サンタとケーキとバイキング(後編) 前編はこちら |
「……おい、目を覚ますようだぞ。」 、カーン＝シャークがカクーシに注意を促す。ベッドの上で意識を失っていたジンベエの長い睫がふるふると震え、小さな呻き声と共に紫の瞳が開かれた。辺りを窺うように一瞬視線がさまよったが、状況を認識しているのかいないのか、上体を起こすと、ベンチにかけている如く ベッドの縁に優雅に腰をかけた。 「うむ、どうやら私は時空を超えてしまったらしいな。どなたかは知らぬが、助けていただいたようで誠にかたじけない。手間を取らせた。時に、私の連れを知らないであろうか。白き上着(←白衣ですな)を着用した私より少々細身の青年であるのだが……？」 風もないのにハタハタとはためくマント。と、カクーシは、ジンベエの周りから巻き起こるとてつもない魔力のオーラを感じた。腐ってもダーマ一族、そこいらへんの特殊能力はバッチリである。 「!!カーン様！この膨れ上がる魔力！こ、こ、これは危険ですぞ！今のうちに魔力を掌握して我が支配の下に……！ここはおまかせを！」 カクーシがジンベエの魔力を抑えるべく、彼に向かって両の掌を突き出し負のオーラを浴びせかけた！すると、あろうことか、ジンベエがクスクスと笑い出した。 カーンが訝ってカクーシの方を向く。 「カクーシ、一体何をやっておる。」 「い、いや、へ、変だな。おい、お前、何故笑っているのだ。」 ジンベエはクスクス笑いつつ答えた。 「何故かはわからぬが、ちょっとこう、こそば痒いのである！う〜む、そう、そうである！上あごを舌の先でこう、レロレロとやったときのような。おお、これはくすぐったい。」 カクーシはジンベエが言ったように舌でレロレロとやってみて笑った。 「なるほど！これはこそば痒い!!」 カーンがカクーシの脳天を拳で“どげしッ”と音がするほどに殴った。 「カクーシよ、退け。客人よ、部下が失礼をした。私はダーマ13翼将の１人、カーン＝シャーク。客人は何の目的でここにおいでなのか。」 ジンベエは、白の絹手袋を頤にあてた。 「おお!?これは！貴殿も“シャーク”という名をお持ちか。奇遇であるな。我が名はジンベエ＝フォン＝シャークスコッチである。実のところ、ここに来たのは予定にはなかったことであった。私は、連れと共に、水島ホテルの、バ……！これはしたり！なんということだ！あの素晴らしきものの名を失念してしまったぞ。おお、なんたることだ、こうして考えただけでも幸福の予感に体が震えるぞ。魅惑の計画。ば、ばいきん……？」 うっとりと目を閉じ、思い出そうとするジンベエの横で、怪人たちは青くなっていた 「ば、ばいきん？カーン様、こ、こ奴、我らの『クリスマスウィルス計画』を既に知っていますぞ。」 いや、それ、バイキン、じゃなくってバイキングのことだから。それにウィルスイコールバイキンじゃないからさ。 「むぅッ！偽サンタを使っての計画が何故に漏れているのだッ!?それともこれはこの男の特殊能力だとでもいうのかッ!!」 ジンベエはにこやかに爽やかに白い歯をみせて笑う。それがカーンにとっては不敵な笑みに見えた。そのジンベエの笑みが凍りついた。紫紺の瞳を大きく見開き口をパクパクさせ、マントをざッ!!と翻し、トリプルルッツのフィギュアスケーター顔負けにしゅたッ!!と軽やかに床を蹴って、片隅の椅子に座っている偽サンタの足元へ、ちょこな〜ん！と正座する。 「おお!!これはこれは、『赤いご老人』の知り合いの方であるのか？」 赤いご老人??カクーシとカーンが顔を見合わせ、偽サンタは眉間に皺を寄せる。カクーシは魔力を増幅させるワンドを腰のベルトから抜いて構えた。 「……一目でこ奴を本物ではないと見抜いたかッ!?何故だ！我が魔力による造形は完璧のはず!!」 と、ジンベエはきょとん、とし、くすくす、と笑った。 「赤いご老人は今頃北の大地で妖精たちと共に、世界中の良い子たちのために鋭意絶賛準備中であろ？このような場所にいるわけがないではないか！