13日の金曜日 |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、オフィシャルとかけ離れており、我が家設定満載ですので、ご注意くださいませ。 アレックさんルートでED後の小隊でのなんとない日常のひとコマです。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
「……でだ。その時、電気が消えたんだ。前触れもなく、な。壁のスイッチをパチパチやっても何も変わらねえ。ブレーカーが落ちたんじゃあねえかって思って、部屋から出て確かめようと暗闇の中、壁にを伝ってなんとか扉まで辿りついたんだ。で、ひんやりとした真鍮のドアノブを掴んでドアを開けようとした……だがよ……開かなかったんだよ。……ノブを右に回しても、左に回しても……誰かが鍵をかけたとしか思えねえ。だが、誰が何のために鍵をかけたんだ？……ドアにとりついて、拳でガンガンと音をたて、開けてくれ、誰かいないか、と大声を出しても、返事はない。するとな……はっきりと聞こえたんだよ………………「曹長殿」って声がな。そして、コツコツとはっきりした足音が聞こえた…………しかしな、……その声はよ、廊下からじゃなかったんだ。…………自分以外誰もいないはずの、真っ暗闇の部屋の中からその声が聞こえて、次の瞬間俺の背中に男の手が……」 「「きゃあああああああ」」 食堂で起こった悲鳴に、視線が集まる。そこには、看護兵の服を着た少女と、整備兵の服を着た少女が椅子に座ってガタガタ震えながら抱き合っており、その横にはちょび髭を生やした補給班隊長がが悪そうな顔をして立っていた。 「ドゥニ=ブロッホ上級曹長殿！」 昼食に居合わせたフランツ=ローナー防衛班長がつかつかっと歩いて行って耳朶をぐいと引っ掴んで叱責すると、ドゥニは首を捻って言い訳をする。 「いてててて、痛いってば、フランツちゃん。ちょっとした冗談だって！……つーか、俺もびっくりしたんだぞ？医療室のカワイコちゃんが怖がりなのは前ッから知ってたが、ドックのカワイコちゃんは、肝っ玉が座ってて今まで反応薄かったんで、今回は秘蔵の怪談を怖さ割増5割程度でお届けしてたんだが、いやいやいやいや、悲鳴を上げるってのは予想外だった。いや、すまん、エリカちゃん。」 いいい、いいんです。とエリカは震えながら言う。そのエリカの斜め後ろから、オズウェルは『怪談如きで脅えるなんて阿呆らしい』と呟くように言う。エリカの悲鳴を聞いて反射的に駆け寄って来たとは思えないぶっきら棒な態度だ。 エリカはまだぎゅっとアリサと抱き合いながら、だって……と小さな声を出す。 「……だって、オズウェル。明日は13日の金曜日で、ドゥニさんの怪談も、13日の金曜日に起こったことだって聞いたら……怖いじゃない？怖ろしいじゃない？」 オズウェルは目を見開き、ぽかんと口もあけて暫くしてから、お前は馬鹿か、と言った。隣でトゥーフォンが、オズウェル、きっつー。と笑った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「13日の金曜日、か。華夏では別にどうってことない日だけどなー。オズウェル、不吉な日、とは聞いてたけど、そもそもどうして不吉なんだぁ？」 あのあとアリサと別れ、オズウェルとトゥーフォンとドックに向かって歩いているとき、トゥーフォンが頭の後ろで両手を組んで質問した。 オズウェルはむすっとし、それでも律儀に腐れ縁の友人に答える。 「ブリステントで不吉な日と言われてはいる。ランブールでもそうらしい。誰から聞いたか忘れたが、リンツライヒでも言うらしいな。どっちにしろ、迷信だ。」 すると、エリカはふるふるっと首を振った。 「迷信なんかじゃないわ。最後の晩餐には13人の人が居たし、イエス様が十字架に架けられたのは金曜日、エヴァ(←イヴのこと)がヘビに唆されてアダムを誘惑したのも、バベルの塔が壊れたのも、大洪水も、みんなみんな13日の金曜日だったのよ？これが不吉でなくってどうするの？」 ぷっとトゥーフォンが声に出して笑った。 「エリカ、エリカ。それって随分無理があるんじゃないかぁ〜？エヴァとかアダムとかって最初の人間なんだろ？その時に日付だの、曜日だのって、今と同じカレンダーがあるって無理がありすぎる。」 横から呆れた様子でオズウェルが追い打ちをかけるように否定する。 「お前が信心深いのはわかってた。だからそういうことに意味を持たせたいんだろうが、さっきトゥーフォンが言ったように、13日の金曜日なんてのは、国や宗教が変わればなんの意味もなくなるだろうが。第一、俺は13日の金曜日だからって不吉なことが起きたっていう記憶がない。