いつかはきっと
森の中をずっと進んでくれば、目の前には分かれ道。馬車の遥か前に出て先頭を進んでいたアリーナは、う〜ん、と唸ってもっと先が見えないものかとしかめっ面で森の奥を見つめた。車輪のガタゴトいう音にくるっと振り向き、馬車の中に静かに座っているミネアに訊ねる。 「ねえ、ミネアさん、どっちに行けばいいかしら？」 御者台のトルネコが目を細くした。 「さっきの町で聞いた話によると、どちらの道を行っても目的地につけるということだったよ。右は山菜が採れる場所、左は魚が取れる小川に降りられる道。はてさて、どっちがパトリシアが歩きやすいだろうねえ？」 アリーナが、馬車を牽いている美しい白馬を見、そうだわ、そうだった、パトリシアご免なさい。というと、クリフトが、どうしてパトリシアに謝るのですか？と不思議そうにきいた。 「あのね、さっきミネアさんに聞いたのは、『どっちの道を行ったら、強い魔物に出会えるか』占ってくださいっていう意味だったの。」 クリフトが天を仰ぎ、ブライが大袈裟に咳払いし、マーニャがケタケタと笑った。 「あはは、アリーナらしいっていえばらしいわ。だけど、あたしは魔物はもうたくさんよ。まぁここらの魔物はもはやあたしらの敵じゃないけど、やっぱり爪は欠けるし痣はできるし……それにね、ミネアに聞いても、答は出ないわよ。」 アリーナは不思議そうに首を傾げた。 「どうして？今までだってどっちが安全な道なのかっていうとき、ミネアさんに占ってもらってたじゃない。そして、ミネアさんの水晶玉の中に魔物の影が見えたときには、ほんとうに強い魔物が現れたわ。答がでないってどういうこと？」 マーニャはニヤッと笑う。 「ふふ、ミネアの水晶玉にはね、煩悩や雑念が絡んでることについてはな〜んにも映ってくれないのよね〜。強い魔物と戦いた〜い!!なんて、どう考えてもお子サマの我侭じゃない？だからダメダメ！」 そうなの？というようにミネアの瞳を首を傾げたまま見つめると、ミネアはくすっと笑って頷いた。そしてころりと表情を変え、マーニャに向き直って半目になる。 「そう。いくら猫なで声で頼まれても、“モンスターバトルでどの魔物が勝ち残るか”、とか、“今日はどのスロットマシーンの出がいいか”、とか、“高いお酒をおごってくれそうな若いイイ男はどこにいるか”、とか……そういう煩悩にまみれた動機で占ってもぜえったいに水晶玉は未来を映してくれないものなのよ。」 クリフトが顎に手をあて、姫さまの動機は確かにどうしようもありませんが、マーニャさんに比べれば途方もなく純粋だと思うのですが、と鹿爪らしくいいトルネコが爆笑し(ライアンもかすかに笑った)、マーニャが『何よ、それってあたしが不純だってこと!?』と鉄の扇でクリフトをしばき倒した。 馬車の中では、仲間達の様子を見て柔らかに微笑んでいたアレクがミネアに訊ねていた。 「ミネアさん、僕達は今まで何度もミネアさんの占いを未来への指針としてきました。マーニャさんはああいいましたけれど、僕はミネアさんに占えないものなどないような気もします。本当に占う内容によっては水晶玉には何も映らないのですか。」 ミネアは、大切そうに愛用の水晶玉を胸に抱えた。 「そうね、動機の純・不純というよりも、自分が気持ちをこめられないことに対しては水晶玉は答えてくれないのです。そして、自分に近いことについても。……姉さんの知りたいことは、不純な上に私にとってとても身近なことですから、水晶玉には何も映らないのだと思います。……そして優れた占い師であっても、占えないことは多いのです。占いは、占い師と、その前にいる人の想いの両方の力を使うものですから」 え、それはいったい。