それに、貴殿の衣装は赤いご老人の装束よりも少々黒ずんでおるし……それに、そのしかめっ面はどうかと思うのだぞ。それではちびっ子達が怖がって逃げてしまうではないか。」 カクーシはぶるっと首を振った。今回の「偽サンタ計画」はこの偽サンタが子供達にウィルス入りの菓子を配ることからスタートするのだ。……子供に嫌われてはどうしようもない。 と、カーンがゆっくりとジンベエに語りかけた。 「……大いなる魔力を持つ客人よ。貴殿は我々の計画を知っているようだ。……我らは貴殿の素性を詮索することはせぬ。……共闘せぬか。貴殿にとっても悪い話ではないはずだ。作戦終結の暁には、必ず貴殿の同行者を探し出し、元の世界に送り届けようぞ。」 「うむ……協力は全力でしようぞｖ異世界であるとはいえ、子供らは赤いご老人からのプレゼントを待っているものだからな♪」 ……あんたら、もうちょい、突っ込んで質問するとかないわけ？どうでもいいが双方思いっきり誤解してるから！それって問題大きいから！ 「して、どうやってちびっこにプレゼントを配るつもりであるのか？」 カクーシが３D映像を指差す。そこには地図が浮かび上がっていた。 「休日、都心の百貨店前で計画の要となる菓子を子供に配る予定なのだ。」 ジンベエは目を閉じ、首を横に振る。 「都心の百貨店にちびっこが集まると思うのであるか？……否、否である！嘆かわしい、嘆かわしいぞ!!週末にちびっこが最も多く集まるのは郊外の大規模ショッピングセンターに決まっているではないか！……して、貴殿らは手伝いサンタ殿の他にどのようなイベントを用意しているのであるか？」 「イベントの用意……？」 「うむ、赤いご老人がいるだけでちびっこ達は集まってくるものなのだ。しかし、ちびっこを赤いご老人のもとに導くには『宣伝』が必要であろ？赤いご老人はあちこち動かぬ方がよい。宣伝のために動く機動部隊が必要なのである。」 「？？？？？？」 「着ぐるみである！トナカイである！……貴殿、やる気があるのか？ううむ……世の理を知らぬ者には優しく教えねばならぬか。……案ずるな。私が詳細な計画を立てようぞ!!」 ……ジンベエ、あんたがわかっているとは思えんのだが。 「まずは、準備がなくとも取り掛かれるところからはじめようではないかｖまず、笑い方であるな！こう陽気に笑うのだ。「ほっほう!!」とな。 「ほっほう？」 カクーシとカーン＝シャークは顔を見合わせる。 「うむ。その笑いが人を幸せにするのだ。中々難しいのだぞ。腹筋を使い、体中に声を共鳴させ、空の高みに向かって「ほっほう！」とこのように笑うのだｖ私が手ほどきするゆえ、大船にのった気になってよいぞ!!……思えば我が艦で『サンタ週間』を設定したときには、笑い声が艦内に満ち、幸福な空気に皆が浸ったものだった。さあ！いざ！笑おうではないか！「ほっほう!!」 そして…… 「ほっほう!!」 ジンベエの陽気な笑い声と偽サンタの消極的な笑い声がそれから二時間の間続いたのであった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「ご馳走様。」 真一は両の掌の間に割り箸を挟み、食卓に向かって恭しく一礼した。テーブルの上には空になった大きなどんぶりが５つ。そして、他の一同があっけに取られる中、呉内 焔だけは目をキラキラと輝かせていた。 「すっげぇ！すっげぇよ！『三楽園』の『特製こってり豚骨特製ラーメンゴジラ盛りトッピング全部乗せ』を休みナシで完食できる奴がいるなんて！体のでっかい黄田でさえ、二杯完食が限界だっつーのにさ。なー、黄田、すげえよな。」 話を振られた黄田は頭を掻いた。 「確かに凄いです。自分はこの図体ですが、この人は細身ですし。……大丈夫ですか。腹、痛くないですか？」 慎一が答える前に焔がバシバシと慎一の背中を叩きながら大声を出す。 「ははは、大丈夫なのはこの人の様子みてりゃわかるだろー？なんかさー、『胃の中にブラックホールだ〜〜』みたいな？