いちばん

　「うむ。・・・・・ありがたい。・・・・これが代金だ。」

　蒼い鎧を纏った騎士、ウルリッヒはリリーのアトリエを訪れ、依頼してあったフラム(爆薬)の代金としてかなりの金額をリリーの手に載せた。

　「こんなに？ウルリッヒ様。あのぅ、これはちょっと多すぎます。代金は以前にお話したとおりの額で……」

　金髪の聖騎士は魅力的に小さく微笑んだ。

　「リリー、君はもっと自分の仕事に自信を持った方がよい。……私は君のした仕事に相応しいだけの金額を払ったに過ぎない。……では次の依頼のときもよろしく頼む。」

　背筋を凛と伸ばし、マントを翻して去っていくウルリッヒの後ろ姿を見送ると、リリーはアトリエの奥にあるテーブルの方を見やってにっこりした。そこには、駆け出しの冒険者であるテオが居た。リリーより年下、剣士の看板を掲げて護衛などの仕事をしているが、正直まだまだその力は未知数だ。(つまりは、経験もなく、それほどは強くはない、ということだ。)リリーに依頼していて、先ほど受け取ったペンデル（お菓子の一種）をさっそくもぐもぐとやっていたテオはペンデルを手にしたまま玄関の方に視線を向けたまま、口を半開きにしていた。

　「いつ見ても格好いいなー、ウルリッヒ様。」

　思わず漏らした声にリリーは笑った。

　「そうね。ウルリッヒ様はとっても素敵よね。……テオ、もしかしてもしかして、聖騎士になりたいって思ってるの？」

　テオは咳き込んだ。

　「ねえさん！俺が騎士になんかなれるわけないだろ！……そりゃ、ウルリッヒ様みたいに強くなりたいとは思うけど……なんてったって、この町で、いや、この国で、一番強いんだもんな……」

　リリーはわかってる、わかってるって、といいながら、テオの頬についたペンデル屑を指先でそっと払い落とし、空になっていたカップにほんわりと湯気をあげるミスティカティのおかわりをついでやった。と、テオがペンデルを持ったまま固まってしまっていた。

　「どうしたの？」

　テオは、いつもの御気楽な顔ではなく真剣な顔をしていた。

　「悩み事があるなら相談に乗るわよ?」

　テオははあ、と息をついた。“ねえさんに頼りにされるような男になってみせる！”と日夜頑張っているつもりなのだが、相談に乗ってもらうのはいつも自分の方だ。そして、こんな具合に持ちかけられるとそれに甘えて相談してしまう。それは自分がまだまだ子供だという証拠なのだろう。

　「さっきからここでペンデル食べつつ、ねえさんの店に来るお客を見てたけど、なんか凄い奴ばっかり来るなぁ、と思って。さっきのウルリッヒ様みたいにさ。……ウルリッヒ様は別格としても、みーんな一番ってものを持ってるなあって感心しちゃったんだ。
　思えば、ねえさんの護衛をして町の外に出る奴らって『この町一番』ってものを何かしらもってんだよな。俺、一緒に行くからそこんとこはよーっくわかるよ。ゲルハルトのおっさんは、剣術ってことじゃウルリッヒ様より下だけど、腕っ節だけならずっと上だ。ヴェルナーはアイテムの見定めなら誰にも負けないし、神父様は、不思議な力を持ってる。イルマは占いができるし、シスカさんは稲妻みたいに素早い剣さばきができる。カリンさんは刀鍛冶として売り出し中だし……エルザちゃんはさぁ……エルザちゃんは……

　「エルザは……？」

　「エルザちゃんは……………えーと……そうだ、エルザちゃんは可愛い！」

　リリーはぷっと吹いた。

　「それで……？何を悩んでるの？」

　テオは腕を組んだ。ちょっと傾げた首が、いつもに増して彼を子供っぽくみせている。

　「……ねえさん。……俺の凄いとこってどこなんだろう。……俺には何にも自慢できることがない。俺、いちばんってとこ、あるんだろうか。」

　リリーはなぁんだ。というような顔をしてから、テオの額をつい、と人差し指で押した。

　「テオは……ペンデルを食べる時、おそらくこの町で一番幸せな顔をして食べてるわよ。うんうん。テオが甘いものを食べているときの顔、見てるとこう、ほんわかして幸せになってくるよ？」

　テオはペンデルを片手に持ったまま立ち上がった。

　「ねえさん、俺、真面目だよ？真剣なんだよ？」

　……ならばそのペンデル、ひとまず皿に置いておけ。

　リリーは何も言えなかった。今テオに言った事は本当のことだ。甘いものを幸せそうに食べること。大声を出して気持ちよく挨拶すること。空回りすることが非常に多いが、その一生懸命な様子は見ている側もやる気を引き出されること。……しかし、それはテオが言って欲しいことではないのだろう。

　リリーはテオの後ろに回ってぽすっと彼の肩に両手を置いた。

　「いつかきっと見つかるよ！テオが自慢できること。テオが一番だっていうこと！」

　テオはまだペンデルを持ったまま言った。

　「ねえさん……それってさ、今の俺にはやっぱり、自慢できることがないってことだよね……いちばんだってことがないってことだよね」

　そういうことになるかしら、と言ってリリーは舌を出した。

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　それから暫くしてテオが酒場で仕事を探しているとリリーがいきせききって駆け込んできた。

