ここは惑星リマン。銀河に名立たる先進惑星である。階級制のしかれた社会構造の中、一般のＡ，Ｂ級市民はコンピュータに管理された街で、科学技術の恩恵に預かって豊かな生活を謳歌している。 そんな人々とは無縁の”シティ”の外れ、Ｃ級市民たちの住むダウンタウンの片隅に、その煤けた小さなフラットはあった。 今、まさに黒いジャンプスーツに身をつつんだ若い娘が、一つのドアを開けて出てきたところだ。彼女はキイを閉めると、コンクリートうちっぱなしのフラットの廊下を軽快に走りぬけ、金属製の非常階段の二階から一階までを一度に飛び下りた。明るい栗色の長い髪がふわっと上に舞い、着地とともに華奢な肩へかぶさった。 そこに通りかかったでぷりと太った陽気そうな中年女がだみ声で娘に声をかけた。 「今晩は、ジョー。いつも元気そうで何よりだね。」 ジョーと呼ばれた娘�｢�｢�｢年令は二十二・三といったところか。中々の美人だ。�｢�｢�｢は、にっこり笑った。 「今晩は。おばさんも元気そうで何よりね。」 中年女はビルの向こうに沈んでいこうとする夕日を指差しながらいった。 「こんな時間にどこへ？まっさか、やばい仕事に手ぇ出してんじゃないだろね？」 ジョーは、エア・バイクの物入れからヘルメットを出してかぶり、ぱたんとバイザーを下げた。 「心配無用。新しい手を貰いに行くの。」 そういって、女の前に突き出したジョーの左手は義手で、機械が剥出しの金属性の五本の指がギクシャクと動いていた。 彼女は堅気ではない。しかし、今はれっきとした肩書きをもっている。犯罪をおかした者の中から選抜されたはコスモ・アーミーの使い捨てシークレットチーム”ドロップアウト”のリーダーなのだ。先だっての仕事の際、精巧な義手を壊してしまったため、このようなちゃちな手をつけているのだが、ここでは詳しい説明は省く。いくらシークレットチームとはいえ、もともと犯罪者、召集がかかるまではこのスラムにくすぶっている。いや、くすぶっている方が気楽だ。 「新しい手ねえ。・・・・・ま、気をつけてお行きよ。」 女が言うと、ジョーは”おばさんこそ注意してよ。ここいらは物騒なんだからさ。”と言葉を返すなり、ガレージのロックを開放するなり大型エア・バイクに跨がり、軽く手を上げてから猛スピードで突っ走っていった。女は、太った腕を組んで見送った。 「女の子ってェのは、あれ位でなくっちゃあね。・・・・・」 ジョーが走っていったあと、女は一人の華奢な姿の少年が同じ方向にバイクを飛ばしていったのを見たが、彼がジョーを追っているのだという考えは、これっぱちも持たなかった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ バイクは、ダウンタウンを抜け、道幅が広く、大きな庭を持つ邸宅が点在する住宅地へと入っていった。ここに居住するものは、階級社会であるリマン星において”Ａ”以上の市民ばかりだ。いつものジョーならば、金持ち連中に対して悪口をぶつぶつ言うところだが、他のことに気を取られているらしく無言で、遥か後方に居る追跡者の存在にも気づかなかった。 ジョーは、”本当の屋敷町”のブロックの手前まで来て、雑木林のなかにバイクを停めた。そして、動力をバッテリーに切り替えた。スピードは落ちるが、騒音は小さい。 木の間から冷たい雫が落ちてきた。ジョーが見上げると、木々の枝をぬって、空からざあっと本格的に雨が降りだした。 再びバイクに乗った彼女は、広大な敷地を持つ屋敷の境界を擦り抜けていった。”Ｄ”級の彼女が見つかれば、それだけで”不法侵入罪”が適応される地域だ。道などなく、潅木や茂みが続くコースをひた走る。こういう地域にはつきものの侵入者監視網を知っているのか、全く迷いのない走りである。 雨は激しくなってきた。ちらりと時計に目をやり、ジョーはスピードを上げた。 一方、表通りでは、この星の財界一番の大物、ジャック ルノーの晩餐会に出席すべく着飾った紳士淑女が彼の別荘へと黒塗りの大型エア・カーを急がせていた。 ジョーを追跡している少年はというと、悪路にハンドルを取られ、三回木にぶつかり、五回バイクから投げ出され、泥まみれになっていた。 ジョーが、目的地に程近い場所に到着したとき、雨は、集中豪雨となった。白い金網が行く手を阻んでいる。