このSSはもう一つのSSの書き出しの部分と同じ文が少しあります。初めを同じに展開を違えて・・・・と思ったのですが、なんだかあんまり生かせなかったみたいです。(T_T) |
「う〜ん、生き返るわぁ、狭い風呂桶じゃなくって、手足を伸ばせるってサイコー！」 モンバーバラの舞姫が湯につかってううんとのびをすると、妹のミネアも同意するように頷いた。 「そうね、ここのお湯はいろいろな効用があるみたいだし。」 ここはアネイルという町。”アネイルに来て湯に入らないものは死ね。”という言葉があるくらい、その温泉で有名な保養地だ。そして世界を旅する勇者たちの一行もここでしばしの骨休めをしていた。天然の岩を利用して作った巨大な浴槽は青天井にもうもうと白い湯気がたちこめ、遠くで入浴している人の姿は霞んでいる。 ミネアの横では、サントハイムの王女アリーナ姫が、手を握ったり閉じたりいていた。この可憐で可愛らしい姫君は、その姿から想像できないことに、ひとたび戦場に立てば鬼神のごとき活躍をする武闘家であった。 その様子をじっと見ていたマーニャの視線に気づき、アリーナは自分の左肩を右の人差し指で指してみせた。 「あ、これのこと？」 そこにははっきりとはしていないが、傷跡があった。 「テンペって村で、魔物にやられたの。うん、あの頃はまだ修行不足で。」 アリーナは笑った。傷跡があることそのものは何も気にならないらしい。 あっけんからんという姫にマーニャは眉をそびやかした。 「そんな傷跡残すなんてあんたのとこのバカ神官、治療しなかったの!?」 「クリフトはバカじゃないわ！」 ミネアがくすっと笑った。みんなと一緒のときは、弱いだの、武人ではないだの、過保護すぎるだのと、神官に対して言う姫君は、本人のいないところではいつだって彼の味方であった。 「あ、はいはい、あいつをバカっていっていいのはお姫さまだけだわね。で、どうなの？」 「？もちろん、すぐ治してくれたわ。・・・・っていっても気を失っていて覚えていないんだけど。骨が見えるくらいにザクッて切られてしまっていたの。」 マーニャは口笛を吹いた。それほどひどい怪我だったのならば、これだけしか傷が残らないのは逆に奇跡に近いだろう。 このパーティーには、治癒魔法の使い手が三人居る。 一人は神官のクリフト、もう一人はここにいるミネア、そして、緑の髪の勇者アレクだ。その中でもクリフトの治癒魔法は群を抜いた力をもっていた。魔物に切り裂かれた傷は、神官の呪文が飛んだ直後に瞬間的に塞がる。ミネアの精霊の力を使う治癒呪文も大したものではあるのだが、彼女の魔法の質は、どちだかといえば、じんわりと優しく癒していくものである。 （そうだね、あいつがアリーナを治さないわけないものね。） 治癒呪文は、それを施す相手への想いの強さが効果に影響するらしい。妹のミネアの場合は、なんのかんのいって、マーニャに一番よく効く。（故郷のコーミズ村ではマーニャより、オーリンに効いていたような気もするが）、神官の場合、博愛精神の持ち主らしく、その効果はたとえば殴り合いの喧嘩をして傷ついた酔っ払いをも癒すが、彼の後見人であるブライや、彼がそのそば仕え役を長年勤めているこの可愛らしい姫に対しては目を見張らせるものがあった。 と、男湯の方がにわかに騒がしくなった。 それより少し前のこと、 男湯では５人の旅の仲間がゆったりと湯につかっていた。 バトランドの王宮戦士ライアンは無言でゆっくりと肩の筋肉を揉み解しており、サントハイムの王宮魔術師であるブライ老は肩まで湯に浸かり持病の神経痛が出ぬようにと湯の中で腰をさすっている。 レイクナバ出身の商人トルネコはさきほどからここの温泉の効能を熱心に語っていた 「・・・・疲労回復にはもちろん、皮膚病から神経痛、冷え性、疳の虫、刀傷にも効くといいますよ。」 「へえ、刀傷にもですか。」 アレクの視線が傷だらけの王宮戦士の方に向いた。 「凄い傷ですね。ライアンさん。」 王宮戦士はいかつい顔を少しばかり和らげた。 「古傷だ。・・・・青年の頃には無茶な戦い方をしていたのでな。しかし、共に旅をするようになってからの傷は殆どない。