もしや、もしやさ、大食い界で名の知れたチャンプだったりして??サイン貰える？」 浮かれて喋り捲る焔の頭を蒼井がゴチンと殴った。 「なんだよ〜ッ!!」 「…………お前がリーダーかと思うとひたすら情けなくなってくる。……まあ……これで、確かに貴方が黒崎君ではないことは証明されましたね。」 横でリヒトが頷く。 「うん、確かにね。クロはむしろ小食な方だしね。しかし……」 純香も難しい顔をして頷き返す。いや、頷いているのは園子もマゼンタも黄田も同じだ。ありていに言って、焔以外は皆頷いている。 「何だよ〜！俺だけ仲間はずれってわけ？」 黄田が眉を下げた。 「そうではありませんが。でも、先輩。この人が黒崎さんでないことは証明されましたが、だったらこの人はどうして自分達やレンジャーベースのことを知っているのでしょうか。」 「あ。」 焔は馬鹿みたいに(←いや、『みたい』は余計か)、口をパカン、と開けて固まった。 「そうか、おかしいぞ、おかしいじゃないか。極秘事項をどうして知ってんだよ、この人。」 やれやれ、と園子とマゼンタがぴったり同じ動作でため息をついた。 それに慎一のため息が続いた。何をどう説明すればいいのやら。第一、この「宇宙警察スペースR」は慎一の住む世界では、子供向けテレビ番組として存在しているのだから。……そこのところの説明は避けるとしても…… 「説明しようにも荒唐無稽すぎてどこから説明したものか悩むところです。……第一、俺は、皆さんのことを直接知っている訳ではなくて、友人達が……ああ、駄目だ、ここでくるみや吉岡教授やナナのことを話しても……」 と、リヒトががしっと慎一の手を握った。 「君はナナちゃんの事を知っているのか!?」 「!?!?!?!?あ、ああ。」 「ナナちゃんがどういう姿をしているか説明してくれ。」 「……ナナは小さくて。」 「うん、確かに小さい。」 「……語尾を伸ばす癖があって。」 「うん、あの、伸ばし加減が、とぉっても可愛いんだよね(^o^)ｖ」 「それで……羽根が生えていて。中華料理とコーラが大好きで……」 リヒトは握った手をぶんぶんと振った。 「皆、この人はいい人だ！」 蒼井が眉をしかめる。 「リヒト、何の根拠が？」 「ナナちゃんが見える人に悪人はいないよ！」 全員盛大にコケたが、気を取り直す。確かに、ナナちゃんが見える人間は心の清い人間である。この石黒という人間がナナの知り合いならば、リヒトの言うように悪い奴ではないだろう。 蒼井がメタルフレームの眼鏡にすっと手をやった。 「我々はあなたを信用することにしましょう。詳しい話をお聞かせ下さい。」 「…………ただ、俺もいきなりここに飛ばされたもので、……連れがいたのですが……ここには居ないようですね。」 「同行者が？どのような人なのですか。あなたと同じように白衣を着ているのですか。」 「いや……裏が真紅の紫紺のマントを羽織って紫紺のブーツに紫紺の服、髪も紫紺で胸に真紅の薔薇、手にはシルクの白手袋の俺位の年の男で……しかも宇宙人で魔獣召還能力を持っていて……」 …………………………間………………………… 沈黙を破ったのは焔だった。 「あのさ、悪いんだけど、俺、どうしても、その人、『新怪人』にしか思えないんだけど。 ……確かにな。箇条書きの説明だけ聞くと怪しさ全開だったりするなぁ。いや、じかに会ってもそれはそれで十分顎が十回は落とせる程のインパクトを奴は持っているけれど。……そして、戦隊モノの番組中期以降に出てきそうな癖の強い美形の敵パターンだったりするな。『紫』というかなり謎な色彩がこれまた敵か味方か謎めいてマンネリに陥りがちな番組のカンフル剤っぽくなったりするキャラだな。 「………反論できない……」 ぼそりと慎一が呟くと、黄田がわたわたと手を振った。 「とにかく、その方、行方不明なんですよね。ならば、警察官である自分達には探す義務があります。」 確かに。 「……よし、その人物の確保を急ぐぞ！