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| 3 砂漠を越えて |
開放軍の進軍は圧政に苦しむ人々を勇気づけ、各地で住民の反乱が相次いだ。だが、その多くはまとまらないままいともたやすく鎮圧され、大勢の人々が帝国の犠牲となっていった。トラキア半島のレンスター王国では、キュアンの子、リーフ王子が家臣に助けられて挙兵したが、ブルーム王の大群の前に惨敗を喫し、敵地の中に孤立していた。レヴィンよりこの情報を入手したセリス達は、遥か彼方にあるレンスターの仲間を救うべく進軍を開始した。しかし、イード砂漠を支配する神殿にはロプト教団のクトゥーゾフ、オアシスの街ダーナには商人あがりのブラムセル王と傭兵ジャバロー、メルゲンの城にはフリージのイシュトー王子と有能な女将軍ライザ、そして、アルスター城には故レプトール卿の息子、ブルームが待ち受けている。それぞれの胸に思いを秘めて、今、新たなる戦いが始まろうとしていた。 セリス軍は砂塵渦巻くイード砂漠を前にして出陣の体形をとっていた。 「・・・・思うようには進めないな・・・・下手をすれば砂漠の暗黒魔導師どものいい標的だ・・・・」 オイフェが呟くと、傍らでフィーがどんと胸を叩いた。 「任せて下さい！先回りして偵察してきます！」 オイフェが頷き、天馬はふわりと舞い上がるとイード城の方角へと力強く羽撃いていった。 「歩兵隊前へ！」 イード城は歩兵隊で攻める。 イードの僧兵はほとんどが魔法部隊である。砂漠では馬の動きが制限され、更に馬が魔法の狙い打ちの的になる。魔法に耐性を持つペガサスのみがイードに向かう。騎馬隊はレンスターへの道を進み前方を偵察しつつ、あとから歩兵隊が合流してくるのを待つ。 「兄さま、気をつけて。」 ラナは馬上の兄に弓を手渡した。 その弓は、父に導かれて入った教会の礼拝堂に保管されていたものだった。教会に逃げ込んだ子供達を守って、弓を引き続けた父・・・・牧師の息子がその弓を大切に保管していてくれたのだった。 弓には父と母の名が刻まれていた。エーディンからミデェールへ・・・・母が父に贈った贈り物・・・・・ レスターは昨夜そうした妹の話を聞き、信じられない気持ちであったが、そのふたつの名前を見て本当に起こったことだと確信した。 「大丈夫。・・・・父さんも守ってくれる。」 その二人を横にしながらラクチェとスカサハは並んで装備を整えていた。男と女、体格や性格はかなり違うが、さすが双子と言うべきか、身繕いの仕草は驚くほどよく似ていた。 「おい、ラクチェ、お前暗黒魔法って見たことあるか？」 「・・・・このあいだアーサーが炎の魔法を使ったの見たのが魔法ってものを見た最初よ。スカサハとあたしはいつも一緒なんだからそれくらいわかるだろう。」 二人は同じような動作で剣を腰に下げた。 「要するに、だ。俺達は家系的にはまるっきり魔法の素養がない。だから、当たったら、それまでって感じだ。俺は体力があるからいいけどお前、下手すりゃ一発であの世行きだからな。気をつけろよ。」 「・・・・スカサハの方があぶない。あたしはスカサハより素早いし、お守りがある。」 剣をかちゃかちゃさせる。剣にはレスターの弓と同じく”レックスからアイラへ”と両親の名が刻んである。 「・・・・親父が斧使いというのがいけないんだ。親父が剣士だったら俺にもそんな剣があったのに。」 父親は自分に武器を残してはくれたが、それは戦斧だった。大切に持ち歩いてはいるが、スカサハには使えない。 自分の大きな手をまじまじと見ていると、ヨハンがひょいと顔を出した。 