このページは幻想水滸伝�U＋Vの創作です。�Uの三人組がエンディング後に旅立って諸国を巡っている最中の話です。 �Uの主人公の名前はヒエン。V王子の名前はソルフェラートで、愛称はフェルです。

ここにある理由

街道から少し離れた村の宿屋で、ヒエンたちは早めの夕食をとっていた。普段なら“よ〜し、頑張って次の宿場まで早足〜！”などと言い、ずんずん歩くナナミが、今日に限って昼過ぎに音をあげたのだ。具合でも悪いのかと、幼馴染の少年二人が心配すると、ナナミは情けない顔で、 　“ゴメン…昨日の宿屋で皿洗いのお手伝いしたときに勧められたお漬物、調子にのって丼一杯食べちゃった…きっとアレが…” 　と小さな声で言った。 　手持ちの薬をナナミに飲ませ、次の宿場が無理なら、と、この宿に荷を降ろし、少年二人は宿の主人に申し出て薪割りを手伝った。彼らはこうやって路銀を稼いで旅を続けているのだ。汗びっしょりとなり、水浴びをしてから、部屋で休んでいたナナミと合流してこうして食卓についている。手作りらしいどっしりしたテーブルの上に、おかみさんがどんどんどん、と湯気をあげたスープや料理の乗った大きな皿を置いた。 　「坊やたち、さっきは有難うね。さあ、夕飯代はあたしの奢りだよ。食べ盛りなんだから遠慮なく食べとくれ！」 　二人の少年は顔を見合わせて微笑んだ。旅をしていて嬉しくなるのは、このおかみさんのようなあたたかな人の情に触れることだ。 　「有難うございます。うわぁ、美味しそうですね。」 　「ナナミ、ナナミの好きなキノコが一杯入ってるよ、良かったね！」 　ヒエンが慣れた手つきで取り分け皿に料理をとってナナミの前に置いた。が、ナナミはゴメン、というと、ちょっとお手洗いに行ってくるね、やっぱり、昨日食べ過ぎちゃったみたい、先に食べてて！と言うと、席をたって扉を開け、出て行ってしまった。 　「…漬物、そんなにたくさん食べたのかな。」 　「……ナナミ、美味しいものには見境ないから…」 　二人ははあ、とため息をつくと、ナナミの言葉通りに夕食を食べ始めた。 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　宿の扉を開け、表に出たナナミは、厠の方へは行かず、逆の方角である木立の方に行ってしゃがみこみ、胸を押えた。 　（痛い……痛くて気持ち悪いよぉ･･･） 　ずきんずきんと脈と同じ速さで痛みを感じる。お腹の方が冷たくなってきて、吐きそうに気持ちが悪い。腕も、足もだるい。もう一足も歩けない。 　以前の戦いで、ヒエンの盾になって弓矢の攻撃に晒された彼女は、胸に深い矢傷を受けた。医師のホウアンは言った。 　（ナナミさん。傷は綺麗に塞がってはいますが、矢は肺の臓まで達していました。命に関わるような傷だったのですよ。これから先、身体の中で傷が悪い腫れ物に変わらないとも限りません。身体の調子が悪くなったならば、我慢せずに医者に診て貰う様に。…連絡が取れれば、私も駆けつけますから。いいですね、ナナミさん。） 　これが、ホウアンの言っていたことなのだろうか。･･･あれからもう１年以上にもなるのに、こんなに酷い痛みが来ることは今までなかった。今頃になってどうして？ 　（私、どうなっちゃうの？死んじゃうのかな？ううん、そんなことないない。きっと、風邪とか疲れとかそういうのが重なっているだけよ。･･･ヒエンやジョウイに心配なんてかけられない。あたし、お姉ちゃんなんだもの。いつも元気でいなくちゃいけないんだもの。） 　いつも肌身離さず持っている、愛用の三節棍をぎゅっと握り締める。そうすることで、少しだけ気持ちが落ち着いた。 　（もどらなくっちゃ。そして、少しでも食べなくちゃ。食べなくちゃ元気になれない…） 　勢いをつけて立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、前のめりになってナナミは地面に両手をついた。 　（……だ、…だめ…やっぱり、気持ちが悪いよぉ……） 　体が寒い。