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　普段たおやかで物静かなミネアでも、時として肩をいからせ、足音を盛大にたてて歩いていることがある。
　それはもちろん姉のマーニャがなにやらやらかしたときである。……仲間達もそのことはよくわかっているので、夕食後の休憩に馬車から降りてドスドス歩いてくるミネアの様子を見、「ああ、またマーニャが何かやったんだな」と思いながら彼女の姿を追った。

　「姉さんッ!!」

　ミネアはなにか小さな容器を掌に乗せ、マーニャの前に突き出している。

　「私の紅(べに)、黙って使ったでしょう!!」

　怒っているミネアと対照的にマーニャはくすっと笑った。

　「あー、ばれちゃった？ごめーん、ミネアのもってる色もちょっといいなあ、って思って気分転換に塗ってみたの。ちょっと地味目だけど、これはこれでなかなか……」

　「姉さんッ!!私、貸さないなんていっているのじゃないわ。使うときには声をかけて欲しいだけなのよ？」

　マーニャはポリポリと頭を掻いた。

　「んー。一回くらいいいじゃないの。……減るもんじゃなし」

　「減ります!!」

　「あんた、うす～くしか化粧しないし。」

　「そういう問題じゃありません！」

　「どういう問題だっていうの？」

　ミネアは一度息をすうっと吸い込み、吐き出す勢いにのせて怒鳴る。

　「私は姉さんの『私のものは私のもの、あなたのものも私のもの』っていう考え方がいけないっていうの！私達は姉妹だけれど、『親しき仲にも礼儀あり』という言葉もあるでしょう？私のものは私のもの、姉さんのものは姉さんのもの、きちんと区別をつけてちょうだい。」

　マーニャは特にいつもと顔色を変えず、右足だけ立て膝をし、ひらひらと手を振る。

　「あー、はいはい。今度からちゃんというわよ。でもね～、そういうキチキチした考え方じゃ世の中楽しくないわよぉ？」

　そして、にやりと笑う。

　「あんただって、いつかは『私のものはあなたのもの』っていうかぁ、『私のすべてはあなたのもの』なんて思うようになるかもよ？」

　ミネアは姉の傍らに立ったままむすっとする。

　「『私のものは姉さんのもの』なんて思うようには絶対になりません！」

　そのふくれた様子が可愛らしくもあり、マーニャは笑う。

　「違う違う。あんたはまだまだ社会勉強が足りないから仕方ないか。あのね、ミィちゃん、いつかあんたもイイ男に巡りあったら『私は私のすべてをあの人に捧げたい』って思うようになるから。つまりはそういうこと、よ。ふふふー、もしかしてもういたりして～～？」

　やっと何を言われたか合点のいったミネアは頬を赤くした。

　「姉さん！誤魔化さないで！私は紅を……」

　「あー、はいはい、人間、核心を突かれると反論したくなるのよね～～～」

　「姉さんってばッ!!」

　姉妹の口げんかにアレクははあっと息をつく。二人の口げんかはいつものことだが、違う方向に波及することもある。

　「マーニャさん、そのくらいにしておいたら如何ですか？」

　ミネアを気の毒に思ったか、クリフトが会話に割り込んできた。マーニャの瞳がきらーん、と輝く。

　「ふーふーふー。」

　クリフトはぎくっとした。この笑いは、マーニャがクリフトをいじって遊ぼうとしているときの笑いだ。

　「バカ神官、あんたは『自分のすべてはあの人のもの』って思える人、いるわよね、え？」

　「は？」

　「居るでしょ？言っちゃえ、言っちゃえ!!」

　「……はあ、まあいらっしゃいますが。」

　「そんな、誤魔化さなくても……え？今なんていったの？『いる』って言ったの!?何よ何よ言っちゃうの!?今ここで?!」

　マーニャは予期していなかったクリフトの答に驚き、そして色めきたった。

　それまで静かに聴いていたライアンが手入れしていた剣を傍らに置き、言う。

　「王宮戦士ならば、それは『国』だと答えるのが模範の答であろうが……クリフト殿にとってはそういうものではない。」

　マーニャはまだ大はしゃぎモードだ。

　「誰よ誰よそれ。まさかサントハイム王国とか王様とかそういったことをほざこうとしてんじゃないわよね、あ、今頷いたわねははは、ついに自覚したか、このバカ神官、さあ、言っちゃえ言っちゃえ～～！」

　クリフトは顔色を変えない。

　「マーニャさん、私はサントハイムの家臣ですが、国の人々のために尽くすことが務めであっても、国に無条件に身を投げ出すことは何か間違っていることのように思えてなりません。……すみません、ライアンさん」

　「いや、構わぬ。……私もまた、この身が国のものである、などとは思ってはいないし、思うことが人として正しいとも思わぬ。」

　低い深いライアンの声にうっとりしそうになりながら、マーニャは攻めの手を緩めない。

　「だ★か★ら(←おいおい、星を飛ばすな)、言っちゃいなさいよ、バカ神官。愛があるんでしょう、愛が。」

　クリフトは背筋を正す。

　「愛がなくてどうしますか。……人間、愛されていると思わなかったら、自分の身を投げ出したいとは思いませんよ。そうでしょう、マーニャさん。……私は、いつも愛されていると感じているからこの身を一生捧げたいと思うのです。」