「おお、ラクチェ。砂漠のオアシスのごときその瞳の輝き。」 斧騎士隊の若者達がどっと笑った。 ラクチェが噛み付くように怒鳴り返すとヨハンは大仰に一礼して部下にひらひらと手をふった。その手の大きさが自分によく似ているのにスカサハははっとした。ドズルの斧騎士の血が自分に流れているのはやはり確からしい。 と、後からスカサハに向かってヨハンは小さく言った。 「・・・・姫の言うことが正しい。魔力を持たない人間が暗黒魔法に対抗するには避けるしかないのだ。・・・・以前、魔法にぶつかり瀕死の目に合わされたことがある私がいうのだ。間違いはない。」 それだけ言うと斧騎士は去っていった。 「さて。」 号令がかかった。 歩兵部隊の出発だ。と、スカサハは目を丸くした。ユリアが部隊にいる。スカサハが肩を叩くとユリアはにっこり笑った。 「回復役は必要ですし、相手は魔道士ですから私は大丈夫です。レヴィン様がイードに行けとおっしゃいました。」 スカサハがラクチェに視線を移すと、ラクチェはぶっきらぼうに言った。 「この子に盾になってもらって、万一魔導師が逆上して素手で殴ってきたらスカサハがさっくりぶった切れっていうことだな。」 ユリアはスカサハの心配をよそに、ピクニックへでも行くかのようににこにこしている。そこにちょこんとラナも並んだ。 「ユリアだけでなくラナも行くのよ。ラナのことはあたしが守るから。・・・・イード近くまで行けばきっとシャナン様がきっと戦列に加わって下さる。探していた伝説の剣を携えて・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「！」 長身で細身の剣士が舞うように剣を繰り出した。動きに合わせ、漆黒の長い髪がなびく。 シャナンはイード神殿近くの疎林地帯で僧兵達と戦っていた。最後に残った神官戦士を一刀のもとに切り捨てると剣を激しく振って血糊を振り落とした。 ”・・・・一体誰が警戒の厳重な神殿から神剣を持ち出したのだ？僧兵たちが血眼で追っている相手は一体誰なのだ？” そのまま休息を取ろうとせずに走りだす。相手が誰であれ、これからの戦いには伝説の武器が必要である以上、取り返さない訳にはいかない。幸いにも僧兵達は盗賊の足取りを見失ってはいないようだ。 少し先に、また僧兵達が見えてきた。 「お前は何者だ！」 漆黒のローブ姿の男が振り返る。 「・・・・私は、私の所有すべきものを取り戻そうとしているだけだ。」 僧兵は即座に呪文を唱えた。暗黒の霧が襲いかかる！シャナンは身軽に飛びのき、刀を振りおろし返す刀でもう一人を屠った。さらに踏み込み二人を倒す。残った男が嗄れた声で叫んだ。 「お前はもしや・・・・イザークの・・・・！」 「そうだ・・・・言え。お前たちの追っているのは誰なのだ？」 男は答えず、魔法を放った。シャナンは軽々と避け、男の腹を薙いだ。 どうと男は倒れ、静寂が訪れた。と、かさり、と小さな音が遥か前方から聞こえた。聴覚の鋭いシャナンが聞き逃すはずもなく、彼は音に向かってまっしぐらに突進していった。 見えた！大きな袋を担いだ枯れ草色の服の盗賊だ。背格好は小さく華奢でまだ子供のようだ。だが、その袋から飛び出るように突き出した剣からはシャナンの心へ直接語りかけてくるような不思議な波涛が感じられた。神剣に間違いはない！ 「待て！」 盗賊は速度を緩めない。俊足を自負するシャナンだが、盗賊は小さな歩幅で潅木の間を擦り抜けるように最短距離で進んでいく。 「待て！俺はイード神殿の者ではない！ただ一振りの剣だけを求めている！」 盗賊は振り向かない。 「それ以外のものは必要としない！