ありがとう

　「冬海ちゃん!!」

　火原が大きく手を振ると、音楽科の制服を身につけた生徒達と楽しそうに話していた冬海は声に反応して首を巡らせた。冬海を囲んで喋っていた友人達が、火原たちを指差し、そっと冬海の背を押して送り出す。演奏時の衣装から私服に着替えた冬海は、一度友人達に向かって手を振り、たたた、と、アンサンブルのメンバーだった者たちが待つところに小走りに走っていった。

　「皆さん、聴きに来て下さって有難うございます。」

　いつもと変わらぬおっとりした小さな声だが、彼女の声は喜びに溢れている。冬海は先程、この会場で行われていた音楽コンクールのクラリネット部門で優勝したのだった。それほど大きなコンクールではないが、課題曲が冬海の大好きな曲であり、引っ込み思案な冬海がエントリーしようかどうかを香穂子たちに相談し、思い切って申し込み、懸命に練習して勝ち取ったものだった。

　丁寧に腰を折ってお辞儀をする冬海に火原が笑う。

　「冬海ちゃん、そんなにかしこまらなくたっていいよ。いや、とってもステキな演奏だったよ！優勝オメデトウ！あっちの連中はみんなオケ部だよね？」

　「はい、木管パートの人たちと、部長さんたちと、あと何人か皆で聞きに来てくれて……」

　彼女が一年のときに行われた校内セレクションでは、彼女はいつも一人だった。友達がいない、というわけではなかったはずだのに、出場する前に楽屋に行くときも、楽屋から外に出るときも、いつもポツンと一人ぼっちだった。……それが、今はなんて沢山の人たちに囲まれているのだろう。火原は感慨ぶかそうにうん、うん、うんと何度か頷いてみせた。

　「私、優勝したなんて夢みたいです……まだ膝が震えて……」

　柚木が穏やかな声で言う。

　「冬海さんの実力が出せれば、優勝は間違いないと僕は思っていたけれどね。……間奏部分で、伴奏の土浦君のピアノが鳴りすぎて悪目立ちするんじゃないかってそこだけが心配だったかな。」

　頼まれてピアノを弾いていた土浦が咳き込んだ。確かに自分の伴奏は鳴り過ぎる傾向があった。柚木に言われると、おだやかな物言いなのにぐさりと胸につきささる。咳き込む土浦の背を加地が軽くさする。

　「冬海さんの良さがそのまま音になったような演奏だったと僕は思うよ。聞いていて、音に安心して心を委ねられた。そんなとても気持ちの良い演奏だったね。」

　隣で土浦も言う。

　「ああ、俺も伴奏させて貰って、良かった。いい演奏の手伝いができて嬉しいよ。」

　人は褒められると気持ちが大きくなってふんぞりかえる傾向があるが、褒められて冬海は逆に俯く。

　「あの……みなさんのお陰です。伴奏していただいた土浦先輩にはもちろん、みなさんから曲想についていろいろとアドバイスしていただきましたし、何より、不安が先にたってしまって音楽に向き合うのを怖がっていた私を叱ったり、助言したりして下さったこと、本当に有難うございました。」

　香穂子が、ううん、私達はお手伝いしたかもしれないけれど、冬海ちゃんが頑張ったからだよ。と優しく言うと、冬海はますます俯いた。と、天羽が突然声をあげた。

　「おお～。メールとうちゃ～～く。ホラ、冬海ちゃん、見てご覧よ。ウィーンの月森君に優勝の報告をしたらすぐに返事が来たよ。“冬海さん、おめでとう。帰国したときに、演奏を聞かせて欲しい”ですって。ほら～ほらほらほら～。」

　天羽からケータイを受け取り、月森からのメールを見ると冬海はまた恥ずかしそうに俯いた。火原があ、そうだ、というようにパン、と1つ手を打った。

　「ねー、皆、冬海ちゃんの祝勝会をやろうよ。今日はさすがに冬海ちゃんは家にこのまま帰るよね。えーっと、俺、セッティングするから皆の都合のいい日、教えて？」

　火原が陽気に騒ぐ中、加地が少し離れたところに佇む二人組を見つけ……しばらく様子を見てから土浦と香穂子に目で合図をした。それに気付いた天羽も二人を見つけ……そのうちの一人に対して複雑な表情をした。それは冬海のクラスメートだった。二人のうち、小柄な鈴木という生徒は、冬海と仲がよく、ここにくることは不思議ではなかったが、問題はもう一人だった。海野寿々……去年までは何かにつけて、冬海にちょっかいを出し、楽譜を盗んで隠してみたり、「何故あんたなんかがセレクションに出場できるの」と悪し様に言い放ったりしていた相手だったからだ。確か、“あんな風に言われたのは私に弱いところがあったからですし、音楽が私を守ってくれるし、もう大丈夫です”、と冬海は言っていたが……

　じっと、こちらの話が終わるのを待っているらしい二人組を香穂子はしばらく見ていたが、冬海の耳に小さく囁いてその存在を知らせた。冬海は、黒目がちの目を少しだけ大きくしたが、特に顔色を変えることもなく、二人のもとに走っていった。

