Ｉ（もしも）

　「ああ、私、男の子だったらよかったのになあ。」

　夕食が終わり、そのままことん、とテーブルに額をつけて呟いたアリーナにミネアが笑った。食事の最中、大皿から食事をスプーンでかき込む様に“その振る舞いはなんですか!!”とブライから盛大に叱責されたからだろう。

　「あら、アリーナは男の子になりたいの。」

　「……だって、アレク(←うちの勇者君です)だって大皿を持ち上げて食事していたのに、何にも言われなかったじゃない。……女の子だからそういうことを言われるんでしょう。」

　「……それもあるかもしれないけれど、アリーナがサントハイムの王女様だからなのじゃないかしら。ブライさんだってアリーナのためを思って注意なさっているのよ、ね、そうですよね、ブライさん。」

　ブライは咳き込んだ。どうやら誤魔化したいらしい。アリーナは首を振る。

　「ううん、絶対に男の子だったらよかった。だって男の子だったら、窮屈な高い靴を履かなくてもいいし、切れやすくて動きにくいドレスを着なくていいし、お淑やかにしてくださいなんて注意されないし、刺繍の稽古なんてしなくていいし、女だてらに武闘の稽古などとんでもないなんていわれないし、岩を素手でかち割っても侍女に卒倒されたりしないし……」

　最後の1つは男の子だったとしても卒倒されるかもしれないが、確かにアリーナにとって女の子であることは不本意なのだろう。

　「それに……やっぱり戦うときに女の子は不利だわ！体が小さい分小回りは効くけれど、やっぱりいくら鍛えても男の子の方が力は強いだろうし、もっと体が大きければ、必殺技の可能性も広がると思うの！世界最強を目指すにはやっぱり男の子の方が!!」

　目を輝かせるアリーナにブライの叱責が飛ぶ。

　「ねえ、」

　食後のお茶を飲んでいたクリフトにマーニャが囁いた。

　「堅物神官。あんたはアリーナが男の子だったら嫌よねえ～。女の子でよかったわよね～ｖ」

　クリフトはコクン、と頷いた。

　「あっら～。直球で返されるとは思わなかったわ。随分と素直じゃない。」

　「……これ以上力が増えて戦闘力があがったら、正直そば仕えとしての苦労が二倍、いや三倍以上になることは必至。私など、そば仕えになって五年もしないうちに体がボロボロになってお役御免となっていたことでしょう。第一、姫様がいくら過激でも、それを受け入れる豪胆な精神をもつどこぞの王族や貴族の方がいるかもしれないという希望的観測はなりたちますが、過激な暴れん坊の王子を受け入れる豪胆な姫や貴族令嬢の存在はこれは、ほぼないかと。……はあ。姫さま。男だろうが女だろうが、もう少し思慮深くなさらないと、サントハイムの未来が……私は本気で心配ですよ。」

　マーニャは、ぽかっとクリフトの頭を殴った。

　「何で殴るんです！」

　「殴りたかったからよ！……ん、でもまあ、アリーナが男の子になった姿っていうのは、想像できるわね。瞳が大きくて可愛い元気のいい王子サマ。でもってちょびっと気品もあって。うわ、その道の連中にはこたえられないかも。私は守備範囲外だけど。他の皆が性別逆転したらどんなだろう。ミネア、あんたはミステリアスな男占い師って、それはそれで人気がでそう！恋の悩みを抱える女の子の列がどーんとできちゃって、でも、実は占い師さんその人に恋焦がれてたりして～。」

　姉さん、止めてよ、というミネアの横からトルネコが口を出す。

　「いやいや、ミネアさんが男性だったら確かに女性客が増えるでしょうが、ミネアさんの性格そのものはあまり大きく変わらない気がしますね。私は太った肝っ玉母さんみたいな感じでしょうか。ライアンさんは剣の道一筋なストイックな女性騎士様。これまた格好いいですな。どこぞの物語にでもでてきそうですよね。」

　ライアンは無言で仲間達の会話を楽しんでいる。

　「ブライさんは老練な女魔道士。」

　マーニャがふうっと息をつく。

　「おじいちゃんがおばあちゃんになるわけね。なんだか底意地悪そう～あ、御免なさい。」

　「まあいいわい。確かに女じゃったらなんだか底意地悪くなりそうじゃわい。ま、お主が男になるよりはマシじゃろうがな。」

　え、どういうこと？というマーニャを、ミネアがうんざりしたように睨む。

　「姉さんが男になったらなんて考えたくもないわ。お酒大好き、女の子大好き、お宝大好き。……自堕落な生活でカジノに入りびたりとしか……それでもって泣かせた女の子の数を酒場で吹聴したりするんだわ。不潔よ。」

　そんなことないわよぉ!!と叫ぶマーニャをミネアは相手にしない。

　「アレクは……あまり変わらないでしょうか。」

　「僕……ですか？」

　妹の発言を姉がひきとる。

　「んー。アレクが女の子だったら凄い美人さんになると思うけどね。あと……出遭ったばっかりの時、もしかしたらもう少し早く打ち解けてくれたかもね。……やっぱり女同士って通じ合うのも早いから。」

　「そうかもしれませんね。……お二人と出会ったとき、僕は本当に刃物みたいに尖ってましたから。……今を思えば恥ずかしいです。」

　「クリフトは？」

　アリーナが言うと、一同はちょっと考え、それから皆口々に、女性になっても別に何も変わらないだろうといった。いや、今この瞬間から性別が変わってもきっと言うことも性格も何も変わらないだろうといった。

　「……そうでしょうか。……流石に性別が変わったら女性ならではの考え方をするようになるのじゃないかと思いますが。多分、私が女性だったら、神官を志してはいても、神官戦士……武器を扱うような道は決して歩まなかったと思いますよ。将来の夢も、聖地への巡礼はともかくも、遠方の村への赴任より、サランの孤児院での母親役を目指したかもしれません。」

　アリーナが軽い調子で聞いた。

　「でもクリフト。クリフトが女の人だったとしても、私のそば仕えにはなってくれていたでしょう。今みたいに小さな頃からずっと傍にいてくれたでしょう。」

　神官は柔らかく微笑んで即座に頷いた。

　「勿論です。……不遜な言い方になりますが兄のような立場としてではなく姉としてお傍にいたことでしょう。」

　その言葉を聞いたマーニャは、拳骨をつくり……ゴチン、とマーニャ自身の額を殴った。

　どうしたんです、と訝るクリフトにマーニャは人差し指でクリフトの額をそっと押さえていった。

　「何でもないわ。ただ、さっきあんたを殴った自分のことが、ちょっと嫌になっただけ。でもね。」

　モンバーバラの舞姫は抑えていた人差し指に親指を沿え、神官にでこピンをかました。

　「やっぱ殴りたい気持ちは相等残ってるんだからね。」

　訳がわかっていないクリフトを残し、マーニャは、さーって、もう寝ないとお肌に悪いわ～、と言いながら、宿の二階へと続く階段を上がっていった。

うちの神官も姫も、冒険後になるまで恋慕の情はゼロです。お互いに大切に思いながら、絶対に恋ではないという。
クリフトがもしも女性でも、きっとアリーナとの間には強い絆があったはず。……というそれだけの思いつきで書きました。

ああ、またダメダメです。

個人的にマーニャさんの男モードが見たい。自堕落の一歩手前で止まってる「チョイ悪イケメン(ハートはアツい)」が見たい。
それで女ライアンさんにモーションをかけるんだが、全然相手にされないんだ。それがわかっていつつもわざと軽い男を装う男マーニャさん……ってクリアリお題なのにマーニャさんに燃えてどうするんだ。私は。