お前の命を取る気は毛頭ない！」 やはり盗賊はとまらない。 「もしも金が必要ならば払おう！その剣は私以外が持っても全く意味を持たんのだ！」 盗賊が”どうしようか”というように少し速度を落とした。が、またすぐ全速で走りだした。それはシャナンが追い付くには十分すぎる隙だった。彼は右手で後から盗賊の衿のあたりをむずと捕まえた。二人は勢いあまって折り重なるようにして倒れた。盗賊は黄色い声を上げた。 「キャー！」 ”キャー？” 予想外の甲高い声にシャナンは目を丸くした。 「何するのよっ！放してっ！お嫁にいけなくなっちゃう！」 なるほど、見れば確かに女の子である。 シャナンが手を緩めると少女はしめたとばかりに逃げ出した。その肩を再び捕まえようとする。 「私は何もしない！待て！私はその剣の正統な所有者だ！」 少女はするりととびのいた。 「何うそこいてんのよ！どうせいたいけな少女からお宝を騙しとろうってんでしょっ！これはねっ、あたしが命懸けで盗んできたお宝なんだからっ！この泥棒ッ！」 「泥棒はどっちだっ！」 少女は盗品を詰め込んだ袋をぎゅっと抱き締めた。 「・・・・渡さないからねっ！これで・・・・このお宝売ってたんまりお金を手に入れてみんなのところに持って帰るんだからっ！」 「どう言ったらわかるのだ？その剣はお前には扱えないものなのだぞ。」 「売ればお金になるもん！このみんなこの剣を欲しがってるんでしょ？きっとお金になるもん！」 背後から大勢の足音が迫ってきていた。 シャナンは少女に手を差し出した。 「死にたくなかったら私にその剣を渡せ！」 「う・・・・」 そのあまりの気迫におされていやいやながら細身の剣を少女は差し出した。シャナンがそのつかを握ると、不思議な青い光を剣は発した。 「これが・・・・神剣バルムンクの力なのか・・・・？・・・・」 少女は目を丸くしてそれを眺めている。 「お前は下がっていろ！」 あたりはぐるりと三十人ほどの暗黒司祭達に囲まれていた。 「これはこれは・・・・イザークのお方とお見受けいたしました。わざわざ出向いていただいて光栄です。」 「・・・・私も嬉しく思う。これからイードに再度出向こうと思っていたのでな。」 鞘から剣を抜きはなつとぱあっと清浄な光が溢れた。司祭達にどよめきがおこる。 次の瞬間、五人が骸となって地に倒れ伏していた。暗黒魔法が襲いかかる。が、シャナンにはかすりもしない。神が人間に与えたとされる武器は超人的な力をシャナンに与えていた。剣の風圧で司祭達はよろめき、斬檄は苦痛を与える暇もなく命の炎を吹き消した。 「きゃーっ！」 盗賊の少女の悲鳴が聞こえた。僧兵の長が少女をはがいじめにして短刀をつきつけている。 「こいつを殺されたくなかったら神剣を返してもらおうか。」 少女はニタリ、と笑った。 「へへ〜ん、無駄、無駄。あたしはそこのお兄さんとはなんにも関係ないもんね。」 「何っ！」 少女は足で僧兵の向こうずねを思い切り蹴飛ばした。 「今だよ！お兄さん！」 シャナンが剣を一旋させると男はどうと崩れ落ちた。彼は周囲を見渡した。これだけ多くの敵を一人で相手にしていたとは・・・・神剣の未知なる力にシャナンは驚きを禁じえなかった。 「・・・・お前・・・・よく気丈に対処できたな。あれで私は助かったぞ・・・・」 と、視線を移すと、少女は死体から金品を抜き取っていた。 「・・・・死体荒らしか・・・・盗賊に何をいっても通じはしまいが、敵とはいえ、死者を冒涜すべきではないぞ。」 だが、シャナンはすぐに表情を和らげた。少女は金品を盗みながらとはいえ、死者への祈りの言葉をずっと唱え続けていたのだ。