| 女王様の最も大切な仕事(後編) |
次の日、夕方になる頃に、二人は大きな街道から分岐していくつかの小村に向う脇街道にポツンと建った一軒の宿屋にたどり着いた。宿屋は随分と古びていたが、よく補修され、周囲には可愛らしい花が植えられていた。 「ジェフ！今日はあそこに泊まるわよ！」 後ろからぽーんと飛び降りたアリーナは弾むような足取りで宿屋の玄関へと進む。ここに宿があることをアリーナは知っていたようだ。ジェフは宿の様子を見ながら馬の手綱をひいてあとからゆっくり歩いていく。 入り口の重たい木扉を開けると、扉にとりつけられていた金物のベルがカランカランと音をたてた。 「いらっしゃい。お泊りですかい？」 主人の大声が響く。ジェフがはい、一晩お願いします。部屋は二部屋で。と答えているうち、アリーナはキョロキョロと奥にある炊事場あたりに目をやり、捜していた人を目にすると、突進するように走っていった。 「リア！」 いきなりサントハイムの王女に後ろから飛びつかれた長い黒髪をきっちりとスカーフで縛った娘…リアは、びっくりしてジャガイモを剥いていた包丁をまな板の上に置いた。 「あ、アリーナ様？ど、どうなさったのですか？このような所にいらして！」 アリーナはリアに飛びついたまま笑った。 「リアはクリフトに、ここで働いている事を手紙で報せたでしょう？私、クリフトから聞いて、いつか会いにいかなくっちゃってずっと思ってたの。今回、この近くに用事があって来たのよ！会えて嬉しい!!」 リアはチェルナ村の生まれでクリフトの幼馴染であった。以前の冒険でアリーナは彼女と知り合いになり、優しく生真面目なこの娘のことをいたく気に入っていたのだった。 「でも、大変ね。チェルナからここに働きに出るなんて。家族と離れて暮らして寂しくはない？」 心配そうに訊ねるアリーナにリアは微笑んだ。 「チェルナからそう遠くはありませんし、手紙をよく書いていますから大丈夫。ここはアディー母さんの遠縁の方の宿屋で、手伝いをする者を捜していらしたので。お手伝いをするのはとても楽しいですよ。旅人の皆さんからいろいろなお話を聞いて、弟や妹達に話すと喜んでくれますし。」 そう、そうなの。とアリーナは納得したが、リアがここに来た本当の理由は少々違った。リアは小さな頃に身寄りを失くし、アディーたちに引き取られた孤児であった。アディの本当の子供達と分け隔てなく育てられ、弟妹たちはアディを長姉として慕っていたが、弟達の一人が、花嫁を家に連れてきたときにリアは決意したのだ。いつまでもこの家に居るわけにはいかない、と。リアの心持ちに気付いた里親は、気にすることなど無い、お前は私達の娘なのだから、と語りかけたが、リアの決意は揺らがなかった。彼女は家を出、村も離れ、この田舎の小さな宿屋で生活の糧を得るようになったのだ。 そのようなことはアリーナに説明するようなことではないとリアは分かっていた。 「それはそうと、アリーナ様、用事とはなんでしょう。そして、ご一緒にいらした兵隊さんはどなたでしょう。クリフトは一緒ではないのですか。」 「うーん。用事って言うのは……」 ちょうどその時、宿の主人夫婦と話が終わったジェフがやってきた。 「あのね、……この近くの山に、凶暴な大トカゲが出没して困ってるって投書があって。それを退治にきたの！」 嬉々としてそう言い放つアリーナに主人夫婦は驚き、リアは首を振った。 「それ、もしかしなくても、クリフトはここに来ることを知っていませんね。」 「……あはは！あはははは。」 アリーナを困ったように見るリアの横で宿屋主人もまた、難しい顔をしていた。 「確かにここから少しいった山で大トカゲが出没していましてね。山で放牧していた家畜が襲われ村の連中がとても困っているんですよ。でも、相手は大人の背の二倍はあるような大物だそうですよ。いくらあなたがサントハイム軍の腕利きだといっても、お一人で戦うのはご無理ではないでしょうか。」 ジェフははあ、と息をついた。自分はむしろ戦力外なのだが。