| きょうは、森のおくのいずみまで行って来ました。静かにじっとすわっていると、小さな風のせいれいさんたちがやってきました。そしてとってもやさしくかみをなでていってくれました。 まだせいれいさんたちとお話はできないけれど、いつかきっとおしゃべりができるようになりたいです。 そのために、おばばさまからもっともっといっしょうけんめいにまほうを習っていこうと思います。 ミネア |
今日、道具屋のところのハムルがミネアのかみをひっぱっていじめていた。前にもこんなことがありました。まったく悪いやつです。 わたしは三度も注意したのに、ひっぱるのをやめようとしなかったのでおもいっきりしばきたおしてやりました。 ハムルは泣いてあやまりました。でも、この前だってあやまったのです。ゆだんはできません。またミネアをいじめたらその時にはもっともっときあいをいれてしばきたおしてやろうと思います。 マーニャ |
| 夕食後、リオレラ大陸の錬金術師エドガンは２つの小さな石版を見て小さくため息をついた。 彼は石版にその日あったできごとを彼の小さな二人の娘に日記のように書かせて、それをもとに話をするのを日課としていた。錬金術師としての多忙な毎日。しかし彼は父親であることを決して忘れてはいなかった。マーニャとミネアも父が自分たちがかいたことにどんな風に反応してくれるのかを楽しみにしていた。 「ミネア。」 彼は自分の前に緊張してたっている妹娘を心配そうに見た。 「いじめられて、悲しくなって、だから一人で森の奥までいったのだね。」 ミネアはこくんと頷いた。父親に叱られるのではないかと紫水晶の瞳は床に伏せられている。 「マーニャ！」 姉娘の方は得意げに胸をはっていた。 「ミネアをいじめているハムルを注意したことは良いことだった。が、・・・・・」 一度言葉をきったエドガンは咳払いをして木でできた丸椅子を指差した。 「そこに座りなさい！」 エドガンに目で合図された助手のオーリンはミネアの手をひいて台所から退散した。マーニャは日常から表情豊かな顔に、おもいっきりうんざりした色を浮かべ肩をすくめた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ミネアを子供部屋のベッドに腰掛けさせたオーリンは床に座って師匠の小さな娘を見た。寝台の高さが低いため、体の大きな彼は、そうすることで丁度ミネアと目の位置が合う。 「ミネアお嬢さん、またいじめられてしまったんですね。」 ミネアは父の前でと同じようにこくんと頷いた。 「はっきり、いやだ、って言いましたか？」 今度はいやいやをするように首を振る。オーリンはふうっと息をついて微笑んだ。 「お嬢さんは優しい。それはとてもいいことです。でも、自分が嫌なことをされたときは、嫌だということを言わなくてはいけませんよ。黙って辛抱して、その嫌なことが通り過ぎるのを待っていても、また同じことが繰り返されるかもしれません。・・・・私と約束しませんか。今度こういうことがあったら、嫌だってはっきり言うって。黙って我慢しないって。」 ミネアはできるかしら、というように首を傾げた。 「お嬢さんが約束して下さったらオーリンも約束しますよ。・・・・お嬢さんが頑張ってそれでも嫌な思い、悲しい思いをするようなことがあったら、この私が必ず助けに行きますから。」 ミネアはにこっと笑った。差し出されたオーリンのがっしりした小指に小さく細いミネアの小指がからまった。 「・・・・この、しばきたおすというのはどういうことをしたのか説明しなさい。」 マーニャは前髪をかきあげた。 「まず、後ろから背中の真ん中を蹴って・・・・それからほっぺたをぱちんとやって・・・・ええっとそんなものかな。」 エドガンはこつ、と軽く娘の頭を叩いた。 「さっき家の前でハムルとすれ違った。・・・・・・髪の毛がちりちりになっていたのだが、あれはなにをどうすればあんなふうになるのだろうね？きっと誰かの火球の魔法が頭を直撃したのだろうねえ？ねえ、マーニャ。」 マーニャは舌を出し、身を縮めた。そこまでばれていたとは計算外だった。父親は魔法を喧嘩の道具に使うことを絶対に認めない。マーニャははあ、と息をつく。エドガンの人差し指がまっすぐに食糧庫を指差していた。別名エドガンの家のお仕置き部屋である。 「わかりました。お父さん・・・・・はあ・・・・マーニャ、お仕置き部屋に閉じ込められにいってきまぁす・・・・」 食糧庫の中は真っ暗で、小さな明り取りの穴からの月明かりだけが唯一の光だった。マーニャは小麦袋を枕にしてごろりと横になる。 