仕事が終わると少女はすっくと立ち上がった。 「お前は本当に気楽なヤツだな。」 と、少女が飛び付いてきてわっと泣きだした。 こんな戦闘は初めてだったのだろう。 シャナンはぎこちなく背をさすってやった。尚も頭をぐりぐりと押し付けて泣きじゃくる少女にシャナンは苦笑する。 「お嫁にいけなくなるのではなかったのかな？」 少女は真っ赤になって離れた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 焚火の火がぱちっとはぜた。 「子供、お前、名は何という？」 「・・・・パティ」 「パティ、か。なぜそんなに金に執着する？」 「・・・・あたしがお宝をいっぱい持って帰るのを孤児院の子供たちが待ってるの。戦が激しくなってはいても闇市にいけば小麦粉でも砂糖でもいろんなものを売ってる。お金さえあればひもじい思いをさせないですむんだもん。」 シャナンは優しい瞳でパティを見つめていた。外見からは冷徹な印象を与える彼だが子供や弱者に対する情愛は人一倍強い。 「お前も家族がいないのか？」 「あたしのお父ちゃんは生きてるはずなんだけど、はっきりどこにいるかはちょっとわかんない。マンスターの孤児院にはお兄ちゃんがいるよ。・・・・小さい頃にお兄ちゃんと一緒にガルグおじさんのところに預けられて・・・・ガルグおじさんは口が不自由だけどとってもいい人で、このところの戦いで孤児になった子をかれこれ二十人面倒みてるんだ。お兄ちゃんは弓がうまくて森で獲物を狩ってて・・・・はははぁ、あたしは何にもできないからこういうことやってんだけど・・・・」 シャナンが新しい焚火をくべた。 「決してよいことではないぞ。」 「わかってる。・・・・けど。ほら、結局シャナンさんだってあたしが盗んできたからバルムンクをこうして手にいれられたんですよねっ！それに、あたしは悪いヤツからしか盗らないよ。」 そのパティの鼻先にシャナンは指をつきつけた。 「悪人からでも、だ・め・だ。」 パティは口を尖らせ、急に走りだした。 「あ、こら。」 「食物さがしてくるねっ！助けて貰った恩返しがしたいんだ！」 少し走ってパティは目的のものを見付け、鞘のまま剣で土を掘った。途中で折れてしまったが山芋が現われる。 「よっ！」 山芋を背に背負い、木に登って木の実を素早くもぐ。 「さあて・・・・次は・・・・」 しばらくして、二人はパティが作った芋がゆを啜っていた。なべと調味料を背負って旅しているパティには驚かされたが、かゆを啜ってシャナンは二度びっくりした。 「・・・・うまい・・・・」 「あは。盗賊の腕以外は料理しか自慢できるものないの。」 「・・・・十分だ。私も剣術以外のことはさっぱりだ。」 「うん、うん、すごい腕だよね。あれだったら大道芸でも一生食べていけるよ。いいなあ。あたしもあんなに綺麗に剣を振り回せたらなあ。こんなご時世だけどおひねりいっぱい貰えるよ。」 シャナンは笑った。そして、こんなに屈託なく笑ったのは久しぶりだと息をついた。この少女は誰かに似ている。そう、昔彼がなすすべもなくセリスの母ディアドラを暗黒司祭マンフロイに誘拐されてしまって落ち込んだとき、しばらくの間、ずっと横にいてなにかと励ましてくれた少し年上の黄色の髪の盗賊の少年に・・・・・ 「そうか。大道芸で生きていけるか。・・・・生憎そういうことをしている暇はないのだが・・・・」 パティは粥のお代わりをよそってやりながら青い瞳をくるりと回した。 「シャナンさんはイード神殿に行こうとしてたんだよね。だったらぁ、ロプト教団ぶっつぶして、アルヴィス皇帝を懲らしめる反乱軍の重要人物ってとこ？