おと〜さんの日(後編）

　さて、翌日である。

　「午後からはおと〜さんの日の為にでかけるからな〜！」

　とチェイスはそれだけ宣言し、あとはいつもと変わりない日常が進行していった。予定通り顧客のところに整備に出かけ、ほどよく疲れて帰ってきて昼食を食べ、シャワーを浴び・・・・・このシャワーはつい先日チェイスがリトルナンシーに取り付けてくれたものだ。湯は循環型で狭いが汗や汚れはそれなりに落とせる

　シャワーから出たシルががしがしと髪を拭いていると、セクシーダイナマイトな美女が歩いてきて、仄かな桃色で花柄のついたふんわりしたワンピースを差し出した。

　「シルちゃん。これ着てねｖ」

　シルはドレスを受け取らず、じっと見た。ひらひらは好きではない。出かけるだけなら普段着でも構わないだろう。

　「くすん。あんまり着てくれないのって寂しい・・・・・せっかくおと〜さんが買ってあげたのに。今日はおとーさんの日なのに！」

　・・・・・今日限定の殺し文句を言われ、シルはしぶしぶ服を受け取った。

　「うふ。着たら呼んでねｖお姉さんが、髪をきれいにしてあげるからｖ」

　「要らんッ！」

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　しかし、結局は

　「おとーさんの日なのに！」

　を連発され、シルは不本意ながら髪をとかされ、何か泡のようなものを吹き付けられドライヤーをかけられてしまった。嬉しそうにチェイスが行ってしまうと、入れ替わりに既に外出の支度を整えたランがやってきた。不機嫌そうなシルの様子を見てポンポンと彼女の背中を叩く。

　「・・・・・・かなり消耗してるみたいだけど。」

　シルは疲れたような目をランに向けた。

　「・・・・・・・化粧しようとしてたのは辛うじて阻止した。」

　「チェイスもわかってあげたらいいのに。そんなひらひらした機能的じゃない服、どうして着せたがるかなぁ。シルにはいつもの服が一番似合ってるのに。」

　・・・・・・

　不機嫌だったシルの表情がますます不機嫌になったように見えるのは気のせいだろうか。

　「さあ、子供たち！出発するぞ！」

　チェイスは爽やかに言い、部屋に入ってきた。アタッシュケースを持ち、洒落た雰囲気の茶のジャケットをいる・・・・・というか、このジャケットもチェイスの体の一部なのだが。

　「ね・・・・どこに出かけるのさ？」

　「ふふふふふふ・・・・・・・」

　チェイスはポケットから紙片を取り出した。そこにはこの惑星で最高級のホテル最上階のレストランの案内がプリントアウトされていた。

　「ここで今日は『父の日特別ディナー』を予約したのだ！」

　ランはシルと顔を見合わせる。

　果たしてチェイスは最高級の食事というものにそんなに興味があるのだろうか。父の日特別ディナーに希土類元素は含まれていないと思うのだが。それに、今までそういった最高級の場所に行ったことなどない。場違いではないのだろうか。・・・・・チェイスが行きたいというのなら止めはしない（というより止めることはできない）が。

　「でも、チェイス。夕ご飯にはまだ間があるけど。」

　チッチッチッとチェイスは顔の前で人差し指を振る。

　「最高級のディナーを堪能する為には準備が必要だろうが。」


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　どうしてこうなるんだ。とシルはため息をついた。

　ここはデパート。婦人靴売り場という場所である。・・・・・・自分は靴を３足しか持っていない。スニーカーと長いブーツと今履いている短いブーツ。確かに高級レストラン向きではないが・・・・・

　「どうでしょう？」

　女性店員のにっこり営業スマイルに、シルはまたため息をついた。

　足を入れているのは美しいデザインのパンプス。今年の新作らしいが、宇宙を右往左往している自分達に“今年の新作”も何もあったもんじゃない。値段が高いうえに、足を締めつけ、ぐらぐらする。・・・・・・ああ、あの横にあるウォーキングシューズ、あのデザインならぎりぎり高級レストランに入れるんじゃないかなあ。・・・・・やっぱ駄目か？