そして、魔王を倒した八勇士の一人である姫は、相手の大きさが人間の二倍だろうが三倍だろうが、怯むところか大いに楽しんでうちかかっていくに違いない。 「お言葉、肝に銘じておきます。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 翌朝、『娘さんは宿屋に残していきなさい』とジェフは主人夫婦に何度も言われたが、二人は魔物が住むという山に出かけた。 大トカゲってどんなかしら。トカゲの魔物とは随分戦ったけれど、宿屋のご主人の話だと、私がまだ見たことがない魔物のようだわ。ううう、腕がなる。 ……心底嬉しそうに話しかけるアリーナに、ジェフは何も言えなかった。……大人の身の丈の２倍はあるという大トカゲ。そんなものと戦うのがどうして楽しいのだろうか。 雄弁だったアリーナが黙りこくった。馬を降り、鉄の爪を装備し、ジェフの前に立って進む。実戦経験の少ないジェフも、ピリピリした空気を感じ取っていた。……ここには確かに何か居る。ジェフも鞘から槍を外し、前に穂先を向けて構えた。 山の中腹に少し開けた草地があった。岩肌が剥き出しになっているところに洞窟がある。あれが巣なのだろう。アリーナは膝を折って屈む。丈の長い草が地表を多い尽くしていたが、ところどころ、ぺったりと倒れている。その部分は、大きな足跡の形をしていた。 「……この草地にちょくちょく出てくるのね。……爪のあとが深いわ。かなりの速さで走り回ることがあるようだわ。……ちょっと面倒だわ。」 腕組みをして考えるアリーナの後ろでジェフは震えていた。ジェフは半端魔物と戦ったことは幾度かあるが、サントハイム城に強い魔物が出た場合ときには後方に下がって下働きの者たちの避難を指揮していた。アリーナが戦い方に悩む魔物などに、彼の力が通用するはずも無い。大きなトカゲの化け物に、出会い頭に前足で振り払われて宙をぶーんと飛んで地面に激突し名誉だか不名誉だか……いや、絶対に不名誉だ。不名誉な戦死を遂げるに決まっている。 蒼ざめるジェフであったが、アリーナはくるっと振り向いてニコッと笑った。状況が状況でなかったら、天使の微笑みといってもよい笑顔でジェフに語る。 「ま、戦ってるうちにいろいろとわかってくるわ。ジェフは一歩後ろに下がっていて。援護できそうだったらしてもいいけど決して無理はしちゃダメよ。私、急所がわかったら、そこを強打して、敵を気絶させるわ。いい、そこから先はジェフの出番だからね。魔物が目覚めないうちにトドメをさして頂戴。目のところから頭の真ん中に向って刺せば大丈夫。いいわね。」 「アリーナ様、わざわざトドメを自分がさす必要はないのでは……どうか、アリーナ様が最後まで……」 アリーナはぶん、と首を振った。 「ダメよ！あなたはトドメをささなくちゃ。そうしたらお城に帰ったときに私は大声でいえるわ。ジェフが悪い魔物を倒したって。そうしたら、皆がジェフを本当は強い人なんだってわかってくれるわ。あなたの大好きなあの子だってジェフのこと、見直すわ！」 「そのことですけれど……」 アリーナは聞いちゃいない。 「とにかく！私、嘘はつけない。だからジェフが魔物を倒してくれなくちゃダメなのよ。……覚悟はいい？洞窟に入るわよ。この魔物、きっと物凄く素早い奴よ。広い場所に出してしまうと、面倒だから。じゃ！行くわ！」 洞窟に足を踏み入れると、生臭い匂いが漂っているのがわかった。幸い、上方にある岩の割れ目から細い光が差し込み、薄暗くはあるが、見えないことはない。アリーナは猫のように足音無く進んでいく。しかし、ジェフの軍靴の音は完全には消せはしなかった。少し進んだところでアリーナは制止するように右腕を横に拡げた。 「来るわ！」 地響きをたて、茶色の大トカゲが走ってくる。宿屋の主人の言葉は誇張ではなかった。大人の身の丈の二倍以上はある魔物が鋭い牙がびっしりと生えた口を大きく開けて侵入者を攻撃しに飛び出してきた。アリーナは冷静にタイミングをはかり、助走をつけてだっと跳び、鼻のあたりに鉄の爪で一撃を与えた。 大トカゲは衝撃を受け、よろめき後方へと転んだ。