まっさかねぇ。」 と、パティがピクリと肩を震わせた。シャナンも素早く焚火を消す。何かの気配がする。が、シャナンはほっとしたように再び火を起こした。 「シャナン様！」 ラクチェが走ってくる。ゆっくりとラナが続く。 「・・・・お前たち・・・・蜂起したとは聞いていたが、ここまで来ていたのか。ラナまで！」 ラクチェが頷いた。 「はい。私達は別働隊でシャナン様の捜索に・・・・スカサハ達もここいらのどこかにいるはずです。セリスは既にイードに向かっており、我々の合流を待って攻め込む予定です。そしてそのまま戦闘の続くレンスターへと。」 「わかった。」 「・・・・それがバルムンクですか！」 言われてシャナンは青びかりする刀身をすらりと抜いた。ラクチェが息を飲む。シャナンが刀を納めるとラクチェは小さな傷が走っているシャナンの二の腕に目をとめた。 「さぞご苦労なさったことでしょう。バルムンクは神殿で？」 「いや、・・・・この子に助けられてな。」 シャナンの後ろに隠れていたパティがおそるおそるラクチェたちに近付いてきた。ラクチェは値踏みするようにパティを観察している。 「ラクチェ、そう睨むな。この子は盗賊のパティだ。この子が盗んだバルムンクを私が貰ったのだ。」 パティが飛び上がった。 「シ、シャナンさん。盗賊って紹 介することないじゃない！」 シャナンが笑った。ラクチェとラナは目をぱちくりさせた。二人はシャナンの笑うのを久しぶりに見たのだった。ただ、ラクチェはすぐにパティを睨み付けた。戦時下とはいえ、盗賊を生業とするものを彼女は許せなかった。と、ラナがパタパタと走っていって、きゅっとパティと握手した。 「よろしく、盗賊のパティさん。私、ラナっていいます。」 ラクチェは苦笑した。どうもラナには驚かされる。 握手をされた方のパティも戸惑いを隠せなかった。目の前の少女は僧衣を着ている。聖職者というやつは優しいけれど、お説教を忘れないものでもある。初対面の盗賊風情にこんなに親しく接してくるラナをパティは嬉しく思った。 シャナンがマントを羽織った。ラクチェが星から方角を見定める。そしてラナはシャナンの小さな傷を癒していた杖を大切そうに握りなおした。 ”行っちゃうんだ。” パティは座り込んで三人の出立を見送ろうとしていた。 ”なんか寂しいな・・・・こんなにお宝があって嬉しいはずなのに。マンスターのガルグ伯父さんとこに稼ぎを持ち帰ってちいちゃい連中喜ばせてやれるのに・・・・・ん？・・・・！ちょっと！マンスターはレンスターの先よ！冗談じゃない！さっきレンスターは戦闘中だっていってたわよね！そうよ！あたしだけじゃ帰れないよ！！” パティは素早くお宝を背負ってシャナンの上着の裾をぐいと引いた。 「シャナンさん、私も一緒に行く！帰るところはマンスターだから、道、一緒だよね！イードに寄るんなら、秘密の抜け道とか調べてあるしさ。」 ラクチェが眉をあげ、シャナンは腰に手をやった。 「私達は戦いに行くのだぞ。」 と、ラナがさっとパティの肩を抱いた。 「シャナン様、では、この暗い森に女の子を一人残して出立するおつもりですか？」 この子、大好きだよ、とパティは思った。ふわふわした金髪からは甘い匂いがしていた。なんだか懐かしい。初対面とは思えない位だ。 「うん、あたし役に立ってみせます！そうだ！さっきみたいなのでよければご飯だってつくってあげる！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ セリス達の本隊はイード神殿を遠巻きにしていた。