というアレクの言葉に、ミネアは水晶玉を抱きしめ、幼い日のことを思い出した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ その日、マーニャは遊びに出ることをリアルマおばばから禁じられていた。頼まれていた薬草なべをかき混ぜる仕事をぞんざいにして、中身を焦げ付かせてしまったからだ。ミネアは近所の女の子たちと、ままごとをして遊んでいたのだが、突然三人の男の子たちに引っ張り出されて森に探検にいくことになってしまった。何でも、マーニャが“ねえ、宝探しに行こうよ！あたしの妹のミネアに占って貰ったら、きっと面白いものみつかるよ！”と大きなことをいったのだという。ミネアはマーニャと一緒にならば、男の子たちと村の外に行ったことはあるが、マーニャなしでこうやって村を離れるのは初めてだった。それでも、“姐御がさ、ミネアの占いはとってもよく当たるっていってたぜ、今日はよろしくな！何かあっても俺達がついてりゃ大丈夫だから！”などと言われると悪い気はしなかった。森の中ほどまで行って、ミネアは占った。面白いもの、何か宝のようなものがあるのはどっちかを一生懸命に占った。母の形見の水晶玉にははっきりとした像は映らなかったが、ミネアは、こちらだと思う方を指差して森の中を進んだ。その甲斐あってか、彼らは森の奥に花で囲まれたキラキラ光る泉をみつけた。やったー、僕らが見つけたんだ！凄いや、ミネア、と男の子達ははしゃいだ。ミネアはなんだかとっても嬉しくて、誇らしかった。活発な姉に対していつも控えめなミネアはあまり表に出ることがなかった。だけれど、今は違う。ミネアは男の子達に褒められ、祭り上げられ、それはとても気持ちのよいことだったのだ。 しかし、その嬉しさは長くは続いてくれなかった。泉で思う存分水遊びをして、さあ、もう帰ろうか、というときに、村へ帰る道が分かっているものは、子供達の中に誰一人いなかったのだ。リーダー格の少年が、きっとこっちだ、と歩き始めてみたものの、しばらくするとまた泉に戻ってきてしまった。ならば、こっちかも、と別の方角に進んでいくと、明らかに通ったことのない鬱蒼とした場所にきてしまい、獣道さえ続いてはいなかった。誰かが言った。ミネアに占って貰おう！ え？私？ ミネアは驚いた。ミネア自身も帰る道がわからなくなって心細くて泣きそうになっていたのだ。そんな自分が占いで道を探すことができるだろうか。男の子達はミネアを取り巻きジッと見ている。ミネアは懐から水晶玉を取り出した。取り出す手が震えているのが自分でもわかる。しっかりしなくちゃ、だって私が占えなかったら家に帰れなくなっちゃうもの。お願い！お願いだからどっちに行ったらいいのか教えて!! 念を込めて水晶玉に手をかざすと、透明な無色の玉はかすかに光ったように見えた。しかしそれだけであった。水晶玉はミネアに何も教えてはくれなかった。ダメ、わからない、……そう答えるべきだったのだろう。でも、ミネアにはそれができなかった。自分を褒めてくれた男の子達に、『ミネアの占いはやっぱり凄い』と言ってほしかったのだ。だからミネアはあてずっぽうの方角を指差した。男の子たちはほっとした表情になりミネアの指し示す方へとずんずん歩いていった。分かれ道に来るたびに男の子達はミネアに行くべき道を聞いた。そのたびにミネアは自信たっぷりな風を装って、その実適当な方を指していたのである。 あたりまえのことだが、村にはいつまでたっても着かなかった。空腹を感じ、足に豆ができ、獣の遠吠えが聞こえ、子供達はもう一歩も動けなくなってしまった。 一人が言った。 「ミネアがいけないんだ！」 すると、もう一人も言った。 「ミネアが出鱈目な占いなんてするからいけないんだ！」 ミネアは項垂れていた。