ボクラノツバサ |
ドックの前で大きな焚き火が燃え上がる。その周りを囲んでいるのは、整備士達とパイロット達。彼らの手には酒とそのつまみ。木の枝に食材を突き刺し、炙って食べている者もいる。 今日、一機のオオルリがその一生を終えた。翼と機体の骨組みがもう寿命だ、とナカジマが判断し、解体作業が行われたのだ。まだまだ使用できる部品は他の機体の為に転用し、その他の金属部分は鉄屑として再利用施設に送る。そして、もう何の為に使うこともできない可燃部分はこうして焚き火の燃料となった。 オオルリの骨組みは、基本的に木材だ。軽量化するために、機体の一部は骨組みに羽布を張っている部分もあり、積み上げると相当な嵩になった。焚き火を始めて随分と時間が経つが、まだまだ火は勢い良く燃えており、もうしばらく酒盛りは続くだろう。 炎を見つめながら、オズウェルはふうっと長い息をついた。 「なんだぁ、オズウェル、しけた面しやがって。」 ナカジマに言われ、オズウェルはまた息をつく。 「いや…………あの機体とは随分と長く付き合いましたから…………こうやって燃えて何もかもなくなってしまうかと思うと、流石に感慨深いものがあります。」 ナカジマはくい、とコップの中の酒を飲むと笑った。 「感慨深い、か！はっ！確かにな、ちったぁ、寂しい気もしねぇでもねえが、こいつは何もかもなくなっちまうってぇのとはちょっと違うかもしれねえぞ。」 オズウェルは少し酔いも回り上機嫌で喋っているナカジマを不審な表情で見た。 「……どういう意味ですか。確かに転用する部品はありますが、こうしてこいつは灰になってしまいます。」 ナカジマはオズウェルの方は見ず、燃え盛る火を、目を細めて眺める。酔いで赤くなった顔が炎に照らされ更に赤く染まって見える。 「オズウェル『付喪神』というのを知っているか。」 「え？『ツクモガミ』……ですか？ちょっとわかりませんが。」 するとナカジマは豪快笑った。 「まあ、わからねえだろうな。ジパングの言葉だからな。」 「……なんなんですか、それは。」 ナカジマの近くに居た数人が興味を惹かれて、それに気付いた別の数人もまた耳を傾け、大声を張り上げているナカジマの話に多くのものが耳を傾けた。 「どんなもんでも、人間が永い間でえじ(大事)に使ってっと、そいつには魂ってぇ奴が宿るんだ。魂っつーても、消えてなくなるようなもんじゃねえ。……魂を得たものは、神通力も使えるようになり、やがて、その道具が壊れちまったときには、魂は天界に向かって昇っていって、そこで永遠の魂を得る。…………今日こうして燃やしているオオルリはそれほど永い間俺たちとつきあっちゃあいなかったが、それでも俺はこいつが付喪神になったんじゃねえかって思うわけさ。……こうして炎と一緒に上へ上へと飛行機だった頃にはとてもじゃないが行けなかった高度まで昇り、そこでこいつは生き続ける。なんかなぁ、そんな気がするんだよ。 オズウェルは普段と同じ不機嫌そうな顔をしている。 「……親方の国じゃどうかは知りませんが、少なくとも俺は、こうして燃やしてしまったら、おしまいだと思います。……人が死んで荼毘にふされるのと似ています。あとには灰以外何も残りません。」 すると、ナカジマは尚も大声で笑った。 「おしまい、か！オズウェル。お前、人間は死んじまったら終わりで何も残らないなんて本気で考えてるんじゃねえだろうな。……人はな、繋がってるし、残していくんだ…………おい、アレック、コリン。お前達はあっちにいる航空班のひよっこ達に操縦技術やパイロットの心得なんて奴を教えているだろう？」 アレックとコリンは顔を見合わせ、そして、目を細め自分達の部下を一人一人目で追った。 「俺だって、出来がいいかどうかは別にして、整備連中にいろいろ伝えたつもりだぞ？どうだ？オズウェル。」 尊敬するナカジマにそう問われて、オズウェルは黙って頷いた。 「で、オズウェル、お前も、お前の技術をお前の後輩達に伝えた。そうだな？」 オズウェルは隣に座るトゥーフォンから脇腹をぐりぐりと肘で突かれ、逆隣に座るエリカからにっこり微笑まれた。