時は満ち、光溢るる |
ティルナノーグの子供たちは皆、周囲の大人たちから愛されて育った。その出自を決して知られてはいけないため、閉ざされた隠れ里での生活であったが、子供たちの誕生日には、ミデェールが森で射た鳥や獣を主菜に、その子の好きな木の実のタルトをエーディンが焼いた。大人たちは、自分達ができる精一杯を行って、一人一人を慈しみ祝ってきたのだ。たが、その年のセリスの誕生日を迎えるにあたって、彼の保護者達は、今までになく酷く真剣に準備を始めた。苦悩しているといってもよかった。 十歳の誕生日――それは、約束の時であった。『バーハラの悲劇』でアルヴィスらの姦計に嵌り、命を落としたセリスの父親、シグルドは、この隠れ里に逃れるオイフェにこう言った。 約束して欲しい。子供たちを心身ともに健やかに育てることを。セリスやアイラの双子やデルムッドには剣技を、レスターには弓術を、自らの身を守れるよう教えることを。学問もしっかりと身につけさせること……そして、10歳の誕生日が来た時に、全てを……これまでのこと、これからのことを10の子供に無理のない範囲で全て伝えて欲しい、と。 それを話すべきは、子供たちの父母の役目を負っているミデェールとエーディンからではなく、将来確実にセリスを盟主とした解放軍の将となる自分達である、とオイフェもシャナンも考えていた。そして、誕生日を迎える三月も前から、何をどのように子供たちに伝えるかを二人して議論していたのだ。しかし、その話し合いは、十日前に一応の終結をみたものの、シャナンは納得していなかった。 過去のことについては、意見をまとめるのは容易かった。……ディアドラの出自、禁忌を破ってまで彼女を伴侶として迎えたシグルドの愛の深さ、戦の始まり、開戦後の流れ……子供にとって理解できない事柄は除外し、しかし、あのバーハラでの悲劇に到るまでのシグルドの決断、子供たちの両親の決意は余さず伝える積りであった。そして、この隠れ里に来るまでの事共……自分達が請け負った役目……一度石板に下書きし、二人で文章を練り、文字の通りに子供たちに話すよう、口語で羊皮紙に清書した。 しかし、『これからのこと』をどう伝えるかについて、は二人は対立した。意見が合わなかった事は今までにもあった。しかし、そのときには、年長者であり、『稀代の天才軍師』といわれるオイフェから筋の通った説明を受けて、シャナンは静かにそれに従ってきたのだ。 「オイフェ、私はやはり納得はできない。」 イザーク剣士の伝統に則り、長く伸ばした髪を指で後ろに流したシャナンは、自分の正面で机に両肘を突き、静かに自分を見つめているオイフェに声を荒げた。黙ったまま表情で先を促す軍師に対し、イザーク王国の正当な王位継承権を持つ青年は、一語一語に力を込め、凛とした声で言う。 「私は、シグルド様と約束し託されたのだ。シグルド様亡きあとの世界の行く末を。……我らは兵を挙げ、この世を平定せねばならない。……闇が世界を閉ざす前に。セリスは、志半ばで倒れたシグルド様の遺志を継ぎ、解放軍の盟主、光の皇子として戦うさだめだ。セリスだけではない。……ヘズルの血筋のデルムッド、ドズルのオードとネールの両者の血筋であるアイラ叔母上の双子達、ウルの血筋をひくレスターとラナ。……彼らにも全てを知らせる時、それが今だ。オイフェ、あなたはあなたの主君であったシグルド様の命に背くと言うのか？」 オイフェはふう、とごく小さな息を吐いた。二人が共同で使っている部屋は夜も深まりしん、として、そのため息の音さえはっきり聞こえる。 「シグルド様は、あなたとそこまでのことを約束なさってはいませんでしたよ。……あのときのあなたは、今のセリス様よりずっと幼かったのです。あの方は、いたいけな子供に、そんな試練を与えるようなことはなさらない。あの時の約束は、『セリス様を守り、イザークに逃れること』、それだけでした。解放軍を立ち上げ、セリス様を盟主として打って出る、それはシグルド様の遺志ではない。マンフロイからディアドラ様を守れなかった罪の意識があなたを苛んで戦いへと駆り立てています。シャナン、落ち着いて下さい。私もまたセリス様が10歳になったなら全てを話すとシグルド様と約束しているのです。約束を反故にしようなどと考えてはいません。これまでのことは全て話す心積りです。しかし、挙兵のことまではまだ話すべきではありません。10歳は一つの区切りではありましょう。