「空は晴れ、星は輝く、可愛い人よ、その手を僕に、君は僕の天使、僕の可愛い天使〜〜」 辻で旅の吟遊詩人が歌っている。さほどうまい歌ではないが、異国風の衣装をつけた旅人はそれだけで人々の注目をひき、人垣ができていた。 「う〜ん、70点ってとこかしら？」 マーニャが吟遊詩人をちらっとみやり、小声で呟いた。 「あら、姉さん、今日は随分点が甘いのね。」 荷物を抱え、隣を歩くミネアが微笑む。 「そうですね、いつもなら、音程がどう、拍子がどう、と随分辛口ですよね？」 逆の隣を荷を持ってあるくクリフトも少し首を傾げた。今日はこの３人で、道具屋まで買出しにいって今はその帰り道だ。 と、マーニャはちっちと指を振って見せた。 「違う違う。あたしが言ったのは容姿のこと。なかなかいいセンいってるじゃなぁい？あれでもうちょっと目が切れ長だったら合格点なんだけどな。ちょーっと声かけてみようかなッ♪」 じとーっと睨むミネアの視線に気づき、マーニャは急いで話題を変えようと、大きな声で言った。 「ねえ、バカ神官、あんた、歌は歌わないの？」 「え？聖歌ならば歌いますよ……それが何か？」 「違う違う、さっきみたいな歌よ。『僕の可愛い天使〜〜』とかなんとか。」 目をぱちぱちさせ胸の前に手を組んでうっとりした表情をつくるマーニャに対し、クリフトは眉根に皺を寄せた。 「……天使様に対して『僕の可愛い』などというのは失礼ですよ。」 マーニャは固まって目を丸くし、ミネアは小さく吹いた。 「ち・が――う！そういう天使じゃなくって。……うーん、あんたが可愛がってるっていったら、やっぱアリーナのことかしらね。そうそう、アリーナが天使っていうのは、どう？」 クリフトはまたしても眉根に皺を寄せた。 「姫さまが天使、ですか？」 「そ、天使。」 クリフトは歩みを止めた。肩がぴくぴく動いている。 「どしたの？」 「マーニャさん、……あなたは本気で、姫さまが天使のようだと言えるのですか。」 「え？」 マーニャがクリフトの顔を見上げると、クリフトは遠い目をして空の彼方を眺めていた。 「初めて出会う巨大な強い魔物に嬉しそうに打ちかかっていき、脳天を鉄の爪で一撃し、斃れた魔物の胴に片足をかけで踏み潰し、『クリフトー！見て見て！やっつけたわー』と嬉しそうに叫ぶ姫さまの姿を、冗談でも天使と言うのであれば百歩いや千歩譲ったとしても『地獄の天使』というしかないような……私やじいさまのお説教などものともせずに、無茶はなさるわ、考えるより先に足を出すわ手を出すわ、城では手習いや勉学から脱走し女官のみなさんや学者先生にご迷惑をかけるわ……ふーう。」 クリフトの深いため息に、ミネアが笑った。 「ため息なんかつくことはないじゃないのですか。アリーナはクリフトさんには随分心配をかけているけれど、それはあなたを心の底から信頼していて思い切り甘えることができるからなのですし、ほんとうにまっすぐなものの考え方をしますわ。アリーナは私などよりずっと天使に近いですわ。クリフトさんだって、アリーナのことを、天使のようだと思うことが時々はあるでしょう？あなたは私たちよりもずっとたくさんのアリーナの良いところを見てきた人ですもの。」 またクリフトは真剣に考え……今度は笑った。 「やっぱり天使様とは思えませんね。……天使様は、神様のお言葉を私たちに伝えるのが役目の聖なる方です。その御顔にはいつも微笑をたたえていらっしゃる。……姫さまは、そういうことはありませんから。何事にもいつも一生懸命で、ちょっとのことで、笑って怒って時に拗ねたり、あわてたり……くるくると表情を変えてひとところにとどまることを知らない、それが姫さまですから……私は姫さまのそんなお顔をいやというほど見てきました。姫さまは天使さまなどではありませんよ。」 と、マーニャが舞扇でいきなりばさりとクリフトの帽子を叩いた。 「マーニャさん、な、何をするんですか？」 「くーっ！こう、なんか煮え切らないっていうか、とにかく殴りたいって言うか！」 ミネアは“また始まった”と苦笑し、はた、と気づくと面白そうに姉に向かって叫んだ。 「姉さん、姉さんは、誰かさんに『私の天使』って呼んで貰いたいクチなんでしょう」 マーニャは途端に真っ赤になって、今度はミネアを追いかけ始めた。その光景を目にし、クリフトは曲がってしまった神官帽を直してから微笑んだ。 もしもマーニャがいうような『愛情』を寄せる者を天使というならば、自分は父母にとって天使であったろうし、夭折した妹は自分の天使であった。人は誰かを愛し愛されて生きていく。伝説の『天空人』のように背に白い羽はなくとも、私達は皆、天使といえるのだ、と。 (マーニャさん、ミネアさん、あなたたちも、きっと誰かの……) そうして彼は空を仰ぎ見た。 |
……天使の話。
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