　「冬海ちゃん、おめでとう！」

　高１のときから親しくしていた鈴木が冬海の手をとる。

　「ありがとう。」

　「ううん、本当におめでとう!!」

その横で、寿々が、まるで不機嫌な顔をするのが自分の義務だというようにしかめっ面をしていた。

　「ほら、寿々ちゃん。」

　寿々の横っ腹を鈴木が肘でつつく。と、寿々は鞄から小さなものを取り出した。丸いガラス球中に、ドライフラワーを飾りつけたものだった。薄いピンクに青、そして白の花をブーケのように配置して赤いリボンで可愛らしく飾り付けた花は、冬海のイメージに良く合っていた。

　「これ、私に？」

　押し付けられるようにして掌にドライフラワーを載せられた冬海はじっと花を見る。鈴木が頷く。

　「笙子ちゃんが教えてくれたドライフラワーの素材を売っているお店でいろいろ買ってきて、私と寿々ちゃんで、優勝祝いのために作ってきたの。」

　「え……だって……私、優勝できるかどうかなんてわからなかったのに。」

　戸惑う冬海に、鈴木はくすっと笑ってみせる。

　「寿々ちゃんがね、笙子ちゃんは絶対に優勝するって。絶対だって。」

　相変わらず不機嫌な顔を寿々は続けている。が、それはちょっと無理をしているように見えた。こちらを見つめている冬海と視線を合わせようとはせず、寿々はつんと澄ました声で言った。

　「よく聞いてたらわかることじゃない。……あなたの音楽はどんどんステキになっていっていたんだもの。……普通に考えて、優勝しないわけがないじゃないの。」

　冬海は、びっくりしたように口をＯ(オー)の字にしたが、すぐに目を細めてにっこり微笑み、ドライフラワーの入ったガラス球を胸に抱くようにした。

　「ありがとう、寿々ちゃん。」

　寿々はやはりそっぽを向いている。

　「私、あなたにありがとう、なんて感謝されるような事、何もやっていないわ。……私に感謝をする前に、あなたの一番の相棒に感謝をしたほうがいいんじゃない？」

　のろのろと寿々が冬海の方を向く。だが、視線を合わせたわけではない。寿々の目は、冬海が下げているクラリネットのケースに注がれていた。

　「あなたの音楽を作ってくれた一番の友達に感謝しなけりゃ。」

　と、冬海はクラリネットケースを大切に左腕に抱え、右手でガラス球を持ったまま、寿々をぎゅっと抱きしめてきた。

　「！！！」

　声にならない声を寿々はあげた。

　冬海は、小さな、でもしっかりした声で言う。

　「クラリネットは大切なお友達だけれど……私がクラリネットをいくら吹いても、そこに聞いてくれる人がいないと、音楽は私の中で止まってしまう。聞いてくれる人がいて、初めて音楽は流れていくの。そして、私を支えてくれる人がいてくれるから、私は音楽を続けていけるの。私も、私のクラリネットも、感謝してる。だって、寿々ちゃんはいつも私の音を聞いていてくれたもの。」

　寿々より背の小さいはずの冬海が、今は大きく見えた。冬海はいつもおどおどしていて見ているだけでイライラしていたはずなのに、今、ゆったりと抱きとめてくれているのは冬海で、少し震えているのは寿々自身だった。何がなんだかわからなくなって、自分でもわからないうちに流れてきた涙を拭うために袖口で拭う。しかし、寿々を抱いている冬海には、それは全く見えていないのだろう。様子を見守っていた鈴木が、片方の手を冬海の肩に置き、もう一方の手で寿々の震えている手を握った。

　「寿々ちゃん。本当にありがとう。」

　涙を拭い終わった寿々が、冬海の声にコクリ、と一度頷いた。

　志水は三人の方をずっと見ていたが、目を閉じてリズムを取るようにゆっくりと首を左右に振り始めた。彼の頭の中には、新しいメロディーが生まれ、美しい和音を重ねているのだろう。しばらくしてぱっちりと目をあけた志水は、ぽつり、と言った。

　「僕もあそこに混ざってはいけないでしょうか。」

　天羽と香穂子は顔を見合わせて笑う。

　「志水君、駄目駄目。あそこは同級生の女の子限定だよ。」

　「はあ……日野先輩がそういうのなら。」

　抱き合う三人の二年生を、アンサンブルの仲間達は少し離れたところから長い間ゆったりと見守っていた。

閑坂さんにリクをいただきましたｖありがとうございます。
コルダ2の笙子ちゃんでのお話です。。ゲーム本編では海野寿々ちゃんは本当に憎らしい感じで描かれておりましたが、笙子ちゃんは「でも寿々ちゃんは大切な友達だから」と言っていました。もしかしたらデフォルト設定があるのかもしれませんが、私は、高校に入ったばかりで、しかも気弱で中々まわりのクラスメートに声がかけられない冬海ちゃんに「私、海野っていうの。同じ『海』が入ってる者どうし、仲良くしてね～ｖ」なんて気軽に声をかけてくれた相手なんじゃないかなぁ、なんて思っています。
　残念ながらゲームの中では、仲良くなった冬海ちゃんと寿々ちゃんの姿は語られておらず、どう考えてもすぐに仲良くなったようには感じられなかったので、今回はその補完です。

もっともっと本物の冬海ちゃんは可愛いのですが、私にとってはこれが限界でした<(_ _)>

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