Zeal(熱中)
サントハイムは今日も平和だった。 腕白坊主で手がつけられないと城中で嘆いていた王子も生真面目で芯の強い花嫁を迎えそれなりに落ち着き、もとより思慮深かった王女は、父に勝るとも劣らない賢く優しい花婿に嫁いで、アリーナ女王はご満悦だった。 「これで私達が城にいなくても大丈夫よね！お休みを取るからその間は王様になったときの予行練習するつもりで頑張りなさい！」 と高らかに宣言したときには、流石に王子は大慌てしたが、嫁やランデル将軍達になだめられて両親を送り出すことにしぶしぶながら同意した。そんなこんなで夏の盛りにさしかかった頃に、アリーナはクリフトと共に二ヶ月の休養を取ることになった。場所は王都から馬車で２日かけていったところにある小さな湖畔の離宮である。 「思う存分骨休めをするのよ、ああ、ワクワクするわ。」 アリーナはそういって嬉しそうに笑ったが、思えばそのとき『どうして離宮で過ごすのにワクワクするのか』問いただしておくべきだった。……嘗て『おてんば姫』の名を欲しいままにしたアリーナは、いくつになってもおとなしくなるわけはなかったのである。 「女王様〜！」 「女王様〜！どちらにいらっしゃいましたか!!」 家臣たちの声がする。朝食後、アリーナは姿を消した。離宮への供をする家臣たちはおろおろとし、主だった城のものは城内を探し回り、まさか、と思いつつ王子が尖塔の上まで自ら登って行方を捜し求めたがアリーナはどこにも見当たらなかった。アリーナの夫であるクリフトも、心当たりを探しつくしたが、アリーナはいない。城の地下を縦横に走っている小さな頃に二人で探検した秘密の通路も、ゴン爺さんが農機具をしまっておく小屋の屋根裏にも、厨房のミランダ小母さんのところにもいない。侍女の詰め所にいるリアに聞いても、門番頭のジェフに聞いても何の手がかりも掴めなかった。 (はぁ……) クリフトは心の中でタメ息をついた。 「はあああああああ」 そして、今度は口に出して長いため息をついた。彼は、離宮に持っていくために荷造りした鞄をあけ、いくつかの荷物を取り出した。ついで、衣装箪笥のところに行って、奥の方にあった服をえもんかけから外す。 「ああああああああ、結局こうなるのですかぁ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「ん、ん〜〜!!」 城下町サランから北に向かう街道を歩きつつ、アリーナは両手を組んで空に向かって高々と上げ、大きく伸びをした。娘時代のような鮮やかな色や短さではない、落ち着いた黄色の膝下丈のチュニック。その下には黒のスパッツ。膝下までの鹿革のブーツに青い帽子。背にはぱんぱんにふくれた皮袋。赤みがかった蜂蜜色の髪には良く見れば白いものも混じってはいたが、この溌剌とした女性は、本当の年より十五以上も若く見えた。 「えいっ!!」 辺りに誰もいないのを確認してから街道の脇にあった大き目の岩に拳をうちつける。岩は粉々に割れあたりに飛び散った。 「ん〜。ちょっとなまったかしら？でも、このくらいだったらすぐに取り戻せるわ。」 鼻歌を歌いながら歩いていくアリーナの耳に、近づいてくる蹄の音が入ってきた。くるん、と振り向くと、サランの方から馬が一頭疾走してくる。馬上にはクリフトがおり、必死で手綱を握っている。彼はアリーナに追いつくと、馬から下りてはあはあと肩で息をした。 「アリーナ！何をしているんですか。城の皆が心配して探していますよ。何も言わずに飛び出してくる人がどこにいますか！」 アリーナはくすっと笑った。 「クリフトってば気付くのが遅いわ。」 「そんなことを訊いてはいませんよ！」 「私、サランの街の神父様にお手紙を託してあったの。最悪でも一日たてばわかるようになってたわ。」 「……どうして離宮で静養が冒険の旅に変わっちゃうんですか!?あああああ、五年前に爺さまとの３人で冒険して気が済んだと思っていたのですが。」 アリーナは悪びれない。 「静養なんて私には似合わないわ。それに、離宮で私達の世話をしてくれる人たちは二ヶ月もそこにいったっきりになっちゃうのよ。家族がいたら会えなくなって可哀想じゃないの。それに……」 サントハイムの現役女王は右腕で力瘤をつくってみせた。 「昔も言ったことだけれど、私はこうして冒険をする方が執務室に座っているより確実に役にたつと思うの。……今でもやっぱり魔物が出没するという報告は絶えないじゃない。城で、報告を待つより、出かけていって退治するほうがよほど早いわ。それに、城の中ばかりにいては、やっぱり身体がなまるよの。実戦は絶対に必要だわ。もう若いときのような素早さ任せで戦うのは無理かもしれないけれど、私にはその分経験ってものがあるわ。まだまだ頑張れば1つ上を目指せると思うの。 私はいつだって修行していたい。冒険していたい。戦っていたい。強くなりたい。サントハイムの人々を助けたい。私はいつでもできることを出来る限りやって生きていることに熱中していたいの！」 はあ、趣味とボランティアを兼ねた仕事とでもいうつもりですか？と息をつくクリフトに向かってアリーナはくすくす笑う。 「城に帰りましょう、っていわないのね。」 「言葉で言っても無駄だと長年の経験でわかっていますからね。」 女王は、それだけじゃないでしょう、と言う。 「第一、どうしてクリフトは、旅装束をして自分からここまできたのかしら。」 なるほど、アリーナの言うように、クリフトは普段は身につけることのなくなった、神官の旅装である緑色の神官衣を着、懐かしい背の高い神官帽を被っている。黒い皮手袋をはめ、背には剣まで負っている。 「アリーナを一人で旅に出すのはあまりにもあぶなっかしいですからね。……しかたないでしょう？それとも私と一緒ではダメですか。」 アリーナは目を細め……クリフトと至近距離で向かい合わせに立って上目遣いに伴侶を見つめた。 「ダメだなんて！クリフトが居ると怪我をしたとき凄く便利だし……私はずっとこうして旅に出たいと思っていたのよ！」 そしてだっと走って少し離れたところからクリフトに手を振る。 「いつかあなたと二人っきりで冒険したかったのーー!!」 そのまま物凄い速さで走っていくアリーナにクリフトは叫ぶ。 「待ってください、姫さま!!」 はずみで約三十年ぶりに呼んだ『姫さま』という呼称に少々頬を赤くしつつクリフトは馬にまたがる。はるか前方を走るアリーナにやっと追いつき、馬上にひき上げ、自分の前に座らせる。 「さあ！しゅっぱーつ！」 はしゃいだように叫び、腕をさっと伸ばしてアリーナは前方を指差す。そして、肩越しに振り向いてクリフトをちらりと見て微笑む。彼女の後ろでクリフトも微笑んだ。 「はい、いつまでも、どこまでも御供しますよ。」 サントハイムのおてんば姫と背の高い緑の帽子を被った神官は北へ向かって全速で馬を走らせていった。 おしまい |
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| クリアリAtoZもこれにて終幕です!! ご覧の通り、齢を重ねても相互の立ち位置がほとんど変わらぬ姫と神官です。50代になっても60代になってもそれは変わらず…… さて、最後の検証
それでは皆さんクリフトとアリーナ、二人の26個のお話を最後の最後まで読んで下さって有難うございました!! |