「ああ、やっぱり温泉は気持ちいいですね。」 緑の髪の勇者アレクがゆったりと湯につかっていうと、トルネコが頷いた。 「ここの湯は特に効用豊かですからなぁ。」 ここはアネイルという町。”アネイルに来て湯に入らないものは死ね。”という言葉があるくらい、その温泉で有名な保養地だ。そして世界を旅する勇者たちの一行もここでしばしの骨休めをしていた。 バトランドの王宮戦士ライアンは無言でゆっくりと肩の筋肉を揉み解しており、サントハイムの王宮魔術師であるブライ老は肩まで湯に浸かり持病の神経痛が出ぬようにと湯の中で腰をさすっている。 天然の岩を利用して作った巨大な浴槽は青天井にもうもうと白い湯気がたちこめ、遠くで入浴している人の姿は霞んでいる。 「疲労回復にはもちろん、皮膚病から神経痛、冷え性、疳の虫、刀傷にも効くといいますよ。この湯から採れる湯の花は温泉に比べると効果は薄いですが、それでも高値で取引されているようです。更に飲むと体にいいのです。」 「え？飲むんですか？」 水面を見つめたアレクに青年神官クリフトが笑いかけた。 「アレク。飲む為のお湯は脱衣場の横にある樋から飲んだ方がいいですよ。」 アレクは照れ隠しをするようにクリフトに尋ねた。 「クリフトさん。なぜ、飲むといいのですか？」 「私にもよくわかりませんけれど、お湯に溶け込んでいる微量のミネラルが効くらしいです。因みに飲むと痩せることもできるようです。」 四人の視線がトルネコに集まったが、当の本人は大声で笑った。 「私の腹に詰まっているのは勇気と希望とネネの愛情ですからね。別に痩せようとは思いませんよ。」 そのとき、遠くからマーニャの声が聞こえてきた。 「う〜ん、生き返るわぁ、狭い風呂桶じゃなくって、手足を伸ばせるってサイコー！」 ミネアやアリーナも一緒に居るはずだが、ひとまず声は聞こえてこない。マーニャらしいとアレクは笑った。 「クリフトさん。お城の風呂ってどういうのなんですか。やっぱり大きいんでしょうか。」 「いいえ、城内の浴場でもそんなに大きくは・・・・」 ブライは首を捻った。 「お前さん、城内の浴場なんぞ、使ったことがあるのか？」 クリフトははあ、と疲れたように息をついた。 「必要に迫られまして。」 「何じゃぁ？」 「じいさま。私は姫さまのそば仕えをもう十年以上やって参りました。・・・・姫さまときたら、探検だ、冒険だ、武闘の稽古だと、積み肥の山に頭から突っ込むは泥沼に落ちるわ。それも国外のお客様がいらっしゃるような時に決まってそのようなことが起こりましたので。」 「それで？何じゃ？」 「はあ、ですから、姫さまをお風呂に。」 アレクが浴槽内に沈んだ。 アレクにはこの神官と姫の関係がよくわからない。互いに互いを信頼しきっているのはわかるが、どうも恋という言葉は適当でないようだ。しかし、ただの主従関係とも違う。 沈んだアレクの肩をクリフトが引っ張りあげた。神官の端正な顔は少し赤くなっている。 「今から五年以上前のことですよ！今も姫さまは幼く見えますが、もう、いくらなんでもそんなことするはずないじゃないですか！」 「は〜、しかし、アリーナの髪ってほれぼれするわね。湯気でしっとりしてくるとちょっと大人っぽい感じになって更に綺麗。」 「綺麗な髪なんかしてないわ！」 今度はアリーナの声も聞こえた。この二人の言い合いは今に始まったことではない。いつも、マーニャがアリーナを可愛いとか綺麗とか褒めてそんなことない、とアリーナが言い返してけんかになる。相変わらずミネアの声は聞こえない。 男たちは、またはじまったかと苦笑する。 「綺麗なんだからいいじゃない。それに、お日様にあたってないところなんか、肌が透き通るみたいに白くてうらやましいわ。温泉のせいもあるかもしれないけど、こんなにすべすべで柔らかいし。」 アレクとクリフトの顔が赤くなる。湯に浸かっているせいだけではない。 「別にすべすべだっていいこと何もないじゃない！戦うときにそんなのどこにも関係しないもの。」 「あはは、お姫さまにはまだわからないかもね♪自分じゃどうでもいいことでも、他の人には重要って事あるのよ。」 