彼らの言うことはいちいちもっともなことだった。しかし、三人目の男の子がこう言い放った時、ミネアは頭を上げた。 「ミネアの母さんが凄い占い師だったっていうのもきっと嘘なんだ。ミネアの母さんの占いも出鱈目だったんだ!!父ちゃんたちを騙してたんだ。」 「そうだそうだ、ミネアの母さんが凄い占い師だったなら、ミネアだって占えるはずじゃないか！」 ミネアは母のことをよく覚えていない。彼女が三才の誕生日を迎える前に母はこの世を去ったのだ。ただ、コーミズの村人が話してくれたところによると、母は人々の為にその占いの力を惜しみなく使って何度も村の助けとなったのだという。『ミネアちゃんのお母さんは素晴らしい人だったのよ。』『村一番、いや、国一番の占い師、いやいや、世界一の占い師だったのさ。』村のおばさんやおじさんにそう言われるたび、ミネアの小さな胸は幸せでいっぱいになった。 自分が悪く言われるのは嫌だけれど我慢できる。拳をぎゅっと握って俯いてひたすら耐えていればいい。でも、お母さまのことを悪くいうなんて！ 「お母さまは嘘つきなんかじゃないわ！」 「だったら、早くどっちに行けばいいのか教えてくれよ！早く教えろよぉ！」 「私はまだ占えない。でも、お母様は嘘つきなんかじゃない！」 男の子たちも、ミネアも双方泣きそうになっていた。 「お願いだよぉ！教えろよぉ！」 「占えよぉ！お腹がすいたよ、もう歩けないよぉ！」 ミネアも懸命に水晶玉に語りかけていた。どうか、道を教えて！お父さまやマーニャお姉ちゃんの所に帰りたい……。しかし、ミネアが焦って念じれば念じるほど水晶は冷たく白く濁り、何も教えてはくれなかった。 男の子達も、疲れと空腹でペタンと座り込み、小さくすすり泣いていた。と、木の間からちらちらと灯りが見えた。男の子の一人が『人魂！』と叫んで、四人の子供は身を寄せ合って硬くした。その灯りが大人の掲げるランタンだとわかったとき彼らは走って駆け寄っていった。 「お父ちゃん!!」 「怖かったよぉ！」 ミネアは大人たちの声の中に、一番聞きたかった優しい低い声を聞いた。 「ミネア、怪我はないか？」 「お父さま？お父さま〜ぁ！」 ミネアは父であるエドガンにしっかりと抱きしめられ、堪えていた涙がどっと流れ、大声で泣き出した。その紫水晶の髪に皺だらけの手があてられて優しく髪をすいた。ミネアは首を曲げた。そこには、水晶玉を手に片手に乗せたリアルマおばばの小さな姿があった。。 「ミネア、よく頑張ったのぉ。お前さんが強く念じていたお陰で、この場所がばばの水晶玉にはっきり映ったんじゃよ。ほんによぅ頑張った。心細かったじゃろう。もう大丈夫じゃ。」 そう言われて、ミネアはまた声をあげて泣いた。そのとき、男の子たちの父親が息子を怒鳴る声がした。 「全く、いつも、森の奥にはいっちゃいけないとあれほど言ってあっただろうが！帰ったらお仕置きだ！」 「そうだ。しかもお前達はミネアちゃんを怖い目に合わせたんだ。きちんと謝りなさい！」 「ミ、ミネアが悪いんだ！」 「そうだ、ミネアが悪いんだよ。ミネアの占いがインチキだから！」 ミネアは父の腕の中から男の子達を睨んだ。母親を嘘つき呼ばわりし、今もすべてを自分に押し付けようとしている彼らを、ミネアは許せなかった。 「インチキじゃないわ。……そんなに言うのなら……占ってあげる。」 男の子達はぽかんとした。いつもの大人しくて引っ込み思案のミネアと今のミネアは全然違う子供のように見えた。ミネアは父の服にぎゅっとしがみ付き、こう叫ぶように言った。 「占ってあげる。あなたたちのこれから先を。10年先を、20年先を。占ってあげる。あなたたちがいつ死んじゃうのか占ってあげる。でも、私の占いはインチキなんだから平気でしょう？……だから占ってあげる。」 