ジンベエとスイカ

　ある夏の暑い朝、ギャラクティックジョーズのエアロックに、ごろんと特大級のスイカが転がっていた。
宇宙空間を疾走する戦艦ギャラクティックジョーズ内が暑いはずはなかろう、と侮ってはいけない。四季の移ろいを愛する某司令官は艦内の共有スペースを夏気候に調節し、真夏日もあれば、セミも飛ぶ空間を出現させた。ミンミンゼミの季節は過ぎ、ツクツクホウシが今は鳴き、
（ああ、もう夏休みも終わりだ。宿題どうしよう！）
と小学生諸君が涙をこぼす今日この頃なのである。レクリェーションスペースでは金魚うりや風鈴売りのおやじさんが自転車で通り、屋台の“あいすくりん”やかき氷、そしてあの感動すら覚える九州の“白熊”を10アイテムトッピングで食べさせてくれる店も出現している。

　しかし・・・実はまだ、ジンベエはスイカというものを意外なことにも知らなかったのである。

　第一発見者である、一等航海士（←不眠症のあの人）は、上司に連絡し、それは艦長であり司令官であるジンベエの耳にもはいった。

　それを受け、司令官は早速に“緑の指を持つ男”ことゴン爺さんにミッションを与え、この植物の実と思われる物体を鑑定させた。



　「これは、瓜の一種ですな。我が母星にはない植物ですが、危険はありますまい。」

　それを受け、司令官は、あらたなミッションを防疫担当技官に与えた。技官はへたの部分を少しだけ削り取り、分析して言った。

　「我々にとって毒物となる成分はありません。むしろ身体にとって有益かと。」

　それを受け、司令官は新たなミッションをシェフに与えた。
　シェフは逆に問うた。

　「ジン様、どのように料理いたしましょう。」

　するとジンベエは胸につけた深紅の薔薇を手に取り、うっとりとその香りを嗅いでから言った。

　「今でも思い出す・・・・上野東天紅のとうがんスープ・・・あのさっぱりとした食感、舌触り、何をとっても素晴らしきものであった。うむ。では早速スープに・・・」

　（え、煮るんですか？スイカを？）

　「む、いずこからか天の声が聞こえたぞ。・・・煮てはいかんのか。確かとうがんとは冬の瓜（冬瓜）と漢字で書いたぞ。同じ瓜なら調理法も同じで良いではないか。」

　（そりゃ、冬瓜は煮て食いますけどね。瓜にもいろいろありまして…）

　「む？スイカはどのように書くのだ？」

　（ええっとスイカは西の瓜ですね西瓜。）

　「では南の瓜は何であるのか？」

　（ええっと南の瓜はかぼちゃ（南瓜）ですよ。）

　「・・・・・・管理人よ。私を試みているのか。かぼちゃもスープで食したぞ。・・・・あの甘味。無骨な外見から予想もつかぬ滑らかな黄色の液体が生クリームと奏でるハーモニー。」

　（でも！西瓜は違うんですよ！）

　「南がかぼちゃならば北や東はないのか？冬があるなら春夏秋はないのか？」

　（・・・・たぶん、たぶんですが、ないですよ！）

　ジンベエは片手で顔を覆った。

　「アシメトリックな美も世界に存在することはわかるが、西があって東がなく、南があって北がなく、冬があって春夏秋がないとは！・・・・嘆かわしい・・・嘆かわしいぞ。それとも私が知らない間に言葉狩りでも行われたのであるか？」

　（いや、そんなことはないですが。）

　「では他にどのような瓜が食用になるのだ。」

　（ええっと。・・・・へちまも若いうちは油炒めなんかにしますが、）

　「ぬうッ！ヘチマ・・・・私は小学生の諸君と共に食することなく彼の瓜の繊維のみを取り出して浴用に使用していたが、・・・食することができるのであったか。・・・・許せよ、ヘチマ。」

　（有効活用しているなら謝る必要もないですが。ええっと他にはゴーヤーとか、あ、そう、キュウリ、キュウリが瓜ですよ！生で食べるでしょ。西瓜も胡瓜と同じに生で食べるんですよ！）

　「うむ・・・・胡瓜か。・・・・・あれは奥深き食材であるな。…味噌をつけて食べるのも美味であるが、味噌汁とするのも一興。しかしながら、私が最も愛するのは、糠漬けとして食すること・・・・古漬けはまた格別！細かく刻んで味の素を新雪が山肌を覆うが如く存分にふりかけ、花びらに落とすキスのように醤油をたら、と落とすのである！・・・・・・・ああ、なんとしたことか！その西瓜は我が艦が誇る糠床に入りきらぬ！今より新たに糠床を作るとしても馴染むまで何日かかろうか！切断して漬けるという選択もあるが、・・・・いや、私にとってそれは邪道だ！皮より内部にしみこんでこそ、糠漬けの味は最大限に発揮される。どうすれば、どうすればよいのだ！」

　（ええっと、だから、西瓜は果物扱いですから、そのまま良く冷やして食べちゃえばいいんですよ。あ、ジンベエ顔を上げた。）

　「果物であったのか！ならば先にそう言うがよかろうが？」

　（・・・・・・言わせなかったんでしょうが。）

　ジンベエはマントを翻しわはは、と笑った。

　「問題は解決した！これより私がこの西瓜を食してみる。！では、しばしの間、失礼する！」









　それからしばらくして、ブルーは難しい顔をしているジンベエに呼び出された。

　「ジン様、何か御用でしょうか。」

　「うむ。・・・・先程の西瓜の食し方なのだが、どうにも間違っているような気がしてならぬ。」

　「・・・・・とおっしゃいますと？」

　「・・・・・・・・よく冷やし、食したところ、非常に美味であったのだが、わが衣装に大きなダメージを与えた。」

　見れば、マントに染みがみえなくもない。

　「故に、正しい食し方を調べて欲しいのだ。特殊な食べ方があるはずである。」

　「参考までに、ジン様がどのように召し上がったのかお聞かせねがいますでしょうか。」

　ジンベエはぽかんと、その紫色の瞳を見開いた。

　「何をわかりきったことを。丸い果実といえば、皮を剥いて丸齧りということに決まっている。・・・・どうにも持ちにくく、果汁が落下してきてな。同じような不自由を以前メロンにおいても味わったのであるがこれほど酷くはなかったぞ。食べ進むにしたがってどんどん甘くなり非常に嬉しかったのであるが。」

　ブルーは顎を落とした。その壮絶な食べ方以上に、あの大きな果実を一人で食べきったというそのことに。

　「ん、どうした、ブルー。」

　「いえ、何も。・・・食べ方を調べましたらどういたしましょうか。」

　「うむ。西瓜を用意し、ここに持参してくれ。正式なマナーに則って食してみようではないか♪」


　ブルーは顎を落としたまま、退出した。副官直属シークレット部隊は地球降下作戦をすぐさま決行し、伝統に則った西瓜の食し方をレポートにまとめ、「刈谷さんちのびっくり甘甘有機西瓜」を20箱ギャラクティックジョーズへと宅急便で急ぎ送ったのであった。


　ギャラクティックジョーズ内で西瓜割りが爆発的に流行し、競技として公式ルールも作られたのはそれからわずか３日後のことであったという。
　
副官直属シークレットチームも何か間違ったようです
ジンベエは果物そのものよりも手を加えたものの方が好きな気がします。
因みに、私はメロンならば丸のまんま皮を剥いたことがあります（プリンスメロンでしたが）

戻ります