しかし、自分が10歳だった時の事を思い出して下さい。……まだ全てを受け止められる年齢ではない。」 しかし、とシャナンが言うと、オイフェは首を振った。 「あなたはシグルド様と別れた時まだ幼なかった。真意がわからずともあたりまえです。……しかし私は違う。私はあのとき五年以上をシグルド様のお傍で過ごしてきたんです。……あの方がどのようなことをおっしゃるか、私には判っています。……シグルド様はセリス様におっしゃるでしょう。善く生きよ、友を大切にし、周囲への、神への感謝を忘れず、悔いの残らないよう一日一日を生きよ。……『父親』として、あの方はそうおっしゃるに違いない。」 シャンは細い切れ長の目を大きく見開いた。 「オイフェ……あなたは……挙兵する気は失せた……というのか。」 軍師はため息をつく。 「焦ってはいけません。……私はまだそのときではない、といいたいのですよ。……軍を率いよ、亡き父の為、剣を血に染め、時には友軍の屍を踏み越えて進むのだ、と告げても、今は受け入れられないだろうといっているのです。私達はセリス様をこの五年間必死で育てて来ました。あなたが剣を、私が馬術と学問を教え、遊びのようにして戦術の立て方も伝えました。……それと同時に、私達はセリス様が他者を慈しむ優しいお子様であるよう心を砕いてきた。違いますか。」 シャナンは口を一度つぐみ、右のこめかみから長い髪に指を差し入れると、そのまま頭を押さえた。 「……私は、それが誤りであったのかもしれないと思っている……セリスは優しすぎる……私達が導かずとも、あれは優しい子に育ったのだろう。私達はもっと冷徹であるべきだったのではないだろうか。……この先、セリスが進む道は平坦ではない。……優しさのあまり、剣を抜くことを拒否したなら……それでも私達は挙兵せねばならぬ。そしてセリス抜きに挙兵はできない。強引に傀儡としてでも我らはセリスを旗印に立てねばならない……シグルドの遺児、バルドの末裔として剣をふるう……それがセリスの運命だ………………」 シャナンは俯いた。まだ二十歳に達していない少年は、年相応の表情になり、問うようにオイフェを見つめた。 「悔いているのだ……共に暮らしていて、私はセリスに対して兄のような感情を持ってしまっている。……そんな甘さを持ってはいけなかったのに。」 「シャナン、あなたは十分に厳しい師匠ですよ。」 「……エーディン様やミデェールにも、もっと厳しく育てるように進言すべきだった。」 「いいえ、子供達には、無条件に甘えられる相手が必要でした。そして、お二人は間違ったことをしたときにはとても厳しく叱っていました……本当の親のように……それはシグルド様の命でもあったのです。」 オイフェは席を離れ、ゆっくりと歩いてシャナンの斜め後ろに立った。そして、まだ広いとは言えない成長途上の肩にふんわりと両の掌を置いた。 「疲れていますね、シャナン。……あなたの悩みはわかりました。……考え方は違いますが、私の志もあなたと同じです。……ここは年長者である私に任せて下さい。子供たちには今までの事を詳しく話しましょう。それだけでも、大きな衝撃のはずです。自分達が何者であるのかをはっきりとは知らなかったのですから。これからのことは……また、皆が平和に暮らせるよう我々はここで力を尽くしやがては故郷の地を取り戻す。そのためには剣術や弓術の鍛練を続けて行くことが必要だ、そのように話します。いいですね。」 シャナンはコクリ、と頷いた。オイフェは肩に置いた手を外し、そっとシャナンの背をさすった。普段なら子供扱いするなと怒るシャナンは、言葉を発することなくされるがままになっている。……剣を持たせたなら、既に鬼神のごときはたらきをみせるシャナンであったが、その心はまだまだ迷い多き少年のものである。様々な感情が胸の内には渦巻いていたが、それらを整理することができず、オイフェへの反発はあっても、自分が正しいとは言い切れない。……目の前のこの軍師もまだ20歳をすぎたばかりの青年だが、シグルド軍にいた時から最高の軍師であった。……彼の選択は正しいのだろう……おそらく……。 「私が明日子供たちに話そうとしていることは、十日前に一応あなたと意見の一致をみた下書き……この羊皮紙に箇条書きにしたことと全く変わっていません。……説明の本筋は私が。剣技の鍛練のことなどはあなたが話す、それでいいですね。」 わかった、と呟いたシャナンは、ここにきてやっと肩に置かれたオイフェの手を外した。