幼いミネアのその言葉は、妙に大人びて冷たい響きを持っていた。少し目を見開いたリアルマおばばの視線の先に、蒼ざめた男の子達の顔があった。 「ミネア！」 エドガンが、重々しい声で言い、首を振った。ミネアは口を両手で押えた。言ってはいけないことを言ってしまったのが、彼女にもわかったのだ。そして、また泣き出した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 村に戻ってから、ミネアは元気がなかった。姉のマーニャは、責任の一端を感じてか、ひとまず男の子達をぼこぼこにし、ミネアのために花を摘んできたりとっておきの新しい踊りを踊ったり炎の魔法を使って小さな花火を見せたりしたが、ミネアは悲しそうに一日中部屋の中で水晶玉を抱えてぼうっとしていた。心配する姉娘にエドガンは、“ミネアは強い子だから、大丈夫”と言い聞かせ、これ以上男の子たちを袋叩きにしないように自分の研究室で手伝いをするよう命じた。 部屋の中に座っているミネアの隣にリアルマおばばはちんまりと腰を下ろした。 暫く何も話さず、老女と子供は静かに座っていたが、やがてミネアは震える声で言った。 「おばばさま。私、お母様のような占い師になれるのかしら。村のみんなのために役に立てる、素晴らしい占い師になれるのかしら。」 おばばはふうぅぅぅ、とゆったりと風が吹くような息をしてから皺だらけの口をほころばせた。 「おやおや、ミネア。お前さんの顔にはこう書いてある。『おばばさま、私は大きくなっても占いなんてできないと思います』ってねえ。……どうしたね？話してご覧。」 ミネアはもじもじしていたが、水晶玉を見つめながら話した。 「私、悪い子だから……あの子たちにいけないことを言ってしまったから。私みたいな悪い子には精霊さんたちもきっと仲良くしてくれない。悪いことをしたら、かならず罰があるはずだもの。……私が占い師になれないと、お母様が悪く言われてしまうかもしれない。……そんなことになっちゃったらとっても悲しい。……おばば様、私、大人になったとき、占いができなかったらどうしよう。」 するとおばばはこう言った。 「占ってみるかい？占い師になれるかを自分で占ってみるかい？」 ミネアはきょとんとした。 「ばばさま。おばばさまは前におっしゃいました。自分のことはいくら凄い占い師でも占えないって……」 「そうじゃ。普通はな。でも、特別なやり方があるのじゃよ。……知りたいかね？」 ミネアはうん、と大きく頷いた。 ミネアは裏口の戸をそっとあけた。父は一番弟子のバルザックと共に出かけている。留守番のオーリンは、エドガンに命じられた本の写しに集中している。ミネアはマーニャに気付かれないようにあたりをうかがってから外に出る。 “夕方の白い半月が見えているとき、、一人で目を閉じて香りハッカの若葉を左手で一枚摘むんだよ。井戸から汲みたての水をコップに入れてそこに葉を浮かべて一気に飲み込む。それから水晶玉を覗いてご覧。” 言われたとおりに目を閉じて葉を摘み、水を汲んで飲んだ。そして水晶玉を覗いた。……教えて下さい。私は大人になったとき、占い師になっていますか？水晶玉さん、私に未来を見せて下さい。強く願おうとして、ミネアは怯んだ。……もしもここで『占い師になれなかった自分』が見えたら？見たくない。見たくない。占いをしたのは『占い師になれた自分』を見たかったから。……占い師じゃない自分は見たくない……私は本当に“本当の未来”を見たいの？ダメ、怖い。本当のことを見るのは怖い。願えない。これ以上強くは願えない。怖いもの。見たくないものが映っているのは嫌だもの。怖い、怖い、怖い…… 結局ミネアは水晶玉を抱きしめて家の中に駆け込んでしまった。