オオルリと呼ばれるもの

　オオルリと呼ばれるもの　

　「のぉ、ヨハン、ぬしはアレックの恋人について、なにか聞いてはおらぬか。」

　ヨハン=レーヴェンハルトが入室すると、いきなりかけられた声がこれだった。

　この、革命軍を実質的に率いている帝国の第四皇女は、切れ者、とか将来どころか今でも十分恐ろしいとか、味方であるレジスタンス側の兵士からも畏怖されている存在であったが、政務・軍務を一度外れると、妙に子供っぽく、いつも身近にいるヨハンにも掴みきれないところが多々あった。

　「恋人……ですか……？」

　「うむ、戦況も先が見えて来た。……ユクトランドの次期国王の片眼鏡王子からはあのエース殿をもうそろそろ返却してくれと言われてもいる。まだその時ではないが、わらわ達の大きな戦力となってくれたあ奴が帰国する際には土産を持たせてやらねばシュレスベルクの名がすたるではないか。あ奴自身に持たせる土産は、帰国後の身分だの待遇だのユクトランドとの講和条件のあれやこれやとまあそんなものでよかろうが、２年も待たせた恋人には別のものを持たせてやったほうがよかろうと思う。中々いい考えじゃろう？」

　「はあ、……そういうものですか。」

　「そうじゃ。ふむ、恋を知らぬヨハンにこのようなことを言っても仕方のないことじゃったかの？」

　ティーネ様、貴方も恋をしたことはないように俺は思いますが、という言葉をヨハンは飲み込んだ。言っても『うるさいのぉ！』とかなんとか叫ばれて足を踏まれるのがオチだ。

　「で、どうじゃ。何か知らぬか。どういうおなごじゃ？ぬしとあ奴は命を互いに預けて出撃してきた名コンビじゃ。いろいろと聞いているじゃろうが。」

　ヨハンは緑の瞳をぐるっと回した。

　「…………ロビュ小隊に務める軍人、としか。」

　ティーネはぷっと頬を膨らませた。

　「……ヨハン！この２年何をやってきたのじゃ！」

　「…………俺は、ティーネ様のご命令どおりに出撃して……」

　「そんなことを聞いているのではない！僚友に恋人が居ると聞いたら突込みをいれるのが基本であろうが!!……まあ、よい。……先程少しは聞き出したからの。……ふふ。随分と餌を撒かねばならなかったが……」

　どんな餌を撒いたんだ、とヨハンは思ったが、口には出さなかった。

　「どうやら、あ奴の恋人は通信兵でもない。厨房にいるわけでもない。衛生兵でもない。」

　「はあ。」

　「あ奴に翼をくれたとかなんとか申しておって、自分の命以上に大切とかうそぶきおって、恋人などと気軽に言ってはいけないほどに大切などと惚気倒しおった。」

　「はあ……」

　そのようなことならヨハンも聞いたことがある。

　するとエルネスティーネはしゅん、とした。

　「要するによくはわからないのじゃ。……革命組織のジネットめは、その恋人とやらの認識票を見たことがあるらしいが、内容を教えてくれんのじゃ！それどころか嘘を教えている節もある。今まで色々と取引をして、血液型と階級と年齢は手にいれたのじゃが……二等兵というのはいいとして、年齢が今年で１９というのはあり得んじゃろうが！」

　……革命組織とどういった取引をしたのだろうか。

　「…………適性な年齢というのはわかりませんが、愛があれば年の差というのは別に……」

　「いやいやいやいや、あ奴には、落ち着いてしっとりした大人のオンナが似合うと思わんか？思うだろうが？」

　「似合うかどうかといわれましても……」

　別にどーだっていい、とヨハンは思ったが、口には出さなかった。

　「とにかく！何かわかったらわらわに知らせるのじゃぞ！というか、あ奴をユクトランドに返却する前に聞き出すのじゃ！」

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　アレックの帰国が決まりしばらくしてから、宿舎としている建物の周囲をヨハンが歩いていると、アレックが庭にある小さなベンチに座ってスケッチブックを広げているのが目に入った。ヨハンに気付くとアレックは口に人差し指を立て、静かにするように合図した。足音をたてぬように注意して彼の隣に座ったヨハンはスケッチブックを覗き込み、小さな声で言った。

　(鳥……ですか。)

　(ああ、そこの木にいるよ。)

　鉛筆の先で示された枝には鮮やかな青い宝石のような色をした小鳥がとまっている。ブブーっと輸送トラックのクラクションの音が響くと小鳥は驚いて飛び立った。青い美しい小鳥と、その傍にいた茶色の目立たない小鳥……。

　「逃げてしまいましたね。」

　「ああ。でももうほとんど仕上がっていたから。」

　なるほど、スケッチブックには、二羽の小鳥がちょこなんと体をぴったりあわせて仲良くとまっている絵が描かれている。

　「俺には絵のことはよくわかりませんが……巧いですね。」

　「ありがとう。……しばらく描いていなかったから時間ばかりかかってしまったけれどね」

　なおもヨハンはじっとスケッチブックをのぞきこむ。

　「……違う種類の鳥を纏めて書いたのですか。」

　「いや、あの二羽は同じ種類の鳥だよ。」

　驚くヨハンにアレックは笑う。

　「オオルリといってね。雄は青くて雌は茶色い。」

　「……オオルリ……あなたの乗機も確かそんな名前でしたね。」

　「ああ、そうだよ。」

　「…………大陸大戦時、帝国軍パイロットはあなたのことをブラウシュバッツと呼んでいた。」

　ブラウシュバッツ……青いチュンチュン野郎……攻撃力に勝るはずのケーファーを次々と撃墜していったユクトランドの空の英雄を畏怖し、しかし、ふざけた名前を与えて笑いと共に恐怖を吹きとばすべくつけられたニックネーム。

　「つまるところ、あなたにつけられた通称は、あのオオルリのことだったのですね……空で美しく舞う……それにしても驚きました。雌のオオルリは雄のように青く美しくはなく目立たない。」

　「……ああ、でも、オオルリの雄にとっては、あの茶色の羽根の可愛い伴侶が唯一無二の存在なんだよ。」

　そう言ったアレックの表情はとても優しいものだった。何かがヨハンの頭の中でパン、とはじけた。

　「……もしや、あなたの大切な人は、茶色の髪をしているのではありませんか。」

　アレックは無言だったが鼻のあたりが少し赤くなったのがヨハンにも見て取れた。
　通信兵でもない衛生兵でもない厨房にも居ない。年齢は今やっと１９。彼に翼を与え、恋人といってはいけないほどに大切な人…………。

　ああ、きっとそうなのだろう。

　「……国に戻ったら、その人に宜しく。……俺は彼女を知っている気がします……俺にとっても彼女はきっと大切な人でした。……」

　アレックは微笑む。多分ヨハンの想像は当たっているのだろう。

　「ああ、……もう、他の男のもとに嫁いでいるかもしれないけれどね。……二年も待たせてしまったから。」

　そう静かに言うアレックの表情に、しかし憂いや悲しみのようなものは、見つけられなかった。

　「…………だとしても俺はずっと彼女を見守っていくよ。……ヨハン、君の分もね。」

　ヨハンは頷き立ち上がった。アレックも立ち上がる。戦況が落ち着いたといっても、哨戒任務は欠かせない。

　(ティーネ様にはお知らせしないでおこう)

　自分が無条件の忠誠を誓って仕える第四皇女に対して初めて行う小さな反抗を決意しながらヨハンはこっそり微笑んだ。

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