　「あの・・・・・やっぱりヒールが少し高い感じがして。」

　「そうですか？低いものをお探ししたのですけれど。お客様はパンプスに慣れていらっしゃらないということですが

　（いや、実は履いたことがないんだけど・・・・）

　・・・このくらいの高さが普通なんですよ。慣れたなら大丈夫ですわ。サイズはぴったりですし。」

　ワインレッドのパンプスを睨むように見つめ、シルは泣きたくなった。

　こんなの買ったって、次に履くのはいつかわからない。履かないかもしれない。隣からランが囁いた。

　「あっちの靴、履きやすそうだけど・・・・・・」

　さっきシルが眺めていたウォーキングシューズを指差す。

　と、チェイスが店員ににっこりと笑いかけた。

　「これを包んで下さい。シル。まだまだ買い物はたくさんあるのだｖぐずぐずしてはいられないのだよｖ」



　靴売り場の次はバッグ売り場、そして更に紳士靴売り場、紳士用品売り場と三人は（やけに機嫌のいいチェイス＋疲労困憊気味の青少年２名）は疾走し、すべての買い物が終わる頃にはもう夕闇が迫っていた。

　パンプスを履き、パンプスとコーディネートしたワインレッドのハンドバックを下げ、薄化粧（←化粧品売り場でチェイスが無理やり販売員のお姉さんにシルを押し付け、シルはお姉さん相手に抵抗できなかった）されたシル。カジュアルな革靴を履き、それなりのところにもでられそうだが、あまりしゃちほこばっていないダークブルーの千鳥格子ジャケットのラン。

　ホテルへの道を行く道すがら、シルは幾度かしかめっ面をした。

　「足、痛む？」

　「・・・・・盛大に。早くどっかで座りたい。」

　と、ビルの谷間に風が吹いてきて、カラコロ、と心地よい音がした。路上で売られている木の実を細工して作った飾り物の音だった。

　「・・・・いい音ね。」

　「うん。」

　カラコロカラコロ・・・・・カラカラカラ

　二人の足が止まった。顔を見合わせる。

　「シル、何考えてる？」

　「あ？・・・・ロコのお土産にいいかな、なんて。」

　「僕もそう思った！」

　二人は露店に直行し、何個かの飾り物を手に取り鳴らして一番気に入ったものを買った。チェイスはそれをじっと見ていた。


　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　椅子をひいて掛けさせてくれたとき、シルはボーイさんの顔が天使に見えた。それほどパンプスで締め付けられた足は痛かったのだ。

　「わあ、凄いよ！シル！」

　ランに指差されるまでもなく、最上階からの眺めは絶景だった。継ぎ目のない天井から床までのアクリルガラスを通して、街の明かりが銀河のように見える。ピアノの生演奏がムードを盛り上げ、落ち着いた店内装飾は藝術の域に達している。

　「メニューをお持ちいたしました。メインディッシュはＡＢＣのどれかからお選び下さい。」

　優しそうな顔をした初老のボーイさんは、“父の日特別コース”と印刷されたカードを差し出す。

　「ん〜。どうする？ラン。」

　「う〜ん。どれもおいしそうだけど。」

　「全部頼んで皆で分ければどう？」

　ボーイさんが笑ったことにランもシルも気づかなかった。・・・・この高級レストランにこういった客が来るのは珍しい。

　「お飲み物は別途ご注文いただきます。ワインリストをお持ちいたしますので少々お待ち下さい。」

　「あ、・・・・・・どうだろう。子供たちもいる事だし、ノンアルコールで父の日の特別カクテルといったものは作れないだろうかね？」

　「かしこまりました。」

　ランが息をつく。

　「ん？どした？」

　「チェイスが“宇宙航行用液体燃料”とかいわないかとヒヤヒヤした。アレ、結構好きだろう？」

　「そんなこという筈ないだろうが。・・・・・こういうところでは頼んでも対応できないことは経験している。」

　・・・・・・・前に頼んだことがあるのか？

　ボーイさんが運んできた「父の日カクテル」は仄かな酸味と甘みがあって非常に美味しいものであった。

　・・・・・・・・おや・・・・・・

　・・・・・・・・チェイスのグラスはどこに行ったのだろう。

　「チェイス！食べちゃ駄目だよッ！」

　と、チェイスはテーブルの下から魔法のようにグラスを出して見せた。

　「ああ・・・・びっくりした！」

　「・・・・・ちょっとしたお茶目じゃないか。こう見えてもおとーさんは出先で食べていいものと悪いものの区別はついている。」

　「・・・・・・・この間、仕事中に老朽船の配管を一部食べてたじゃないか。」

　「アレはどうせ全とっかえだったからな。」

　「ん。確かに廃棄物として出すより楽だけど。美味しかったの？」

　「全体としてはさほどでもないが、ジョイントのところに少しだけ希土類が入ってたのだｖ覚えておきなさい。昔はジョイント部分の仕様が違っていて、当然素材も異なっている。整備のとき、古い配管を見つけたらいつもの点検と違ったやり方が必要だ。」