酒に酔った赤さではなくオズウェルの頬が桜色になる。 「……人間なんて奴は、何も残さずきれいさっぱりなくなるなんて上等なことはできやしねえんだ。……何かを教えたり、伝えたり……そして教えられた奴、伝えられた奴は、また誰かにそれを教え、伝えていく。……だからよ、終わらねえんだよ、死んじまっても。…………必ず何かを残していく…………それは形がないものだったり……はっきりした形があるものだったり、人間そのものだったりする。」 パチリ、と時々音をたてて美しく舞い踊る火の粉に左手を翳していたエリカの左手を、揃いの指輪を嵌めた大きな温かい手がしっかりと握り、二人は見つめあった。 「……つまりはそういうことだ。……さあ、オズウェル、だから辛気臭い顔なんかはせずもっと飲め。今日はこいつの新たな門出を見守る祝いの宴なんだからな！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 木が殆ど灰になってしまっても、宴は続いていた。うっかり誰かがコリンに酒の入ったコップを勧めてしまい、例によって例の如くな展開となり、それがお開きの合図になった。ナカジマはいい具合に酒が回り、気持ちよく鼻歌など歌いながら宿舎に戻ろうとしていると、大きな人影に行き当たった。 「おう、クラウス。なんでえ、ずっとそこにいたのか？」 クラウスは、蒸留酒の入った金属製の入れ物を片手に持っていた。 「ああ、焚き火を見ながら一杯引っ掛けさせてもらった。……私が入って行っては皆が萎縮してしまうだろうからな。」 「違ぇねえ！」 ナカジマはバンバン、とクラウスの背を叩き面白そうに笑った。そして、炎が収まり赤く暗く燃えている焚き火を静かに眺めた。 「…………あいつはいいよなあ。…………ずうっと空を飛んでいて、お役目を終えてもああやって空に昇っていって……俺なんざぁ、整備ばっかりで、空を飛ぶっていう感覚がどんなことかさっぱりわからねえ。」 するとクラウスは少し眉を上げた。 「……15年ほど前、どこかのパイロットの座席の後ろに無理やり乗り込んで来て、空を飛べと迫り、結局飛ばせたのは、ナカジマ、お前ではなかったのか？」 またナカジマは笑う。 「そんな昔のことなんざ、すっかり忘れちまったよ。」 「……恩知らずな奴め」 「……歳をとると物忘れが酷くなっちまうんだよ。……だからもう一度空に連れてけ。」 「……理由なく飛行機に乗せる許可を出せるわけがないだろう。」 「小隊の指揮官がじきじきに操縦桿を握って俺を乗せてくれりゃあ、許可を出すもへったくれもあるまい。ん？そうだろうが？…………すぐに、とは言わん。お迎えが来るまでにはまだちょいと時間があるだろうしな。…………俺はお前と飛びたいんだよ。お前も飛べるときに飛んでおきたいんじゃねえのか？」 「………………」 クラウスは厳しい表情のままだったが、口角は幽かに上がっていた。 「…………期待せずに待っていろ。」 ああ、期待せずにな、とナカジマは言い、空を見上げる。 「俺達が切り拓いてきた飛行機発展への道は、俺達より若い奴らがちゃーんと後を辿ってきやがった。……そして、そのあとを引き継ぐ奴も育ってる。……これからもっともっとすげえ飛行機が開発されるだろうさ。」 もう『飛行機だったもの』は幽かに赤く光を放っているだけだった。そして、木材は自らの重量を支えきれずにガラ、と崩れ落ちた。その勢いで最後の火の粉がぱあっとあがり……火は消えて行った。 「……だがな、クラウス…………どんなに時代が下ろうとも人間は自由に飛ぶことはできねえ。…………俺は思うんだ。人間が、自由に空を飛ぶには、体って奴はどうしようもなく邪魔だ、ってな。…………本当に自由に飛ぶには、体を脱ぎ捨てて、魂だけにならねえと…………空の高みへは昇れねえ、絶対にな。」 クラウスは少し笑い。だからといって、早く鬼籍に入ろうなどとは考えてくれるなよ、と小柄な友の骨ばった肩をバン、と叩いた。 |
戻ります |