Ｍ

　「へーえ、『炎の申し子、太陽の娘』ですか？」

　アレクが言うと、マーニャはにこっと笑い、いつもベルトに挟んでいる舞い扇を片手でぱたっと開き、ポーズをとって色っぽく品を作ってみせた。

　「そうよ。それがあたしのリオレラ大陸での通り名。モンバーバラ大劇場の看板スター、ってね☆」

　「姉さん、そこでふらふら回ってる暇があったら、鍋をかき回しておいて。」

　立ち上がり、勇者に向かって投げキッスし、くるぅり、と回転するマーニャの隣で野草を刻んで夕食の支度をしていたミネアがぼそり、と声をかける。

　「自分で通り名を言うってなんか恥ずかしくない？第一、こんな森の中で誰に向かって色気振りまこうっていうの。少なくとも体の向きが違うわよ。」

　さりげなーく某王宮戦士を小指で指す妹の前でわたわたと両手を振り、そのまま鍋をかき回すのも癪なのか、手を腰にやって妹を指差す。

　「どこが恥ずかしいっていうのよ。あたしが自分でつけたじゃなくって、皆が呼んでくれた名前じゃない。『未来を視る者・月の女神』サン。」

　ミネアの顔がボン、と赤くなった。

　「それを言わないで！どうしてそんな通り名がついたかすらわからないのよ。」

　にまにまとマーニャが自分自身を指差した。

　「！？え？まさか、まさかあれは姉さんがつけたの？」

　「だって、占い師としてミネアが売り上げ伸ばすにはキャッチフレーズが必要かなぁって思って。だから、ちょろっとつけてみて酒場で一度宣伝してみたわけ。でも、そのあとはなーんにもやってないわよ。街の人みんながあの通り名がぴったりだ、って感じたからそういう風に呼び始めて広まったのよね。……ちょっと！物騒だから顔真っ赤にして腕振り回すのはやめてよ！」

　見張りに立っているライアンまでもが姉妹のいつもの喧嘩に笑いを浮かべる中、アレクはスープを煮ている焚き火に薪を足した。横からトルネコが香草を投げ込み木製の大きなスプーンでかき回す。

　「はは。ああやっているところを見たら、モンバーバラの皆さんはびっくりするのじゃないですかねぇ。太陽も、月も一緒くたに同じような温度になって子供みたいに喧嘩しているんですから。ま、普段の様子を見ている限りは、太陽と月。確かにぴったりの通り名だとは思えますがね。」

　そうですね、と馬車から食器を運んできたクリフトが笑う。

　そうかしら、とお腹を空かせて待ちきれなくなったアリーナが呟く。

　アレクが、あれ、ぴったりだと僕は思うけどアリーナはそう思わないの？と訊くと、王女は踊り子を目で追いながら首を振った。

　「お日様は、私達に光を下さるわ。そして、暖かさも。お日様があるからこそ、私達は作物も作ることができるし、生きていける。お日様は大切だし、毎日空にいて欲しいわ。月は夜を照らしてくれる大切なものだけれど……月がなくても私達は生きていけると思うの。」

　そういうアリーナの感想は、つまるところ、アリーナにとってはマーニャが太陽並みに大切だとは思わない。むしろミネアの方を自分は好きだ……ということであり、アレクは困ったように笑い、クリフトは嗜めた。

　トルネコは大らかに笑い、スプーンで少しだけスープをすくってアリーナに味見をさせた。おいしい、というアリーナの髪をちょいちょい、と撫でてから言う。

　「マーニャさんが太陽、っていうのは主に『情熱的』っていうことだと思いますけどね。それに、お姫さまだってマーニャさんが大切じゃないなんて心から思っちゃいないでしょう？それから、お月様がなくてもいい、っていうのは違いますよ。夜に月がなかったら真っ暗闇だし。ねえ、クリフトさん。月の満ち欠けは確か重要なことですよね。」

　話を振られてクリフトはちょっと考え、薬缶に茶葉を入れつつ答えた。

　「ええ、月は魔力の源ですから、私達魔法を使うものにとって重要ですし……海の干満も月の満ち欠けと関係していると天文学からわかっています。海の生き物の暮らしは月に大きく影響を受けているといえます。」

　「ほら、ね。お月様がなくなったら、潮干狩りにいけなくなる。こりゃあ大問題だ。ネネもポポロも春先の楽しみがなくなってがっくりきちゃいますよ。そして海の生き物にとってはお月様は太陽と同じに大切なんですよ。」

　「それにね。」

　妹との喧嘩に飽きたマーニャが戻ってきて腰を下ろす。

　「月って形が変わっても、いっつも同じ顔をあたしたちに見せているのよね。ホラ、だって模様が変わらないでしょう？……月がそこにあるなんで当たり前すぎて月を見上げない限りわからないんだけれど、あたしたちを見ていてくれる、そういうものがいてくれるってなんか嬉しくない？」

　姉さん、と、ミネアがちょっと感激したように呟くと、マーニャは笑った。

　「逆にいっつもこっちに顔を向けてるから、裏側がどうなってるかわかったもんじゃないんだけど。」

　姉さん!?、と、ミネアが叫び、またまた喧嘩が始まる。

　と、ポン、と手を打って、アリーナが嬉しそうに言った。

　「だったら、ミネアさんも、マーニャさんも、ブライも、クリフトも、トルネコさんも、みんな『月』ね！」

　？？？

　それはどういう意味なのか。真意を尋ねる間もなく、トルネコが“スープも煮上がったようですし、夕食にしましょう”と言い、この話はそこではうやむやになってしまった。

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　さて、自分が月というのはどういうことか。アリーナが最初に言った「なくても生きていける」という意味ではないだろう。なぜなら、アリーナが好いているミネアも月だといったのだから。だからといって、魔力がどう、というのも違う。トルネコは魔法を使えないのだから。ならば、裏側がどうなっているかわからない、という……いやいやいや、裏がどうなっているのかわかりかねるのは仲間の中でじいさまくらいのもので、それも裏というよりは齢を重ねた者だけが張り巡らせることができる策略みたいなもので……

