| 唇は黙し |
「ほい、八木沢、これ。」 狩野が綺麗にラッピングされた小さな箱を至誠館高校吹奏楽部部長に手渡したのは、放課部員全員が集まって定期演奏会の曲について話し合いを始めようとしたときだった。 箱を差し出された八木沢は手を差し出しながらもきょとんとしている。 「狩野、いったいなんだい？」 すると新がずずい、と前に出て、言った。 「部長、なんだい、はないですよ〜！今日は９月３日ですよッ！９月３日！」 八木沢の顔が優しい笑顔になる。 「ああ……有難う、覚えていてくれたんだね。……気を使わなくてもよいのに。嬉しいよ。」 そう、今日は八木沢の18回目の誕生日である。 「さあ、はやいとこ開けてみて下さいって。あ、俺が開けてあげますよ……ってAI！」 箱を掴んで包装を解こうとした新の頭をパカンと火積が殴る。 「火積先輩がまた殴った〜」 「……水島。こいつは部長への贈り物だ。お前が勝手に開けるんじゃあねえ！」 「だ、だって、箱の中身、俺も知らないんですよ。早く知りたくて〜」 八木沢は、大げさに痛がる新の頭を二三度撫でてやってから、包装をとめているテープを、包装紙を破らないように注意深く剥がし始めた。その横で狩野が解説する。 「菩提樹寮にいたとき、俺と伊織で東京の楽器店に楽譜を見にいったときがあったろ？そのときに伊織が見つけてさ。これはお前のプレゼントにするっきゃないって。なー、伊織！」 八木沢が伊織に微笑むと伊織はこくん、と頷いた。 「とっても作りが丁寧だったので、ちょっといいな、って思って……」 小さな箱を開けると、精巧に作られた金色のトランペットの形をしたストラップが現れた。 「……これはとてもいいものだね。さっそくどこかにつけることにするよ。皆、ありがとう」 「部長、ケータイにつけたらいいんじゃないですか？なーんにもつけてないでしょ？」 「……水島。どこにつけるか決めるのは八木沢部長だ。」 「いや、僕も何か付けようと思ってはいたんだ。水島のいうように携帯電話につけておくことにするよ。」 …………こんな感じで、誕生日のセレモニーが終わると、八木沢は記憶媒体を取り出し、再生装置にセットした。 「今日の目標は、定演にのせる曲の決定だけど、その前に、聞いて欲しいものがある。……横浜を発つ前に、星奏の部長如月君にコンクールでの星奏の演奏を録音したものが欲しいといってあったのだけれど、それをネットで届けてくれた。」 コンクールの際の演奏は、大会主催者が録音していたが、後日各校にCDで届けられるようになっていた。そのコピーを八木沢は欲しいと兼ねてより頼んでいたのだ。 「小日向さんがメールに音楽ファイルとして添付して送ってくれたのだけれど、オマケがついていてね。それが今回の定演曲の参考になるのじゃないかと思うんだ。ちょっと聞いてみてくれるかな？」 八木沢が再生ボタンを押すと、かなでの元気な声がスピーカーから響いてきた。 「わ、かなでちゃんの声？なつかしー」 黙って聞け水島、別れてからまだひと月もたっちゃいねえだろうが。と火積が押し殺した声で言う。 「八木沢さん、こんばんは。お元気ですか。コンクールの時の曲は別ファイルで添付しましたので、そちらを聴いて下さいね。今から演奏する曲は、はじめは 私一人で弾いて送るつもりだったののですが、皆も一緒に演奏したいって言ってくれて……星奏のみんなは、ほんとうに八木沢さんをはじめとした至誠館の皆さ んにはお世話になった、ってことで。あまり弾きこんでいなくてごめんなさい。編曲は律くんです。どうか最後まで聴いて下さいね。」 「……これは……？」 火積が首を傾げると、八木沢は頷いた。 「なんだか、僕の誕生日に合わせて至誠館全員に演奏を送ってくれたようなんだ。如月君も、別れる時に『本来は送別演奏会をすべきなんだろうがスケジュールが詰まっていてすまない』と言ってくれていたしね。」 確かに、星奏の皆と至誠館部員は密接に交流していた。菩提樹寮で共に寝起きしていた律、響也、かなではもちろん、新と従兄弟である悠人も至誠館の輪に加 わることが結構あった。生真面目な悠人は、特に八木沢の人となりを気に入っていたようである。……副部長の大地も、バーベキューやスイカ割りに絡み、ま た、八木沢と同じく国立大学を受験する予定であるため、センターテストのことについて個人的に話していたりもした。