叱られるのは初めからわかっていた。でも、ミネアは決していじめられたことを父に言わない子だから、ああして自分が伝えないわけにはいかなかった。それにマーニャは間違ったことをしたとは思っていない。本当は手を出さないやり方があるのかもしれないが、自分は考えるよりしばき倒す方が好きだし、実際のところ口でなんやかや言うより効果的である。・・・・魔法を使ったのは確かにいけなかったかもしれない。魔法を教えてくれたリアルマおばばからも再三言われている。精霊魔法を喧嘩に使うことは精霊を侮辱していることになる・・・・と・・・・・もしもハムルがまたミネアをいじめたら、魔法を使うのはもうやめにしよう。・・・・・この頃火の精霊の声が聞こえるようになってきて、マーニャにも魔法でやって良いことと悪いことが自分でもわかってきたのだった。・・・・うん、そうだ、ゲンコツでしばきたおすだけにしよう。そのとき、小さな声がした。 「お姉ちゃん・・・・・」 ミネアの小さな声が聞こえ、明り取りからロウソクの光がさあっと射しこんで来て・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「あ〜っ！よく寝た！」 よろい戸から射しこむ日の光に照らされ、マーニャは目覚めて大きく伸びをした。隣で寝ていたミネアのベッドは既に空になっており、夜具がきちんと整頓されている。 まったくなんで揃いも揃って早起きなのかなぁとマーニャは思う。 運命に導かれし仲間たちで旅を始めてもうだいぶになる。そして、宿に泊まった時でも野宿したときでも、何故か一番遅く起きるのはマーニャだったりする。 一番早くに起きるのがサントハイムの青年神官、太陽の昇るのと同時に朝のお勤めという奴を始めているらしく、起床はそれより前ということになる。それに途中から合流しているのがサントハイムの姫君のアリーナ、そして、ミネアも一緒に祈っているらしい。サントハイムの宮廷魔術師ブライは老人だけあって朝が早く、バトランドの王宮戦士ライアンは朝稽古、勇者アレクはライアンに稽古をつけて貰っている。お祈りをしていたアリーナも途中からは朝稽古に参加する。そして残るはトルネコ。この呑気で陽気な中年商人は朝寝坊しそうだと思いきや“早起きは三文の得”ということなのか、かなり早くから起き出して、町では市場に出かけて情報の収集に余念がない。 で、マーニャが一番の寝坊ということになる。 睡眠時間をとらないとお肌に悪い、などとおおっぴらには言っているが、その実、ゆっくり眠らないと魔法力の回復が間々ならないということも大きな理由。彼女はしばらく寝床の中でぼんやりとしていたが眠気を追い払うため、よろい戸をばっと大きく開いた。 窓をあけると宿の中庭が見えた。まだ夏前の爽やかな朝の風が頬をなで、頭をしゃっきりとさせる。 「う〜ん。二階だとさすがにいい風！・・・・・・・え？ええええっ！」 中庭の隅にあるものを見つけ、マーニャは動きを止めた。 そこにいたのは妹のミネア。いや、正確に言えばミネアとクリフト。・・・・こともあろうにミネアは泣きながらクリフトの胸に顔をうずめ、神官はミネアの背に手を回してそっと抱きしめている。二人の傍らには聖なる槍・・・・もともとは二人で練習でもしていたのだろうか・・・が無造作に投げ出されていた。 「あ・・・・・あれ、何よっ！・・・・・・あ、あうっ！」 さらに目に飛び込んできたのは二人からずっと離れたところからその様子を注視している赤みがかった綺麗な金髪の少女・・・・・アリーナだ。アリーナはじっと二人を見ていたが、くるりと背を向けると全速力で走っていってしまった。 唯一の目撃者であるマーニャはよろい戸の横の壁にはりついてぜえぜえと息をした。 ・・・・・凄いものを見てしまったかもしれない・・・・・ マーニャは基本的にゴシップ好きである。モンバーバラ劇場の楽屋では、誰と誰が怪しいだの、誰が告っただの、玉砕しただの、もう目を輝かせて噂話に花を咲かせたものだった・・・・・だが、身内でそういうことが起こると喜んでいられない。・・・・なにせ妹である。真面目で、優しく、我慢強い、マーニャの自慢の妹のミネアである。そして、アリーナである。おてんばで、直情実行型で、実は寂しがりやの可愛い姫である。 “あちゃあ・・・・” 一体何が起こったのか考えてみる・・・・・ 何も浮かばない。 第一、どこをどうしたらあの真面目なミネアが神官に抱きしめられる状況が生じるのか？ アリーナが大きなショックを受けたのは、あの走り方からして確実だ。