目の前を黒猫が通ると不吉だとかそういうのと同じことだろうが。それが真実だとしたら、黒猫を飼ってる奴は毎日不幸続きだ……馬鹿らしい。」 するとエリカはいきり立った。 「黒猫と一緒にしないで頂戴。……不吉なことなら起こったわ……小さな頃、実家の整備場の職工長さんが教えてくれたの…………職工長さんはとても真面目な人で、嘘や冗談なんて言わない人だったわ。13日の金曜日にはね、エンジンがうまく働かなくなるのよ。普通なら14回ピストンが動くところが13回しか動かないの。私、職工長さんと一緒にエンジンの音をじっと聞いていて……そうしたら本当にピストンの動きが悪くて……」 そりゃ、お前が暗示にかかったんだろうが、とにべもなくぼそりと言い、内心、いつも気丈で迷信など信じないエリカの脅える様子を可愛らしいものだと微笑ましく思いながらドックの入り口をまたぐ。 「迷信で怯えるのはお前の勝手だが、親方の前では言うなよ。とばっちりで俺まで怒鳴られるのは御免だ。」 と、傍らから、少ししわがれているがしゃんとした大声が響いた。 「おう、オズウェル、何がどうして俺が怒鳴るって言うんだ？」 ドックの扉の横には、何やら話しあっていたらしいナカジマと、アレックの姿があった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ オズウェルからかいつまんだ話を聞いたナカジマは、かっかっか、と大声で笑った。 「それでドゥニの怪談に悲鳴をあげたってか？おめぇは肝の据わった奴だと思ってたが俺の思いちげぇか？……しかし、オズウェル、俺はそれくれぇじゃ怒鳴らねえぜ。仕事中に怪談話をおっぱじめれば別だがよ。」 アレックの掌が頭の上にポン、と乗せられて、エリカはくすぐったそうに少し肩を動かし、怯えるなんて子供っぽかったかしら、と少し頬を染めた。 「……それに俺はどっちかってぇとゲンを担ぐ性質だからな。ジパングじゃあ四や九を嫌う。『死』や『苦』に繋がる数字だといってな。それをまるっと信じてるわけじゃあねえんだが、好き好んで4や9がついたモンを選ぼうとは思わねえ。……だがよ、オズウェル…………」 ここで、ナカジマは一度話を切って、ゴホン、と湿った咳払いをした。次に口を開いた時、親方は真剣な眼差しを若い整備士達に向け、低い声で告げた。 「俺は耶蘇教(←キリスト教のこと)はこれっぽっちも信じちゃいないが、……13日の金曜日には気をつけた方がいい……本当に不吉なことが起こりやがるんだ。」 ナカジマが語るところによれば、これまでに幾度も不吉なことが13日の金曜日に起こったのだという。或るときには、部下が錆びた釘を踏みぬいて破傷風になり、或るときには隣の小隊から飛来してきたJK‐2『マーティン』が、ナカジマの見上げる空で突如空中分解を起こして墜落したり、落雷に打たれて歩哨に立っていた兵士が重傷を負ったり…… 「無論、そいつは科学的に解明されちゃあいねえ。だがよ、俺がこれだけのことを覚えているってことは、やっぱり13日の金曜にはなにかあるってことになるんじゃあねえか？」 オズウェルは迷信を肯定するような師匠に困惑して反論を試みる。 「親方、親方はそうかもしれませんが、俺は13日の金曜にさほど不吉なことが起こった記憶がありません。」 ナカジマはそれを鼻で笑う。 「13日の金曜ってぇ奴は、多くとも年に三度、平均すりゃあ、二度ほどだ。おめぇたち若い奴は経験自体が少なすぎるんだ。エリカ、おめえが生まれてから13日の金曜が40回ほどあったはずだ。しかし、学校にあがる７歳くれえまでの餓鬼んときゃあ記憶が曖昧だろうが。したら、26かいくれえしか経験がねえし、小せえうちは親に不吉なことから守られてるもんだ。俺は13日の金曜の記憶が100回以上ありやがる。疑う奴は疑えばいいさ。だがよ、気をつけるにこしたこたぁねえさ。……そうだな、明日の始業時の打ち合わせのときには、『今日一日、気をつけろ』って訓示を垂れることにしてみることにするぜ。……さあってと、アレック、俺達は昼飯に行くとするか。オズウェル、暇なら午後の始業前に3番機のキールの様子を見とけ。午前の訓練の着水時にかなり右にぶれたのはパイロットのせいだけじゃあねえ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「おい、アレック、何笑ってやがる。」 小柄なナカジマの頭の上でくすっと笑うアレックは、いつもと同じ穏やかな口調で答える。 「いえ、ちょっと懐かしくなりました。親方の『13日の金曜』の話。俺が親方のいるドックにパイロットとして配属されてから、13日の金曜日の度に親方は『今日は不吉な日だ、心してかかれ』って大真面目に注意していましたよね。