８　そして一応の終結

　
　五人が進んでいくと、目の前をコスモ・アーミーの一段が横切っていった。横の通路では、煙がもうもうと立ち篭めている。通信機は喧騒の渦だ。

　”Ａ小隊Ｇ２ブロックの敵を追え”
　”Ｂ小隊Ｓ５ブロックへ”
　”Ｇ小隊救援頼む。こちらＤ４ブロック”

　真正面からもどかどかと男たちが走ってきた。五人は完全に無視されている。このような本式の戦闘になった場合は何もできないとたかをくくられているらしい。
　壁面にべたっと張りついたまま身動きを止めたソーンダイクにジョーは叫んだ。

　「ソーンダイク！あんた、ここの構造しっかり頭に入っているわね！あの邪魔っけなコスモ・アーミーの団体さんを避けてＲ４ブロックにいくにはどうしたらいい？」

　ソーンダイクは黙って上を指差した。
　
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　「けっ！狭くってたまんねーや！空調パイプに潜る外にもっといい手がないのかよ！ソーンダイク！」

　一番後から這ってくるマリオが文句を言った。

　「黙れ！あたしなんかこの件で空調パイプに潜るのは二度目よ！これが最短距離なんだ！ソーンダイク！次はどっち？」

　窮屈そうに長い手足を縮めながら、先頭でソーンダイクが道を示し、四人がそれに続く。

　「こんなところで空調パイプが潰れでもしたら一巻の終わりじゃねえか。そんなことになったらアレックスを恨んでやる！」

　ロマノフが人差し指を口にあてた。ソーンダイクは今度は下を指差している。

　「降りるぞマリオ。Ｒ４はこの下だそうだ。」

　ジョーはレーザーを絞るとパイプの下面を丸く切断しはじめた。吸盤を付けて上に上げると、人一人が降りられるくらいの窓が開いた。

　真下には誰も居なかったが、はすかいに注視すると何かが動いていた。視野の境界でパールイエローの髪がなびいた。

　「いたわ！」

　ジョーが飛び下り、下でカイユンを受け止めた。そして、他の三人が降りるうちに囁いた。

　「カイユン。ここで待っている？」

　カイユンは、首を激しく横に振った。
　ジョーはカイユンの髪を撫で付けた。

　「あんたも頑固な子ね。」
　そして、注意深くあて身をしてカイユンを気絶させた。

　「・・・・・・・・やっぱりここで待ってなさい。カイユンみたいな普通の子は来ない方がいいかもしれないもの・・・・」

　カイユンを壁にもたれさせて四人はなお進んだ。

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　アレックスはアイリーンに向き直り左腕を構えた。
　アイリーンは独りだった。それでもあわてる様子は少しもない。貴婦人のように悠然と微笑んでいた。

　「アイリーン　ニム。・・・・俺はお前を殺す。」

　アイリーンの真っ赤な唇が妖しく笑う。

　「何を世迷いごとをいっているの？私に右腕を千切られた坊やが・・・・私を甘く見てはいけないわ。私の腕だけが機械だと思っているの？・・・・坊やと同じよ。この両足も機械だわ。」

　彼女は素早く移動してみせた。

　「ここではかなりの打撃を受けたけれど、私達の本拠地は無傷。コスモ・アーミーの機密もほんの少しだけれど貰えたことだし。部下たちも善戦している。坊やにやられた部隊以外は生き残っている。おわかり？・・・・私達はここを難なく撤退するでしょう。そして、体勢を建てなおしてからまた仕事をはじめるわ。宇宙連邦の屋台骨をぐらつかせるような仕事を。」

　アレックスの足が床を蹴ってアイリーンに襲いかかった。アイリーンはさっと移動した。

　「少し疲れているのじゃなくて？坊や。」


　「来たはいいが、どうすりゃいいんだ！」

　対峙する二人の様子を観ながらマリオが物陰で呟いた。

　「・・・・まともにぶつかったらあたしたちがお陀仏ね。あの、中尉の左腕に触れただけでね。・・・・ダメージ与えられるのは体幹だけ。もしも動きを止められればパラライザーが使える」