震えが止まらない。 　と、誰かが小走りにこちらにやってくる音が聞こえた。そして、足音の主は彼女の横にしゃがみこんだ。ヒエンでもジョウイでもない。それよりももっと大きな人だ。見知らぬ人は左手でナナミの身体を支えると、右手を彼女の胸の前にかざした。ぽう、と幽かに手が光り、そこから暖かな何かが広がっていく。ナナミは光の中で何度か大きく呼吸をした。呼吸をするたびに、気持ちの悪さは収まり、鈍い痛みも嘘のように溶けていった。 　（誰……？） 　俯いていた姿勢から顔を上げると、ごわごわした黄土色の外套が目に入った。その色と形には見覚えがあった。 　「ゲオルグさん？」 　小さな声で言うと、その人物は驚いたようだったが、外套をを脱ぐとナナミにすっぽりと着せ掛けた。今まで人が着ていたぬくもりがナナミの身体をあたためる。 　「大丈夫？まだ動かない方がいい。顔色は少し戻ったようだけれど…」 　その声は、懐かしいゲオルグのものではなかった。それよりもずっと若々しい声。心配して覗き込んだ瞳は空の蒼で、髪は美しい銀だった。 　（綺麗な男の人……） 　いささか場違いな感想が頭に浮かんだが、ナナミはぶんぶんと頭を横に振った。不思議だ。まだ多少の寒気は感じるものの、さっきまでの痛みも気持ちの悪さもなくなっている。紋章の力にしても凄すぎる。彼女自身も治癒を司る水の紋章を宿してはいるが、昼に試しても全く良くはならなかったのだ。 　「あ、あの！有難うございました！え、えっと、あなたは一体どなたですか。」 　青年は端整な顔に笑みを浮かべた。 　「よかった。紋章の力が効いたようだね。私は、この宿に泊まっているものです。二階の部屋からあなたが蹲って動けなくなったのが見えて急いで降りてきたのだけれど。……確か二人の男の子と一緒だったね。彼らをすぐに呼んでこよう。」 　しかし、ナナミはダメ、と言った。 　「大丈夫です。病気じゃなくって、随分昔の傷が疼いてるだけなんです。平気なんです！」 　訝る青年にナナミは続ける。黙っていて欲しい、と。私はお姉ちゃんなんです、弟たちに心配をかけたくないんです、いつも弟達の前に立って、元気に弾むように歩いていなくちゃいけないんです、と。 　青年は静かに首を振った。それは間違っているよ、と。 　「間違って……る？」 　「ああ。いつも前にいなくちゃいけないなんてこと、間違っている。人には“ここにいなくてはいけない場所”なんてないんだよ。いつでも前にいたら、できないこともたくさんある。並んで歩いていかなければ手は繋げない。後ろにいなくては、その人のことをずっと見ていられない。君がいつも前にたって、弟さんたちを護ろうというのなら、弟さんたちだって君と同じ気持ちを持つはずだよ。･･･いい？重要なのは場所じゃない。いつも傍に居ること。居てくれること。……君が一緒でなかったなら、意味はないんだよ。そのためにも、身体の具合が悪いことは隠しちゃいけない。絶対にね。……もし、君がずっと隠し通して、そのために倒れるようなことになったら……残された人たちは、悔やんでも悔やみきれない。どこに気持ちを収めたらよいのかわからない。……だから、ね。」 　優しいが、力の篭った言葉に、ナナミは頷きそうになったが、ううん、やっぱり、そんな、と躊躇した。 　しかし、そのとき、彼女の目にヒエンとジョウイが息せき切って走ってくるのが見えた。 　「ナナミ！」 　ヒエンがナナミに駆け寄り、ジョウイは見知らぬ青年と対峙する。 　「ヒエン、どうしたの。どうしてここに居るってわかったの？」 　「……なんだか、物凄い大きさの魔法力を感じて……この人は一体」 　ヒエンとジョウイの目は青年に注がれている。そして、青年もまた、二人から何事かを感じたようで、左の掌で右の甲を押えた。 　「この人は悪い人じゃないわ。ただ、ちょっと話をしてて……」 　青年は二人の少年を代わる代わる見、頷き、右手の手甲を外した。そこには見慣れない紋章が宿されていた。