・・・・怪我をせぬわけではないが、勇者殿、あなたやミネア殿やクリフト殿のおかげだ。」 まだまだ治癒呪文に確実性がないアレクは、照れくさそうにクリフトを見た。 「アレクの治癒呪文は確実に腕があがっていますよ。私も教え甲斐があります。」 神官はそういってから、アレクの背に痣を見つけて手をあてた。 「痛ッ！」 「・・・・・昼、魔物の打撃を受けた場所ですね。やはり痛かったのでしょう。・・・・遠慮なく言って下さい。私の役目は皆さんを癒すことなのですから。」 神官が小さく治癒呪文を唱えると、打ち身の鈍い痛みは嘘のように融けていって黒っぽい内出血のあともなくなった。 「すみませ・・・・ 礼を言おうとしてアレクは湯の中に倒れていく神官の体をあわてて支えた。呼吸が荒く、表情が苦しげだ。 「クリフトさん！クリフトさん！しっかりして下さい！」 神官はライアンに背負われて宿に戻った。大丈夫です、大丈夫です、と小声でいうが、寝台に寝かされたその額には脂汗が浮かんでいる。 「クリフトが、倒れたんですって？」 マーニャが、どん、と扉をあけて入ってきた。アリーナは一直線に神官のところに走り寄る。神官は無理に笑った。 「少し傷が痛んだだけです。皆さん大げさなんですから・・・・」 青白い顔でそう言われても全く説得力がない。ミネアは気遣わしげにアリーナの横に立った。 「とにかく治療を。」 ライアンがクリフトの体を起こし、神官衣を脱がせ、アレクが黒いシャツを捲り上げようとしたとき、クリフトはアリーナに言った。 「姫さま、ここから出ていらして下さい。」 「え？」 言われていることの意味がわからなくてアリーナはきょとんとした。 「姫さまにお見せするようなものではありません。」 「え、でも・・・・」 普段、温和なクリフトがすることのない厳しい顔、厳しい声 「・・・・・私は姫さまにお仕えする従者であり家臣です。心配をおかけするなど本来あってはならぬこと。負った傷を見せるなど恥以外の何物でもありません！」 アリーナは何か言いたそうにしていたが、神官の鋭い視線から目を逸らし、だっと部屋から駆け出していってしまった。トルネコは、クリフトのそばでどうしたものかと迷っているようなブライに目で合図すると姫のあとを追った。 「！」 ミネアは傷を見て息を飲んだ。ライアンが頷く。 「表面上は塞がっているが、体の中で膿んでしまったのだろう。深い傷には間々あることだ。」 ミネアはかなり腫れた傷にそっと手をかざし目を瞑ると治癒魔法をその唇からつむぎ出した。黄金色の光が満ちて、命の精霊たちが力を及ぼす。やがて苦しげだった神官の顔が和らいだ。 「すみません。」 うつむいたままミネアは言った。紫水晶の瞳が潤んでいる。 「私のせいです。・・・・こんなに酷くなるまで気づきもしなかったなんて。クリフトさんは無理をする方だから、私がしっかり見ていなければいけなかったのに。」 コン、とその場の空気に場違いな音が響いた。ブライが神官の後頭部を杖で軽く殴ったのだ。重篤な状況でなければこの魔術師は神官に手加減はしない。 「いや、ミネア殿が謝る必要はありませんぞ。こやつはこのブライにもわからぬように必死で隠していたわけですからな。クリフト、隠すのならば自分では自分の傷をまともに治せるようになってからしろ。できないうちはミネア殿に頼るがよかろう。心配をかけたくないなどど思ったのじゃろうが、ほうれ、結局こうして極大級の迷惑をかける結果になった。・・・・ま、幸いにここはアネイル。旅に支障が出ぬ程度に湯治することじゃ。よいな、クリフト。」 神官は頷き、一同はほっと胸を撫で下ろした。 と、マーニャがぼそ、と言い放った。 「バカ神官。あんた、サ・イ・ア・ク。」 ミネアが、何をいうの！というように姉の手首を掴んだが、マーニャは止まらない。 「何を考えてるか知らないけど、アリーナはあんたのことを従者とか家臣とか考えてないわよ。・・・・あんたはわかってるでしょ！あの子はいくら強くったってまだ16才の女の子なのよ。倒れて迷惑かけた上に、あの子まで傷つけるなんて最低！」 