| 今夜は帰さない |
「ねえさ〜ん」 舞台衣装の繕い、仕上がったわよ、と姉の部屋に入ってきて、ミネアはぎょっとした。マーニャは頭から毛布を引っ被り、部屋に置いてある小さな丸テーブルの上に突っ伏していた。 「姉さん？」 くん、くん、と空気を吸っても酒の匂いはないので、酔っているわけではない。そして、呼びかけにピク、と毛布の塊が身じろぎしたので、眠っているわけでもない。テーブルの上にはページを開いてうつ伏せに置かれた一冊の本。……これはとても珍しいことだ。姉は大雑把でだらしない性格に見られがちで、事実その通りのところもあるのだが、本をこのように扱うことはしない。錬金術師であった父から、本は大切にするものだ、と子供の頃にしっかりと教えられ、そこのところはとてもきっちりとしている筈だ。 だいたい、この本はどういう本なのだろう。見かけによらず、読書の嫌いではないマーニャだが、公演期間は踊りに集中するために、本を読むことはまずない。まして、今度のようにキングレオに招かれて一座あげての出し物をするときには。ミネアはそっと近づいて本の背表紙に書かれた題名を見、呟いた。 「淑女の心得――殿方を振り向かせる30の方法――」 その声に反応し、毛布をはねのけてがばっと起き上がったマーニャは、本をひっつかんではねのけた毛布でぐるぐると巻いて両手で抱えて愛想笑いをした。 「あ、あらぁ、ミネア。おはよう！今日もげんきそうねーっ！」 ミネアは笑顔だった。いや、口調と口元は笑っていたが、目はマーニャを前にした時だけ見せる半目の三白眼である。 「姉さん、今はもう夕方近いし、朝に一度顔見ているのに今更元気がどうとか、ヘンでしょう。……その本、どうしたの。」 マーニャはうううう、と唸ってから、追求モードに入ったミネアからの逃げ場はない、と判断し、ぼそぼそっと話し出した。 「ここに来る途中に寄ったハバリアで見つけて……書棚から引っ掴んで走って店主さんにお金払って……あ！あたし、あんたとの共用お財布からじゃなく、ちゃんと自分のお金で払ったわよ！」 「そーんなことを聞いているのじゃないわ！」 ミネアはもう笑ってはいない。かといって怒っているわけでもなく……心配そうだった。マーニャははああああああ、と息をつき、そして、バン、と両掌でテーブルの天板をバン、と叩いた。 「そうよそうよ、そうですよ！だって、もう、どうしたらいいかわかんないじゃいのよ！はい、そうよ、煮詰まってるわよ。だからどっかの頭の軽めのお嬢が暇つぶしに読むような本を買っちゃったわよ！貴重な紙をつかって、こんな下世話なことを書くなんて、わけわかんなーい、とか普通だったら思うけど、あたし自身が買っちゃってますよ！だから、どうなのよ、文句あんの!?」 ミネアはゆっくりと首を右に、そして左に振った。 「文句なんてないわ。……で、どうしたの。本を読んでどうしてそんなに落ち込むの……」 姉は随分と凹んでいるように見えた。そして、実際凹んでいたようで、毛布から本を取り出すと机にそそっと置いた。 「……わかっちゃいたのよ。こんなもの読んでもどうにもならないって。」 ミネアは本を取り上げ、目次を見た。再び机に突っ伏した姉の様子をちら、と見て、声を出して読み始める。 「第一章 料理の腕を磨くべし。まずは胃袋を掴む」 「……あたしが料理不得意なのはわかってるわよ。ミネアのみならず、トルネコさんや馬鹿神官の方がずーっと美味しいのを作ってたわよ。あの朴念仁だって、あたしのよりは美味しいの作ってたわよ。」 「……第二章 いつも針と糸を携帯すべし。繕い物で彼をノックアウト」 「縫物をあんたに任せてるくらいなのにどうしろっていうの？馬鹿神官にも負けるし、あの朴念仁だって服の破れ繕うのはうまかったし。」 「……第三章 早寝早起き恋愛上手」 「夜更かしだったら自信あるけど、馬鹿神官みたいに毎日日の出を拝むことなんてあり得ないし、あの朴念仁より早く起きたことなんてないー。」 ： ： ： ： ： ： 「第二十七章 他の男性に気のあるふりをしてみましょう」 「……誰に投げキッス送ろうが、しなだれかかろうが、気にもされなかったんですけどー。」 「第二十八章 時には肌を見せて色っぽく」 「どうしろっていうのよぅ！