マゼンタ、魔力の検知を頼む。」 「蒼井様ｖ任せてｖ」 「だ〜か〜ら〜蒼井、俺がリーダーなんだってば！勝手に仕切るなよッ!!」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ さて、翌日である。ここは郊外の住宅街に程近い巨大ショッピングセンター。センター前では典型的なトナカイの着ぐるみを纏った下っ端戦闘員達がジンベエ直伝の『トナカイダンス』を踊っていた。踊りながら(俺達どうして踊ってるんだろなあ)とか(どうして着ぐるみなんだろうなあ)とか思わないでもなかったけれど、ちびっこ達がきゃあきゃあ言いながら握手を求めてきたりすると何だか嬉しくなってしまうあたり、まだまだ悪に染まりきっていないことを露呈していたりする。 トナカイ達が踊りながら向かった先は噴水のある広場だった。デン、とそりに座った偽サンタの隣では、先程からジンベエがジャグリングの妙技を披露しており、既に人だかりができている。そこにトナカイが到着し…… 「ほっほう!!メーリークリスマス！」 偽サンタが陽気に笑い、大きな白い袋の中から、クッキーのような菓子を配り始めた。歓声をあげ、お礼をサンタに言ってから早速かぶりつく子供達。わが子の笑顔に目を細める親達。 「うむ、善き哉、善き哉。クリスマスとはこうでなくてはいかん。」 ジャグリングをやめたジンベエはハタハタとマントをはためかせる。と、彼の鼻腔は風に乗った甘い香りを感知した。……これは……やけに甘い香りだ。一体、どこから…… 高い鼻梁を心持ち上に上げ、ジンベエはその香りの方にふらふらと漂うように歩いていった。 通りを一本入ったところからその甘ったるい香りはやってきていた。そこにあったのは小さなケーキ屋。しかし、クリスマス間近だというのに、そのシャッターは半分閉められていた。 「……？これでは甘味を購入しにくる客人が店に入れぬではないか。……これだけの香りがするのだ。菓子を作っているのは確実であろ？む、もしや菓子職人が倒れでもしたのか!?」 ジンベエは屈んでシャッターをくぐると、店内に入った。……本来、ケーキが並べられているはずのガラスケースは空っぽで、しかし、強烈な甘い香りが充満している。 「店主よ。如何した？留守か？無用心であろ？」 しかし、返事はなく、何か妙な物音……すすり泣くような声が聞こえてきた。好奇心に背中を押されて店に続く調理場に入ると、顔を涙でぐしゃぐしゃにしたパティシエの白衣を身につけた青年が床に座り込んで居た。 「……貴殿、何をさめざめと泣いておる？」 マントを翻し颯爽と入ってきたジンベエに青年は怯えた。いや、怯えるのが普通の反応だろう。ジンベエはじいっと青年を見つめている。何か答えなければ何かされる、そう思った青年はしどろもどろであったがとにかく答えた。 「ケーキを失敗しちゃったんです。」 「失敗？失敗とな？貴殿、この店のパティシェであろ？いかような失敗をしたというのだ？」 「ぼ、僕は製菓学校を出たばっかりで……店の主人は父さんなんです。でも、父さん、昨日心臓発作で倒れちゃって……でも、クリスマスケーキを予約したお客さんが何人もいらして、だから僕がまだまだ未熟だけれどスポンジを焼いたんです。まとめて焼いて、あとから一編にデコレーションするはずで……でも、間違えちゃったんです。砂糖が多すぎて甘すぎて、これじゃ全然駄目なんです。」 作業台の上には、青年が一部を崩したらしいスポンジケーキが置いてあった。 「あれか……ふむ。」 小さな欠片を上品に摘み、ジンベエはそれを口に運んで目を瞑って噛み締めた。そして、青年を一喝した。 「これのどこが甘すぎるというのだ！最大許容甘味にはまだほど遠い！」 ……紅茶に角砂糖６個以上入れるあんたの最大許容甘味はきっと砂糖のじか食いじゃろうて。 「ひ、ひええええええ？そんな、こんなだだ甘のスポンジで作ったケーキ、誰も食べてくれないです。」 ジンベエは尚も眦を上げ、腕を組んだ。 