そしてなにより、彼らは八木沢手作りの 和菓子を神南部員ともども皆で盛大にぱくついていた……誕生祝に演奏を送ってくれても不思議は全くない。 「それでは聴いて下さい。」 編集する暇がなかったのか、かなでがアナウンスマイクをオフにし、パタパタと走っていってヴァイオリンを用意する音が入っていた。そして如月律が生真面目に「それじゃ始めるぞ」と呟き…… 始まった演奏は『メリーウィドウ・ワルツ』。至誠館がコンクールで演奏する曲の候補にもあげていた曲であり、今回、定期演奏会の演目にも入れようと考え ている曲だった。弦楽五重奏の調べが甘く優しい旋律を奏でる。旋律を弾くのは、本来部長である律であるべきなのだろうが、その役はかなでが担っていた。間 奏部分では律とかなでが競うようにかわるがわるメロディーを弾き、響也が地味ながらも時折しっかりと主張し、悠人のチェロは大地のビオラと共に、他の三人 を支え……しかし、律の編曲は彼らにも見せ場を作ることを忘れてはいなかった。 最後まで演奏を聴き終わり、狩野が『すげえいい演奏だな！さすが星奏！』というと、皆も同意した。 八木沢も頷き、ファイルから金管用に編曲されたメリーウィドウワルツの楽譜を抜き出した。 「この演奏を聴いて、僕は定演で是非この曲をやってみたいと改めて思った。……ただし、この楽譜の通りではなく。弦楽合奏と金管五重奏は根本的に編曲の 方法が違うけれど、僕は律君の編曲をもとにして、自分で一から編曲してみたい。……ここは火積に吹いて欲しい、この部分は水島のトロンボーンで旋律を、こ こがホルンに出てきて欲しくて……チューバにもしっかり働いて貰う……そんな風に考えながら聴いていたんだよ。僕はプロではないし、楽譜を起こすのに時間 がかかるうえに出来栄えも保障できないけれど、やらせてもらえるかな。」 「もちろん！俺、こういう曲もだ〜い好きで〜す」 叫んだのは新だが、他の部員も勿論依存はない。 「早速だけれど、こんな風にっていう構成を考えてみたんだ。一緒に見てくれるかな。あれ？……教室に置いてきてしまったかな？ごめんちょっと待っていてくれ。狩野、その間にプログラムの順番の案を皆に提示しといてくれるかい？それじゃ！」 足早に八木沢が出て行き、狩野がプログラム案を机に広げる。 ……と、曲が終わってしばらく無音だったスピーカーから再び声が流れ始めた。 「えと、あの。……八木沢さんが好きになってくれた曲、あのときの思い出の曲を演奏しました。」 かなでの、ちょっと照れたような声に、四人は黙り込む。 「…………あの…………お誕生日おめでとうございます。ゆ、ゆきひろ、さん。私、あの……」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「ごめん、待たせたね。あれ？」 戻ってきた八木沢は、自分をじいっと見つめる四人の強烈な視線を感じ、思わず後ずさった。迫ってくるのは悪意ではない、でも、これはいったい……何？ 部員のいろいろなことを把握してきた八木沢だったが、この場に漂う一種異様な空気がどこから漂い出てきたものやら想像することすらできなかった。 「……ど、どうしたんだい？」 「部長〜〜〜ｖｖｖごちそうさ……Ai！また火積先輩が殴った〜！」 殴られた新はやけに楽しそうで、殴った火積は何故か顔を赤くしている。 「ごちそうさま……って……どうしてわかったんだい？今日はふぶき饅頭を作ってきて……部活の終わりごろに皆で食べようと思って鞄の中に入れてあるけど……匂いでもしたのかい？」 「八木沢……お前……あのさ……家帰ってからもういちどよーっく最後まで聞いてみろ」 呆れたような狩野の横で伊織はもじもじし、火積は新に怒鳴ることでなんとか自制している様子。 「…………いったい何が起こったんだい？…………」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 狩野の勧めに従って最後の最後まで聞きなおした八木沢が『何が起こったのか』を知って自室でジタバタしたのはいうまでもない。 |
| ９月３日、日記に突発的にアップした「八木沢部長お誕生日おめでとう小話」です。恋愛絡みではありますが、部長を中心に仲良くワイワイしている至誠館を書きたかったもの。いつまでも「団結の至誠館」の名の通りに仲良く！ |