そりゃあ驚くだろう。マーニャだって心臓がでんぐりがえるほど驚いたのだから。 誰が悪いんだ？ 「そりゃあ、あのバカ神官だわ。」 そうだ。神官ともあろうものが、嫁入り前の娘を抱きしめるなんて、おそらく戒律違反だろう。自分がしなだれかかったりすると慌てて十字をきったりする奴がよくもぎゅっと抱いたりしたもんだ！ （・・・・もしかしてあの温和な顔は見せかけだけなのかもしれない。実はミネアを狙っていたのかも・・・・そうよね。ミネア、あたしの妹だけあって綺麗だし性格いいし・・・・・もう、許しちゃおけない。いっちょしばいたらにゃあ！） 何か悪いことがあると、犯人を探し出し吊るし上げなければすまないのがマーニャである。さっそくに服を身につけ鉄の扇（パワーアップのため鋼鉄をつい先頃仕込んだ）を手にして部屋を出た。と、良いタイミングなのか悪いタイミングなのか、話題の神官が困ったような顔をしながら階段を上がってくるのにはちあわせた。サントハイムの青年神官はすぐに笑顔を作り、マーニャに会釈した。 「マーニャさん、おはようございます。」 マーニャはぼそ、とおはよう、といい、鉄の扇をびしいっと突きつけた。 「いきなりしばくのもなんだから聞いておくわ。神官、あんたミネアに何したの？」 クリフトは目を丸くし、さっと顔色を変えた。 「見ていらしたんですか・・・・・」 「見てたも何もはっきりと見たわよ！正直にいいなさい！」 「いえません・・・・貴方には。」 小さいがきっぱりとした声でクリフトは言う。 「どうして！私はあの子の姉よ！・・・・・そうなの・・・・・あたしには聞かれちゃまずいことなのね！・・・・あんた、どういう気なのよ！神官のくせにあの子たぶらかして！」 「はあ？たぶらかす？」 「問答無用ッ！」 鉄の扇が神官の頭部にクリーンヒットした。神官はぐにゃ、と足の力が抜けたように倒れた。 「ざまを見！さあ、はっきり言って貰おうじゃない！」 ・・・・・クリフトは答えない。 「？あの、もしもし〜、バカ神官？クリフト〜？」 返事がない。 「まずいッ！」 誤算だったのは改造強化して鉄の扇の威力が増していたこと。そしてマーニャの力も上がっていたこと。魔物との戦いで、扇でしばくときには無意識に急所を狙ってしまうこと。・・・・一応息はしているものの、床に白チョークで人形を描かれる（←どこの世界の話だ？）ような状況になってしまった。 「アレクーっ！」 さすがにミネアを呼ぶわけにはいかず、残りの人員のうちかろうじて治癒魔法を唱えられる勇者の名を叫びつつ表に出る。マーニャの切迫した金切り声に反応し、アレクは練習用の木刀を手にしたまま走ってきた。そしてマーニャに言われるままに階段を駆け上がる。 「何があったんですか！」 「・・・・しばいた。」 「それは見れば判ります！ああ、とにかく手当てを！」 アレクは手をかざしたが神官は目を開かない。 「ど、どうしたのよ。」 「僕は修行中の身です！呪文が暴発しがちだってマーニャさんもわかっているでしょう？」 確かにそうだ。この勇者、ときとして全員全回復などという物凄い効果の呪文を発動することもあるが逆にまったく効果があがらないこともある。 「ミネアさんを呼んでください！ミネアさんなら確実です！」 「あう、ミネアはちょっと・・・・」 などといっているうちに仲間たちがどやどやとやってきた。もちろんミネアも混ざっている。彼女は倒れているクリフトを見るとすぐに前に出て膝をついて様子を見た。 「頭を打っていますね・・・・」 ミネアの治癒呪文が神官の傷を癒す。クリフトは目を開け、仲間たちが集まっているのを見、上体を起こした。 「姉さん！一体何が？」 「・・・・しばいた。」 「それはわかってるわ。一体どうして！」 「・・・・こいつが・・・・・あんたのことを・・・・・問い詰めてもあたしに何も答えようとしないから・・・・」 ミネアは口を結んで黙っているクリフトを見、居心地悪そうな姉を見、はあ、と息を吐いて小さく微笑んだ。 「姉さん。クリフトさんには話を聞いて貰っていただけ。クリフトさんは神官、聴聞僧としての修行もなさったのよ。私が姉さんには言わないで、っていったのですもの、何も答えられるわけないわ。・・・・もう、姉さんってば。・・・・何があったのか話すわ。 この間、聖なる槍を手にいれたでしょう？私、まだ慣れていなくてクリフトさんに教えて頂いていたの。クリフトさんは神官戦士として、正式に槍の扱いを勉強なさったって伺ったから。そして、敵の攻撃の受け流し方の見本で、クリフトさんが槍をぐるっと回転なさったの。