先程、斥候に出た兵が城の尖塔から放たれた不可思議な”気”によってひどい傷を負ってからというもの、身動きが取れない。その暗黒魔法に支援されて僧兵たちが近付いては魔法攻撃を仕掛けてくる。こちらも弓兵隊が応戦しているが戦いはどちらかといえば不利に進行していた。仮眠を取りながら迎えた夜明け、弓兵がセリスに報告した。 「弓隊は昨夜からの位置を保っています。敵は部隊を入れ替えてきました。その数約２００、魔法部隊による負傷者が二十名ほど出ています。」 「・・・・わかった。」 魔法部隊の消耗を狙っていたセリスだが、敵の魔導師の数は上空からのフィーの偵察でもわかったようにこちらの予想より遥かに多いようだ。隣では徒歩でついてきていたオイフェが難しい顔をしている。セリス達は一度軍を下げることにした。 その、撤退の途中でセリスはシャナン達と合流することになった。 「シャナン！」 シャナンは小走りにやってきたセリスの肩をしっかりと抱き留めた。 「・・・・すっかり大人の顔になったな。」 「よく無事で！ラクチェもラナも有難う。スカサハが心配している。二人で顔を見せに行ってやってくれ。・・・・え・・・・っとその子は？」 居並ぶ兵士達をきょろきょろしながら眺めていたパティは、セリスに問われてがばと頭を下げた。 「バルムンクを持ち出してくれたのはこの子なのだ。セリスからも礼を言ってくれ。盗賊で名をパティという。」 「盗賊？」 パティは真っ赤になり、シャナンは笑っている。 「よろしく、パティ、私はセリス。シアルフィの公子シグルドの子です。」 パティは横っ面を殴られたような気がした。こりゃあ紛れもなく噂の反乱軍だ。しかも目の前にパティ達庶民が”光の皇子”と希望をつないでいるセリスその人がいる。もっと強そうな青年を予想していたが、瞳の輝きはパティの想像通りだった。自分が盗賊だと知ってもさっきのラナと同じく蔑んだりしない。差し出された手をそっと握り、パティはへともどと意味のないつぶやきをした。そして、シャナンを見た。 「・・・・まさかシャナンさんは・・・・」 視線をセリスに戻す。 「？シャナンはイザークの王子だけど・・・・聞いていなかったの？」 セリスがいうと、パティはぴょんと飛び上がった。 「すご〜いっ！あたしずっと憧れてたんだ！悪いヤツをがんがんやっつけてる偉い人だってお兄ちゃんもいってたよ！」 シャナンは苦笑していた。この盗賊の少女にはどうも身分を報せたくはないような気がしていたのだが、知っていきなりかしこまるでもなく子供らしい自然な反応が好ましかった。 「シャナン、さっそくなのだが・・・・あなたもその少女も一度はイード神殿へと行ったはず。・・・・どのようにあの魔法に対処したのだろうか。パティ、特に、君にはシャナンのような剣技がない。どうやって神殿まで？」 パティは腕組みをした。 「・・・・どうって・・・・簡単じゃないですか。皇子様、魔法が来たら・・・・よければいいんです。」 ・・・・・簡単に避けられれば質問はしないのだが・・・・ 「あのぉ、セリス様、いいですか？」 アーサーが顔を出した。 「アーサー？」 「・・・・俺の考え聞いて下さい。・・・・俺、へらへら前線に出ていっちゃって、魔法の直撃受けたんですが。」 彼はぴんぴんしていてとても傷を負ったようには見えなかった。 「ちょっと嫌な感じがしたけど殆ど何にも影響なかったんで・・・・一方、俺の魔法はそれなりに効くんですよ。だから、俺と、ユリアちゃんを盾にして進軍すれば敵も慌てるだろうし、慌てたところを突破するっての、どうですか？敵味方入り乱れりゃ、尖塔の上から遠距離魔法は放ってこないと思います。」 「え？」 