　「何を考えているの？」

　焚き火のところにやってきたアリーナが隣に座った。

　「ああ、次は姫さまが見張りをする番でしたね。お気をつけて。少しでも何か不審なことがあったら私達を起こしてくださいね。」

　見上げればそこには満月。

　「ああ、本当にいつも月の模様は同じなのね。」

　「はい、どうしてなのだかわかりませんが、いつも同じ向きですね。」(←この世界のこの時代には私達が知っているような天文学の体系はありません)

　クリフトは立ち上がり、先程から気になっていたことをアリーナに問うた。アリーナは、なんだ、そんなことを考えていたの、と笑った。

　「うーんとね、マーニャさんも、ミネアさんも、トルネコさんも、じいも、おもいっきり月。でも、クリフトは月じゃなくなっちゃうこともあるわ。」

　「？」

　「クリフトがそうなっちゃうと心配なのよね。」

　「？？？？？」

　戸惑うクリフトが面白いらしくアリーナは中々答えを教えてくれなかったが、クリフトが眉間に皺を寄せて真剣に考え始めたのを見て、種明かしをしてくれた。

　「戦っているときにね、その人たちの方を見ると、みんな顔が見えるのよ。お月様みたいに。」

　「……？……！！ああ、それは後衛だということですか！！」

　「ええ、そう。アレクやライアンさんは、私の前に出たり、後ろになったりするから後姿が見えたり、横顔が見えたり、顔が見えたり。でも、私が「月」っていった人は、私が見ようとすると、いつも顔が見えるの。」

　確かに、マーニャもミネアもトルネコもブライも、アリーナの前に出て戦うことなどない。

　「でもね、クリフトってば、時々前の方に出てくることがあるでしょう。クリフトの姿を探していて、私の前に後姿が見えたときなんて、本当にゾッとするわ。アレクもライアンさんもそれは同じみたい。クリフトが前に出てくるとかならず二人が援護に入るもの。」

　そうか、そういうことか。……自分が前衛に出る技量に欠けるのがわかっていつつ、なお前に出ることがあるのは戦況が厳しいときなので、余計にゾッとするのだろう。

　謎が解け、クリフトははっとした。

　「姫さま。戦っているときに、振り向いて人の顔を見るようなことは控えて下さい。このところ、手強い魔物が増えてきたではありませんか。目の前の敵に集中しないと命にかかわりますよ！」

　アリーナはぽかんとした。

　「何それ。」

　「申し上げた通りの言葉ですが。」

　「……クリフトの言っていることがよくわからないわ。私達は８人で戦っているのよ。仲間の無事を確認するのは当たり前じゃない。一人でも欠けたら勝てる戦いだって勝てなくなるわ。それに、皆の顔を見ることで、無事だって確かめることで、私は勇気を貰えるのよ。皆が私を見ていてくれる、って。……ああ、クリフト、見て、本当に綺麗なお月様。」

　クリフトはもう一度空を見上げる。満月は煌々と地上を照らし、こちらを見ている。……しかし、月が見ている、ということは、私達もまた月を見ている、ということなのだ。

　「あのね、クリフト……私、夕食前にあんなこといっちゃったけど……トルネコさんの言うとおり、マーニャさんのこと、嫌いじゃないわ。」

　「大丈夫、判ってますよ。マーニャさんだって知ってますよ。」

　「ミネアさんのことも大好き。太陽も、月も、どっちも好き。」

　「判ってますよ。」

　「クリフトのことも大好き。」

　「嬉しいですね。」

　「皆のことが大好き。」

　「判っています。皆だって姫さまのことが大好きですよ」

　話しかければ必ず答えが返ってくる。その心地よさに王女は身を委ねる。
　月は満ち欠けし、しかし、その存在がなくなることはない。いつもそこに在る存在。それが何よりの力の源であることを、アリーナはまだまだ幼子のような……幼子だからこそのまっすぐな気持ちで感じていた。

こういうときに恋慕の情を交えた信頼感を持ってくれば恋愛モードに入れるのでしょうが、こと、戦闘に関しては、恋が絡むととんでもないことになりそうです。
勿論我が家のクリフトもアリーナのことは大切に思っていますが、戦闘中に、他の仲間がかなりのピンチであるのに、アリーナの援護に入ったりは決してしません。「僕のことはいいからアリーナを！」と勇者に怒鳴られたり、「そちらは私が！クリフトさんは王女さまを！」とミネアに叫ばれたりします。彼の行動原理の基本は「神様に恥じない行動をすること」ですから恋愛モードにはなり得ません。
　ブライあたりに「アレは真性のバカぢゃ」などとぶつくさ言われていればいいと思います。

　多分私は生きるか死ぬかの瀬戸際になったときに「私のことはいいから城の皆を」なんてことを凛としてクリフトに言い放つような漢気のあるアリーナを夢見ているのではないかと思います。そして、それに黙って頷くクリフトも。
(男女逆転すれば、この立ち位置はそうそう珍しいものではありません…よね？)

でも、それってクリアリ的にはやっぱり微妙に駄目じゃないか!!

（すみません、このAtoZ、どこまで『恋愛駄目駄目モードを続行できるか』みたいになってきました)