　「そりゃあわかってるが、どうやって動きを止めるんだ？見切ることもできねえんだぜ。二人ともヘルメットつきのスペーススーツだ。毒ガスも通じねえ。」

　ジョーは、パラライザーを抜いた。

　「�｢�｢どちらかが、相手の動きを止めるまで待つわ。・・・・・そうしたらロマノフは撃って。残りの一人がアレックスだろうとアイリーンだろうとあたしがなんとかしてみる。左手の義手一本でどれだけやれるか・・・・」

　アレックスとアイリーンは高速で動き回っていた。間隔は縮まっている。アレックスの左腕は青く不気味な光を放っている。何回かの攻防のあと、アイリーンの額にも冷汗が浮かんできた。
　次の瞬間、アイリーンの肩から血が吹き出した！アレックスの左腕が切り裂いたのだ。アイリーンはピンと硬直した。ロマノフはパラライザーをアイリーンのヘルメットとスペーススーツの接合部目掛けて発射した。アイリーンは意識を失って倒れた。
　アレックスは振り向き眉を上げた。アイリーンをじわじわといたぶりながら殺していくつもりだったらしい。彼は、倒れているアイリーンに近付いていった。彼は笑っていた。美しい顔に浮かんだその表情は、その場にいた全員を震撼させるのに十分だった。ロマノフはパラライザーを撃ったが、アレックスは察知したらしくかわした。

　「やめて！」

　ジョーは、アレックスの体幹に背後から飛び付いて左手でヘルメットを外して首を締めた。しかし、アレックスは難なく左腕で彼女をはねのけた。

　「まずった！」

　ジョーは飛び退いた。今のアレックスは、アイリーンを殺すことに全神経を傾けている。こちらが誰かわからせようというのが無理だ。逆に、彼の行動を邪魔したものとして敵と思われていると見て間違いない。

　「馬鹿！ジョー！退け！」

　マリオがアレックスの右足と左足の間に滑りこんだ。アレックスはよろけたが転ぶにはいたらなかった。その間にソーンダイクが体幹にとりついた。ロマノフはレーザーに切り替えてアレックスの頚部に狙いを付けた。マリオもソーンダイクと同様に取りついた。ジョーは、ソーンダイクとマリオにアレックスの左腕が接触しないように、彼女の左腕でアレックスの左腕を押さえた。
　はねとばされ、飛び付き、またはねとばされる。左腕の光がジョーたちの服や体を近付いただけなのに焦がす。ジョーの義手も過熱しはじめたようだ。また飛び付き、はねとばされる。その時、ロマノフのレーザーが、彼の狙ったとおり、すなわち頚部の血管ぎりぎりにとんだ。アレックスは、痛みで顔をしかめた。そして、彼を押さえている女性が、誰なのか理解した。

　左腕の光は収まっていた。

　「ジョー・・・・・」

　アレックスは身を起こしてジョーを抱き起こした。ジョーは平手でアレックスをひっぱたいた。

　「いい？カイユンが・・・・カイユンがね。あなたにこれ以上殺させたくないって言ったのよ！だから・・・だからここにきたのよ・・・・」

　皆、ぜいぜい言っていた。各自、火傷や傷を応急処置する。ロマノフは、出血の激しいアレックスの首に止血処理をした。
　ジョーは、通信機をオンすると力を振り絞って怒鳴った。

　「アイリーン　ニムはとらえたわ！早く来て！早く・・・・終らせて・・」

　アレックスは溜息をついた。狂気は去り、優しげな青年の目に戻ってきた。そして、傷の手当てをしてくれたロマノフに礼を言った。意識を回復したカイユンがよろけながら入ってきた。そして、皆が怪我をしているのを見ると猛然と走ってきて傷に適切な処理をした。
　アレックスは立って、皆から離れたところに歩いた。

　「・・・・僕の生き方を許さないだろうね。それは仕方がないことだ。それでいいんだ。僕はこんな生き方しかできない。選択の余地はないんだ。・・・・・しかし、これだけはわかってくれ・・・・・僕が君達を監視する役に就いたのは、君達が僕と同じ実験体という境遇だったからじゃないんだ。・・・・・僕は・・・・」