……と、コツコツ、とはっきりしたノックの音が聞こえた。ミデェールだろうか。いや、このことに関しては身分のこともあって、口出しは決してしない。ならば、エーディンか？……いや、いくら母親として子供たちを愛していても、幼いころから公女として育った彼女は、覚悟ができていないとは思えない。子供たちではないだろう。夜に大人を呼びたいときにはミデェール達の部屋の戸を叩くはずだ。 オイフェが扉の傍まで行き、誰ですか、と尋ねると、私です、とミデェールの声がした。オイフェが怪訝に思いつつ小さな閂を外して戸をあけると、ユングウィの弓騎士が立っており、その隣には、セリスが居た。夕食のあと、子どもたちは寝間着に着替え、いつも通りに揃って大人達におやすみなさいの挨拶をしにきたはずだが、セリスは一度脱いだ服をまた着、髪には櫛まで通してきていた。 オイフェは一度セリスを見、これはどうしたことなのですか、と問うようにミデェールを見た。 弓騎士は身振りで部屋の中に入るようセリスに促し、自分は戸を閉めるとそこにとどまった。 「オイフェ、シャナン様。セリス王子が二人と話したいそうです。」 セリスは自分の前にやってきた兄代わりの二人に、オイフェ、、シャナン、とその名を呼び、瞳をほんの少しだけ彷徨わせた後、まだまだ少女のように高い声で、だがしっかりとこう言った。 「明日は、私の10歳の誕生日ですが、オイフェやシャナンが私に伝えようとしている話について相談があります。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ シャナンが、あなたは皇子になにを言ったのか、とミデェールに詰め寄ったが、弓騎士は、私は何も申し上げておりません、と否定した。大好きな養父が責められていると誤解したセリスは、守るようにミデェールの前で両手を拡げた。 「私は、皆が明日、私にこれまでのこと、これからのことを話そうとしているのを誰かに教えて貰ったわけではないんだ。でも、知っている。私は、この村を、この家を、私達に気づかれないように隠れるようにして守ってくれている人がいることを知っています。オイフェも、そんな人がいることを説明してくれたよね。……私はそのうちの何人かに、会ったことがある。ティルナノーグの村の人のようにしていたけれど、そうじゃないことはなんとなくだけれどわかったから。その人たちは、僕に向かって『あなたの本当のお父上は立派な人だった。私達はあなたが立派に育ってお父上の仇をとることを願っています』ということを口を揃えて言っていた。……私は本当の父上のことも母上のことも覚えている。どうしてそうなったのかはわからないけれど、母上は急に居なくなって、父上は軍をまとめて戦争をしていたことも覚えている。……だから、僕はわかったんです。あの人たちは、僕に、父上を殺した悪い人たちをやっつけて欲しいのだって。 オイフェが口の中で、皇子達とは接触するなと命が下っていた筈なのに、と呟いた。……わからないでもない。暗黒教団はその力を増し、いつ始まるか判らない、いや、始められるかどうかわからない解放への戦いを待つことにシグルド軍の生き残りの人々は疲弊してきているのだ。 「でも、僕は不思議だった。だって、エーディン母さんもミデェール父さんも、オイフェもシャナンもそんなこと全然いわなかったもの。……どうしてなんだろうって、ずっと思ってた。そして、少し前からなんだかみんなの様子がおかしくなって、なんだかちょっと心配になって、悪いことだとわかっていたけれど、隠れてみんなのはなしを聞いちゃったんだ。遊びに行くふりをして、戻ってきたり、夜中に厠にいったとき、オイフェとシャナンの声がしたらそこで止まって一生懸命聞いたり……ごめんなさい、立ち聞きするのは悪いことだとわかっていたけれど、とても知りたかったんだ。……だから、僕はわかった。僕の10歳の誕生日に、僕の今までの事、これからの事を皆の前で説明することになってるってことを。……でも、それが本当の事かは自信がなかったから、ミデェール父さんに聞いたんだ。そうなの？って。」 ミデェールは、聖戦士の血をひく二人の青年に対して腰を折った。 「セリス様はこういったことにとても聡いお子様です。誤魔化すことなどできず、正しくもないと考えました。それで本当の事をお話しました。」 またセリスはミデェールの前に立った。 