ラクチェたちを見付けてやってきていたスカサハが大声をあげた。 「アーサー、貴様、ユリアを盾にって・・・・」 ユリアがくすくす笑ってやってきた。 「私がアーサーさんに頼んだの。スサカハ。ね、セリス様、お願いします。このままではただ怪我人が増えていくだけです。」 セリスは頷いた。 魔法部隊が待ち受ける中を、アーサーとユリアの二人がゆっくりと進んでいった。ローブ姿の二人は頼りなげで少し後ろについているスカサハは走り寄って前に出たい気持ちを必死に押さえていた。 「来た！」 暗黒魔法の黒い霧がユリアに向かって放たれた！・・・・と、ユリアの体に届く前に雲散霧消した。驚愕する魔道士を見据え、アーサーは魔道書を取り出して印を結んだ。炎の奔流が襲いかかる。相手も魔導師、大きな被害は出なかったようだが、動揺させるには十分だった。続いてユリアが印を結んだ。光の環がうなりを上げて敵陣に飛び、まばゆい輝きの柱がそそり立つ、その攻撃はアーサーの攻撃で負った傷を揺るぎないものに広げた。 「今だ！」 素早い剣士達が走り出た。だが、その先頭にいるのは枯草色の服を来た盗賊の少女だ。続いてシャナン、ラクチェがあとを追う。今一歩素早さに欠けるスカサハはユリアを背後から守り、突入するセリスを支援する。 「はっ！」 ラクチェが黒い霧からさっと身を躱した。パティが両腕で大きな○をつくる。 「避けるタイミングばっちり！印を結ぶのって結構時間かかるからね〜、おっとこっちに来た！ 」 パティは軽々と横っ飛びに飛んだ。ラクチェが感心しているとパティは城壁にとりついて金属の扉の鍵を針金でかちゃかちゃやりだした。 「こんなところ開くのか？」 「大丈夫だって。あたし、ここから逃げ出してきたんだよっ！逃げて出たとこがわかると追っ手に捕まりやすいからちゃんと締めてから出たの。さ、尖塔に陣取ってる親玉のところに行けばいいんだよね？」 城内に入るとパティは石積みの壁の一部を動かした、と、人一人が通れる位の通路がぽっかり口をあけた。そこにすべりこみながらパティは声をひそめた。 「宝物庫があるかと思って入ったら尖塔に通じてたの。ここから先は静かにね。」 シャナンが飛び出すと、城主クトゥーゾフは尖塔から戦況を眺めているところであった。側近二人がこちらに気付き素早く印を結ぶ。イザークの皇子とその従妹は斬檄を繰り出し二人を床に倒した。 「誰だ！」 振り向いたクトゥーゾフはバルムンクを構えたシャナンを見た。 「・・・・ついにここまで来たのか・・・・開放軍のシャナンめ、バルムンクを手にしたのだな・・・・しかし、私は負ける訳にはいかないのだ・・・・ロプトの宗徒がいるかぎりはな。」 クトゥーゾフは印を結んだ。 速い！瞬間的に放たれた魔法からシャナンは床を蹴って逃れた。続いて第二の魔法がラクチェを襲う。 鈍痛が逃げ遅れたラクチェの足首を見舞った。彼女が転倒し、うずくまるとローブを翻し、シャナンと距離をおいたクトゥーゾフは再びラクチェに向きなおった。 ”ごめん！スカサハ！” ラクチェは観念した。と、小さなものが空間を横切り、クトゥーゾフは左手を押さえた。シャナンがラクチェとクトゥーゾフの間に入るとクトゥーゾフは今度はシャナンに魔法を浴びせた。黒い霧にシャナンが包まれる！と、バルムンクがその霧を切り払った。 「何っ！」 魔法を切るという常識では考えられない行動にクトゥーゾフは慌てた。その隙にシャナンは彼の胴を両断していた。 「ラクチェ、大丈夫か。」 「はい、足だけです。」 既にラクチェのブーツは脱がされ、青黒く腫れあがった足に、パティが何やら薬を塗り付けていた。