「だだ甘とな？貴殿、甘味というものを違えてはおらぬか。……甘味とは幸せの味覚である。口に含むだけで笑顔をもたらす魔法を内在しているのだ。この糖分に溢れた幸せ満載のケーキが失敗とな？……もしも世界から砂糖が失われてしまったら、どうやって我らは甘味をつけられるというのだ。貴殿はチョコバナナを失敗菓子というのか？アーモンドと砂糖の理想的婚姻であるマジパンを否定するのか？浅草寺境内で職人が鮮やかな手つきで仕上げるカルメ焼きを食する者は愚かだというのか？雲の姿を写したワタアメなどこの世界から消えてしまえばよいと思うのか。」 「そ、そこまでは言いませんけれど、でも、あ、あのぅ、やっぱり甘すぎるものは……もう、このスポンジは捨てるしか……」 「……古来より、よく言うではないか。『毒は毒を持って制すべし』『泣きっ面に蜂』『恥の上塗り』」 ジンベエ、あんた、それ、なんか、絶対、違うから!!……ほーら、きょとんとして何がなんだかわからなくなってるってば。 「……確かにこのスポンジに生クリームを塗るとすれば、クリームの甘味がケーキに負けてしまうであろう。……しかし、この甘味溢れる菓子を廃棄するなどとんでもない。このスポンジを上回る甘味ならば……」 ジンベエは台の上にあった瓶からマーマレードをたっぷりとスポンジの上に塗りつけると、その上から、傍らのチョコレートソースをかけ、青年に差し出した。……鼻先に差し出されて拒否するわけにはできず、目を瞑ってぱくりと頬張る。 「！」 確かに甘い、甘いが……甘いスポンジに甘いがほろ苦さも持ったチョコソース、そしてその間を埋めるマーマレードは普通の使い方では主として甘さを感じるが、今はフルーティーな爽やかさをより強く感じる。クリスマスケーキには無理だが、お菓子としては十分通用する。この人は……いきなりやってきて甘味を礼賛し……一体何者なのだろう。 「あの、貴方は一体。」 「うむ。苦しゅうない。……通りすがりの愛と美と甘味の伝道者であるｖ」 ……相変わらずあんたはなんだか偉そうだねえ。 「さ、手伝うゆえにこのスポンジに新たな命を吹き込もうではないか!!」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ……というような会話が成されている最中、ショッピングセンター前には緊張が走っていた。偽サンタとトナカイの着ぐるみを着たままのダーマ下っ端戦闘員の皆さんに対峙するのはスペースRの面々と慎一である。……ちびっこの保護者の皆さん達は、「サンタさん＋戦隊ショー」のノリで随分楽しそうにシャメなどとっていたりするのだが……と、そこにすっとカクーシが現れた。 「おやおや、貴方達はまた私達を邪魔しようというのですか？褒めて差し上げましょう、このサンタとトナカイが私達の計画を実行するためのカモフラージュだということに気付くとは思いませんでしたよ。」 焔……レッドは叫んだ。 「ええええええっ!?このサンタさん、お前達んとこの奴だったなの!?」 気付や、焔。ほら、下っ端の皆さんは着ぐるみを脱ぎ始めたぞ。 「えーっと、いや、俺達は人探しをしているんだ。マゼンタの奴が魔力感知して、更に、俺の知り合いがtwitterで『ショッピングセンターであらゆる意味で凄い紫色のイケメンがジャグリングしてる』って言ってたんで……お前ら、紫色づくめのイケメン知らねえか。」 カクーシの目がすうっと細くなる。 「ほう……知っていたらどうだというのです。」 「……それは俺達のところに来た人の知り合いだからな。」 慎一が、最後列からひょい、と伸び上がってみせた。その姿を見たカクーシは慎一を指差し、金切り声をあげた。 「貴様、黒崎 漸!?ダーマ一族の恥さらしめ！……そうか、あのジンベエとかいう男、お前達の仲間だったのか。……まあいい、漸よ、今、ここでレンジャーもろともお前を葬ってやろうぞ!!」 「えーと、俺も黒崎さんと間違えてたんだけどさ、この人は違うんだ。