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「ドゥニ＝ブロッホ上級曹長、参りました。」 重たげな木製の扉を叩くと、クラウス＝ウーデット少佐その人の張りのある声が中から響いてきた。 「入れ。」 間髪を入れず部屋に入り、無駄のない動作で扉を閉めると、型どおりの敬礼をする。クラウスはそれに対して完全無欠な所作で敬礼を返した。 「ブロッホ上級曹長。ここに呼んだのは、新たに補給班に配属される人員の件だ。……朝、お前は私とすれ違ったが、その折、私と共に歩いていた男を覚えているか。」 「はっ。覚えているであります。」 「ならば話は早い。……これがあの男の書類だ。」 ドゥニは神妙な顔をしてクラウスが差し出す書類を受け取った。…………はてさて、今度はどんな人間が来たのやら。今朝見た男、ちょっと見はしごくまともな男に見えたのだが、何せこの鬼の副司令、何をどう思っているのかドゥニの率いる補給班に、いささか……ではなく無闇と難点のある男を続けざまに送り込んでくる。ありていに言って、国内の部隊から問題児扱いされていた奴を選抜して来たんではなかろうかという連中がうようよしている。……ま、この補給班隊長はそこいらへんはあまり気にしない性質である。むしろいろんな奴が居た方が面白くていい、と思っている節がある。 しかし、書類を見たドゥニは今度ばかりは目を丸くして思わず叫んだ。 「なんじゃあ、こりゃあ」 慌てて誤魔化すように咳払いをした補給班隊長をウーデット少佐は叱責することなく静かに言った。 「構わぬ。むしろ、今はざっくばらんに会話をしてくれた方がいい。」 「ざっく……ばらん……でありますか？」 不審げにドゥニが確かめると少佐はゆっくりと頷いた。 「ざっくばらんと言われましても……どの程度までお許しいただけるのか……」 クラウスは苦笑する。 「無礼講と考えてくれ。普段部下に接しているような口調で構わん。いや、むしろその方が助かる。」 いつもとは違う副司令の様子に、ドゥニは一度大きく深呼吸すると、おそるおそる口を開いた。 「……ってぇ、いいますと、こんな具合な喋りでいいんですかい？」 副司令はもう一度頷いた。 「結構だ。……今はお前の忌憚のない意見を聞きたい。……その書類を見てどう思う。」 ドゥニはもう一度ざっと書類を見、はあああああと息をついた。 「見ろ、とおっしゃられても……ひとまず、こいつぁあ、何処の頓馬が作製しやがったんだって悪態つきたいほど空欄ばっかりのとんでもねえ書類だとしか。」 そうだな、と少佐は言い、書かれていることからだけでもどう思ったかを尋ねた。 「そうですなー。名前はアレックですか。姓が書かれていないところがまず怪しい。生年月日は……俺とそうかわんないでやんの。随分と若く見えますな。出身はフェンクス、１８のときに徴兵、ふーむ、大陸大戦経験者の叩き上げですな。任地はこれまでに３箇所を経験。それがどこだか書かれていないのも怪しい。そして階級は伍長……この年で伍長ってぇのは、よほど無能だったか、それともオイタをしちまったかのどっちかじゃねえんですかね。いや、だが仕事はできやがるんだな。トラックの運転もできるし、馬にも乗れる。ま、馬は今じゃ軍で使うことはほとんどねえけど。射撃のランクも……で、体格もいい。こりゃあ優等生だ。……他にもなんかスキルがあるんですかね、この不自然な空白は。さてっと……賞罰欄は……完全に空欄か。でも、これは賞も罰も両方なかったってことじゃあねえんですよね？朝、少佐とあの男が話しているのをちらっと聞きましたが、穏やかな話しぶりだったじゃないですか。兵舎で派手な喧嘩やりやがったとか金を使い込んだとかそういうことはなさそうなんだがな。……ま、あの整った甘い優しげなご面相だ。