パティの足元には玩具のようなクロスボウが転がっており、クトゥーゾフの左手には小さな矢が刺さっていた。この盗賊に自分は助けられたのだと気付きラクチェは微笑んだ。鬼神のごとき女剣士と呼ばれる彼女だがまだまだ修業は足りていない。彼女は俯いて懸命に手当てをしているパティの金髪が目の前で揺れているのを見ながら唇を噛み締めた。ラナのときもそうだ。守ってやっていると思っていても最後はラナに助けられているのだ。シャナンが肩を貸して立ち上がらせると、パティがブーツを抱えて自分のお宝袋の中につっこんだ。 「シャナン様、おぶったほうがラクチェさんが楽だと思うよ。」 言われた通りにシャナンが背にラクチェを負うと、ラクチェが”すみません”としかめつらしく言った。 「遠慮をするな。私達はいとこ同士ではないか。」 パティが背負われたラクチェの真横で楽しげに語りかける。 「へえ、ラクチェさんとシャナン様がいとこなら、ラクチェさんも王族なんだね。イザークの人ってみんな腕がたつんだね。」 「・・・・双子の兄でスカサハというのが私にはいるから、兄にも会ってやってくれ・・・・パティ、あなたは盗賊だけど、・・・・いい子だな。」 パティは頭の後ろで両手をくんでにこっと笑った。 「ははっ、誉められちゃった。降りていこうよ。セリス様達心配してるよ。」 セリス軍が城門をくぐるとラクチェを支えたシャナンが出迎えた。ところどころに傷を負ったスカサハが走り寄ってラクチェの頭を抱き締める。 「ち、ちょっと！恥ずかしいから止してよ！」 「なにいってんだ！たった二人きりの兄妹だぞ！こんな怪我して！」 ユリアがにっこりわらって口を挟む。 「あの、でも、スカサハも随分と怪我をして、私が何度も治しましたけど。」 ラクチェがスカサハの額を指で弾き、双子は笑いあった セリスは城の地下に広がる神殿に居た。その灰色の壁に明かりを近付けるとそこここに文字が描かれているのが見えた。 ”ロプトの神様、僕達をお救い下さい、もう食べるものがありません。おとうさん達を殺した異教徒をこらしめて下さい” たどたどしい字でかかれたそんな落書を目にし、セリスは慄然とした。昔、ロプト教が迫害された時、教徒は見つかれば火あぶりにされ命を奪われたという。そんな教徒がひっそりと隠れ住んで信仰を貫いた場所がこのイードなのだとレヴィンから聞かされたことがある。今、自分が為そうとしていることは、一歩間違えば、古のロプト教徒迫害と同じことになってしまう。・・・・セリスが憎むのは人間ではない。人の心の暗さ、冷たさだ。彼は跪き、平素彼が祈っているブラギの神に祈りを捧げた。 「あっれえ？」 大きな袋を背負ったパティがとことことやってきた 「もうすぐ南に出発ですよね？」 。セリスは立ち上がり眉を顰めた。 「パティ、あのね、やっぱり盗みは・・・・」 パティはまっすぐにセリスを見つめた。 「セリス様。帝国は善良な人から無理遣りお金や宝物を奪って戦争をしているんです！私は少しでも取り戻そうと思いまして！取り戻して返してあげたいだけなんです！あ、そうだ。これをどうぞ！」 パティはラクチェが使っているのとおなじような剣をごそごそと袋から取り出した。 「どうぞお使い下さい！そして早く平和な世界を！」 まるめこまれた形のセリスは手の上に残っている剣を振った。 「・・・・確かに使いやすそうだが・・・・パティ、どこからこれを持ってきたんだろう・・・・」 苦笑してからもう一度壁に書かれた文字を見る。 （剣を使わずに済むのなら・・・使いたくはないのだが・・・・） ロプト教徒の神殿を攻略した若き軍主の表情は、決して勝利の美酒に酔いしれたものではなかった。 |