彼女はバイクを捨て、物入れから工具を取り出すと注意深く金網に近付けた。パチッと火花がとんだ。 「やっぱり高圧電流か・・・・」 ジョーは、額から流れ落ちてくる雨水を拭うと爆薬をセットし、草の茂みに伏せた。金網には、人が通れるくらいの穴が開いた。 「そして、・・・・おそらく次は・・・・・」 ジョーが、赤外線バイザーを下げると、夕闇のなか、何本ものレーザー光線が走っているのが見えた。木の上には、監視用カメラもみえる。 「監視カメラにとらえられらば、マヒ光線がとんでくる・・・・か。・・・・・ちょっと凝りすぎだ・・・・・」 ぶつぶつ言いながらもジョーは地面を転がり、跳び、二・三の装置をレーザーガンで破壊しながら進んだ。広い芝生を通り、小さな森を抜けると、白い石づくりの小さな四阿にたどり着いた。 「・・・・クリア・・・」 ほっとしたようにジョーがため息混じりに言って、中に入ったとたん、四方から光線が彼女に襲いかかった。ジョーは、横っ飛びに避け、発射源を破壊した。すると、四阿の床全体が下方に沈んでいった。まわりは灰色の壁だ。 ジョーは、床の動きが完全に収まった後、座りこんだ姿勢から立ち上がり、腕を組むとできるかぎりむっとした顔をして入り口らしきところを睨んだ。やがて、壁が割れ、これぞ執事スタイルというグレイのスーツに蝶ネクタイを結び、温和な表情をした50才くらいの男がタオルを持って入ってきた。 「ジョセフィーヌお嬢様。お久しぶりです。相変わらずお見事でございました。」 ジョーは、男からタオルをひったくり口を尖らせたが、目は笑っていた。 「ちょっとやりすぎじゃない？あとでひどいわよ。パーカー。」 そして、髪をタオルで拭きながら男に導かれるまま、内部へと入っていった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ジョーが、シャワーを浴び、乾いた服に着替えてから通された部屋では、一人の上品な婦人が、揺り椅子に腰掛けて編み物をしていた。部屋は、落ち着いた木製の家具で統一されている。婦人は、編み物から目を上げ、ジョーを見て、目を細めてにこりと笑った。 ジョーは、走りより、その人の首に抱きついた。 「リジー、ただいま！」 リジー・・・エリザベス・・・は、編み棒を置いてジョーに愛情こめてキスした。 「お帰りなさい、ジョー。また腕を上げたのね。」 そして、顎で壁を示した。ジョーがその方を向くと、壁面を覆う大きなスクリーンに庭の様子が写っていた。ジョーは脱力した。 「うー・・・・ずっと見てたってわけ？・・・・・毎度のことだから覚悟はしてたわ。でも、四阿のなかにまで攻撃装置仕掛けとくなんて、あんまりだ・・・・・パーカーをとっちめてやらなくちゃ。」 と、そこへパーカー本人が、紅茶とクッキーを乗せたトレイを運んできた。 「お言葉ですが、すべて奥様のご命令でございましたのです。私自身は反対したのですが。」 ジョーは、リジーを睨んだ。リジーは微笑んでいる。 「許して頂戴。罪のない仕掛けですよ。自分の娘の成長の具合を知りたいというほんの親心なんだから。それに、あれはただのパラライズ光線ですよ。危険はないの。・・・・・でも、よく避けられたわね。感心感心。さすがジョー。」 「来るたびに何かしら仕掛けられてたら、慣れるわよ！もうっ！」 ジョーは、ソファーに腰をおろした。外見の上品さとは裏腹のエリザベスの過激さには、毎度のことながら驚かされる。エリザベスは、小首を傾げて、娘の顔を見つめた。 「それで？腕をなくしたのはなぜ？詳しい話を聞こうと、私もパーカーもうずうずしていたの。」 ジョーは、まだ、先程の”娘の成長を知るための罪のない仕掛け”のことにこだわっていたが、エリザベスに促されてこれまでの経過を話しだした。パーカーも、傍の小さな椅子に腰掛けて聞き入った。パーカーは、執事といえども家族同然であり、頼れる男なのだ。噂によれば、エリザベスが嫁いできたときからずっとエリザベス付きの執事なのだという。ジョーの話を聞きながら、エリザベスは再び編み針を忙しく動かし始めた。 ジョーが、一通り話し終えると、エリザベスは声をたてて笑った。 「あら、あんまり面白いので、また一目落としてしまったわ。・・・・・そう。ジョーはとんでもないチームを組んだのね。