H（honor)

　「ブライさま、新年おめでとうございます。」

　綺麗に洗濯し、ぱりっと糊をきかせた神官衣に身を包んだクリフトは、筆頭魔道士ブライの部屋を訪ね、すらっとした体を深く前に倒して深々と一礼した。ブライはじろりとクリフトを見、机に置かれた魔道士の杖を手にして、ポカ、と彼の帽子を叩いた。

　「なんじゃなんじゃ、かしこまって。いつもどおり『じいさま』でいいわい。『ブライ様』なぞと他人行儀で呼ばれては、体中が痒くなってたまらんわい。」

　体を掻き毟る真似をするブライにクリフトはにこっと微笑み、“じいさま、新年おめでとうございます”と改めて挨拶し、ブライも今度は上機嫌で、“おお、新年おめでとう、クリフト、今年もよろしくな。”と挨拶を返した。そして、手にしていた杖で自分の肩をトントンと叩き始めた。

　「どうなさったんです？肩が凝ったのなら揉みましょうか？」

　うむ、揉んでくれると助かるのぉ、とブライが呟くように言うと、クリフトは老人の後ろにまわってゆっくりと肩揉みを始めた。

　「うわ、じいさま、肩が石みたいに硬くなっていますよ!?こ、これは気合を入れて揉みほぐさないと…えいッ。」

　「うー。いたたたたッ!!こら、もそっと優しくできんのか。」

　「そんなこと言っても……ちょっと我慢して下さい。じきにほぐれてきますから。」

　「いたたたたッ……いたいというにッ……いたッ……ふーう、おお、これはなかなか……クリフト、お主結構うまいのぉ。」

　青年神官は上機嫌でもみ続ける。

　「私の肩揉みは司教のディルト様にもお褒めいただいているんですよ。ね、効くでしょう？……ところで、新年早々、どうしてこんなに凝ってるんです。確か、じいさまは陛下とご一緒だったはずと司教様からうかがっていますが。」

　「うむ。……謁見の間で、貴族連中からの、新年参賀というやつに顔をだしておってな。いや、少数のゴマすり貴族を除いては、皆心の篭った挨拶なんじゃが……ああいう席での挨拶という奴は、どうしても型に嵌った面白くもなんともないものでな。……なんとなくわかるか？」

　尚も肩揉みを続けつつクリフトは“はい”と言った。

　「クリフトや、もういいぞ。これ以上やっては指やら腕やらお前の方が痛かろう。随分と楽になったわい。うーん、ディルトの奴が褒めるのも無理はない。魔法のように肩が軽くなった。お前のその手、これからは『ゴッドハンド』と呼ぼうかのぉ。」

　いやだな、止してください。『ゴッド』なんて付けたら神様に失礼です。などといいつつ照れくさそうにしているクリフトにブライは目を細める。

　と、タタタタタ……と廊下を走る音が聞こえてきた。

　「……なんじゃい、絨毯敷きの廊下でも足音が聞こえるほどにどかどか走られるとは。……困ったお方だ。……まぁ、新年参賀の場にずうっとおられたのじゃから、我慢も限界を超えたのじゃろうて。新年の挨拶で陛下の隣にお座りになるのは姫様にとって始めての体験じゃから……」

　クリフトは、といえば、天を仰いで手で目を覆っている。それほど足音は馬鹿みたいに大きかったのだ。

　そして、大きなノックの音が聞こえ、ブライが返事をするのも待たずしてドーンと扉が開かれ、入ってきたのは二人の予想通り、この国の王女、アリーナ姫だった。ああ、つまらなかった、だの、ドレスも靴もきつくて苦しかっただの、不平不満の言葉が雨霰と降ってくるかと思いきや、アリーナはブライの前に立つと、つん、と澄ました様子でスカートを指先でつまんで優雅に会釈をし、

　「新年おめでとうございます。ブライ、クリフト、私はあなた達に今年もお会いできて嬉しゅうございます。」

　と言った。

　ブライとクリフトは顔を見合わせ……ブライは『ぷっ』と吹き、クリフトは辛うじて笑いは堪えたものの、一体何がどうしたのか、と目を見開いてアリーナを見つめた。

　二人の様子に不満足だったのか、アリーナはぷん、と膨れて片足でドン、と床を踏みつけた。

　「私は新年の挨拶をしたのよ！ブライもクリフトも挨拶してくれたっていいじゃないの。」

　二人はまた顔を見合わせ、それもそうだ、というように頷きあうと笑顔で言った。

　「姫様、じいは今朝お会いしたときに一度ご挨拶はいたしましたが……そうですな、新年の挨拶は何度やっても気持ちの良いものかもしれませんな。……アリーナ様、新年おめでとうございます。平和な一年になるとよろしいですな。勉学に励まれ、よき王女となれるよう、僭越ながら今年もご指導させていただきますぞ！覚悟めされよ。」