いつも以上に肌見せろって、それって脱げってこと???」 ……確かに今より露出度を高くするのは無理だ。 「第二十九章 お酒を飲んで乱れてみるのも一興」 「乱れてみる、なんて意識しないでも乱れてたわよぅ！それでもなんにもおこらなかったわよぅ！」 ……乱れるどころか酒乱になってしまう。 「第三十章 いつもと違うあなたを演出」 「いつもと違うあたしですって？……そんなことしたって、『どうした、体調がすぐれないのか』って言われるのがオチよぅ！」 そこでマーニャは立ち上がった。 「だいたい、あたしは色っぽさやお酒飲んで乱れるオンナにクラクラくる男なんて願い下げだわ！…………真面目で、しっかり者で、奥ゆかしくて、優しくて料理も裁縫もできて……そういう女の子に惹かれる男がいいのよぅ！ああああ、どうしてあたしはミネアみたいじゃないんだろう！せめてあの馬鹿神官くらいのスキルがあったら!! あたしと、ミィちゃんの性格が逆だったら!!そうよ、どうしてなのよぅ。」 「ちょっとちょっと！姉さんの性格が私みたいだったら、それはもやは姉さんではないわ。」 言ってしまってから、あんまりなことを言ってしまったかも、と思ったミネアだが、マーニャは言い返そうとせず突っ伏したままだった。凹んでいるのは確かなので、優しくしようかとも思ったが、某朴念仁に関しては、この何年か、堂々巡りの繰り返しでミネアは一方的に愚痴を聞かされてきたので、うん、と大きく頷くと、精一杯の大声で姉に喝を入れた。 「そうやっていつまでくすぶってるの！いつもいつもいつもそんなだから何も進展しないのよッ！」 妹の剣幕にマーニャは顔をあげ、すすすす、と後ずさる。 「なななななな、だって！あ、あんただって進展してないじゃないの！」 「少しは進展しました！私、好きって言ったし、あの人だって、好きって言ってくれました！」 マーニャは立ち上がる。 「す、好きなんて言っただけでなによ。そんなの、恋人になったってことじゃないじゃないッ！」 「好きの一つも伝えてない姉さんと一緒にしないで頂戴！」 「あんたのとこと違って、こっちは筋金入りの朴念仁なのよ！」 「朴念仁朴念仁って、あの人だって十分に朴念仁だって姉さんもわかっているでしょう！」 姉妹は顔を見合わせる。……確かに、ライアンは朴念仁であり、オーリンも朴念仁だ。今は亡き二人の父、エドガンも傍からみれば結構な朴念仁だったとリアルマおばばから聞いている。……つまるところ、自分達は朴念仁の家系に生まれ、二人して朴念仁に惹かれる運命にあったのか…… そんな同じことを二人は別々に考え、しばし、天井を見上げ……ミネアが両手でがしっと姉の手を握った。 「姉さん、とにかく行動を起こしなさい！……今回何もしなかったら、永久にこのままだと思って決起するの！今やらなくていつやるのよ！次はもうないかもしれないのよ！凶悪な魔物に追い詰められたと思いなさい。観念して崖から落ちるのを選ぶ姉さんじゃないでしょ！勝ち目が薄くても、立ち向かっていく、それでこそ私の姉さんだわ。絶体絶命のとき、姉さんの捨て身の行動で救われたことが私には何度もある。大丈夫、姉さんにならできるわ。『太陽の申し子』の二つ名を持つ姉さんですもの、きっとうまくいくわ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ (一人でエスタークに立ち向かう方がまだ勝算ありそうなんだけどー) マーニャは城下町にある小奇麗な宿の一室にある椅子に縮こまって座っていた。 (捨て身の行動って、例えばドラゴラムで竜に化身するとかってことなんでしょうけど、火、吐くだけなら何も考えないで済むから簡単じゃない！) あれからミネアに焚きつけられてしまい、マーニャはライアンを部屋で待っている。 ここ、キングレオの主、レパード王は嘗てマーニャ達に助けられ恩義を感じている。そして、ひょんなことからマーニャがライアンを好いているのを知ってしまい、姉妹の知らないことであるが、『バトランドから使節が来る際にはライアンが随行するよう』バトランド王に働きかけ、必ず『モンバーバラ一座』を余興として呼ぶことを徹底していた。そのため、ライアンは今この城にいるのだ。