　「ど、どうしたんだよ、ねえさん。」

　「一緒に来て！大変なことが起こって、是非力を貸して欲しいの！」

　そういわれ、テオは咄嗟に周囲を見渡した。自分以外に“冒険者”と呼ばれる者はここにはいない。

　「……えええええ？大変なこと!?だ、だったらウルリッヒ様かゲルハルトのおっさんにも頼んだ方が・・・・・・・声かけてくれたのはとっても嬉しいけど、そして、手伝えることは手伝うけど、俺、まだ冒険者としてはへなちょこだから……」

　「何言ってるのよ！ウルリッヒ様にもゲルハルトにも出来ないことなの！テオ！あなたにしか相談できないことなのよ！」

　そういわれて悪い気はしない。テオはリリーに手をひかれ、町外れへと向かった。

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　「え？ケシ？？？？？」

　そこにはリリーの師匠であるドルニエが待っており、テオに頷いて見せた。リリーが説明する。

　「錬金術のアイテムを作るのに必要な、特殊なケシから取ったエキスを遠くの町に注文したのに、届いた包みを開けてみたら、出て来たのは種だったの。植物の成長を早める薬はあるんだけれど、私たち、ケシを種から育てたことなんてないから……」

　ケシ……飛び出してきた故郷で、ケシの栽培ならいやというほど手伝わされてきた。畝の高さ、幅、耕す深さ、数字を覚えたわけではないが、テオの体に染み付いている。

　「はあ……ケシかぁ……本音をいうと、あんまりやりたかないけど、ねえさんの役にたてるならどんなに広い畑だって耕してみせるぜ。……でもなあ、よりによってケシかぁ……」

　テオは案内された畑に着くと、ざっと様子を見、土をぐっと掴んで指先で捏ね、ぱらぱらと落としてみて首を振った。

　「ねえさん、この畑の土はケシにとってあんまりいい土じゃないや。どこかから客土した方がいいと思うんだけど、俺一人だとちょっと……時間かかりそうだ。」

　リリーはにっこり笑った。

　「作業してくれる人はもう頼んであるわ。おいおい着く頃よ。」

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　「あ、そこはそんなに深くなくていいんだ。おっさん！畝を崩しちゃ駄目だ！神父様！鍬の持ち方が変です！足をざっくりやっちまうよ！ヴェルナー、一粒ずつ播いてたら日が暮れちゃうってば！」

　テオはリリーが雇用した男たちにびしばしと指示を与え、大きな畑はまたたく間に整備されていった。

　最後にリリーが植物活性剤を畑に散布し、その場は解散となった。
テオは鍬から丁寧に土を落とし、よっこらしょ、と肩に担いだ。その姿は冒険者というよりも農家の青年そのものだった。横にリリーが並ぶ。

　彼女は、はい、といってテオの右手にペンデルの入った袋を握らせた。

　「テオの一番、あったね。」

　「え？」

　「ケシ栽培。」

　にこやかなリリーの顔に反射的に笑顔を返してみたものの、すぐにしかめっ面となり、それは嫌だ、とテオは強烈に思った。ケシだけは・・・・・ケシごときが自分の一番になって欲しくはない。俺は強くなりたいのに！強くなって、一人前の男だってねえさんに認めて欲しいのに・・・・・・
トホホ、という字が見えてきそうなテオの顔を見、リリーは笑った。

　「私はケシパン好きだけどなぁ・・・・・・」

　いくらねえさんがケシパンを好きでも俺は嫌いだ。・・・・・ケシなんて、ケシなんて！俺は強い冒険者になるんだ！ケシなんて、ケシなんて！ケシがいちばんだなんて。第一、故郷に帰ったら自分よりケシの育て方がうまいやつなんてわんさか居る。

　テオはペンデルを持ったままぶつぶつと何事か呟いた。そのすぐ横をリリーは歩きながらちら、とテオを見、彼が自分の考えに入ってしまっているのを確認すると、ふんわりと微笑んで口に言葉をのせた。

　「私は……テオがいちばん好きだけどなぁ」

　いくらねえさんが俺を好きでも、ケシなんて、ケシなんて、ケシなんて！ケシがいちばんだなんて！

　左肩に鍬を担ぎ右手にペンデルを持ってぶつぶつ呟く駆け出し冒険者は、自分が町一番の幸せ者だと言うことに全く気づかずに夕暮れのザールブルグの町をあこがれのリリー姉さんと肩を並べて歩いていった。

「リリーのアトリエ」より、駆け出し冒険者のテオと主人公のリリーさんです。
以前、メールでお客様のお一人に送りつけた短編を少し改作してアップ致しました。護衛としてはいささか頼りないテオですが、RPG好きとしては“成長するキャラクター”である彼が随分と気に入っています。私にしてはほのぼのしたラブコメですが、続編ではテオに剣を思う存分ブンまわして貰う予定です。