神官、少し沈む。 「もう、そんなふくれっ面するもんじゃないわ。女は笑顔、え・が・お・よ。・・・・・あ、そうだ。折角温泉に来たんだからマーニャお姉さんがチェックしてあげよう。」 「？チェック？え？あ〜っ何？何するのっ！あんっ！」 「姉さんッ！嫌がっているでしょ！やめなさいッ！」 ・・・今度はミネアも叫んだようだ。 「温泉入ってずっと身を硬くして腕組んでるのを解いてあげただけじゃない。・・・・ったく・・・・何隠してんの。大丈夫。ちゃんと年相応に成長してるわよ。まだ少し小さいけど。」 神官もっと沈む。 「これから大きくなるわよ。色も形もいいしｖ。」 ・・・・撃沈。 「大きくなんかなりたくない！そんなの邪魔なだけじゃない！武闘するのには小さいほうがいいのッ！」 ヒュッという風を切るような音がした。 「わ〜っ！やめなさい！あんたがマジに腕振り回すと冗談じゃなくかまいたちが発生するんだから！ 「ちょっと、アリーナ、落ち着いて！」 ライアンが珍しくもやれやれというように大きく息をついた。 「ま、ミネアさんがいるから大丈夫でしょう。」 トルネコはにっこり笑う。 撃沈してしまった神官をアレクはひっぱりあげ、ブライは”全く”というように白い髭をしごいていた。 一同が湯から出ると、ミネアが心配そうに女湯の入り口を見ていた。マーニャはその横でため息をついている。アレクが声をかけた。 「ミネアさん。どうしました？アリーナは？」 ミネアはその紫水晶の瞳をアレクに向け、入り口を指差した。 「アリーナが先に出てくれって。・・・・もう、姉さんがからかうから。」 「・・・・・あんなに過剰反応するなんて思わなかったんだもの。・・・・・ま、しばらくしたら帰ってくるわよ。子供じゃないんだし。そこの堅物神官！」 マーニャがすちゃっとクリフトを指差す。 「あんた、ここに残って、お姫さまが出てきたら回収して宿まで帰って来なさいよね。まだむくれているようなら夕飯までにどっか回って機嫌をとってから戻ること。まだ二・三時間あるからどうにかなるでしょ。」 鼻の辺りを押さえていたクリフトは、少々首を傾げた。 「・・・・それは別に構いませんが。薬草類の購入は終えていますし。」 「あ、それなら私も・・・・」 クリフトと一緒に残ろうとしたミネアの腕をマーニャはぐいと引っ張った。 「あんたは駄目ｖ用事があるから。」 「？」 神官は優しく微笑む。 「どうぞ皆さんは行っていて下さい。むくれた姫さまの相手をするのには慣れていますから。」 姉に引き摺られるようにしてその場を離れたミネアは歩きながらマーニャに尋ねた。 「姉さん。用事って何？」 モンバーバラの舞姫は、にやっと笑った。 「馬鹿ねｖそんなのないに決まってるでしょ？」 「え？」 「・・・・・いや、こういう地道な積み重ねをしていかないと、あいつとあの子の関係って進展しないって思って。」 「姉さん。それって”余計なお世話”ではないの？」 「”大切なお世話”よ。お湯の中でいろいろ叫んだのだって、あいつに聞かせたいってこともあったんだし。あは、どんな顔して聞いてたのかな？あの堅物神官。」 ミネアは脱力した。 「・・・・姉さん、いろいろ言っているけど、要はクリフトさんをからかいたいだけなんじゃない？」 クリフトは温泉入り口の向かいにある石垣に腰掛け、聖典を読みながらアリーナが出てくるのを待っていたが、一向に出てくる気配がない。太陽の位置はだいぶ変わっている。少し心配になった彼は、入っていこうとしている中年の女性に、アリーナのことを見てくれるように丁寧に頼んだ。 女性はすぐに出てきて、クリフトに呼びかけた。 「旅の神官様、大変だよ！」 アリーナは湯屋番の部屋に寝かされていた。神官ははあ、と息をつく。 「湯あたり、ですか。どうも有難うございます。お世話になりました。」 湯屋番は笑った。 「ここじゃ珍しいことでもないからね。おっと、お嬢ちゃん、大丈夫なのかい？さっき運ばれてきたばかりなんだよ。」 