　「姫さま。新年おめでとうございます。私もそば仕えとして誠心誠意つとめて参りますので、宜しくお願い致します。どうかお手柔らかに。」

　すると、アリーナはほーっといきをつき、ドレスのまま、ぺしゃん、とそこに座り込んでしまった。

　三度顔を見合わせる二人にアリーナは言った。

　「よかったぁ。さっき、色々な人が新年の挨拶をしにきて下さった時、私、さっきのような挨拶をしてお答えしていたの。そうしたら、殆どの人が『王女殿下にお言葉を戴き、新年早々これ以上名誉なことはございません。』って深々と一礼するのよ。」

　ブライが頷く。

　「そりゃあ、まあ、そういうことをいうのはああいう席ではごく普通のことですなぁ。」

　アリーナは首をふる。

　「普通じゃないわ。……私は挨拶をしただけなのよ。その人のことを褒めたわけでもなんでもないのに、なんで、挨拶しただけで、その人にとって名誉な事になるの？おかしいじゃない。わたしなんて、毎日のようにおてんばだ、もっとお淑やかに、なんて怒られてばっかりなのに、なんでそんなこと言うのかしら。……そう思ったらなんだか胸がもやもやっとして、もしかしてじいもクリフトも『ご挨拶いただけてこれ以上名誉なことはございません』、なんていいそうな気がしちゃって……だから走ってきたの。……でもよかった。じいもクリフトもちゃあんと普通の挨拶をしてくれたわ。よかったぁ。」

　ブライはアリーナの傍にしゃがんだ。

　「姫様、新年参賀には沢山の者がきますゆえ、長い挨拶となりませぬよう、『決まり文句』というのがございます。名誉がどうのこうの、というのもそれです。ですから姫様が悩まれることは何もございません。」

　「……そうなの？」

　「じいが嘘を申し上げたことなどございますかな？」

　「……う～ん、少しはあったかもしれないわ。」

　心当りがあるのか、ごっほん、と大きく咳払いするブライにクリフトが笑う。

　と、アリーナがぽつり、という。

　「決まり文句でも『名誉』なんて軽々しく使ってはいけないと思うの。……第一、わざわざ挨拶しにきてくれたことだけで、私の方が有難うって思っているのよ。挨拶のために遠くから来てくれるなんて、本当に名誉なことだって思うの。いいえ、挨拶に来てくれる人だけじゃない。このお城の人たち、そして、サランの街のひとたち、いいえ、このサントハイムの国の人たちみんなが、この国をつくっていってくれていることだけで、名誉なことなんだって思うの。……」

　ブライがにやっと笑った。

　「そう思われるのならば、勉学に励み、淑女としての嗜みを身につけ、立派な女王になることですな!!」

　クリフトが笑う。

　「じいさま、まだ、姫さまにはそれ以前の問題が……いいですか、姫さま、お城の方々を思いやるのならば、城を抜け出そうとして門番さんを昏倒させたり、賄い方でつまみ食いしたり、勉強から脱走したり、そういったことは今年はもう止めて下さらないと！」

　お小言が始まったと同時にアリーナは立ち上がり、しかし、扉から出て行く前に二人に向き直り、今度は満開の笑顔で

　「今年もよろしく！じい、クリフト!!」

　と挨拶して走り去っていった。

　アリーナを見送り、扉を見つめたままブライは言った。

　「まっすぐなお子に育って下さったものじゃ。……わしらは姫様を何から何まで思うようにはは導けなんだが、一番大切なところは間違っておらん、そうみてよさそうじゃな、クリフト。……その点についてだけは教育係冥利につきるわい。」

　「はい、私もそば仕えとして嬉しいです。……私などがそば仕えでいることに何度疑問を感じたことかわかりませんが……まだ、もう少しお傍にいて、姫さまの成長を見守りたいと思います。」

　「……名誉なことじゃな。」

　「はい。」

　王宮魔道士と、若い神官は、扉の方を向いたまま優しく微笑んだ。

　

サントハイム三人組(く、クリフトもアリーナもも入っているからどうか見逃して!!)です。王道展開を考えてみるも、結局「そういうのは書けないぃぃぃぃぃッ!!」(スキル的に)ということで、

こんなのになりました。

本当にクリアリお題なのにいいのかな。今にクリアリマイスター様より鉄拳が下りそうな気がする。