　ジョーはアレックスの青い瞳を見つめた。
　彼の瞳は真直ぐに彼女を見ていた。

　「僕は・・・・君を見ていたかったんだ。君は、僕が初めて助けた人間だった。僕はあの時、ただ、君を殴っていた人間を見て反射的に手がのびただけだった。可哀相だ、助けようなんて気持ちはこれっぽっちもなかったんだ。・・・・・でも、君は、そんな僕に抱きついてきた。僕は知らなかった。世の中にこんなに小さくてこんなに頼りないものがいるなんて。僕は、それまで女の子を見たことがなかった。そして、僕に、笑いかけてくれた人間なんて居なかった。・・・・”有難う”といってくれた人間も・・・・血に塗れた生活を送ってきた僕を全面的に信頼してくれた・・・・僕は、君のことを忘れたことはなかったよ。僕が今日まで生きてこられたのも君がいたからだと思う。・・・・・・君を・・・・君をずっと見ていたかった。・・・・これからも・・・・見守ることだけは許してくれ。・・・・・僕が君とこうして再会したのもどこかの誰かの研究のためであることは確実だと思うけれど・・・・さっきは済まなかったね。君は、君達は、決して僕と同じ実験体ではない。すくなくとも僕と同じではない。」

　ジョーは、いいようもなく悲しくなった。しかし、それと共に頬の辺りが妙に熱くなっていた。

　コスモ・アーミーの兵士がやってきて、アイリーンを運んでいった。
　アレックスも背を向けて、ゆっくりと彼の同僚、コスモ・アーミーの軍人の群れのなかに消えた。


　アイリーンを欠いた海賊は混乱し、二時間後に全戦闘は終結した。彼らの拠点にはコスモ・アーミーの大艦隊が向かい、戦闘を開始していた。

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　アケルナルは帰途についていた。
　操縦は自動。各自シートに身を沈め、ジョーだけが立ってアンナの傍にいた。アンナはしばらくして姉をシートにつかせた。
　低い啜り泣きの声がした。カイユンだ。ロマノフがカイユンのところにいき宥めるように頭を撫でたが、カイユンは泣き止まなかった。

　「あんまりですよ・・・・・あんなことしちゃいけないのに！あんな、あんなこと・・・・中尉さんも、キャプテンも、マリオさんも、ソーンダイクさんも・・・・みんな、みんな、普通の人ですよ！普通の、普通の人ですよ！あんなことしていい人じゃないのに！」

　言うなり、ロマノフの腕にかじりついた。

　シートで目を閉じていたジョーは、しばらくして目を開け、泣き腫らしたカイユンの顔を心配そうに眺めていたが、カイユンがキッチンにコーヒーを作りにいったのを見届けると通信機に向かった。難しい通信らしく、十分ほど手間取っていたが、先方から返事がくると満足そうに頷いた。

　「アンナ。�｢�｢今、リジーに連絡を取ったわ。あなたを迎えにきてもらうことにしたから宇宙ステーション”アルテミス”でおろすわね。�｢�｢いい？今度のような馬鹿な真似はしないのよ。いやなことならいやとはっきり言いな。姉としちゃ、やっぱりあなたの行く末は気になるのよね。」

　アンナは、困ったような顔をして赤くなった。

　「あたしはうじうじしたのが大っ嫌いなの。知ってるでしょ？いいわね。」

　ジョーは頭の後に手をやってぐっとシートにもたれた。

　「しかし・・・・今回の報告書はどう書こう。・・・・・頭が痛い。ちょっと骨組みだけでも考えてくるわ。」

　ジョーはキャビンへと消えた。

　しばらくしてカイユンはジョーの私室にコーヒーを運んでいった。ジョーは、カイユンに背を向けてデスクチェアに腰掛けていた。

　「キャプテン。コーヒーです。」

　さっき泣いたのが、まだ声に残っていて、カイユンは自分でも恥ずかしかったがずずっと鼻水を啜り上げて机にコーヒーを置こうとした。そのとき、カイユンにはジョーが袖口で目を拭ったのを見た。しかし、振り向いたジョーは元気そのものだった。

