聖戦トップへ | 15 エピローグ |
それから３年ほどが過ぎた。 イザーク城のはずれにある下働きの者達の宿舎では、届いた手紙を開封してパティがはしゃいでいた。もう二十歳近いはずだが、それよりずっと幼く見える彼女の周りに孤児たちが寄ってくる。 「ねえねえ、ねえちゃん。何が書いてあるの。」 パティは流麗な筆致の手紙と大きくて下手くそな字が書いてある手紙を二つ別々に開いた。 「一つはファバルにいちゃんからよ。」 下手くそな方を指差す。 「なんて書いてあるの？」 「ん・・・・ほら、にいちゃんはヴェルダンって国の王様にさせられちゃったでしょ？でもってそこでは怖い盗賊団がみんなを襲ってたんだけど、そいつらをやっつけたんだって。」 「へえ〜っ、じゃ、ファバルにいちゃんは王様だけじゃなくて盗賊団の首領にもなったんだね。すっごいなあ！」 何か違う。しかし、ファバルにはそっちの方があっているかもしれない。 「あとね、いとこのレスターさんっていう人が・・・・この人はユングウィって国の王様になったんだけど、その国も少しずつ平和になってます。って。」 「その人は盗賊団はやっつけなかったの？」 「う〜ん、そういうことは書いてないなあ。」 「じゃ、ファバルにいちゃんの方が偉いね。」 ますます何か違う。 ノックの音がした。 「パティ。少しいいだろうか。」 シャナンが顔をのぞかせる。 「は〜い。じゃね。夕食の準備にはちゃんと遅れず来るんだぞ！」 シャナンは私室にパティをひっぱっていくと居住まいを正した。 「突然なのだが。」 パティは頷く。 「結婚して欲しいのだが。」 やっと言えた。剣聖はため息をついた。 しかし盗賊娘は無邪気に言い放った。 「どこのどいつとですか。何を探ってくればいいんですか？よし、久しぶりに頑張っちゃいますよ〜。もちろん逃げてくればいいんですよね。いわゆる一つの政略って奴ですよね！」 頭痛がしてきた。 ここで引き下がることはできない。 今まで何度こうやってこの盗賊娘の無邪気さに敗退してきたことか！ 「政略といえば言えないこともないが。ユングウィとイザークの。・・・逃げられては困る。ここイザークに王妃がいない状態がこれ以上続くと近隣の諸侯が娘達を次から次へと送り込んでくる。もちろんユングウィはお前の国で私の国はイザークだ。これでわかるか。」 パティは目を見開き、面白そうに瞳を回した。 「それって偽装結婚って奴ですね！・・・・・シャナン様も大変ですねえ。」 頭痛が酷くなった。 あと十回こういうことが続いたならば・・・・いや、続きそうだ・・・・いきなり接吻でもしてみようかと剣聖は深く長いため息をついた。・・・・・いや、いくらなんでもそれは自分の性格上無理か・・・・・しかし・・・・・ あきらめることはできない。なんといってもこの無邪気な娘は彼のつっかえ棒にぴったりの大きさなのだから。 そのイザーク城の庭には久しぶりに死神兄妹が顔を揃えていた。 「！」 ラクチェは垂直に立てた丸太目掛けて切り掛かった。一瞬ののち、七つに切断されて木片となって転がる。石段に腰掛けて眺めていたスカサハが手を打つ。 「相変わらず素早いな。」 「そう？まだまだシャナン様には及ばない。」 スカサハの横にはユリアがいた。スカサハとユリアはセリスの計らいで政治と無関係の生活をしている。長く苦しい生活をしてきた妹に必要なのは城での生活ではないとセリスにはよくわかっていた。ヴェルトマーの城は辺境に身を退いていたアーサーの父であるアゼルが城主となっていたが、アーサーはフリージ城主にさせられてしまいてんやわんやの状態だ。かつてイシュトーのもとに仕えていた雷魔道士団の長老たちはどたばたと走り回り今でも時折城の回廊で迷子になっている新しい城主の様子に苦笑しつつも、イシュトーに良く似た銀の髪と周りを気遣う優しさに深い信頼を寄せている。てんやわんやといっても彼の場合生来ののんびり屋であまりせっぱつまっては見えない。ときどきペガサスでやってくるフィーにどやしつけられるがそれも楽しいらしい。近ごろ転移の魔法を習得したので、今は父と暮すティニーのところに頻繁に現われてはなにかと世話をやいている。時々フィーは、ここイザークにもやってきて各地の様子を報せてくれる。コープルはまだ即位せずに勉強を続けていること。アレスとリーンに子供ができたこと。セティは彼らしく生真面目にシレジアを治め、もう既に『賢王』と呼ばれていること・・・・・スカサハにそんなことを話していると、日は西に傾いてきた。 「ああ、もう夕食ね。パティの料理は相変わらずおいしいわ。先に入っていて。私もすぐにいくから。」 二人に手を振り、片付けをしばらくしていると能天気な声が降ってきた。 「我が愛しの薔薇よ。今日も麗しいその姿！」 ラクチェはこの頃長く伸ばしている髪を掻き毟った。その姿は母親に生き写しだった。 「ヨハン！お前はドズルの城主なのだぞ。週に１度イザークまで遠征してきてどうする。こんなことをしているから、いつまでも斧馬鹿といわれるのだ！」 