捨て台詞のようにそういうと、彼女は部屋から出て行ってしまった。クリフトが疲れたようにブライに向かって目を向けると、ブライは無言で杖をくるりと回した。 マーニャが部屋に戻ると、アリーナとトルネコが並んでベッドに腰掛けていた。商人は踊り子に自分の場所を譲ると去っていく。 アリーナは俯いて床に届かない足をぶらぶらさせながらマーニャに訊ねた。 「クリフト、大丈夫だった？」 踊り子はウインクしてみせた。 「大丈夫、ミネアの呪文はよく効くからね。あいつ全く大袈裟なんだから。」 アリーナは尚も足をぶらぶらさせている。マーニャも珍しく黙っていた。口を開いたのはアリーナだった。 「トルネコさんにも言ったんだけど・・・・クリフトは時々ああいう言い方をするの。・・・・・ちょっとは慣れたけど、今回のは仲間はずれみたいで・・・・かなり嫌だったかな・・・・トルネコさんは、クリフトが私に心配させたくないからだ、っていってくれたけど、何だか、それだけじゃないよね・・・・」 踊り子は上を向き、下を向き、心の中でため息をつき・・・・・ニヤリと笑った。 「・・・・それじゃ、これからでも傷を見せて貰お！仲間はずれは嫌だものね。」 アリーナが目をあげる。 「ふっふっふっ・・・・マーニャお姉さんに任せなさい。」 「本当に僕だって怒りたくなりますよ！・・・・僕だって治癒呪文を使います。仲間が怪我で倒れるなんて、それこそ不甲斐なくて悲しいことです。第一クリフトさん、あなたが自分に治癒魔法をかけていることなんて僕は殆ど見たことがない。どうしてあなたはそうなんですか」 アレクに言われて丸椅子に腰掛けたクリフトは首を横に振った。 ランプの明かりがともっていても、部屋はぼんやり薄暗い。 「私は援護役です。倒れさえしなければいい。回復呪文が一回かけられるかかけられないかで決まる戦いもあるでしょう。・・・・ならば自分に使わずに済む魔法力は仲間の為にとっておくことが務めです。アレク達がいくら傷ついても立ち上がって魔物に向かっていけるように。それに、何故だか、私は自分に対してはあまり治癒呪文が効かないのです。」 アリーナはアレクとクリフトに割り当てられた部屋の扉を細くあけて中を見た。神官衣を脱いで、黒いシャツを着たクリフトの背中が見える。 何だか知らない人のようだ、と彼女は思った。 サントハイムを旅立ってもう一年以上。初めはブライと三人だけで旅をしてきた。そして八人の仲間が揃って・・・・その中でクリフトが神官衣を脱いでいる姿を見たのは三回しかない。 クリフトの故郷の村、神官衣を補修に出したとき、そしてミントスで彼が倒れたとき。その３度だけ・・・・宿では必ず別の部屋だったし、一部屋しか取れぬときには神官の戒律なのだと言い張って自分は廊下で寝ていたっけ。 あの背中は、昔はアリーナの場所だった。城からの抜け道を通って近くの森に探検にいくとき、ぬかるんだ地面では必ずさっとあの背を貸してくれた。大暴れして疲れて眠ってしまったときは、あの背中に揺られて城まで連れ帰ってくれた。・・・・眠ったふりをしていたこともある。そしてそれをクリフトは知っていたらしい。 「アリーナ様、ほら、夕焼けが綺麗ですよ。」 眠っているはずのアリーナにクリフトはそんな風に優しく話しかけた。 そうではなくなったのはいつからだったろう。 神学校を卒業したとき、クリフトはアリーナのことを「アリーナ様」ではなく「姫さま」と呼ぶようになった。正式な神官位を取得したとき、自分のことを「僕」ではなく「私」というようになった。アリーナが変だといって笑うと、私はもう大人ですから、と静かに言った。 本当に悲しいとき、寂しいとき、困ったときには今まで以上に優しくしてくれたが、日常で遊ぼ、と誘っても仕事があるから、と断られることが多くなった。神学校にいるときには、よほど忙しい課題があるとき以外はいや、忙しくても短い時間を空けて付き合ってくれたのに。 寮の部屋を訪ねると、ここに来てはダメです、と物凄い剣幕で追い返されるようになった。（それでもアリーナは何かあると行ってしまっていたが。） クリフトはアリーナになんでも教えてくれていたはずなのに、秘密にしていることが増えてきた。