なんてったって三楽苑のコジラ盛り全部乗せをだな……」 レッドの説明が終わらないうちに下っ端戦闘員が飛び掛って来たが、彼らなど、物語の中盤も経過してレベルの上がっているスペースRの敵ではない。ピンクの華麗なロッドさばき、グリーンの投げたカプセル、それらをすり抜けてやってきた雑魚はイエローがえいやあっとブン投げる。ジリ、とカクーシに詰め寄るスペースRの前でカクーシはくっくっくと笑った。 「さあ、パーティーはこれからです。私達の『クリスマスウィルス作戦』、ゆっくりと味わって下されば幸い。さぁ、私の作った可愛いウィルスよ、今こそお前達がはたらくときがやってきました。目覚めなさい!!」 カクーシが、建物の中に逃げ込んでいた子供達に向かってワンドを振ると、子供達はうつろな目をし、止めようとする親達を物凄い力で振り払い、スペースRに向かって歩いてくる。 「さあ、どうしました？戦いますか？私達に操られているだけの無垢な子供達をあなた達は傷つけられますか？くっくっく、できませんよね？あーっはっは!!面白い、面白いですよ。」 子供達に囲まれるスペースR達。……説明しよう！菓子に仕込まれた特殊ウィルスはカクーシの魔力によって一斉に活性化し、よい子のみんなをダーマの僕(しもべ)にしてしまったのだ!!イエローが慎一の前に出てガードし、マゼンタが魔力でバリアをはりやりすごす……そして暴徒と化した子供達の背後からしずしずとカクーシが歩み出た。 「それでは私自らプレゼントを皆さんに贈りましょうかね。……出でよ！ダーマ一族の守護神よ！」 ゴゴゴゴゴゴ……と地鳴りがして現れる巨大ロボ……うわあ、巨大ロボ、初出だよ。でも、これもまた、戦隊モノのお約束。 「うわ、でかッ!!」 「……一切の物理法則を無視したような存在だな。」 「でも、ああやって動いてるっていうのは凄いなぁ。」 「動力は一体何を使ってるのかしらｖ」 「ただでかいだけの鉄の塊ですわねッ!!ちっとも美しくありませんわッ。」 そして、ここで、最も実際的な意見を口にしたのはイエローであった。 「先輩方、あんなのとどうやって戦うっていうんですか？」 因みに、スペースRは巨大ロボを所有してはいない。極秘裏に開発している、ということもない。実は前回吉岡教授が迷い込んだときに『いつかは使うことになるぢゃろう!!』なんて置き土産としてレンジャーベースに隠しておいたなんてぇことも全くない。 だったら、どうやって戦うのよ。敵に巨大ロボがあったら、こっちだって巨大ロボは必須でしょ!?やっぱり変形合体でしょ？三段変形とかやっちゃいましょうよ。え、駄目？ そんなこんなで緊張感が高まりまくる中、陽気にやってきたのはジンベエだったりする。 「ジンベエ！無事だったか？」 「む！ああ、慎一ではないか。再会できて嬉しいぞ！ハレルヤ！……バイキングに行けなくて残念であったな。いつかこの埋め合わせはきっと……おお、これはまた随分と巨大なロボットであるな!!」 その感想は事実を客観的に述べているのは確かであるが、この場での的確な感想とはとてもじゃないが言えないぞ。 「ん？ならばどのような感想ならば的確と言えるのであろう。」 普通、驚愕するでしょうが、馬鹿でかいものがいきなりぬうっと出てきたりしたら。 「むむう……山ほど大きな魔獣ならば今まで何度も見てきたのでな。そして、魔獣というものは、召還と同時にぬうっと出てくるものであるのだぞｖ」 はいはいはいはい、一先ず地の文で会話するのは辞めておくれね。書いている方も訳がわからなくなるから。 カクーシはジンベエを睨む。 「客人よ。どこに行っていたのだ。」 「いや、ちょっとな。それよりもこの菓子を見るがいい!!」 右手に持った大きな白い袋を振ってみせる。左手はケーキ家の息子の右手をしっかと握っている。彼の左手には最後の仕上げに使った粉砂糖の大袋が握られたままだ。 「渾身の力を込めた菓子なのである。この若きパティシエのスポンジケーキをベースとした自信作なのだぞ!!」 