そうしたら・・・・そうしたら私、思い出してしまって、頭が真っ白になってしまって・・・・・」 マーニャはミネアが何のことを言っているのか瞬時に理解した。 あのとき・・・・・ キングレオの城を脱出したとき・・・・追っ手として多くの兵士たちが迫ってきたときオーリンは槍を振り回し、一人で兵士たちに向かっていった。 （お嬢さんたち！逃げなさい！） （何をしているんだ！逃げろ！逃げのびていつかお父さんの仇を討つんだ！） （マーニャお嬢様は言ったでしょう！人数がいれば何人かやられても仇は残りが討てるって。・・・・俺は死にゃあしませんけどね！さあ！行け！行ってくれ！俺の分までがんばってエドガン先生の無念を晴らすんだよ！） 嫌だと叫ぶミネアを無理やり引っ張りその場を離れたとき、オーリンはミネアの方をちら、と見て小さく微笑んだっけ。 ミネアはオーリンのことが大好きだった。 大きなお兄さんのようだといって、槍の練習をする彼につきまとって教えて貰ったりもしていたっけ・・・・・ 「頭が真っ白になってしまって・・・・涙が止まらなくなってしまって、気がついたらクリフトさんに齧りついていて・・・・でも、姉さんに心配かけたくなくて、言わないでってクリフトさんに頼んで・・・・・」 ミネアの紫水晶の瞳からまた新しい涙が湧いてきていた。マーニャは妹をぎゅっと抱きしめた。 「もういい！それ以上話さなくていいよ！わかったから・・・・・もうよくわかったから。」 よしよし、と妹の背を叩くマーニャの姿は、先程のクリフトとよく似ていた。しばき倒された神官は目の前の姉妹の様子を見て微笑んだ。 ミネアは顔をあげ、涙を拭うと笑った。 「すみません。大さわぎになってしまって。強くならなけりゃいけないのに。・・・・あら？アリーナは？」 マーニャがうえっとなる。あのお姫様に関しては事態は終結していないのだ。と、息せき切ってアリーナがやってきた。 「あれ？皆、どうしたの？」 皆返事はしなかった。この無邪気な姫になるべく心配事を背負わせたくないのは仲間たちすべての一致した思いである。マーニャだけが意味不明の返答をした。 「あ〜、あのね〜」 アリーナは腰に下げた物入れから何かを包んだハンカチを取り出すとミネアの前で広げて見せた。 「ミネアさん。この町に入る前、街道の脇で見つけたから・・・・走り込みの修行のついでに取ってきたの。食べてね。」 マーニャの小さい頃の記憶がはっきりと蘇った。 「お姉ちゃん。」 明り取りの小さな窓からミネアは小さな手を差し入れてハンカチに包んだものを床に落とした。 「昼間に森で採ったの。食べて・・・・・嬉しかったよ。お姉ちゃんがミネアのこと助けてくれて・・・・・」 あのときと同じみずみずしいオレンジ色の木苺がアリーナが広げたハンカチの上で小山を築いていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「で、ミネアが泣いていたから、何かしてあげたいと思ったわけだ。（はあ、そうよね、ジェラシーとかなんとか、ちょっとでも想像したあたしがまちがいでした。この子、恋愛ってなんだかわかっちゃいないんだったわ）」 中庭のベンチに並んで座りマーニャとアリーナは語らっていた。 「うん。・・・・・でも私はクリフトのように言葉で慰めることはできそうにないから、ああしたの。・・・・・苦手なの。言葉を使うのは。・・・・私、いつも慰められてばかり。私の前では皆無理して笑顔をつくってくれている。クリフトなんか特にそう・・・・本当はいろいろと言って欲しいのに・・・・・でも、言って欲しいっていえないから、逆に突っ走って迷惑かけてクリフトがその悲しいことを忘れられる位に忙しくさせたり・・・・」 「・・・・・あたしも同じよ。言葉は苦手。・・・・・・そして気づけばミネアに気を使わせてたりね・・・・・・近い場所にいるから言えないってこと、あるのよね。私もミネアに言えないこと、たくさんあるものね。」 アリーナはそんなものか、と首を傾げた。 「マーニャさんでも？」 「その、でも、ってのは何よッ！」 「だってそうでしょう？マーニャさんって能天気で悩みなさそうだもの！」 「このっ！いったわね！しばきたおすわよ！」 キャッとはしゃぐように声をあげ、アリーナは逃げ、マーニャはそれを追う。 心を言葉にするのが不器用な二人は今日も仲良くドタバタを繰り広げているようである。 |
姐さんのしばき倒し話。
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