「おや、話していなかったかな？・・・・転移の指輪というものを５個ほど手に入れて・・・・効力は往復百回を越えるというから５年は優に大丈夫。ご心配めさるな。う〜ん。われながら良いものを手に入れた。」 ラクチェは更に掻き毟った。 「そんなことを言っているのではない！」 彼女はヨハンの耳をひっぱりそのまま城門を出ると森まで引きずっていった。そこで手を放すとすらりと剣を抜いた。 「あなたが馬鹿だからこんなことをしなくてはいけないじゃない！・・・・私を今ここで押し倒しなさい！そうでなければ切って捨てるわ！」 切って捨てられたかどうかは余人の知るところではない。 トラキアではアリオーン王がレンスターとの積極的な外交を展開し、北からは豊かな農産物を、南からは鉱石を流通させた。まだまだ貧しい南だが、彼は傭兵国家からの脱却を目指して奮闘している。 レンスターではリーフが勉強に余念がなかった。教師となっているのはハンニバル将軍である。まだキュアンのあとを継ぐだけの力はないが、何人もの家臣に囲まれて国の政に不安はない。ナンナはそんなリーフを見守っている。 アルテナは二つの国を結ぶ象徴であるとアリオーンは主張し、自分の妃としては迎えず、レンスターでも、トラキアでもない場所・・・・・両国の国境であるミーズに在るのが努めであると妹に優しく説いて承諾させた。 アルテナはミーズの物見台の上にいた。 レンスターは瞳に染み入るばかりの緑に溢れていた。・・・・・しかし、南に目を移せばトラキアの大地は岩と砂ばかり・・・・・・レンスターの荷馬車はこの城より南にいくことはなく、トラキアから来た竜はレンスターに入ることはない。レンスターの肥沃な土を客土として竜たちはトラキアの痩せた農地へと運んでは行くが、それが効果をあげると考えているものは少ない。街では今でも時折諍いが起こる。アルテナ自らが仲裁に入ったことも幾度あったことか・・・・・・・緑と岩肌。あまりにも違いすぎる二つの風景の対照が彼女の気を遠くし、ぐらりと体を傾がせた。 その肩を、リーフが派遣したアルテナの補佐役・・・・青い髪の槍騎士がしっかりと支えた。アルテナは首を巡らし、自分を気遣うように見つめるフィンに微笑んだ。 街の一角に、酒樽ほどの大きなかぼちゃに頭をつっこんで食べている竜と、それをとりまいて面白そうに眺めている子供たちの一団が見えた。・・・・いつの日か、あの竜が子供たちを乗せ、トラキアとレンスターの空、決して隔てられてなどいない自由な空を飛ぶ日がやってくる・・・・・アルテナはそう信じたかった。 「まだ、これからなのですね。・・・・・これからが始まりなのですね。」 「はい。」 レンスター生まれでトラキア育ちの王女はトラキア生まれでレンスター育ちの槍騎士の胸に頭をもたせかけた。そして、まだ指輪のはまっていない左手で彼の手にそっと触れた。 セリスはバーハラ城でレヴィンと会見していた。この「風の軍師」はリュートを抱え、完全に吟遊詩人の出立ちをしていた。彼はバルコニーから城下の様子を眺めた。 「美しい町になったな。」 「はい。あの戦で城下はほとんど壊滅状態でしたが、人々はこの地を捨てようとはしませんでした。彼らの強い気持ちがなかったならこのような復興はのぞめなかったと思います。」 以前常にそうだったように、洗いざらしの僧侶服を身につけているラナがお茶を運んできてテーブルに置くと出ていった。 吟遊詩人は苦笑した。 「セリス。人の命は無限ではない。いい加減に身を落ち着けたらどうかな。ラナのしていた国内の傷病者を助ける仕事にも一段落ついた筈だ。」 セリスは頬を赤くした。 「そのことなら昨晩ラナに話しました。少しはぐらかされましたが、一応色よい返事を貰えた・・・・・・と思います。」 吟遊詩人は柔らかく笑った。 「そうか。・・・・それでは気掛かりなことはひとまずなくなったわけだ。私はまた旅に出ることにするよ。」 軽く片手をあげる元軍師にセリスは呼び掛けた。 「フォルセティ・・・・」 吟遊詩人は歩みを止めた。 「セティははっきりと告げてはくれませんでしたが、私はわかっているつもりです。あなたはレヴィン様ではないということを。フォルセティ、他の竜たちが人を見限り地上から去った後、人と共に在ろうとする唯一の竜神。まだ行かないで下さい。そして私達に道を示して下さい・・・・人は矮小で愚かな存在です。私を含め、いつまた過ちを繰り返すかもしれません。この世界にはまだあなたの存在が必要なのです。」 吟遊詩人は再び歩き出す。 「フォルセティは駆け抜ける柔らかな風。とどまることをしない旅人・・・・風は自由に吹く。それをどう感じるかは人間次第・・・・だからセリス、私が共にいなくても、君に道を示しているのと同じなのだ。・・・・達者でな。」 次の瞬間、彼の居たところには小さく風が舞っているだけだった。そして空を見上げるセリスの目には確かに一匹の龍が天に向かって上がっていくのが見えたのだった。 ・・・・・・ファイアーエムブレム聖戦の系譜 終わり・・・・・・ |