カクーシは笑う。 「菓子、か。……時に客人、客人にもサンタより菓子を渡した筈だが、あれは食べてくれてはいないのだろうか。」 ジンベエは目を丸くした。 「これはしたり。……折角の贈り物を未だ食していなかったぞ。」 ごそ、とジンベエは胸ポケットから魔法のように菓子を取り出した。そしてパク、と上品に一口齧る。そして、俯いて口を押さえ地面に崩れ落ちた。た。カクーシが笑う。 「はっはっは!!貴様も我がウィルスの餌食となるがいい!!そして、貴様の強大な魔力をダーマの為に使う下僕となるがいいぞ!!」 ジンベエはゆらぁ、と立ち上がり、キッとカクーシを見据える。 「…………こ、このような菓子を、子供らに配るとは……」 こ、このような？え？ばれた？ばれたの??なんで、なんで？それにどうしてこいつはウィルスの影響を受けないの？ 頭からクエスチョンマークを発散させるカクーシの前に、ジンベエは齧りかけの菓子を突きつける。 「このような甘いのか甘くないのか首をひねりたくなるようなものを配るとは何事か!?」 「いやいやいやいや、今は子供といえど甘さ控えめが受けているとの報告を部下より受け取り……」 「……今、何が流行りか、などということを言っているのではない!!子供らに贈る贈り物には善きものでなくてはならぬ。…………あの子供らを見るがいい、甘味に飢えた哀しい目を!!」 それ、甘味に飢えてるのと違うから。ウィルスにやられてるんだから。 「子らよ！この菓子を改めて贈る。さあ、受け取って食すがよい。」 紫紺のマントを翻し、ジンベエはテレポートしてイエローの前方に出現した。おお、今回は失敗テレポートしなかった。見事見事。満面に笑みを浮かべつつ、光の速さでだだ甘スポンジケーキマーマレードサンドスィートチョコレートコーティング粉砂糖かけというまっこと正統派だだ甘菓子をぽいぽいと子供達の小さな口に放り込んだ。と、なんと！スペースRに攻撃を加えていた子供達は目に光が戻り、あれぇ、というように顔を見合わせている。 「ど、ど、どうした!?何故正気に戻ってしまった!?」 「うわああああああ！」 ケーキ屋の息子の悲鳴が響く。こともあろうに偽サンタが彼に襲い掛かっていた。逃れようとしたパティシエは手をバタバタさせ、左手に握った粉砂糖の袋が破け…… サンタは溶けました。 「「「「「「「「は？」」」」」」」」 だから、溶けちゃったんだってば。 「「「「「「「「は？」」」」」」」」 …………某古典SFでは、海水で溶ける敵がいたじゃあないの。砂糖で溶ける敵が居たっていいじゃないの！説明しよう！偽サンタもウィルスもカクーシの魔力によってつくられたもの。高濃度の砂糖が弱点という共通点があったのである！そして、ジンベエの胃は、何でも即座に消化できる魔法の胃であると同時に常に高濃度の砂糖で満たされているため、ウィルスの影響を受けなかったのであった。 「そうか、やはり、甘味とは最強の切り札であるのだな!!」 おお、ジンベエが高笑いしている。完全無欠の高笑いだ。 そして、慎一以外は全員目が点だよ。……石黒 慎一あんた、なんでそんなに冷静でいられるの。 「……いや、なんか耐性ができた。」 ……そりゃあできるだろうな。(しみじみ) 「あの……」 なんじゃい、イエロー。 「あの……子供達は助かりましたが、その他の状況はあまり変わっていないのですが。」 そうだったよ！巨大ロボだよ！巨大ロボ!!! この状況を打開するには…… 「む、我が魔獣召還の魔法を所望か？」 所望しない、所望しないから!!巨大ロボと張り合えるような巨大魔獣の召還はやめて！『紫色の怪人、召還術で街を破壊』なんての、駄目だから！ ならば、どうするのさ。 そこに、いきなり轟音が轟いた。巨大ロボは片足を失っていた。 「なんだかわかんないけど、必殺技で完全撃破するぞ！いくぜ!!」 「スペースRレインボーシュートッ！」 ああ、教授が開発した必殺技は見事に機能しているのだね!!