むっくり起き上がったアリーナに湯屋番は声をかけたがアリーナは笑顔で平気、平気、と言って立ち上がった。 「そんなに長く入っていたんですか？」 浴場から出、通りを歩きながらクリフトは姫に問うた。 「・・・・・あれからずっと・・・・」 それはやたらに長い時間だ。顔が相当赤いのもむべなるかな。 「・・・・情けないわ。魔物にやられるならともかくお湯にやられるなんて・・・・クリフト・・・・」 アリーナは立ち止まった。 「どうしました？」 「・・・・・・やっぱり気持ち悪い〜・・・・・」 自分の足元にしゃがみ込んでしまったアリーナの手をひいたクリフトは、予想以上に姫がぐったりしているのに気づいた。 「姫さま。失礼します。」 あわてて抱き上げると、湯あたりした小さな体が懐炉のように温かい。 「早く宿に帰って休みましょう。」 するとアリーナはいやいやをした。 「今帰ったらマーニャさんに馬鹿にされるもの。帰りたくない。元気になってから帰りたい。」 「しかし・・・・外は寒いです。風邪をひいてしまいますよ。かといってまた湯屋番の方に迷惑をかけるわけにも・・・・」 困ったクリフトの目に、自分たちが泊まっているのとは別の小さな宿屋の看板が飛び込んできた。 「わかりました。あちらで少し休ませていただきましょう。」 「おう、いらっしゃ・・・・・」 カウンターについていた宿の主は、少女を抱いて入ってきた若い神官に面食らった。こういう組み合わせは初めてだ。 「すみません。宿泊ではないのですが、しばらく休憩させていただけますか。」 「お、おう。・・・・しかし、あんた神官様だろ。それにその子はまだほんの子供に見えるが？」 「は？」 アリーナが・・・・気持ち悪いからなのだがクリフトの腕の中から小声で答える。 「私、もう十六だし、帰りたくないっていったの私だし・・・・」 潤んだ瞳のアリーナを気遣うように見るクリフトに主は鍵を握らせた。 「二階の右、一番奥の部屋を使いな。」 ぱたんぱたんと階段を上がっていった神官の後ろ姿を見送り、主は口笛を一つ吹いた。ま、神官も人の子だ。娘が嫌がっていないのならこちらがどうこういうこともないだろう。 と、クリフトが階下に下りてきて、部屋に備え付けられていた水差しを差し出した。 「火照った体を冷ましたいのですが、冷たいお水を頂けないでしょうか？」 アリーナの額に、濡れタオルを置いたクリフトは訝しげにさっきの主の言葉を思い出した。 （がんばれよ。って何をがんばれというのだろう。） それはともかく、と、回復呪文を唱えようとして、クリフトは笑った。 「何笑っているの？」 「あ、すみません。私はこの十年以上、ありとあらゆる怪我や傷を治してきました。切り傷、擦り傷、火傷、目の痛み、喉の痛み、姫さまは溺れたこともありましたし、何故か城の倉庫で窒息しかけたこともありましたよね。でも、湯あたりというのは初めてだな、と。神学校で、病気や怪我の手当ての方法を学びましたが、その中にも湯あたりは確かありませんでした。」 そして額に手を当て呪文を唱える。 「湯あたりにも呪文は効きますか？」 アリーナはくるっと瞳をまわした。 「少しはいいわ。・・・・でもやっぱり気持ち悪い・・・・」 神官は手ぬぐいを水にひたし、固く絞るとそれを広げ、ベッドの脇の椅子にすわるとゆっくり振って風をアリーナに送った。 しばらくしてから口を開く。 「そもそも、なんでそんなに長湯したのです。」 「・・・・・」 「どうしても言いたくないのなら仕方ありませんが、秘密はあまり好きではありません。」 アリーナは額に置かれたタオルを目のところまで引き下げた。 「痩せたかったの。」「え？なんですって。」「痩せたかったのっ！」 クリフトは仰天した。スタイルに気を遣うアリーナではない。それに太っているわけでもない。むしろ年の割に（そして戦闘能力の割に）小さくて細い方だ。そう言うとアリーナはタオルを広げて顔全体にかけてしまった。 |
ギャグです・・・・それ以外言うことがありません。
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