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　贈り物には何が欲しいか。

　サントハイムの小さな王女、アリーナは誕生日の前にいろいろな人から同じことを聞かれた。国王である父、爺やのブライ、お針子頭に勉強を教える文官に料理人。アリーナは目をきらきらとさせながら、これが欲しい、あれが欲しいと言ってはみたが、叶えられたのは、「イチゴがいっぱい載ったクリームいっぱいの大きなケーキが欲しい」という1つだけ。

　「丈夫な生地で縫った稽古着が欲しい。」

　といったのに、贈られたのは、レースで飾られたひらひらふわふわしたレモン色のすぐに擦り切れそうなドレス。

　「ばったばったと怪物をなぎ倒す武闘家のお話が欲しい。」

　といったのに、贈られたのは難しい言葉と字ばかりの“偉い人の話”

　「手に嵌めて使う破壊力抜群の武器が欲しい。」

　といったのに、ブライから贈られたのは

　「何をたわけたことをおっしゃいますかッ!!」

　という叱責の声。(そのあと“アリーナ”と透かし模様の入った便箋を贈られて、これはアリーナも大層気にいったが……)

　国王からは、小さな耳飾だの、可愛らしいリボンだの、そういったものが毎年贈られていた。アリーナは、有難う、お父様、とはいうものの、それらは身につけることなく、衣装箪笥の奥の『宝物いれ』にしまわれた。祝ってくれる気持ちはとても嬉しいけれど、嫌いなものは嫌い。まっこと判りやすいアリーナの反応に、城のものは皆苦笑していた。

　さて、我らが神官見習いはアリーナに何を贈っただろうか。

　皆さんは、可愛らしいペンダントの1つでもプレゼントしてあげたのでは、などと思ってはいないだろうか。

　否。それは無理なのである。

　なぜなら、クリフトには収入がないからだ。城の筆頭魔道士ブライが後見人であるとはいえ、彼はまだ11になったばかりの少年。学用品は支給され、学寮での食事は無料だが、それ以外の事柄に使える小遣いなどほんとうにかつかつしかない。そして、そのかつかつの小遣いからいくら奮発しようとも、姫という身分のアリーナが普段から使っているものどもからすればぱっとしないものしか買えないのは明らかだった。クリフトはアリーナが心底欲しがっているものが何であるかは知っていたが、それを自分が贈れないこともまたよく知っていた。だから、彼ができる範囲で最も喜んでくれそうなものを用意した。

　「わあ！素敵！！」

　アリーナはクリフトが持ってきた一抱えもある植木鉢で咲き乱れている桜草に歓声をあげた。濃い桃色、薄い桃色、中心は白く、外に行くに従って赤みが強くなっているもの……様々な色の花が今を盛りと咲いている。

　ニコニコし、ついで目を閉じて香りを嗅いでうっとりしているアリーナにクリフトは声をかける。

　「サランで買った種から僕が育てました。つぼみがたくさんついているでしょう。アリーナ様、毎日水をやって世話していただければ長い間花を咲かせてくれますよ。」

　うん、必ず毎日お水をあげるわ。という返事に、クリフトは満足そうに頷く。アリーナの母である今は亡き王妃は、この花が好きだった。今のアリーナのように、うっとりと花を眺め、花に色白の顔を寄せ、香りを楽しんでいた姿をクリフトも忘れない。

　アリーナが本当に欲しがっているのは、王妃その人に違いない。

　「お母様を生き返らせて欲しい。」
　「お母様ともう一度お話がしたい。」

　誕生日に願いが、望みがすべて叶うなら、アリーナはそう願っただろう。しかし、それをかなえるすべはない。

　「お母様もこのお花が大好きだった。一緒に、このお花を見て、いっぱいお話したわ。お母様、いっぱいいっぱいお話して下さった。」

　小さく呟いたアリーナの顔がくしゃっと歪んだ。王妃が亡くなった日のことを思い出させてしまったのだろう。小さな姫がこのまま泣き出すのではないか、と、背を撫でようと慌てて差し出したクリフトの手をアリーナの小さな手がしっかりと握った。

　「クリフト、は、ずっと、ずうっと……いなくなっちゃ、いやよ。ずうっと、アリーナと一緒にいるんだから!!」

　それは、軽々しく約束できるようなことではなかった。生真面目な見習い神官は言葉を口から紡ぐのを躊躇した。

　「誕生日のお祝いの贈り物、これからずっといらないから。だから、みんないなくなっちゃ、いや。クリフトも、お父様も、ブライも、ミランダおばさんも、グレタも、大臣さんも、門番さんも、みんな、みんな、いなくなっちゃいや。」

　クリフトは小さな姫を抱き上げると片手で赤みがかった蜂蜜色の髪を撫でた。

　「大丈夫ですよ。陛下も、ブライ様も、ずうっとアリーナ様のそばにいらっしゃいますよ。そしてアリーナ様が僕のそばに居てくださったら、僕はアリーナ様の傍にいますよ。」

　実際、クリフトがアリーナの傍にいられるのはそんなに長い時間ではないだろうとクリフトは感じていた。堂々巡りになってしまうのが明らかな、不可解な返答をクリフトはしてしまったが、アリーナは安心したようだった。そして、涙をごし、と袖で拭うと、大切そうにテーブルに鉢植えを置くと、クリフトの手をひいた。

　「あのね、新しい技を発明したの！練習台になって！今度のは本当に凄いんだから!!」

　「はぁッ!?また練習台になるんですか!?」

　「そうよ！今日はお誕生日なんですもの。お祝いに練習台になって!!」

　お祝いの贈り物はずっといらないのじゃなかったかなあと呟いてはみたものの、楽しそうなアリーナを見、クリフトもまた楽しい気持ちになってアリーナについていった。

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　時が流れた。「導かれし者」たちの長い旅が終わり、その間に何度もアリーナの誕生日がやってきた。サントハイムの城にいるときには、クリフトは必ずそのたびに訊いた。

　「姫さま、誕生日に何か欲しいものはありませんか。」

　アリーナは相変わらず、修行に関係した武器だの防具だのアレコレを目を輝かせつつねだったが、クリフトもさすがにそれらは却下し、結局自分で考えて文具や鞄といったアリーナが喜びそうなものを選んでプレゼントした。勿論、アリーナは満面の笑顔でそれを受け取り、でも、城で開かれる誕生日の宴の終わりには必ずこういった。

　「どんなプレゼントより、皆が私の周りにいてくれること。それが一番のプレゼントだわ。」

　しかし、クリフトが今までよりもずっとアリーナに近い場所に来た年の誕生日にアリーナが「欲しい」とねだったものは武器でも防具でもなかった。そして、クリフトは一瞬(いや、随分長い時間だったかもしれない。)絶句したものの、そして、誕生日には間に合わせようもなかったけれど、結果的に彼はしばらくしてからそれをプレゼントすることができたのだった。

　そして、それは、クリフトにとってもこの上も無く嬉しい贈り物であり……国王も、ブライも……アリーナの周りの人々皆を幸せにしたのであった。

　

かなりよくあるネタですが、あからさまに書くのが難しくて、婉曲表現となりました。プレゼントは一般的には物体であるわけですが、物体というより、それを贈ってくれた人の温もりを受け取るものだと思います。