「ミデェール父さんは、ゆっくりと説明してくれた。エーディン母さんと父さんが、どうして僕たち6人の親になったかということを詳しく。でも、それ以外のことは話してくれなかった。それはオイフェやシャナンが話すことだから、って。そして、母さんは、明日を待ちなさいって言った。でも、僕は待てなかった。明日じゃ駄目だから。…………皆がこの話を10歳の誕生日まで話さなかったのは、私が子供のうちは話が受け止められないと考えたからなのでしょう？…………それなのになぜ、皆はこの話を、私以外の子供にも話そうとしているの？レスターも、デルムッドも、スカサハも、ラクチェも、私よりも小さい。ラナなんてつい少し前に五歳になったばかりだ。……私が10歳になるまでされなかった話を、……争いの話や仇打ちの話を、どうして小さな子達にするの？……誰かの誕生日は皆が楽しみにしている日だ。父さんが射た兎のシチューに、母さんが焼いたお菓子を食べて……あの子達がニコニコする日を、私の為の話で台無しにしたくない。」 「……それで、ここで説明して欲しいのですね。」 するとセリスは意外にも首を横に振った。 「説明の前に、僕から質問させて。オイフェとシャナンがそれに答えてくれて、それでもまだ伝えたいことがあったなら、そのあとに説明して欲しい。」 オイフェが頷き、セリスは質問し……彼は知った。両親の生きた様を、シグルドの、シグルドの同志たちの最期を、今の世界の情勢を、自分達の置かれた立場を。聖戦士の血が持つ意味を。聖なる武器の在り処を。暗黒龍ロプトゥスの持つ絶対的な闇を。己に寄せられた期待を、希望を、成すべきことを……絶対多数の無辜の民がセリスが成すべきだ、としていることを。 ……セリスはしばらくして、『これで僕が知りたかったことは全てです』と言い……オイフェも、シャナンも、改めて付け足したいことは何一つなかった。 セリスは、ミデェールを伴って、部屋から出た。しかし、セリス様、立派でした。と言われると、凛とした表情を少し曇らせた。 「……私の誕生日は明日です……今はまだ約束の日ではないでしょう？……私はまだセリス様なんかじゃない。そして、ミデェール父さんは父さんのままのはず……明日からも、年下の子達の前ではまだミデェール父さんと私は呼ぶよ？大丈夫、大人の前では、父さんの事を父さんと呼ばないようにするから。でも、明日から『ミデェール』と、父さんを呼び捨てにしても、私の心の中では『ミデェール父さん』と呼んでいることを覚えておいて？……父さんが『様』をつけても、僕は父さんが『セリス』と呼んでいると思うようにする。……父さん、父さんはユングウィの騎士ならば、僕の家臣じゃないのだもの……いいでしょう？」 ミデェールは、何も言わず、そっとセリスの蒼い髪を撫でた。彼が自分たち夫婦の部屋の戸をあけると、エーディンがセリスを抱きしめた。そして、セリスは子供として養父母に甘えられる最後の夜を、二人の部屋で過ごしたのだった。 そんなセリスの様子を窺っていたシャナンは気遣わしげにオイフェを振り向いた。 「……セリスはシグルド様の跡を継ぐだけの器であることはわかった。……しかし、あのようにミデェール達に甘えさせていいのだろうか。……指揮官には冷徹さも必要だ。……苦難に出会った時に折れぬ強さを培うには、試練こそが必要ではないのか。」 オイフェは微笑む。 「幼いうちに、慈しまれて愛情深く育てられなければ、長じた時に他者を慈しむことができなくなります。……他者を思い遣り愛していれば、その誰かが窮地に陥った時、必ず手を差し延べるようになります。救おうとする誰かが居る時に、救うために必要な力を、セリス様は身につけるでしょう、それは剣技であり、戦略をたてる力であり、カリスマであり……シャナン、私は、あなたよりもずっと冷徹であるのですよ。……セリス様を誰より優しい人間にお育てすることによって、私はセリス様を反乱軍の盟主を自分から務めざるを得ないように、真綿で首を絞めるがごとくにじわりじわりと追い込んでいるのですから。逃げ場など作らずにね。」 口を少し開けて、こちらを向いたシャナンをオイフェは微笑んだまま見つめる。 「怖くなりましたか？……大丈夫ですよ。私は軍師ですからね。…………セリス様が盟主となったなら、セリス様の命に従いますよ……そして、今日改めて思いました。……セリス様の望む未来は、きっと私の望む未来と重なるだろうことを。