そして、真面目な王宮戦士が職務放棄して持ち場を離れることはあり得ないが、今夜は非番だ。城下に出て自由時間を楽しむことも許されている……どこからそんなことを調べたのか、ミネアは得々としてマーニャに告げた……自分のこととなると引っ込み思案なミネアだが、姉のことになると、驚くべき行動力を発揮する。 コツ、コツ、としっかりしたノックの音がした。踊り子の服ではないが、余所いきでもない、ごく普通の部屋着を身につけたマーニャは他に誰もいない部屋の中でピン、と直立して顔をこわばらせた。右足と右手を同時に前に出すどうしようもない歩き方でドアに進む。どなたですか、と問えば、低い、よく響く声が扉の向こうから聞こえた。 「ライアンだ。ミネア殿よりの伝言を受け、参上した。」 かちゃりと鍵を回してドアを開けるとバトランドの特徴ある色の鎧姿ではない、黒いシャツにかっちりとした上着を羽織ったライアンが立っていた。マーニャは無言で大きくドアを開け、部屋の奥を指さした。 「このような夜分に危急の相談とは、何だろうか。私にできることであれば、力になりたい。」 と、マーニャはドアを閉め、そこに背中で貼りついたまま、後ろ手に鍵を閉めた。自分でも顔が真っ赤になっているのがわかる。体も小刻みに震えている。喉は既にカラカラで、瞬きするのをさっきから忘れているせいで目もなんだかおかしい。しかし、ミネアの言うとおりだ。そうよ、一歩踏み出さなければ、前には進まない！華々しく玉砕したって構わない(あ、それは嫌かも)。頑張るのよ、マーニャ！そうよ！あたしはやればできる子よ！ カラカラになった喉で、打算でもなんでもなく瞳をうるうるさせて、マーニャは乙女としての気持ちのありったけを込めて決死の覚悟で声を絞り出す。 「今夜はあなたのことを朝まで絶対に帰さないんだから！」 ライアンは、それを聞き、少し首を傾げた。 「……朝までかかる相談事とは……余程のことがあったのだな。ミネア殿もさぞ心配であったのだろう。」 朴念仁、最強。 「……遠慮することはない。頼って貰って構わぬ。幸い私は非番だ。して、何が起こったのだ。」 マーニャ、固まる。固まって動けない。 ふつうは『朝まで絶対に帰さない』と妙齢の女性から言われたら、拒絶して帰るか、受け入れてあれよあれよとなる(?)か、どちらかだろう。少なくとも『構わない、相談しろ、頼れ』とは言わないだろう。……ライアンが朴念仁であることはよく理解していたマーニャであるが、ここまで朴念仁であるとは考えず、よって、彼の言葉は想定していた言葉の範囲外であった。ああ言われたらこう、こう言われたらああ、といろいろ脳内演習していたマーニャだが、魔法封じの呪文にかかってしまったブライの如く、何も行動できず頭が真っ白になってしまった。 冷や汗をたらすマーニャの様子を、違う意味合いにとったのだろうか。ライアンは安心させるように、自らの心臓の位置に右手の拳を置き、貴人に対するような最上位の礼をした。 「バトランドの王宮戦士の名にかけて、秘密は漏らさぬと誓う。気を使うことはない。……共に戦った８人の仲間は今も一心同体。心を安らかに打ち明けて貰いたい。」 厳ついが誠意の滲み出たライアンの表情にますますマーニャの冷や汗の量が増す。こんな流れの中、色恋沙汰を持ち出したら軽蔑される。きっと軽蔑される。どうしよう、どうしよう。何を言えばいいのだろう。 「あ、あ……実……実は……」 うむ、とライアンは頷く。 「ライアン、あの、実はっ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「うー」 マーニャは毛布を被ってベッドの中で唸った。 「うー」 マーニャは毛布を被ってもう一度唸った。 「うー、じゃないわっ！姉さんってば、頑張ってお膳立てしたのに、いったい何がどうしたの？」 枕元で仁王立ちになったミネアが声をあげる。マーニャは両耳を塞ぐが、妹の声は容赦なく入ってくる。 「酔って潰れました……」 「それも、テーブルの上の空になった葡萄酒の瓶を見ればわかります！何がどうしたの、気持ちを伝えるのじゃなかったの？」 マーニャは起き上がり、毛布を頭から被って壁に顔を向けて座った。 「……あんただって、その場にいればわかったのよ。