その怯えた様子にオーリンが気付き、優しく理由を尋ねたが、何も言わないミネアに困り果て、リアルマおばばを呼びに走った。 薪の火がはぜた。おばばは暖炉の前に座り、その膝を枕にミネアは眠っていた。その頬には涙のあとがあった。 「ほんにのぉ、だいぶ苦しんだのじゃなぁ。……しかし、この道は誰もが通る道じゃから、ばばはミネアの苦しみを代わりに受けるわけにはいかんのじゃて……」 リアルマにお茶を運んできたオーリンは盆を手にしたままおばばに向かい合って座った。 「おばば様。ミネアお嬢さんはいったいどうなさったのですか。」 おばばはミネアの乱れた髪をそっと耳にかけてやりながら答えた。 「……ミネアは、自分が大きくなって占い師になれるのかどうか真剣に悩んでおった。そして、自分で占ってみようとしたのじゃよ。」 オーリンは黒い瞳をくるっと回してうーん、と唸った。 「それは無理なのじゃないでしょうか。だって、それが占えるくらいだったら、お嬢さんはもう立派な占い師ってことじゃありませんか。それに、この間読んだ本に“占い師は自分のことを占えない”って書いてありましたよ。」 「本か。……オーリンよ。本に書いてあることが全て正しいというわけじゃあないでな。占い師は占えないのじゃあない。……占い師とて人。己の未来を目にするのは恐怖を伴う。……その感情が占いの力を鈍らせ、その結果、占い師は己の未来を占えなくなるのじゃよ。自分が、自分の思い通りの人生を歩めなかったら。いや、それどころか悲惨な運命に出会うと分かってしまったら？……自分のこと以外でも同じじゃ。他人事であっても、真実を見、告げるには強い心の力が必要となる。じゃから、占い師は、自分の力だけでなく、占う相手からも力を貰う。相手が、どのような未来でも受け止める意志があるなら、受け取る想いは強くなろう。それならば、占い師も心安らかに占うことができるのじゃよ。そうでなければ、相手は望まぬ占いの結果を生かすことはできない……世の中はうまくできているということなのだねえ。。……オーリン、お前さんはここに来てからの日が浅いから、ミネアたちの母親のことは知らなかったっけねえ。」 「はい。僕がここに来てからまだやっと一年です。」 「あの子達の母親は、占いにかけてはわしを遥かに越える霊感を持っておってのぉ。マーニャはエドガン似じゃが、ミネアは母の血筋を強く引いておる。まだ幼いのに、母親譲りの強い霊感はこの子を苦しめるだけなのだね。この子がもっと大人になって、霊感に見合うだけの強い心を身に付けるまでは、誰かが支えてやらにゃあいかん。……オーリン、お前に頼めるか？」 おばばに指差され、オーリンは目を丸くした。 「ぼ、僕ですか？僕はまだ15で、それに、霊感のなさといったら、お師匠様にも呆れられるほどで、お嬢様達にさえできる簡単な魔法の一つも唱えられません。」 「年には関係がない。それにの。こういう役目は霊感がないほうがよいのじゃよ。……お前のように、こちらの世界にしっかりと根を下ろしてまっすぐに生きている者はあちら側に取り込まれてしまうようなことはない。……なんとなくわかるか？」 「……はあ、……なんとなく、ですけど。」 そうか、ならよい、頼んだぞ、と言い、リアルマは眠っているミネアの小さな手をオーリンの大きな手に握らせた。 「今は何をお嬢さんにしてあげればいいでしょう。」 「特別なことは何もない。この淋しがりやの側にいてやってくれさえすればな。側に居て、しっかり手をつないでやっておくれ。マーニャと一緒に“何か楽しいこと”で周りを一杯にしてやっておくれ。……オーリン、先程の“占い師は自分のことを占えないのではない”ということじゃが……ミネア達の母親は、自分の未来のことを、はっきりと知っておった。