あんまり真剣なので、俺も初めのうちは、親方が本気で信じていると思っていましたよ。」 フン、とナカジマは鼻から息を吹く。 「馬鹿言ってんじゃあねえや。こちとら江戸っ子だ。耶蘇教の迷信なんざ信じてたまるかよ。世の中、いいことも、悪いことも日を選んでおこるわきゃあねえ。何かが起きた時も日付や曜日を覚えているのはよっぽどの大事件か死ぬほどマメな奴だ。だが、13日の金曜のような『忌み日』は違う。なんか小さなよくねえことが起こっただけでも『ああ、今日はやっぱり不吉な日だ』ってなる。そして、日付と一緒にずっと覚えているってことになる。だから13日の金曜日に何か起こると信じる奴がいて当然なんだ。」 「で、親方は、それを利用した、ということでしたよね。」 「ああ、怖がらせるのは逆効果だが、少しばかり緊張させるのは悪いこっちゃあねえ。お前も覚えているだろう。あんときの俺の部下は妙に信心深いやつが多かったしな。号令をかけるのは一年に二度もあればいい。」 「だから13日の金曜日がうってつけ、だと。」 「そういうことだ。……ま、平穏だった時期のことだがよ。……大陸大戦のときからこっち、号令かけるまでもなく皆が毎日ピリピリして居やがった。お前が帝国から帰ってきて、そこそこ落ち付いて来やがったから、またやってみようと思ったわけだ。ところでアレック、おめえは13日の金曜日に何かあったって記憶がねえのか？」 准尉は考え、そして思い当たりませんね、と言った。 「昔の手帳を見れば、何か書いてあるかもしれませんが。それから、スケッチも。曜日はありませんが、必ず日付を書いていましたから、カレンダーと照らし合わせながら絵を見れば記憶を掘り起こせるでしょう。」 すると、親方は、お前でも忘れるんだな、と言ってから、お前が初めてオオルリに乗った日が13日で金曜日だったぞ、と、伝説のエース殿の広い背中をバシリと平手で叩いた。 「……そう……でしたか!?」 目を見開くアレックに、ナカジマは歯を見せて笑う。 「間違いねえやな。あんとき整備連中が賭けをやっててよ。おめえが一発じゃ着水できねえ方に賭けてた奴が『やっぱり今日は13日の金曜だ。損しちまった』ってぼやいてやがったからな。賭けに勝った奴らは、俺達は勝ったんだから今日は厄日じゃないぜって笑ってたが。」 「……13日だとは覚えていましたが曜日までは覚えていませんでした。……そうか。あれは金曜だったのか……ああ、でもこれでもう一生忘れませんよ。オオルリと出会ったのが13日の金曜日だということは。」 「で、どうだ。……おめえがオオルリに出会ったことは幸運だったか。」 “もちろんですよ”と答えようとして、アレックは自分の舌がカラカラに乾いているのを感じた。優れた旋回性能を持ち、自由に空を舞わせてくれた機体。破格の撃墜数を稼ぎ、『無傷のエース』『大陸大戦の英雄』の栄誉を与えてくれた飛行機。オオルリは戦闘機パイロットとしての彼の唯一無二の相棒であった。オオルリは彼に『栄光』をもたらし、彼はシュレスベルク帝国の七十人を超えるパイロット達に『死』をもたらしたのだ。 「……わかりません……」 おや、という顔をし、ナカジマはパン、と先程より優しくアレックの背を叩いた。 「まあ、なんだな……一つの事が、吉の顔も凶の顔も持っているってえことは、一つの日付が厄日だのなんだのって騒ぐのは全く意味がねえってきっぱり証明してるってこった。……どっちにしろ、エリカとおめえを結んだのはオオルリだってことは確かだ。13日の金曜がお前達二人の始まりだってあとでエリカの奴に言っとけ。そうしたらあいつは明日も――13日の金曜になっても――ビビらず仕事ができるだろうさ。……ったく、信心深すぎるのも考えもんだな……」 俺はだいぶ腹がへっちまった、と歩調を早めたナカジマに、アレックは歩幅を広くして並びながら、食堂への道を急いだ。 |
| 開設13周年記念ファイナル。 「13日の金曜日」が不吉な日といわれる元になっているキリスト教のあれやこれは俗説ばかりで、確かなことではないようです。アレックさんがオオルリで初めて飛んだ日が13日の金曜、というのは独自設定ですが、アレックさんの英雄としての第一歩は、帝国パイロットからすれば死神誕生の日でもあったわけで、その辺は「飛べないエース」だったあの時期に必要以上に自覚していると思われます。 忌み日にどう過ごすかは最終的には気持ちの持ちようであるわけですが、真摯に考える人達が悩みの度合いを深めるようなことにならないよう、気にしすぎずいきたいものです。 |
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