すぐに起き上がった魔物は予想以上の力を持つ侵入者に逆上した。後ろを向き、太い尻尾の一撃でアリーナをなぎ払おうとする。アリーナが辛うじて飛び上がって避ける。その着地する瞬間を狙って、鋭い爪の生えた前足が襲い掛かる。何度かそんな攻防を繰り返しているうち、アリーナは敵の動きが読めてきていた。傍目にはアリーナが劣勢に見えたかもしれないが、それも作戦のうちであったのだ。知能の低い魔物は、攻撃のパターンもそれほど多くはない。何度も傷つけていっては、逆上した魔物が、持てる以上の力を出すかもしれない。理想的には一撃で倒したい。自分だけならともかく、こちらにはジェフがいるのだ。そろそろ攻勢に打って出ようと回り込む位置に移ったアリーナは焦った。戦いに慣れていないジェフはアリーナが苦戦しているように感じ、援護をするため指示を破って前に出、一度二度と槍を突き出していた。その彼に、魔物は的を定めたのだった。 「ジェフ！」 アリーナがジェフの前に飛び込むようにやってきて噛み付こうと迫っていた顎を下から鉄の爪で抉った。血がだらだらと流れ出る。悲鳴をあげた大トカゲは狂ったように尾を振り回した。口を大きく開けると、そこから先がヘビのように先が二つに割れた蒼い舌が現れた。 「！」 アリーナは奥歯を噛んだ。あのような舌を持つ魔物は確か…… 魔物が、蒼い粘液を喉の奥から吐き出した。岩に付着した液体は、ジュウ、と音をたてて黒く変色した。 「あの液に触れてはダメよ、ジェフ！あいつはあなたを狙ってる！」 たじろいだジェフの足元に粘液が飛ぶ。大トカゲは尚も執拗にジェフを追った。慌てふためいていたジェフだったが、逃げるうちに、魔物は粘液を吐き出すときに一度動きを止めることに気付いた。 「姫様！」 走りながらジェフは叫んだ。 「俺が、おとりになります。その隙に姫様は奴を！」 言うなりジェフはその場に蹲った。アリーナは咄嗟に動いた。ジェフは自分を信頼してくれたのだ。それに応えないでどうする。大トカゲが動きを止め、動かないジェフに向って毒液を吐き出した。アリーナは渾身の力を込めてトカゲの眉間を打ち据えた。どう、と音をたて、トカゲは倒れ、絶命した。はあっと息を吐き出したアリーナにジェフが並んだ。 「大丈夫？ジェフ。……その格好は？」 鎧や手甲、マントまで脱いでしまったジェフは頭を掻いた。 「申し訳ありません。陛下に支給された軍装一式ダメにしてしまいました。」 粘液が付着した装備を指差し、ジェフは眉を下げた。アリーナはジェフがかすり傷しか負っていない事を確かめてから済まなさそうに頭を下げた。 「謝るのは私の方。……トドメ、私が刺しちゃった。……でも、私がトドメを刺せたのはジェフがおとりになってくれたからよ。だから、私、お城に帰ったら貴方がいてくれたお陰で魔物を倒せたって皆の前で言うわ。それは嘘じゃないもの。」 門番はアリーナより深く深く頭を下げた。 「滅相も無いです。姫様は自分がいなかったらあんな魔物は苦も無く倒せたのでございましょう？わかっておりますよ。自分がただの足手纏いだったということは。」 そんなことないわ、と否定するアリーナにジェフは笑顔を返した。 「これで、まわりに住んでいる人たちも安心して暮らせるようになります。それに、城の皆が自分のことを強いと思おうが思わなかろうが、もうどうだっていいんです。」 アリーナがその言葉の意味を問い返そうとしたとき、洞窟の奥から何か音がした。甲高い小さな声。反響し伝わってくるその音は小鳥の囀りのようにも聞こえる。 二人は顔を見合わせ、音の方へと足を進める。 枝分かれした細い穴の先に音の主達はいた。……それは、トカゲの子供だった。卵から孵化したばかりの子トカゲは、まだ歯の全く生えていない口をぽっかりと開け、アリーナ達を親トカゲと間違えているのか、エサをねだるように甘ったれた声を上げた。瞳は大きく黒く、時折パチパチと瞬きする。それは、怖ろしいことなどまったくなく、むしろ可愛らしく思えた。 ジッと子トカゲを見つめるアリーナを見、ジェフが口を開いた。