ミネアを産んだあと、自分がほどなく儚くなってしまうことをな。じゃが、それを知って尚、最後の最後まで、あの子はしっかりと前を向いて歩いていっていた。強い子じゃった。……強い子じゃったからこそ、悲しい運命の占いを水晶玉に映すことにも耐えられたのじゃろう。ミネアが大人になった時、母親と同じようにいつか己のことを占えるようになるやもしれん。ばばはそうあって欲しいと願っておるぞ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ミネアは、昔語りを終えてはにかむように微笑んだ。 「このことは、森での冒険のこと以外は、あとからおばばさまやオーリンから聞いたことです。……ね、アレク、私は、まだ自由に自分の未来を占うことができません。それは、その未来がまだ定められてはおらず変転するものだからなのかもしれないし、私がそれを知るのを怖がっているからかもしれません。……この旅の終わりを占えないのも同じ。……。」 アレクが正面を向き、硬い声で言った。 「……それは、ミネアさんではなく、僕が怖がっているからなのかもしれませんね。僕の恐怖がミネアさんの水晶玉を曇らせているのかもしれない。」 ミネアは年若い勇者を紫水晶の瞳でまっすぐに見る。 「いいえ。……私はアレクからは力を貰っています。あなたは確かに、迷うことも苦しむこともあるけれど、私達の誰よりも未来を、真実を求めているでしょう？少なくとも私はそう思っています。……私は多くの人に支えられてここまできました。占い師になれたのも、おばばさまや、お父さま、姉さん、それに亡くなったオーリン(←この時点ではミネアはオーリンが死んだものと思っています)のおかげ。私はまだまだ弱いけれど……いつか、いつの日にか、母のように自分の未来を占えるように強くなりたいと思っています。」 「ミネアさんなら、きっと。必ずなれます。」 馬車の外では、まだマーニャがクリフト相手に一方的な不毛な喧嘩をしている。ミネアはアレクに片目をつぶってみせてから、どちらの道を行ったほうがよいか占うために馬車からピョンと飛び降りた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 魔王を倒すための長い旅から帰り、もう何年が過ぎただろうか。モンバーバラからコーミズ村に里帰りし、懐かしい家で寝起きして三日が過ぎた。リアルマおばばはまだ健勝で、薬草つくりに余念がなく、オーリンは姉妹の父エドガンのものだった部屋で、師の研究を地道にまとめていたが、マーニャの宴会スイッチが入ってしまった今日は、地酒の甕を傍らにまだ日が空にあるうちから酒盛りモードに突入中だ。 静かな夕暮れだった。薄墨色にかわりつつある空に白い半月が浮かんでいた。家の前の切り株に座り、ミネアはおばばの言葉を思い出した。 “夕方の白い半月が見えているとき、、一人で目を閉じて香りハッカの若葉を左手で一枚摘むんだよ。井戸から汲みたての水をコップに入れてそこに葉を浮かべて一気に飲み込む。それから水晶玉を覗いてご覧。” それは、ほんとうの呪い(まじない)なのか、それとも、ミネアに占いの厳しさを教えるためのリアルマおばばの嘘だったのか、今でもわからない。そして、今は、強く知りたい未来がある差し迫った状況でもない。しかし、ミネアは、己のことを占ってみようと思った。何か凶事が見えてしまったなら……その恐怖はいまでもある。しかし、ミネアはあの旅の中、仲間と共に光に導かれ、強大な闇に立ち向かい、勝利した。……もしも何か怖ろしいものが見えたとしても、彼女には仲間が居る。そして、家族が。 