　「ふーん。」

　シルが“シーッ”と口に手をあてているが、二人は楽しそうに話している。

　前菜に続いて（←この時点で、並べられているどのナイフとフォークを使うか一騒動あったが、シルがボーイをさんを呼んで教えて貰い、収まった。ボーイさんは同僚に「ここでテーブルマナー教室をしたのは始めてだ」と苦笑しながら言っていたらしい。）出されたスープはムール貝だった。

　「これ・・・・・・ムール貝？」

　うえええええ。という声が聞こえるが如くランが嫌そうにいう。

　「・・・・・・美味しいわよ？」

　シルに言われ、おそるおそるスープを口に運んだランはふっくらと汁気いっぱいに膨らんだ貝の身を含んでにっこり笑った。

　「凄いや！じゃ、昔食べたアレはいったい何だったんだろう。・・・・・僕が10歳くらいのときだったっけ。河口でムール貝掘って食べたら砂だらけで、おまけにそれから３日ほど腹痛で寝込んで・・・・・・・」

　「ああ、あんときは正直びっくりした。お前がうわ言で“ムール貝が僕を囲んで踊ってる”なんていうし。」

　「・・・・・・きっとそれはカラス貝だったんじゃない？私も昔貝では中毒したことがあるわよ。・・・・・・貝とはよほど注意しなけりゃ駄目よね。」

　メインディッシュでも一騒ぎやり、デザートとして、“おとうさんありがとう”とココアで書かれたケーキが運ばれて来る頃には、ボーイさんたちはこの風変わりな親子連れを揃って注目していた。少々賑やか過ぎるところはあったが、父の日特別ディナーに一番相応しいのはこの３人だと皆が思っていた。

　ブランデーを掛けられ、点火されたケーキは青い炎を上げて燃え上がった。ランが声をあげる。切り分けられたケーキは各人の皿に移された。

　ぺろりとケーキが胃に収まるとボーイさんがいろいろなケーキが並べられた銀のトレイを持って現れた。

　「こちらは私どもからのサービスでございます。」

　（お好きなものを１つお選び下さい）

　とボーイさんが言う前にチェイスはにこにこと笑った。

　「おお、ラン、喜べ。凄いぞ。」

　「わあ。こんなにたくさん食べられるかなぁ？」

　「でも、みんなとっても美味しそう。挑戦の価値はあるわね。」

　「うん、きっと一生こんなの食べられないと思うし。」

　「いやあ、有難うございます。このレストラン、サービスの良さ星５つと書いてありましたが、評価の通りですね。」

　・・・・・・・・出されたものはすべて食べるように教育されたランと、食べられるときにはとにかく食べておかないといつ食べられるかわからない状況で育ったシルの前に、銀のトレイは瞬く間にカラになってしまったのであった。

　父の日のお土産として特別に作られたスパイシーなクッキーの入った紙箱を手に去っていく３人を見ながら、ボーイさんは思った。

　あれほどうまそうに食事をしていった親子はいまだ嘗てない。と。

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　　岐路、三人は宇宙港への暗い道を歩いていた。お腹がいっぱいで腹ごなしも兼ねて散歩としゃれこんだのだ。ブーツをランが着ていたものと一緒に送ってしまったシルはパンプスで歩きにくそうだったが、それでもレストランに行く前よりは上機嫌だった。チェイスはランに話しかける。

　「美味しかったか？」

　「うん。あんなの初めて食べた。景色も綺麗だったね！シル。」

　「ええ、もっと堅苦しいかと思ったけど、お店の人もいい人だったしね。」

　「う〜ん、そうか、そうか。そりゃよかった。」

　「ねえ、チェイス。・・・・・・・あのディナーって当然人間用だったわけだけど、チェイスは美味しかったの？」

　チェイスは頷く。

　「食感は素晴らしかったぞ。ぱりぱり、しっとりのバランスの妙を堪能させてもらった。・・・・・・味の方は・・・うーん。おとーさん、味覚は人間と一緒じゃないからなあ。」

　ランは立ち止まる。

　「？・・・・・あのさ、それって十分予想できたことだろ？だのになんでチェイスはよりによって父の日特別ディナーに行こうなんて思ったの？買い物だって僕達のものばっかりだったし。」

　チェイスは不思議そうな顔をした。

　「何故？だって父の日っていうのはおと〜さんが嬉しいことをする日なんだろうが？」

　「だから！ディナーがそんなに嬉しいことなの？」

　チェイスはますます不思議そうに何を言うか、という顔をした。

　「ラン。おと〜さんにとって一番嬉しいことっていうのは、子供の笑顔を見る事だろう？違うか？ランは喜んでくれた。だからおと〜さんは嬉しいんだが。」

　ランはガン、と頭を殴られた気がした。チェイスは何もわかっちゃいなかったのだ。でも・・・・・・・・・総合的に見て今日はいい父の日だったような気がする。しかし、・・・・・今の言葉を聞いてしまったからには、何か別の贈り物をしたい。

