほら、棚のあそこらへんに並んでいるのが菓子に使うスパイスだ) ティノはぱたんとノートを閉じ、今日のメニューを考える。それは先程開いたページにあった料理ではない。 (ティノ、俺は帰ってきたらまだまだお前さんにいろいろ教えたいことが山ほどある。それまで頑張っってくれよ。いや、俺の真似をしろっていうわけじゃあない。俺の教えることは料理の基本だ。あとはお前さん次第。料理ってのは心をこめてつくればそれでいい。お前さんはお前さんのメニューを考えればいいいんだ) ドニスの懐かしい声を思い出し、ティノは大きな籠を持ち、材料を取りに食料庫へと歩いて行った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「ごちそうさま。」 「はい、有難うございます。……あの、どうでした？」 アレックは新妻の心づくしのメニューを思い返して微笑んだ。明日が休みということもあって、エリカは物凄く気合をいれて料理に取り組んでいた。ワインでの乾杯から始まって前菜、野菜のたっぷり入った温かなクリームシチュー、鶏のソテー、魚のグリル。デザートにアップルパイ。 「ああ、とても美味しかったよ。あれだけのものを準備するのは大変だったろう？」 エリカは首をふる。 「私、機械をいじるのが大好きですけれど、それに限らず何かを作るの大好きですから。むしろ時間がかかっちゃってごめんなさい。アレックさんの淹れてくれたコーヒー、とても美味しかったです。……今回はフォンク亭からアップルパイを買ってきましたけれど、次はデザートにも挑戦しますね！」 腕まくりをするエリカに、アレックは仕事で疲れているのだからあまり無理をしないようにね、フォンク亭のパイも利用させてもらおうよ、と柔らかく言った。 「で、お腹一杯になりました？」 「いや、俺はもう十分……あ、いや、やっぱり足りないかな。うん、足りないね。メニューにもう一品あったら嬉しいな。」 腕を広げるアレックに引き寄せられるようにエリカが近づくと、アレックは彼女を膝の上に座らせた。エリカは困って言う。 「やっぱり男の人には足りなかったですか？えっと……パンとチーズならすぐ出せますけど……その他はちょっと時間がかかっちゃいます。」 するとアレックはいいよ、だんだん足りてきたから、と笑い、コーヒーのセットに手をかけ、もう一杯飲もうか、明日は休日だし、眠くならなくなるように、とエリカの髪を撫でた。それでも何のことかわからずにきょとんとしている愛しい娘の耳に渇望する一品メニューの名前を囁くと、彼女は夫のシャツをギュッと握って耳の先まで赤くした。 |
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