紋章は先ほど力を発した余波なのか幽かな光を放っている。 　「これは真の紋章である太陽の紋章の眷属、黎明の紋章。……私も感じるよ。君たち二人にも強力な紋章が宿っている、そうだね？」 　ヒエンはナナミを気遣い、そっと背を一回撫でてから立ち上がり、ジョウイと肩を並べた。青年の醸し出す不思議な空気によって、二人は手袋を外し、普段決して他人に見せることのない紋章を、青年に見えるように手を伸ばした。 　「……分断された真の紋章。輝く盾と黒き刃の紋章……」 　青年が、そう言い当てても、少しも意外な気持ちはしなかった。 　ジョウイがちら、とヒエンの方を見てから言う。 　「はい。……でも、僕らは二つを一つとする積りはありません。……この紋章を身に付けることで守り、旅をし、僕らが老いて命を終えることになったとき、再び封印しようと思っています。……世界が再び必要とするまで、こんなに強い力をもった紋章には眠っていてもらうべきだと思うんです。」 　 　ヒエンは戸惑っているナナミに一つ頷いてみせてから言った。 　「……あの、あなたは、ナナミを助けてくれたんですね。……回復魔法の気配は攻撃魔法と違いますから僕にもわかります。……有難うございました。」 　「……当然のことをしただけです。お姉さんは昔、刀傷などを負ったのではないですか。私の連れも、昔深手を負っていて……私に隠れて辛そうにしていましたから、人事とは思えませんでした。明日はきっと激しい嵐になりますよ。そういった日の前は傷が酷く痛むものなんです。……君……」 　青年はヒエンの手をそっと握った。 　「お姉さんの傷を時々君の紋章で癒してあげて。……紋章の回復の力は、術者の命を削ることはないからね。そして……」 　もう一方の手でジョウイの手を握る。 　「君たち二人が共にある限り、宿った紋章が命を喰らうことはないだろう。……真の紋章は強大であり、危うくもあるが、人を滅ぼすために存在するものではない。……人がその道則を越えずに清く暮らすのなら、紋章は人を補完する強固な術となる。……紋章を押えられるのは紋章、いや、それを宿す人のみ。もうわかっているかもしれないけれどね。……そして……」 　ナナミに微笑する。 　「二人だけで背負わぬように。背負わせぬように。君たち三人は共に旅するものなのだから。……紋章を負うものも、人として生きることがさだめなのだから…さあ、雨が強くなってきた。中に入りましょう。」 　宿の中に入ると、青年は黄土色の外套をよく振って雨粒を落とすと自分の肩に羽織った。ナナミはすっかり血色も戻り、彼の外套を興味深そうに眺めている。 　「さっきも思ったんだけど…ヒエン、この外套、ゲオルグさんのに似てるね！」 　青年が瞳を大きくした。 　「君、さっきも聞いて驚いたのだけれど、ゲオルグを知っているの？」 　「はいっ！この前の戦のとき、ゲオルグさんにはとってもお世話になって……ジョウイにも話したことがあったよね、ゲオルグさんがいなかったら、あたしも、ヒエンも死んでたかもしれないんです。あなたもゲオルグさんを知っていらっしゃるんですね！」 　「ええ、だいぶ昔に、ファレナという国で。」 　その言葉を聞いた途端、ナナミは三節棍、ヒエンはトンファーに手を添えた。 　「あなたはファレナからゲオルグさんを追ってきたんですか!?」 　「ゲオルグさんはあなたのお国の女王を殺したって自分で言ってました。でも、でも、きっとそれは何か訳があってのことです。」 　青年は腰から彼の武器である変わった形の三節棍を抜き、敵意がない印に床に置いた。 　「ゲオルグは私の恩人です。彼が女王を殺したのは真実ですが、君たちの言うようにそれは訳があってのこと。その訳を知る者で彼を憎むものは誰一人としていません。…女王の子供、王子、王女であってさえ。彼らは全てを知った上でそれを受け入れました。王家が刺客を放つことなどありません。ゲオルグを罪人と呼ぶのは、訳を知らない者だけです。