　「チェイス。父の日、っていうのは、子供に関係なくお父さんが自分が嬉しいことを考えていいんだよ。お父さんを嬉しがらせる日が父の日なんだ。チェイス、改めて聞くけど、何か欲しいものない？やりたいことは？」

　チェイスは目を丸くしていたが、にまあと笑った。

　「なんだ、そういうことなのか、父の日っていうのそういうものなのか。そうだな、だったらやってみたいことがある。」

　「そう？だったらやってみてよ。僕も手伝えることなら手伝うから。」

　チェイスは上を見て笑った。

　「いいや、おとーさん一人でなんとかなる。」

　一瞬の後、チェイスは灰色の塊に変化し、ベッコン、と一回凹むと空へ・・・・二十メートルほど上の高架線まで跳ね上がった。


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　ゼイゼイ、と道端に座り込み、肩で息をしながらシルは怒鳴った。

　「・・・・・・ったく、おっさん、何考えてるんだよッ！・・・・・・・またテレポートする羽目になったじゃないッ！これで何度目！しかも相手はこの惑星の警察よッ！・・・・・・」

　「くすん・・・・・・だってランが、やっていいって・・・・・」

　「僕だって、『高架線から直接電気エネルギーを吸収してみたいｖ』なんてこと聞いてたら断固阻止したよッ！」

　「だって・・・・・・・・やってみたかったんだもの・・・・・・・それに結構美味しかったし・・・・・・・・」

　「停電したんだよッ？みんなの迷惑になったかもしれないよッ？」

　「父の日なのに？」

　「当たり前だろう！」

　その間にシルはパンプスを脱ぐ。テレポートする前に、少し走って逃げたのでほとんど足は限界に達していた。

　「もう、この靴、いやッ！」

　投げられてカツン、と音をさせて転がった靴をランは拾い上げた。

　「投げちゃ靴が可哀相だよ。・・・・・・・靴としては走れないし、歩きにくくて失格かもしれないけど、この靴、綺麗な靴だよ。捨てたりしないで。・・・それに店員さんが言ってたみたいに、慣れたら大丈夫かもしれない。」

　ランに靴を握らされたシルはこくん、と頷いた。

　「慣れるかな。」

　「シルは根性あるだろ。きっと慣れるよ。」

　「・・・・・そういうもんじゃないと思うけど。・・・・いや、そうかな。」

　世の女性があれだけパンプスを履いているのだ。・・・・・もしかしたらランのいうように、根性でなんとかなるものかもしれない。

　シルはストッキングを履いただけの足で立ち上がった。

　「さて、リトルナンシーまでテレポートしようか？さっきは焦っててこんなところにでちゃったけど。」

　そのシルを、大きなテディベアがひょいと抱き上げる。

　「！？」

　「疲れてるだろう。ここはおと〜さんに任せなさい。」

　宇宙港が近づいたらテディベアはまずいだろう、とかいろいろと言いたいことはあったが、シルはトフ、と熊の胸に頭をもたせかけた。今日はチェイスに迷惑をかけられた。このくらいは甘えてもいいだろう。・・・・・・足はじんじんと痛むし・・・・・

　大きなクマとクマに抱かれた少女と少年は星を見ながら帰路についたのだった。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　カラコロカラコロ・・・・・・・

　優しい音がする。

　結局ロコはお土産の飾り物に細工を加え、首飾りにした。ロコは首を揺らし、もう一度カラコロと音をさせるとランとシルの前で

　ありがとう。

　と書いてお辞儀をした。

　「シル・・・・・・なんだか、ロコに父の日のプレゼントをしたような気がしてしかたがないんだけど・・・・・・・」

　「私もそう思うのよね・・・・・・・」

　その時チェイスが割り込んできた。

　「ラン。ランのおと〜さんはチェイスさんであって、ロコではないぞ。」

　ランはくすっと笑って、でも意地悪くいう。

　「誰がおと〜さんだよ！」

　シルも加わる。

　「そうだよ。おっさんは実際のところはさ、」

　「何をいうか！俺はおっさんではなく、かっこいいお兄さんだと、いうておろうが！」

　ロコはもう一度カラコロと音をさせ、自分の砦である観葉植物の間に行った。あの三人、親子かどうかは定かではないが、ひとまず切っても切れない関係にあることは間違いないな、と思いながら。
内容の無い馬鹿話で反省・・・・・
チェイスはラン君至上主義のはずなのですがずれてる・・・・ずれまくってる・・・・

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