……凄くね、凄く真面目な雰囲気が漂っていてね。……あの朴念仁、あたしが重大な相談を抱えていて、その相談に乗る気満々だった……とてもじゃないけど軟弱な恋愛話をする空気じゃなかったのよ。」 「軟弱な、だなんて！それが重大な相談なのじゃない！それに、姉さんってば、いつから空気を読む人間になったの!?」 随分な言われようだが、マーニャには反論する気力も残っていない。寝台の上の毛布の塊は、はあああああああ、とため息をつく。 「ねえ……でも、ライアンさんは随分長い間話をしていったじゃない。私、宿の傍で占いのテントを開いていたからわかるわ。……どんな話をしていたの。」 「…………なんとか真面目な話をしなけりゃいけないと思ったもんだから……踊ろうとしている踊りの話をね……といっても、『いつか』踊れたらいいなってくらいの奴なんだけど。戦いの踊りなんだけど、一人の女剣士が国を救う奴。あんたもおばば様から聞いたことがある昔話よ。」 「あ、ええ。たった一人で戦局を変えたというあのお話ね。でも、その話をどうして？」 「……興味がないことを聞いても、絶対にあの朴念仁にはわかっちゃう。そういうところは聡い人だもの。だから、実際あたしが疑問に思っていて、共通の話題になりそうなことを聞いてみたのよ。……あれは、お話としては楽しいし良くできているけれど、いくら優れた剣士でも、たった一人で戦局を変えることが可能なのかって、少しでも嘘くさいと思っていると踊りに雑念が入ってしまうって、そう相談したのよ。……そしたら、可能だって言われて、あたしは俄然興味が湧いて……だって、たった一人よ。凄い剣士だっていっても、女性よ。もしも天空装備のアレクだって一人っきりで戦局を変えるなんてあり得ないじゃない。そう言ったら、バトランドの『兵法』の話になったわ。」 毛布の塊からにゅっと手が出た、そこには随分と読み込まれた小さな一冊の革表紙の本が握られている。ミネアにもそれは見覚えがあった。 「……あたしたちの旅の時にもあの朴念仁がいつも持っていた本よ。兵法の他に、戦士の心得なんてのも載ってる。でね、あの朴念仁はこの本を暗唱しつつ解説していって……それが凄く面白くって……バトランドの兵法は理論書じゃなくて、あくまで実戦のためのもので、古くからのものを削ったりつけ足したりして今の形になったのですって。そういう意味では、一冊の歴史書でもあるわけ。原型はこう書かれていて、今との差はここで、何故そうなったのかも解説してくれて…………あたしが時々踊る太古の『英雄譚』の世界がその話の中に見え隠れしていた。ミネア、あんたが聞いても引き込まれる話だったこと請け合いよ。それを、あの超低音で自分一人に対してだけ囁かれてごらんなさいよ、あたしは……あたしは不覚にも…………」 「不覚にも!?」 「『兵法』に熱中しちゃったのよぅ！話を聞いているうちに、告白しようとしていたことなんかすっぽり頭から抜けちゃって、もっともっとって解説をせがんでたわ。あたしも色々喋りまくったもんで、でも、お茶なんて用意してなくて、部屋に置いておいたのはこの葡萄酒瓶だけだったから喉を潤すために何口か飲んだのよ。普通じゃそれくらいの量なら、できあがったりしないわよ！でも、喋りまくったせいか、その前に緊張しまくってたせいか、気付いたら……気づいたら、こうして寝てたじゃない!?本には『少しでも助けになったなら嬉しい。この本は次に会える時まで御貸ししよう』なんて書かれた羊皮紙の栞が挟んであって。ああもう、あたしの決意はなんだったの!?わああああああん。」 ミネアが半目になる。妹の折角のお膳立てを姉は有効利用してくれなかった。告白するのを躊躇って、いつものごとくいつものように誤魔化しモードで結局何も変わりはしない。 「姉さん？」 声はおだやかであるが、マーニャは毛布の中でピクッと肩をそびやかす。 「はい？み、ミネアさん、なんでしょう？」 「姉さんはやる気があるの!?ないの!?何なの!?」 占い師の娘は、毛布の塊の頭と思しき所をポカポカと結構本気で連打し、毛布の塊は痛い、痛いと言い……ミネアは、あら、と栞を見て手を止めた。 「姉さん、この栞、小さな金の鳥の飾りがついている。襟章……なのかしら。」 