……そして私はその訳を知っています……」 　ナナミは屈んで彼の武器を拾うと青年の手に戻した。 　「ご、ごめんなさい、あたし、てっきり追っ手かと思っちゃって。ファレナの王子様達って偉いんですね。……あたしだったら……ゲンカクじいちゃんや、ヒエンやジョウイが誰かに殺されたとしたら、どんな理由があっても、きっと許せない。憎んじゃう。……でも、でもでも、あたしはゲオルグさんを知っているから……きっとどうしようもなく差し迫った理由があったんだ、って判ります。王子様たちに感謝しなきゃ。だって、王子様達がゲオルグさんを捕まえなかったから、私たちはゲオルグさんに会えたんだもの。」 　「ゲオルグは？元気だった？」 　「はい。強いだけでなく、とても頼りになる人でした。僕達年少のものにも優しく、一緒にお菓子を食べたり、冗談を言って笑ったり……今は旅立たれて、どこにいるか僕らもわかりませんが。」 　青年は、そうなの、ゲオルグらしい、と言って微笑んだ。そして言った。ゲオルグは、自分を必要とする場所を見つけてきっとそこに居るよ、いつだってこの世界の誰かが彼を必要としているからね、と。ナナミたちは一緒に夕食を食べませんか、と誘ったが、青年は首を振った。 　「二階で連れが待っているんだ。心配しているだろうから。」 　具合が悪いんですか、お連れの方は、とジョウイが訊くと、青年は子供が生まれたばかりなので、と少し恥かしそうに笑った。 　赤ちゃん？わー！見たい、見たい、見たい！とナナミがはしゃぎ、ヒエンとジョウイは顔を見合わせて苦笑し、結局三人で夕食の続きをする前に部屋に邪魔することになった。二階への階段を上りながらナナミが尋ねる。 　「赤ちゃんの名前は？」 　「まだ付けていないんだ。いい名前はないかな。」 　ナナミがパン、と手を打ち合わせた。 　「だったら！ゲオルグさんが言ってた名前はどうかしら。」 　「え？ゲオルグさん、何かそんなこと言ってたっけ？」 　「ああ、ヒエンはわかんないかも。食堂でね、フリードさんとヨシノさんが、子供ができたら何て名前にしようかって話してたの。その横で私とニナとゲオルグさんでチーズケーキ食べてて、ゲオルグさんが『俺ならこうつける』って言ってた名前。」 　「ゲオルグは何て？」 　「あのね、男の子だったらフェラート、女の子だったらリオン。ね、どう？いい名前でしょ？」 　青年はゆっくり目を閉じ、胸に手をやった。 　「え？何？どうしたんですか。ね、いい名前でしょ？」 　青年は目を開け、困ったように銀の髪を掻いた。 　「残念だけれど、ちょっと、それは無理だなぁ。」 　え？何、何？どうして？と、すっかり元気になったナナミが訊くと、青年は微笑む。 　「そうだね、聞いてくれる？せっかく僕らはここで会えたのだから。」 　黄土色の外套を羽織った青年は、キャロの街出身の三人の少年少女の前に立ち、ゆっくりと階段を登っていった。

幻水II＋Vの捏造話。Vの終結からIIの終結まで10年経っているということなので、V王子は20代後半です。こちらの王子はゲオルグとリオンと共に三人で旅立ったエンディングを迎えた王子のようです。 　IIの二人が宿した輝く盾の紋章と黒き刃の紋章は真の紋章ですが、分断された紋章でも、他の真の紋章のように不老不死をもたらすものなのでしょうか。オフィシャルではどうなのかわからないのですが、この話では「二つの紋章が一つになった時にのみ不老不死が発現される」という設定にしています。 　Vの王子は非常に優しい主人公ですが、その優しさは、もとから持ち合わせていたというより、両親を始め、周囲の人から受け取った愛情から派生したものと考えます。優しくされなかった魂は、優しさがどんなものなのかわからないでしょうから… 　ゲオルグと同じ型の外套を身につけた嘗ての王子は、その姿形はゲオルグより華奢で線が細くはありますが、ゲオルグのように、ヒエンたちを守るだけの度量を持った立派な大人に成長しています。 　そして、ヒエンたちも、きっといつか強い人間に育っていってほしいと思います。