本人にその気がなくても、町の酒場女がなんか勘違いしちまって、包丁振り回して刃傷沙汰になっちまったとかそんなところですかねえ。」 クラウスは早口でまくし立てるドゥニの声を聞いていたが、ドゥニが思いつく限りのことを話し切ると頷いた。 「あれは、優秀な軍人だ。補給班でもお前の右腕ともなってくれるだろう人材だと私は思っている。運転の腕も確かだ。簡単なエンジン整備もやってのける。ただ、人の命が絡んだ事象に直面したとき、精神に混乱をきたす可能性がある。日頃から注意し、驚かず対処してくれるか。……彼はトラウマを持っているが異常者ではない。落ち着きさえすれば、軍務の遂行に問題はない。」 ドゥニは眉をひそめる。 「……大陸大戦時、所属部隊がやっこさん一人残して全滅しちまったとか、目の前で親友がバラバラに砕けちまったとかそういうことですか。」 大陸大戦では、戦に生き残っても、精神に異常をきたして廃人となってしまった兵士が何人も出た。ドゥニはそういった兵の一人に会ったことがある。それは見るも痛ましく悲惨な存在であった。 「いや、……彼が大陸大戦時に所属していた部隊では、最前線で共に戦った彼の僚友には一人として死んだ者はなかった。」 最前線で戦い、死んだ僚友が居ない……それは奇跡に近いことだ。…………ドゥニは首を捻る。だったらなんで……。 穴だらけの身上書をパチンと一度人差し指で弾く。 「わかりました。仰るようにせいぜい気をつけるとします。……いや、おそらく少佐のおっしゃるように、間違いがなきゃ、俺の右腕になってくれそうな奴じゃねえですか。変人の巣なんて言われてるウチの補給班に投げ込まれたら、掃き溜めの鶴みたいに見えるんじゃあないですかね。」 「質問しようとはしないのだな。」 ドゥニは頭を掻いた。 「いや、質問してこの空白を埋めてくださるんなら有難いんですが、そうして下さるつもりがおありなりゃ、余計な手順を踏まずはなっから書いてあったはずでしょう。ってえことは、質問しても少佐は答えちゃくれないってことじゃないですか。」 「ならば、本人から聞き出すつもりか。」 ドゥニは頭を掻き毟る。 「そんな面倒くせえこと、俺は苦手なんで勘弁して下さいよ。…………確かに空欄になってるとこは気になりますが、実際仕事をするときにはあってもなくてもいいようなところだしな…………言いたかったら本人が言うでしょうが、きっと。そしたらその都度空欄は埋めていきますよ。…………まー、なんちゅうか、ずっと空欄でも構わんですし。」 その答えはクラウスが期待していた通りのものだったのだろう。いつも眉間に寄せられている皺が少し緩み、微笑らしきものが口元に現れた。 それを確認したドゥニは、きっちりと身上書を二つに折りたたむ。もうこれで無礼講は終わりだ。 「では、頼んだぞ。」 「了解しました！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「うぉーい！野郎ども、集まれ〜！」 ドゥニの号令に補給班の連中がわらわらと集まり整列する。 「んじゃ、新たに配属された期待の新人を紹介する！アレック伍長。他に伍長はいねえからこれからは『伍長』って呼ぶことにすっぞ。ほれ、こっちゃ来い。」 ドゥニに手招きされてアレックは空の色をした瞳をしばたかせ、不思議そうな顔で隊長の横に進み出る。……ロビュ小隊、特にこの補給班は破格の存在だとクラウスに聞かされていたが、予想を上回る『柔らかすぎる隊長』がそこにいた。 「まー、面倒な事はこれからおいおい知っていきゃあいい。補給班の同僚がやさしーく教えてやるからな。」 そして、にかっと白い歯を見せて笑うと、大きな手でアレックの手をがっちりと握り握手した。 「我らがロビュ小隊にようこそ！」 |
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