巨大ロボは全壊し、カクーシはお約束通りに『覚えてろー！』という捨て台詞と共に消えていったよ！ そして、ショッピングセンター前の広場には、まだ見事に煙を出している対戦車バズーカを担いでいる人影が…… 「おお、ブルー♪奇遇だな、この世界で出会えるとは。」 我らが副官はバズーカを下ろし、ふう、とふかーく息をついた。 「ジン様。奇遇、ではありません。ジン様が行方知れずとなったためにお探ししておりました。あの吉岡教授の秘密基地で足取りが途絶え……おそらくここに飛ばされたのではないかとのことでしたので、私が……」 有能な副官が再びふ〜う、と息をつく。飛ばされてみれば、上司は菓子が入った袋を振り回しており、戦隊な人々がおり、怪人らしき人物がおり、そして極めつけの巨大ロボ……彼はおそるおそる戦隊のリーダーと思われる人物……変身を解いた蒼井に問うた。 「あの……私はジンベエ様の副官、ブルーと申します。ジン様が何かご迷惑をおかけしたのではないでしょうか。」 「いや……むしろ彼は我々の大きな助けとなってくれた。そして、貴方が我々を救ってくれた。あなたがたに感謝します。」 うわー、この人ブルーかよ。うちのブルーよりガタイがすげーいい！という焔を蒼井は裏拳でぴしゃっとやった。 「そうですか……それをお聞きして安心しました。さあ、ジン様、帰りましょう。艦の皆が待っております。慎一殿もくるみ殿たちが心配していますよ。」 ジンベエはうむ、と頷き……いや、何か忘れていないだろうか。何か……何か成すべきことがありそうだ。 ジンベエはタタタ。と走っていって、ケーキ屋の息子の手をとった。 「ケーキの予約はいくつ入っていたのであったか？」 「……50です。」 「おお、それくらいならどうとでもなる。さあ、ブルー、帰るぞ、忙しくなる。」 といいつつ、ジンベエは手を握ったままだった。 「は？その青年は？」 ジンベエはにっこりと微笑んだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 青年を伴ってギャラクティックジョーズに戻ったジンベエは、館内のパティシエ達を総動員して50台のクリスマスケーキを完成させ、異世界のケーキ店へと贈った。青年の父親は幸いなことにすぐに職場復帰でき、青年はジンベエにスカウトされ、ギャラクティックジョーズ内厨房で修行中である。後に「甘味王」とジンベエに呼ばれ、修行が終わって後、異世界で指折りの菓子職人に成長することを彼はまだ予想だにしていない。 そして…… 「今日は金曜であったなｖパティシエ達に伝えてくれ。『今日はどのように驚かせてくれるのか、楽しみにしている』と。」 ケーキバイキングに行けなかった悔しさから、ギャラクティックジョーズでは毎週一度のデザートバイキングが開催され、乗員一同舌鼓を打っている。 そして…… キャラメルチョコレートプリンをペロリと完食したジンベエが目をこすった。見れば目が充血している。ブルーは知っている。あの世界から帰って以来、ジンベエが黙々と戦隊モノのDVDを鑑賞しまくっていることを。そして、なにか楽しいことを思いついたらしくとてつもない何かを準備するためにあれこれ暗躍していることを。 「ブルーよ、今年のクリスマスはよいクリスマスであったな！彼らとの邂逅は我が人生に大きな刺激を与えてくれたぞ!!」 満足げに笑うジンベエの傍らで、 ブルーは胃のあたりを片手で押さえるのであった。 ひとまずは、メリークリスマス!! |
| またまたまさかの二年越し完結です。今回はひたすらドタバタでしっとり感がなくてすみません。 教授の発明品はかなり改良が加えられて、あっちの世界とそれなりの行き来ができるようになってきました……スペースRに「パープル」が加わる日がくるのかもしれません。こうなると、誰が一番不幸になるかというと、やはり我らが副官だと思います… |
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