ジェフはアリーナの考えていることがわかった。……だって彼はアリーナがほんの子供の頃からずっと彼女を知っているのだから。八勇士の一人、武術の達人の王女としてではなく、お転婆だがとても優しい少女としてのアリーナを知っているのだから。 「姫様、子供と言うのは、どんなに凶暴な生き物の子供でも可愛らしく見えるものです。しかし、それが成長したときには、人を平気で襲うようになるのです。」 「……小さな頃から育てても？」 アリーナはジェフに向き直った。 「私、いいスライムを知ってるわ。人間と友達になったいたずらモグラのことも知ってる。どんな魔物だって、頑張って優しく育てれば……！」 門番は出来る限り怖い顔をしてみせた。 「スライムやいたずらモグラとは違います。……先程、あの大トカゲと戦って、よくお判りでしょう？」 でも、……と消え入るような声で言い、アリーナはそれきり黙ってしまった。が、しばらくたってから凛とした声で言った。 「わかったわ、ジェフ。ここで、この子たちを殺さなければ大きくなってから大変なことになるんだものね。ゴメンね、貴方達だって、好きで魔物に生まれたわけじゃないのにね……ゴメン、ご免なさい。」 鉄の爪を振り上げるアリーナの腕をジェフが掴んだ。 「姫様、ここから先は姫様の仕事ではありません。兵士の仕事です。……大丈夫ですよ。相手は子トカゲと動かない卵。さあ、アリーナ様は先に戻っていらしてください。すぐに終わらせて行きますから。」 「でも！」 「……お願いです。自分に任せて下さい……でないと……俺、一生後悔しちまうんで……さあ、行ってください！」 アリーナは尚も躊躇していたが、ジェフに背を押され、洞窟の入り口へと駆け出した。走っていく背後から、子トカゲの甲高い断末魔が断続的に聞こえた。 のんびり草を食んでいる馬の足元にしゃがんでいるアリーナのところにジェフがやってきたのはそれからしばらくしてからだった。 「終わりました。」 そういうジェフに頷いて見せ、アリーナとジェフは再び馬上の人となった。宿が見えてくるころには日も暮れ、一番星が見え始めた。と、ジェフの体が前にガクンと倒れた。 「ジェフ……」 背をさすったが、反応はない。 「ジェフ!?」 馬の背から飛び降り、前にまわると、門番は真っ青な顔をして意識を失っていた。 泣きそうになりながら手綱をとってひき、宿屋の扉を狂ったように叩く。扉が開いて顔を覗かせた人物はアリーナを見るなり大声を上げた。 「アリーナ！もう、あなたっていう人は!!いきなり城を抜け出して魔物退治なんて……アリーナ？」 「どうして……クリフトが……!?」 「わからないとでもお思いですか？あの日届いた書状の内容は、あなたに渡す前にざっとですが、チェックしてありました。あなたが持ち去った手紙が、この場所に関係あることは調べればわかりました。更に、あなたはリアの居る宿屋に遊びに行きたいと幾度かいっていましたし、第一日頃からの行いを見れば。え？アリーナ、どうしたんですか。」 アリーナは涙をぼろぼろとこぼし、クリフトに抱きついた。 「クリフト、助けて。ジェフが、ジェフが大変なの。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 神官のみたてでは、ジェフの体には多量の毒液が染み込んでいるということだった。粘液を吐く魔物は血液そのものが毒であることが多い。碌な装備をつけずに子トカゲの体液を、そして卵の飛沫を被ったジェフはそれと知らずに毒を浴びていたのだ。寝台に寝かされた彼の枕もとに座り、毒を抜く呪文を時折唱え、看病を続けるクリフトに、“もう休んで下さい、ここには私がいますからね”と部屋から外に出されたアリーナだったが、眠れるはずも無く、宿の食堂の椅子にポツンと一人座っていた。すると、リアが暖めたミルクをカップに入れてもってきてくれた。 「飲んで下さい。お夕食も殆ど召し上がっていらっしゃらなかったでしょう。体を壊しては、クリフトも、今は眠っているあの兵隊さんもとても心配されますわ。」 