毛布から顔を出したマーニャも見入る。 「本当。小さなものだから気付かなかった。本物の金……ってことはないと思うけど……」 「姉さん、これ、いい細工だから、帰す時までなくしちゃだめよ。」 そう言われ、マーニャはミネアに栞ごと差し出した。 「何よ？」 「いや、あたしじゃ失くしそうだから。あんたに預けとけば安心。」 「姉さん！私は、姉さんのそういうところが駄目だっていうのよ!!」 妹娘は姉娘をまたポカリ、と殴り……しかし、やれやれ、といいながらも栞を受け取った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ バトランドに帰国し国内見回りの任についたライアンは、軍服の懐に手をやって苦笑した。携帯用の兵法書は新たに購入したが、今までのものより、少し軽い気がする。書店の主によれば、紙を薄く漉く技術が発達したのだというが、いささか胸のあたりが寂しいのは重さの不足かもしれない。あの古い革表紙の兵法書は、ライアンの父のものであり、水竜と死闘を繰り広げ、相討ちとなったときにも身に着けていたという形見の品だった。……あの栞につけた金色の鳥にも思い出がある。バトランドは鳥を国の紋章として用い、神鳥として崇める。王宮戦士の兜を鳥の羽が飾っているのもそのためだ。神鳥は国を守護している存在であり、だから、鳥を象ったものはお守りとして用いられている。 もとは、今は亡き父母が自分が生まれた時に贈ってくれたものだったという。……彼はそれをモンバーバラの踊り子に託した。 外見こそ派手でいい加減であるが、本当のところは誰にも負けないくらいにまっすぐで優しく……そして危なっかしい。自分などよりよほど金色の鳥がマーニャには必要に彼には思えた。お守りなどと知らなくてよい。知らなくても、よい。自分をこの年まで守ってくれたあの鳥はきっと彼女を守ってくれる。 ライアンは思いだす。兵法を語る彼に向けたキラキラとした瞳の輝き。少し上気して赤くなった頬。心底楽しそうな弾んだ声。仲間としての信頼以外は彼女は感じていないだろうが、それでもいい。寝込んでしまった彼女を抱き上げて寝台に運ぶ時に、親愛の情を一瞬間でも感じてしまったことなど、全く知らずによいことだ。 あの古い兵法書がよすがとなり、再び会える時が来る。そのときにまたあの瞳の輝きが見られればそれでよい。 彼は懐から新しい兵法書を取り出し、表紙を開く。そこには、一見すると何も入っていない油紙の袋が貼りつけてある。いや、よく見ればそこに紫水晶の色をした長い髪が一本入っているのがわかるはずだ。……失敬したわけではない。抱き上げた時に釦に絡みつき、たまたま見つけた、それだけのものであった。 再会するまでは、命を落とすわけにはいかない。……これは再会の約束代わりにあの娘が残してくれたものであり、私を守ってくれるだろう。 そんな気持ちが親が子に寄せるようなものではなく、仲間同士の信頼でもなく、紛れもない男女の恋慕であることに、この朴念仁は気付かなかったし、これからも自ら気づくことはないだろう。 遥かに遠いリオレラ大陸で、外面はともかく内面が純情可憐な踊り子が、彼を心底慕っていることにも、勿論彼は気づいてはいない。 そう、今は、まだ。 |
| 25万HITお祭り企画。でこぽん様よりいただきましたお題「今夜は帰さない」です。 うちの王宮戦士は朴念仁でストイックで(仮にマーニャさんが飛びついて行ったとしても)慌てふためいたりしない御仁でして、彼も姐さんを好いているのは確実にも拘らず直球ストレート勝負を姐さんがしてこない限りおそらく進展はなさそうです。「甘いの、甘いの」と念じても、ライアンさんにギロリと睨まれる気がしまして、通常よりは糖分大盛りですが、他サイト様との比較ではやっぱり「何コレ無糖？」になっています…………<(_ _)>却下されそうで怖い……ごめんなさい勘忍して下さい。皆私が悪いんです<(_ _)><(_ _)><(_ _)>。 せめて「可愛い姐さん、可愛い姐さん」と気合いを入れましたが、少しは可愛く書けたでしょうか。 そんなこんなで自爆企画も４本目で折り返しです……どのペアも思い入れだけは満載なのですが……頑張りますッ!! |