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 一年が過ぎ、二年が過ぎた。レスターが10歳を迎え、大人達とセリスから過去と現在と未来の話を聞いた。次にデルムッドが、それからスカサハとラクチェが。 ―――そして五年――― ラナの10歳の誕生日、セリスはエーディンが縫ったかっちりとした青い服を着て祝いの場に現れた。『その時』がいつ来てもよいように、縫い代を多く取り、軍の盟主に相応しく立派で凛として見えるようにした、だけれども軍人の服としては優しい印象を受ける服だった。心づくしの御馳走を食べ、誕生日の贈り物を贈り……お祝いが終わった後、ラナの座る椅子の横にセリスは膝をついて、まだ小さな少女の手を取った。……セリスの質問に答えたのは大人たちだった。レスターやデルムッドやアイラの双子に教えたのは、大人とセリスだった…… 今、ここにはもうミデェールの姿はない。南方の村で子供狩りから幼きものを守るために弓をひき続け、その後彼の消息は杳として知れなかった……そして、セリスは昨日宣言した。 ―――ラナには全てを自分から話す、と――― 「ラナ、聞いて欲しいことがあるんだ。」 たんぽぽ色の髪の少女は、じっとセリスの話を聞いていた。彼女にとって、それはびっくりするようなことばかりだった。ティルナノーグの大人たちも子供たちも、最年少のこの少女には、善いこと、美しい事だけを見て育ってほしいとずっと心を砕いてきたからだ。セリスは、そう遠くない未来に、戦が始まるかもしれないということも言った。そして、長い長い話が終わると、ラナはまだ彼女には背丈の高い椅子から飛び降りるようにして降りて、セリスの横にしゃがんだ。 「セリス、そうしたら、私はどうやってお手伝いしたらいいですか。」 セリスは、たんぽぽ色の髪を何度も撫でてやりながらゆったりとした口調で答えた。 「ラナは、祈っていて。……僕たちのことを。そして、世界のことを。」 立ちあがったセリスは背をしっかりと伸ばした。もうこれで、ティルナノーグの隠れ家に、『子供』はいなくなった。 既に『剣聖』の二つ名を我がものとしていたイザークの王子は、まだまだ体の出来上がっていないセリスに問う。 「軍の盟主になる覚悟はついたのか。」 セリスはいいえ、と答え、シャナンの眉間に皺をつくらせた。 「盟主がどのようなものかまだ私にはわからない。私に今言えるのはたった一つだけです。……人々のために成せる限りのことを成す、と。」 それで十分です、とオイフェが言うと、それが合図であったかのように、レスターとデルムッドが『セリス様』と声を出し、アイラの双子も『セリス様』と腹の底から声を出す。ラナが母の顔を見てから、セリス様？と問いかけるように言うと、セリスは、皆、有難う、と答える。 オイフェはシグルドを想う。シアルフィの三騎士も、自分も、シグルドの家臣であったはずだが、彼への忠義を支えた者は、不遜であるかもしないが『友愛』であった。……ここにもあのときと似た空気が存在している。……それが吉と出るか凶と出るかはわからない。シグルドは死んだ。セリスが同じ道をたどらないと誰が言えるだろう。だが、これだけははっきりしている。シグルドは己の選択した道を後悔しなかった。セリスもまた後悔しない。オイフェはそう断言できる自分が嬉しくなる。 「あ、虹。」 先程まで降っていた霧雨が止み、ラナが天にかかる七色の大きな橋を発見した。開け放された窓から揃って空を見上げる6人に幸あれと、三人の大人は今はまだゆったりと見守るのだった。 |
| 272727HITで蒼月さまよりいただいた「セリスメインで」ということでいただいたキリリクです。 セリスは初陣のときから解放軍の旗印であり、盟主であるわけですが、指揮官としての力はどうやって培われたのだろうか、と、初プレイ時から思っていました。物ごころつくかつかないかの時から戦いの方法や戦略、帝王学を学んだと考えてもよいのですが(むしろそれが普通でしょうが)、「あの」シグルドの子ですから、こういうことでもよいかな、と考えてみました。ごく普通の子供として愛情深く育てられる。その、なんでもなさそうなことが彼の強さの源で、世の「光」あれば嬉しいです。 非常に地味な話となりましたが、御笑覧いただければ幸いです。 |
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