促されて一口飲んだミルクは砂糖が入っているのか、仄かに甘かった。 リアは黙って座っていた。アリーナは堪らなくなって、リアにまくしたてた。今回のことはすべて自分に責任があること。自分の浅はかな考えで、ジェフによしと思ってしたことが、結局はただの我侭勝手だったこと。ジェフが毒に冒されていることにもっと早く気付けたはずだということ。ジェフにも、クリフトにも、そして、城の皆にも、、それからリアたちにも迷惑をかけてしまったこと。自分は王女などと言う肩書きを持っているが、最低の人間であること。 リアは黙って聞いていた。そして、押えた声でこう言った。 「そんなことはない、などとは申し上げませんわ。アリーナ様はおっしゃった通りのことをなさってしまったのですから。」 アリーナのハシバミ色の瞳が大きく開き、背がビクンと震えた。 リアは続ける。 「でも、アリーナ様はそのことをもうお判りになっていらっしゃいます。そして、二度と同じことを繰り返さないことも。……アリーナ様がそういう方であるからこそ、クリフトも、あの門番さんも、アリーナ様をお慕いしているのです。門番さんは大丈夫ですよ。クリフトが絶対に大丈夫といったのですもの。クリフトは小さい頃から決して嘘をつかない人ですよ。」 ね、とこちらを向いたリアは優しい笑顔だった。 目が潤んでくるのを誤魔化すために、アリーナはもう一口ミルクを飲んだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次の日、クリフトが乗ってきた馬と、ジェフの馬を荷車につなぎ、一行はサントハイム城へと出発した。御者台にはクリフトとアリーナ、荷台にはジェフとその横にリア。アリーナに城に招待されたリアを宿屋の主人は、折角だから王都でゆっくりしておいで、ずっと働きづめだったじゃないかね、と、快く送り出してくれたのだ。 後ろを向き、まだ横になっているが血色が戻ったジェフ顔を確認し、アリーナに言う。 「反省しましたか？」 「うん。随分ね。」 「もう黙って抜け出したりしませんね。」 「勿論よ。約束するわ。」 クリフトは満足そうに微笑んだ。アリーナにも少しずつだが王族としての自覚が育っているようだ。 「黙って抜け出したりはしないわ。次はクリフトに相談して一緒に来て貰うわ！クリフトだったら、お父さまやブライをどうやって誤魔化すかいろいろ案を出してくれそうだし、なんといっても、どんなときにも回復役は必要だわ。今回それが身に沁みてわかったわ！」 クリフトは天を仰いだ。 「ダメ？」 「ダメです！」 「むう……でもここぞ！というときにはヨロシクね！」 頬にキスを一つされて、頭に血が上ったが、クリフトは叫んだ。 「ぜ〜ったいに、ダメです！」 ジェフの額にのせた手拭を取り替えながら、リアが後ろで笑った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ それからひと月が経った。アリーナの父、ライル王は私室でブライとチェスに興じていた。 ブライに痛いところをせめられ、王は唸っていたが、ああ、これはもう負けだな、と笑った。ブライは帳面を取り出し勝敗を書き込む。王がブライに勝つのは10戦に一回も無いが、これでも以前に比べればずっと強くなった。 「時に、新しい女官で評判のものがおるそうだが。」 「はい。仕事熱心な上に、心栄えのよい者でしてな。その者を悪くいうものなど一人もおりません。女官達の世界は複雑なところでありますが、そこでやっかまれることがないというのは奇跡に近いですぞ。」 「聞けば、市井の者であったということだが。」 「はい、王宮での立ち居振る舞いに、最初こそ戸惑っておりましたが、その飲み込みの速さたるや、もう今では貴族の子女など目ではございません。気配り上手で、痒いところに手が届く、まさに女官の鏡でございます。」 「ふむ、そのように良き働きをする娘を見出して採用したものに、褒賞を取らせねばな。」 すると、ブライははああ、とタメイキをついた。 ｢陛下、ならば、アリーナ様を褒めておやりになるのですな。アリーナ様がムリヤリこの城にひっぱりこんだのですからな。その女官、陛下もご存知の者ですぞ。ほれ、あの、姫様が魔物退治に乗り出して、不憫な門番が毒塗れになったときのクリフトめの幼馴染の……」 王はポンと手を打った。 「ほう、あの者か。確かリアといったな。うむうむ。確かによい娘だ。ふふ、爺、お主、好みであろ？」 「陛下も、でございますな？」 王とブライは笑った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アリーナは門のところでジェフと立ち話をしていた。 「本当によかった。ジェフが元気になって。」 ジェフは槍を構えたまま眉を下げた。 「いえ、自分がもっともっといろいろと知っていて気をつけて魔物の血を浴びなかったらあんなことにはならなかったわけですし。」 「ジェフが強い人だって言いたかったのに……ゴメンね……あの人、ジェフが好きだった人、他の人と結婚するんだってね。」 ジェフは頭を兜の上から掻いた。 「そのことでしたら心配ご無用です！なんといっても、自分は、彼女が他の男と婚約したことをあの大トカゲと戦う前に既に知っておりましたから！」 サバサバというジェフにアリーナは目を丸くした。 「だって、ジェフは、“強くなりたい”って言ったじゃない。それはあの人のためだったんでしょう。」 「いいえ。……彼女に振られて、いや、振られるどころか自分の完全な片思いだったわけですが、女性のこと一人でこんなにも頭がぐるぐるして気持ちが乱れる自分のことがとても情けなくなりまして……だから、もっと強い心を持ちたいと思いまして“強くなりたい”と言ったんであります。別に腕っ節をあげたかったわけではないんであります。」 なあんだ、そうだったの。ジェフらしい。とアリーナは微笑み、急いで、ジェフの素敵なところをわかってくれる素敵な人が今にきっと見つかるから、と付け足した。 「でも、次こそはいいところを見せましょう！」 「へ？ま、またどこかに行くのでありますか？」 「ええ、今度はクリフトも一緒に。だって、私は王族としてのつとめを果たさなくちゃいけないもの。ご覧の通り、私は王女とかましてや女王とかいう柄じゃないでしょう。でもってすぐに暴走しちゃう。だとすれば！」 「だとすれば？」 「私がサントハイムの為に王族としてできる最良のことは、私を諌めて助けてくれる人を見つけてお城に来て貰う事だと思うの!!」 「じ、人材探しの旅でありますか？」 「そうね、そうなるかな。勿論魔物退治も一緒にやるのよ！半分は私の我侭だけど、国にとっていいことならそれでもいいわよね！」 「そ、それは……」 ジェフは諌めようとして苦笑した。アリーナに限っては、それは間違っているとはいえないのかもしれない。 「じゃ、指きり！」 半ば強引に指きりさせられてしまったジェフは、走って城の中に戻っていくアリーナを槍を振って見送った。 |
| 131313打、mount-root-yy様からのリク、なるべく早く仕上げる、と言っておきながら、随分遅れてしまいました。(前編のアップが2007.9.2、今日が2008.5.5ですから実に８ヶ月ぶり!!すみませんすみませんすみません…)他サイト様では、成長して立派に王族としての義務を果たしている女王アリーナなどもお見かけするのですが、ウチでは永遠にこんな風です。 周囲の人々に恵まれているからこそアリーナは無茶でき、アリーナの心がまっすぐだからこそ、周囲の人々に恵まれ……そんな風なことを書いてみました。故にクリフトはあくまでも脇役で。でも、彼無しでは成り立たないのがやっぱりアリーナなのでしょう。 門番のジェフ君はひそかなお気に入りですが、行く行くはリアさんといい仲になってくれればいいかなあと思っております。そうなれば、年を経てもずっと王宮暮らしでリア姉さんが大好きなアリーナは万々歳ですから。 お待たせした挙句、オリジナルキャラ寄りの話となってしまいましたがどうぞお納め下さいませ。 |