彼はアリーナが知らないうちに、護衛術として習う神官の剣術以外に、神官戦士を養成する課程で激しい剣術の修行を受けていた。留守をしていて不思議だと思っていたら、魔物の巣食う洞窟の調査に回復役として同行していた。いつだか頬を赤く腫らしていたことがあったが、理由はとうとう教えて貰えなかった。 それにクリフトの背中はあんなに大きくなかったはずだ。 アリーナは、きゅっと口を一文字に結ぶと、ばん、と扉をあけて大またで入っていった。 「クリフト！」 振り向いたクリフトも、アレクも、アリーナを見て言葉が出なかった。彼女はマーニャから貸して貰ったのか、防寒用の毛皮のコートを羽織っていた。サイズが合うはずもなく、裾は床を摺り、袖は何度も折り返してやっと手が出ている。 「あれからなんだか腹がたってきたの。どうして私だけ特別扱いなの？クリフトが恥なんて思うことないのに！クリフトが怪我をするのは、私やアレクやライアンさんが前を突破されたときじゃない！だからクリフトが怪我したことで恥に思わなくちゃいけないのは、私なのよ！」 神官は戸惑ったようにわき腹の傷を押さえた。 「ですが・・・・」 姫はさっと毛皮のコートを脱ぎ捨てた。アレクとクリフトが硬直する。彼女は下には寝巻きのズボンの上には袖なしの木綿のシャツしか着ていなかった。左肩の傷を指差す。 「これが私の傷！クリフトが見せてくれて初めておあいこだからね。」 それから、彼女はマーニャに教えられていなかった言葉を付け足した。 「それとも、王女の命令だって言わなけりゃいけないの!?」 神官はしばらくしてからぽん、とアリーナの頭に手をおき、黒いシャツの裾に手をかけた。 「・・・・・本当に大したことないのですよ。痕が残っていてもお気遣いなく。」 シャツを脱ぐといくつかの傷がアリーナの目に飛び込んできた。右のわき腹、右の肩、右の二の腕。そして背中の右側にも。 右に傷が集中しているのは、右利きのクリフトが呪文の詠唱で印を結ぶ左手を後ろにし、防御の為に長剣を掲げ、魔物に体の右側を向けるせいだ。 そっと手のひらを一番大きな噛み傷にあてる。これはテンペで岩獅子の牙にやられたとき。まだ自信過剰だったアリーナが気軽に挑んだ戦いの結果。その上の横に走る小さな傷は、情けないこと混乱の呪文をくらった自分が鉄の爪でつけたものだろう。肩の傷は、見たことがない新しい魔物だと、喜んで飛び出していって挑んだ蓑虫の化け物に麻痺攻撃を喰らって、クリフトが前に出て盾になってくれたとき。そしてあっちの傷は・・・・・・ あれ、とアリーナは思った。 私、クリフトの傷、どうやってついたかがわかる。 きっと、教えてくれないことは沢山あるのだろうけれど、傷のことだけはよくわかる。 宿の廊下でマーニャは壁に寄りかかり、天井を向いてふう、と息をついた。 通りかかったライアンが、一人きりで真面目な表情をしている踊り子に声をかけた。 「姫君のこと、余程気にかかると見える。」 言われてマーニャは面倒くさそうに両手を広げた。 「気にかかるっていうかね・・・・・本当のことを言わない人間が気に食わないのよ。優しい嘘でもあたしは大嫌い。基本的に堅い奴が肌に合わないのよ。・・・・・」 王宮戦士はマーニャから少し離れて同じように壁に寄りかかった。 「もしも・・・・・もしもあたしたちが何年か後まで生き残っていられたとして、だけど・・・・あいつの傷を指で辿っていいのはあの子だけだと思うし、あの子の傷にキスしていいのはあいつだけだと思ってる。・・・・わかってるわよ。王族とかなんとかっていろいろ面倒くさいってことは。・・・・・でもね、御伽噺は嫌いじゃないし、どうせだったらハッピーエンドがいい。」 寡黙な戦士は珍しくも微笑を浮かべ、こう言った。 「あの姫君はまだ幼いが、いざとなったら強くなれる方だ。それはただの夢物語ではないかもしれぬ。」 踊り子はくすっと笑った。 「あなたに言ってもらうと、なんだか説得力があるわ。・・・・・ライアンさん、あなた、 （イイ男よね、）と続けようとしてやめる。 （あぶないあぶない。） 訝る戦士に踊り子はひらひら手を振った。 「ただ、姫君の方に全く自覚はないと思うのだが？神官殿の寄せる愛情もマーニャ殿の言われるものとは少し質が・・・・」 「・・・・・あう〜、それが最大のネックだったりして〜」 傷を見るアリーナの頭の上からクリフトはアリーナの肩の傷を見ていた。 「何？」 「いえ、結局痕が残ってしまいました。姫さまご自身にも、陛下にも、亡くなった王妃様にも申し訳がたちません。」 アリーナはぺち、とクリフトの傷を叩いた。 「クリフトの方が100倍くらい酷いわ。」 「女性の場合は・・・・第一姫さまは王国を継ぐ方なのです」 アリーナが目を吊り上げる 「また、そんなこと！私にその気はないし、もし何かの間違いでそうなったとしても、傷を気にするような奴は願い下げ。あのね、それより、何だか嬉しい・・・・私、クリフトの傷、嫌じゃないよ。大好き。だってこれは、私や皆を守ってくれたときについた、優しい傷だから・・・・それにクリフトがずっとわたしのそばにいてくれていたのがわかるから。」 アリーナはクリフトの背に抱きついた。 「姫さま！」 神官が慌てた声を出したが、アリーナは彼の背に頬を付け、目を閉じて回した腕を外さない。 ここまできて、硬直していたアレクがだっと扉の外に走り出て行った。 「？あれ、アレクどうしたのかしら？」 飛び出してきたアレクに代わり、マーニャとライアンが中を覗いた。 「あらあら、」 上半身裸の神官に袖なしシャツの姫が抱きついている図を目に入れて踊り子は目をぱちぱちさせた。それから悪戯っぽい光を漆黒の瞳に浮かべて言い放つ。 「堅物神官、アリーナだってちゃんと成長してるんだから、そこらへんも背中からし〜っかり感じておきなさいよね。」 しっかり感じたんだかなんだか神官は真っ赤になったがアリーナはにこにこっと笑っていた。 「同じよね。昔、沼に落ちたとき、クリフトも私もこんな格好で服が乾くまで焚き火をかこんでたことがあったよね。・・・・昔と同じよ。」 それを聞いた踊り子はつん、と姫の額を横合いから押した。 「昔と同じ、じゃ、だめよ。」 「？」 「ちゃんと言ったからね、よく覚えておくのよ。昔と同じ、じゃだめ。いくらそれが心地よくてもね。・・・・・堅物神官！あんたにもきこえたわね！」 アリーナがくしゅんとくしゃみをした。シャツ一枚ではさすがに寒かったかもしれない。 「ありゃ、冷えちゃった？これから一緒にもう一度温泉に行こうか？」 アリーナはクリフトから手を放し、差し出されたマーニャの手をとった。 「うん、マーニャさん、有難う。」 「まず着替えなけりゃね。そうだ、ミネアも誘おうか。」 「ええ。」 取り残された感じの神官はシャツを頭から被ると何か言おうとした。 「何？それともあんたが、アリーナを混浴露天風呂にでも連れてってくれるわけ？」 ・・・・何も言えなくなった。 「さ、アリーナ、行こう、行こう！」 二人が出て行ってしまったあと、疲れたようにため息をつく神官の肩をライアンがとん、と叩き、戻ってきたアレクも逆の肩を叩いた。 廊下ではブライが、まったく面倒な奴じゃとぶつぶつ言い、トルネコは同意するように微笑みながら頷いた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ それから何日かして、妙な顔をして馬車の外を歩くアリーナにマーニャは声をかけた。 「何不景気な顔しているの？そんなんじゃイイ女になれないわよ。」 「ん？あ、あのね、アネイルでマーニャさんに“昔と同じじゃダメ”って言われた意味がわからなかったからクリフトに聞いてみたの。そしたら、“自らの矩を超えず、職務を全うする”とかなんとかまくし立てられたの。マーニャさん、そんなことを言ったんじゃないでしょう・・・・・？ 「あンの堅物っ！」 後頭部を殴りつけるべく鉄の扇をかざしてそっとクリフトの背後に忍び寄るマーニャの姿を、ライアンは笑って見ていた。 |
アネイル第二弾。
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