　「ご苦労さん！カイユンのコーヒーゆっくり飲めるの久しぶりね。・・・・泣いたら駄目よ。今日のスープがしょっぱくなっちゃうわ。」

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　コクピットでは、カイユンが、ジョーが泣いていたかもしれないことを皆に報告していた。マリオは、”それはカイユンの見間違えだ。”といったが、カイユンは納得しなかった。

　「なぜなんです？キャプテン、今までに一度も泣いたことなんかなかったのに。・・・・どんなに恐い目にあっても悲しいことがあっても・・・・強い人なのに・・・」

　ロマノフは、キャビンの方を見ていった。

　「もしもジョーが泣いていたとしたら、それはアレックスのせいだよ。」

　「アレックスだと？」

　マリオはあからさまに不機嫌な顔をした。
　ロマノフは低く笑った。

　「お前の思っているような意味ではないよ。�｢�｢ジョーは、・・・あの子はたしかに強い子だ。でも、その強さは・・・・あの子が強いのは自分が不幸だからだ。自分が相手よりも不幸だと思っていられたからこそ強い人間で居られた。�｢�｢しかし、アレックスのあんな言葉を聞いてそれは続かなくなってしまった。」

　「どうしてです？」

　目を真丸にして聞き返すカイユンにロマノフは答えた。

　「カイユン。・・・・それはね。アレックスがジョセフィーヌよりもはるかに不幸だからだよ。」

　そして、あのこが誰よりも優しいからだ、といいかけて、ロマノフはやめた。

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　”アルテミス”の宙港の外れでアケルナルはアンナをおろした。タラップの下には、エリザベスと、怪訝な顔をしたアンリがいた。
　ジョーは、タラップのうえで後からアンナの肩を抱いていた。

　「わたしなりに考えてみたんだけど・・・・母さんの他にアンリにも来てもらったの。」

　アンナは何も言わなかった。

　「あたしの予想って、結構よくあたるのよね。」

　ジョーは口笛を吹いた。アンナは真っ赤だ。

　「はは、やっぱり当たった？じゃ、いけ！」

　ジョーは、タラップの上から、勢いよくアンナの体を突き出した。アンナは途中でジョーをはにかむように見ていたが、あとは飛ぶように走って、アンリに飛び付いた。アンリは何事か、というようにジョーの方を見た。

　「アホ！アンリ兄さんの極鈍！」

　ジョーは、悪戯っぽく笑った。

　「あとのことは自分なりにどうにかしなさいよ！」

　アンリは笑みを返し、了解した印にしゃくり上げるアンナを優しく抱いた。
　ジョーは片手を上げてリジーにあいさつした。リジーも片手を上げた。それだけで親子の意志疎通には事足りた。
　ジョーは、タラップを上げた。

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　　　　（エピローグ）

　「だから、どこが普通じゃないって言うんです？」

　ティーカップの乗ったテーブルを挟んで、カイユンがマリオに迫った。

　「ここに乗ってる奴はみんな普通のはずがねえだろうが？ソーンダイクも俺も生い立ちが異常だ。ジョーだって、アレックスの野郎の言うとおり、一人でワープ機関を直しちまうなんて普通じゃないし、パパ・ロマノフもあの銃の腕は並の人間じゃねえ。」

　カイユンは膨れた。

　「どうしてです？僕は亜人間との混血ですから確かに普通じゃないですけれど、皆さんは人間でしょう？普通の。」

　「そういうことじゃねえんだよ！」

　「じゃ、どういうことなんです？」

　マリオは脱力し、茶を一口飲んで思わず顔をしかめた。

　「いつもと違うな、味が。」

　カイユンは笑った。

　「漢方茶の一種と思ってください。キャプテンが取ってきていた大きな青虫を乾して刻んで入れてみたんです。」

　マリオは吹いた。そして、確かにカイユンという奴は異常だと思った。

　「全く・・・・ほとんど病気ね・・・・」

　ジョーは吐き捨てるように言って、壁のカーテンを撫でた。そして、そっと布に頬摺りした。
　布から顔を上げると、四人の男たちがびっくりしたように見ていた。

　パチッ、ドスッ

　アケルナルの乗員は、ごく普通の人間ばかりである。　アケルナルは、今日もいつものように平和である。


　　　　　　　　　　　　　　第３話終わり

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