「うわ、いつも愛されているって感じてるの????このぉ！このぉ！いきなり全開モードのカミングアウトってわけ?!」

　すると、焚き火の向こうからアリーナが大きな声で言う。

　「マーニャさんは気付かなかっただけよ。私はずうっと前からわかってたわ。だって、クリフトから何度も話してもらったもの!!」

　ブライも、トルネコも、ライアンも、アレクも、頷いた。ミネアは少し首を傾げたが、何かに気付いたのか微笑む。

　(こ、こ、これって……じゃあ、今までの『バカ神官とお姫サマの仲を進展させてあげよう(と思いつつその実おちょくってあそぼう)』としていた私のアレやコレやの行動はあんまり意味がなかったっていうことなの!?何よソレ!?そして、この状況。わかってなかったのはあたしだけだったってえの？)

　マーニャは自分の傍らに立っているクリフトの神官衣の裾ををぐいっと掴むと下に引いて座らせた。

　「……あんた、そんなに愛されてたっけ？あたしからみえないところでいろいろと進展してた？」

　「はあ、進展というのはわかりませんが、愛されていますよ。」

　「……いつ、どんな風に？」

　「いつでも、です。……ああ、マーニャさんとこのことについて話すのは初めてでしたね。他の方とは夜の見張りが一緒のときに話したことがあったと思うのですが。……マーニャさんと一緒だとなんだか違う話になっちゃいまして……では、お話ししますね。…………マーニャさん、見てください。」

　クリフトは空を指差す。雲も無く、上空には満天の星空が拡がっている。

　「綺麗な星ね。」

　「はい。綺麗ですね。では目を瞑って下さい。どうなりました。」

　「もちろん見えなくなったわよ。」

　「そうですね。では、また目を開けて下さい。」

　「……また見えるけど。……ちょっとぉ、これって何がいいたいわけ？」

　クリフトは星空に目を向けている。

　「私達は目を閉じると星空を見ることができません。でも、目を開けばそこに必ず星が輝いています。眠っていて夜中にふっと目が覚め、窓を押し広げるとそこにもかならず空があります。昼に森を歩いていれば、木々の緑が目に入ります。私達が家の中にいてもそこに風は吹いています。人がそこにいなくても必ずそこに風景はあり、光が、暖かさが備えられています。……私達は、何かをするときに『誰か』のためにします。料理を作ったり、洗濯をしたり、道具をつくったり……でも、誰にも見られなくても星はそこに輝いています。誰かに見られるかもしれない、それだけのために。星を見て美しいと感じるかもしれない誰かのために。」

　アリーナも焚き火の向こう側から星を見上げる。

　「私だったら休んじゃう。夜のあいだじゅう星を輝かせることなんてしないで、面倒くさいから真っ暗にしちゃうわ。星がなくたって困ることないんだし。」

　姫の言葉にクリフトは頷く。

　「人間だったらきっとそうでしょう。でも、神様はそうはなさらない。空を見上げるかもしれないただ一人のために、星をずっと輝かせていてくださるのです。……これは神様が私達を愛していてくださるからです。私達のことを余程好いていて下さるからです。……神様が私達を心から愛していて下さらなかったら、どうしてこの世界はいつも光に満ちているのでしょう。私達がここにいて生きていることこそ、私達が愛されているという証なのです。」

　「ちょーっと待ったッ!!」

　マーニャが叫んだ。ゆったりと慈愛の表情を浮かべていたクリフトはきょとんとする。

　「どうしました？」

　「まさか、あんた、『私は神様のもの』なんてほざくわけじゃないでしょうね!?」

　「……ほざきますが。」

　ぐるりを見渡せば、仲間達は笑みを浮かべている。以前に彼から同じ話をきいたことがあるのだろう。あ～あ、というようにマーニャは両手を広げて見せた。

　「神様が人間を愛してくれて、あたしたちのためになるように全てを用意しているのなら、こんな冒険しなくてもいいはずないんじゃない？……ま、神様でもどうしようもないこともあるってことかしらね？」

　クリフトが説教しようと身をのりだしてきたが、それより前にアリーナが凛とした声で言った。

　「マーニャさん、だから私達がお手伝いするのよ!神様だって色々とたいへんなんだから!!」

　「姫さま、そういうことではありません!!……そういうことではないのですと、私は何度もお話しましたよ？」

　「え？そうだったかしら？……でも、神様が私達を愛して下さるのなら、私達も神様を愛してお手伝いするのが当たり前でしょう???」

　二人の様子を見、口角をちょっとだけ上げて笑ってからマーニャは空を見上げた。

　（お手伝い、か。)

　星は優しく瞬いている。

　(……あたしのことも全力で愛してくれているのなら……あたしも全力で手伝わしてもらおうかな、ね、神様。)

長編でも書きました、「クリフトと神様の話」。うちのアリーナが格闘バカならクリフトは根っからの神官で説教魔ですから、アリーナには小さな頃から「神様のはなし」をことあるごとにしてきたはず。「愛」といわれれば色恋ではない「アガペー」方面に思考を巡らすのがうちの奴の日常です。
そして、例えばアリーナが「あたしはクリフトのものよ」なんて(絶対にうちの姫はいいませんが)言おうものなら、
「姫さま！人が他の人間のものだなんていうことは間違っていますよ！」
と烈火の如くに怒ります。(そして少し経ってから言われたことを反芻して真っ赤になって慌てまくる)

というわけで、今回もクリアリにはならずオールキャラでお届けいたしました。(開き直り)
次回最終の「Z…Zeal(熱中)」今度こそ他のキャラクターに邪魔をされることなく二人きりでお届けいたします。何に熱中させましょうか??修業？冒険？戦い？仕事？趣味？ボランティア？(←それはマイスターからいただいたNGワード群じゃッ!!)