あなたのことだから、さぞ突飛なことをやったのじゃないかと予想はしていたけれど。・・・・・でも、また、腕をなくした、とここに秘密回線で連絡してきたときにはびっくりしたわ。」 「腕、できてる？」 ジョーが尋ねた。エリザベスが答える。 「ええ。信頼できるお医者さまもいらしているわ。注文どおり、筋力は50倍にしておいたわ。でも、痛覚は普通に入れたの。痛みを知るということは大切なことですか らね。�｢�｢�｢全く。高いものなのだし、大切に使うのよ。」 ジョーは、会計担当重役でもあるパーカーの顔を見た。 「そんなに高いの？」 パーカーは、その質問を待っていたかのように、金額を書いた明細書を差し出した。ジョーは顔色を変えた。 「お嬢様。大丈夫でございます。私が裏工作いたしましてお父さまの裏収入から引き落としましたので。」 ジョーは、パーカーに背を向けた。 「あれはあたしの父親なんかじゃないわ。」 リジーは、手を休めずに言った。 「ジャックもジャックなりにあなたを案じているのよ。あなたが釈放されるようにコスモ・アーミーにまで圧力をかけたのですから。もっとも、あなたは、その申し出を蹴って、シークレットに収まったのだけど。」 ジョーは、”乗取のジョー”と呼ばれた犯罪人で階級は”Ｄ”。本来、グロ星の強制労働キャンプに送られるところだったが、Ｄ級の中から、特殊技術を持つものをピックアップしてシークレットを作るというコスモ・アーミーに拾われたのだ。 「・・・・・あの男の話はしないでよ。」 「でもね。ジョセフィーヌ ルノー。あなたが、ジャック ルノーの血を分けた娘だということは変えられない事実なんですよ。」 そう。ジョーはリマン星最大の企業ルノー財団会長、ジャック ルノーの娘だったのである。 因みに、目の前にいるエリザベスは産みの母ではない。エリザベスは正夫人だが、ジョーは、私生児でその母は今は亡い。ジョーは、父親をひどく憎んでいたが、父親の方は目のなかに入れても痛くないほどの可愛がりようだった。 「そうやって、すぐ突っ張る。・・・・・ルノーが心配するのも一理あるわ。母さんだって、あなたが他の女の子のように平穏な暮らしをしてくれたら、と思わないこともない。・・・・・そういえば、アンリがあなたのことを好いているわね？この際、片付いてしまったらどうかしら。あなただって、アンリのことが好きだって言ってたじゃない？」 「 あれはビクトール兄貴よりマシだって言う意味よ！」 アンリも、ビクトールも、ルノー家の養子である。エリザベスに子供ができなかったため、孤児院から引き取られた。その行為はルノー社の企業イメージのアップにつながったという。しかし、その二人の性格は天と地ほどの違いがあった。エリザベスはケタケタと笑った。 「あらあら、少し赤くなったんじゃなくって？ふふ、冗談よ。ジョーが普通の暮らしができるわけありませんからね。」 「何てったって、こういう母さんの娘だもの・・・・・」 二人は顔を見合わせて、ニッと笑い合った。 「さぁて、じゃ、やってもらおうかな。」 ジョーは、左袖をまくった。・・・・・と、警戒音が鳴り響いた。 パーカーは、間髪を入れず、スクリーン横のボタンを押した。庭の風景が一部拡大される。赤ランプが点滅。生体反応だ。 「奥様。柵から少し入ったところに人間が。静止しておりますが。」 もう一段階拡大率を上げる。 「照明をつけて。赤外線カメラではよくわからないわ。」 エリザベスの命令で、パーカーは庭の明かりをつけた。ジョーは息をのんだ。 「カイユン!!」 「え？ジョーの話していた、イルカと話す坊やなの？」 ジョーはスクリーンに目を釘づけにした。 「あの馬鹿・・・・・あたしをトレースしてくるなんて・・・・・そうか・・・・・あたしのバイクのどこかに発信機を・・・・迂闊だったわ気付かなかったなんて。でも、ここまで来るなんて・・・・・」 椅子から立ち上がり、ぼうっとしているジョーの肩を、リジーは揺さ振った。 「ごちゃごちゃ言うのはあとになさい。」 そう。すぐに行動を起こすべきだった。 泥に塗れて、雨に打たれるカイユンは、ぴくりとも動かなかったのだ。 |
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