己の命が消えることを知ってなおしっかりと生きていった母のようにはなれないかもしれないが、その足元に近づけるかもしれない、と思った。 丁度切り株のそばに香りハッカが一株生えていた。目を閉じ、柔らかな毛の生えた若葉を左手で一枚摘む。井戸から水を汲み、備え付けられたコップに移し、葉を浮かべ飲む。……ハッカの爽やかな香りを微かに感じる。ミネアはスカートを拡げ、切り株に座りなおした。そして、水晶玉を胸の前に捧げもち、一心に占った。冷たく透明だった水晶は一度白く濁り、柔らかな光を一度発し……凝視するミネアに鮮やかな光景を見せた。 「！」 驚愕のあまり、ミネアは水晶玉を地面に落とした。映っていた像は瞬時に消えた。 今のは？……いいえ、これは占いじゃない。あれは……あれは私の夢、こうなればいい、こうであって欲しい、と願う、妄想。 いけない、いけない、とミネアは自分の拳でコツンと額を打った。 でも…… 夢と占いはどう違うのだろうか。未来への指針……占いがそうであるなら、夢は自らが目指す指針といってよいのではないか。 占いも、夢も、それが自分に与えられたとき、そこに向って一歩を踏み出さなければ何の意味もない。 家の中からオーリンが出てきた。ミネアを捜していたらしく、彼女の姿を目にいれると、近付いてきた。 「どうしたんですか？姉さんは？」 「ああ、ミネアお嬢さま。マーニャお嬢さまが酔いつぶれてしまいまして…。」 「まあ！村ではお祭のときでもない限り、深酒はしなかったのに……何かムシャクシャすることでもあったのかしら？」 「さあ……ただ、私に『はっぱをかける』のだとおっしゃいまして、……『アンタが頭脳明晰なキラキラのオレ様な美青年だったら話は簡単なのに』とかなんとか……とにかく、相当ふらふらしていらしたので、ひとまず寝台で休んで戴いていますが、確かミネアお嬢様が深酒に良く効く薬をお持ちだったと気付きまして。」 「ええ、確かに……あのぉ、姉さんはお酒をどのくらい？顔色は？」 「湯飲みに５杯。顔は相当赤くなっていらっしゃいます。」 ミネアは笑った。 「顔色が青くなっていなら大丈夫。そのくらいだったら、姉さんにとっては『いいお酒』だわ。……しばらくそっと寝かせておいてあげれば大丈夫。」 ミネアとオーリンは顔を見合わせて笑った。 と、ミネアは、オーリンの横に並び、父が最も信頼していた弟子の顔を顔を上に上げて斜交いに見た。 「あの……オーリン。」 占いは、水晶玉が見せる未来の一つの顔。しかし、必ずそこに到達するわけではない。 人は、自ら一歩を踏み出さない限り、決して前へは進めない。 「あなたに聞いて欲しいことがあるの。」 占い師の娘の笑顔には少しの陰りもなく、はっとするほど美しかった。 無骨な錬金術師の男は、娘が大好きな低い優しい声で答えた。 「……ええ、私もお嬢様にお話ししたいことがあるのです。」 オーリンに差し出された手を子供の頃のようにしっかりと握り、ミネアは歩き出した。 それは、先は見えないはずなのに、この上もなく確かな一歩であった。 |
| ６周年記念リク、ドラクエ４のミネアさんのお話です。 実生活においては、私は占いが好きではないのですが(占いをプラス方向に受け取れる度量がない器の小さい奴でございます)、ドラクエ世界のミネアさんの占いには全幅の信頼を置いておりまして、是非とも占って欲しいと思っております。 ドラクエの長編の中で『占い師は自分や自分の身近な人の未来を占えない』という縛りをつけていたのですが、もしも占えたとしたら、ミネアさんのような生真面目な人だといろいろと悩みも多いだろうなあというところから出発した短編でした。 何週間もお待たせしたあげく、平板な話になってしまいました！スミマセン！そして、書き逃げいたします!!(またまたスミマセン!!) |