防衛分隊ｖｓ補給班


　ロビュ独立航空小隊は、『変わり者の集団』と評される。様々な人種が、階級の上下に拘ることなく自分の役目を果たす、破格の集団。……しかし、すべての構成員が変わり者であるわけではない。実際、通信班や気象班は、他の隊の同じ仕事をしている連中と並べてみてもどちらがロビュの軍人なのかを即座に言い当てることは不可能だ。しかし、補給班は……どの隊の連中と徹底的にシャッフルしてみても、『あれとあれとあれと……あれがロビュの補給班員』と断言できる。それほど補給班は強烈な個性を持った者のたまり場だった。
　物資輸送という彼らの仕事柄、がっしりした体格の者が多かったが、体格だけでなくそこはタフな奴らの見本市である。実際、例えば彼らが戦場の最前線に派遣されたとして、鉄条網の向こうに敵陣があったならば、ドゥニ=ブロッホ上級曹長のなんだか嬉しそうな号令のもと、彼らは歓声を上げて太さ５㎜の鉄条網に大挙して押し寄せて体当たりをかまし、そのまま針金をぶっちぎって進軍していきそうであった。……むろんそれは冗談であるが、実際そのような場面に遭遇したとき、奴らがやらないとは断言できない。

　そんな補給班の好敵手ともいえるのが、防衛分隊であった。四角四面、石部金吉、生真面目な隊長が取り仕切る防衛分隊であるが、血の気の多いのは補給班と同じ。彼らは小隊が発足した初期は、補給班員に一方的にからかわれて玩具にされていたが、すぐにそんな状況からは脱却した。そして『とにかくオレ達の方が奴らより上だ』ってなことを主張しようと日夜双方とも画策している。



　例えばこんな具合。

　「二年ちょっと前まで、俺たちのとこにゃあ、ユクトランドの救国の英雄が所属してたんだぞ～。奴の翼があったからこそ、お前達はここで生きていられるんだぞー」
　「英雄殿は今じゃ航空班の隊長殿だ！！厄介者揃いの補給班から抜けられて、この頃ほっとしてるって噂だぜ。」
　「なにおぅ！」
　「おぅ！なんか文句あるのか？」
　「あるともさ！補給班をバカにするなよ！」
　「いいたいことはそれだけか！バカ補給！」
　「勝負だ！」
　「おう！勝負だ!!」


　……そして、なにかしら『勝負』が始まるのだ。

　…………娯楽の少ない軍隊生活の中で宝石の如き輝きを持つもの、それは何か？もちろん賭けである。…………賭けなら軍内のあらゆるところで行われている。現在の指令であるクラウスでさえ賭けには噛んでくることがある。ありていに言ってしまうと、賭けに一切加わったことがないのは、防衛分隊隊長のフランツくらいのものである。賭けはどんな賭けでもそれなりに盛り上がるものだが、暗号解読班対会計班のチェス対決などというものはひたすら地味で見ている方は何をやっているかわからず、だらだら長くて結構不評だ。それに比べて防衛分隊と補給班の対決は見た目からして派手で単純で途方もなく盛り上がる。一番お手軽な対決は腕相撲である。今日もまた、「勝負だ！」と誰かが叫んだと同時に、胴元が名乗りをあげ、瞬時に賭けが始まった。ルールは５対５の団体戦。今までの経験から、これがもっとも緊迫した勝負になると皆知っているのだ。接戦にならなければ面白くない。面白くなれば賭けをする奴も増える。
　腕力だけを見れば、補給班に怪力無双の大男が居るのだが、彼は姿に似ず、蚤の心臓の持ち主であり、思い切り野次られるとガラスのハートが砕けてしまい負けを喫することがある……繊細な神経の持ち主でなくとも、「皆に聞かれちゃ拙いこと」の一つや二つは持っている奴が多いため、食堂は野次りあいで大盛り上がりである。

　現在までの勝敗は、防衛分隊43勝42敗、引き分け２(これは、酔ったコリン=グレイディーア中尉が乱入してきたことにより全てがぐずぐずになったため)。

補給班隊長のドゥニが上機嫌に部下にはっぱをかける横で、防衛分隊隊長のフランツ=ローナーは苦笑している。生真面目なフランツといえど、部下から娯楽を取り上げる積もりはない。それに喧嘩だ勝負だとはいっても所詮はお遊びだ。だが、そんなフランツの表情が、いきなりむっとしたものに変わった。

　「ブロッホ上級曹長殿！今のあなたの部下の野次は、自分の部下を極度に侮蔑するものだ。撤回して貰いたい。」

　ドゥニは笑う。

　「硬い事いうなって。皆本気じゃねえんだからよ。おーい、もっとやれやれ！もっと言ったれ！」

　「ドゥニ=ブロッホ上級曹長殿！隊長であるあなたが、火に油を注ぐようなことをして恥ずかしくないのですか!?」

　「んー？別段恥ずかしいことはなーんもねえんだけど。」

　「………………」

　フランツが少し俯き背をブルブルと奮わせる。

　「あれー？フランツちゃん？怒っちゃったの？」

　ロビュ小隊ではまれかもしれない『軍人らしい軍人』は茶化すようなドゥニの言葉にいきなりがばと顔を上げた。

　「全く！どうしてあなたはいつもそうなのですか！……今日の昼のことも……」

　「昼？…………昼ってなんだ？」

　「昼食後、あなたは気象班の若い女性隊員の腰に手をのばし不埒な真似を……そして、自分がが叱責しようとしたところ、逃走をはかり……」

　「あー？逃走なんざしたっけか？第一、俺が不埒な真似をしたんじゃあねえって、俺のこの手がよ……勝手によ……」

　ニヤニヤ笑うドゥニにフランツが切れる。

　「また『手が勝手に』ですか!?その言い訳を自分が何度聞いたとお思いです??」

　「んー？何度だ？」

　「今回でもう17度目です！」

　「うほっ！フランツちゃんってば、記憶力いいねー。ドゥニおじさん感動だわ。」

　「誰がおじさんですかッ!!…………全く貴方という方は……奥方がこのようなことを耳にされたらどれだけ嘆かれるでしょうか…………」

　「…………まあな、でもうちの奥さんは俺をものすごーく愛してくれちゃってるからなー。本当にうちの奥さんは女神さまみたいなもんなのよ、これが。」

　「…………もしも奥様が許しても、娘さんはどう思うでしょうね…………物心ついた娘さんに、あなたのお父さんは、勝手に吸い寄せられたといって女性兵の腰に手を…………などと自分が後日教えたとしても、あなたはそうやって平然としていられるのですか!?隊長として、夫として、そして父親として恥ずかしくはないのですか!?」

　「ごあっ!フランツ、お前……俺の娘に教える気？冗談だよな!?うちの娘はまだ赤ん坊だぞ。」

　「……自分が冗談を言ったことが過去に一度でもありましたか？」

　「…………わーったよ！だからよ、そんな怖い目で睨むなよ、ちぇッ！おーい、お前ら、野次もほどほどにしろ～。」




　……そんな隊長2人を少し離れたところから見ている男達が数人。

　「……今日はフランツ隊長の勝ちか。」
　「そうだな。……チッ、もってけ、泥棒！」
　
　手から手に渡される紙幣。



　防衛分隊長対補給班隊長。彼らの口喧嘩もまた賭けの対象であったりする。


　因みに戦歴はフランツの32勝45敗。

　ドゥニに娘が生まれてからは、フランツがやや優勢とその筋の者は語った。

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