特命部隊　隊員Aの場合

私はTokyo　cityの町並みの中を速足で歩いていた。 「くりすます・いるみねーしょん」というもので辺りは華やかに飾り立てられているが、今はまだ昼間、夜は華やかさが倍加するらしい。おそらく、母星での新造巡洋艦の進宙式の電飾のようなものなのであろう。是非とも夜に見た・・・・いいや、そんなことをしているわけにはいかない。今はミッション中なのだ。期日までに成功させねば選抜して下さった指令官殿へ顔向けができない。 　私はとあるビルの吹き抜け広場に立っている。 　有力な情報が寄せられたのだ。その情報によれば、今日、この広場に、ターゲットたちのマスターが立ち寄るという。（街角で、その情報を耳に出来たのは僥倖としか言いようがない。）詳しくはわからなかったが、もしやターゲットたちも彼に随伴してくるのかもしれない。だとしたらチャンスだ！私は懐に隠し持ったパラライザーの銃身に軽く触った。仕事は完璧に、しかも速やかに遂行せねばならない。落ち着け。落ち着くのだ、と自分に言い聞かせる。 　しかし、この広場に集まった人々は私の正体に気づいているのではないだろうか。大半を占める婦人達や子供たちが私の方をちら、ちら、と見るのだ。私が見つめ返すと大人たちはすうっと視線を逸らすが・・・・・わ、私の修行が足りぬのだろうか。 　「よいか？この国には古来より、“シノビ”と呼ばれる有能な諜報員たちが居るのだ。彼らは黒い装束に身を包み、誰にも気取られることなくカゲのように行動するのだぞ。そして水の上を歩き、地に潜り、時には巨大化したガマガエルを操りさえもしたのだ。うむ。私は貴殿らに『シノビの如くあれ』、という言葉を贈ろうではないか！」 　指令官殿のおっしゃった”シノビ”の装束は手にいれることができなかったので、せめて色だけでも、と黒いシャツ、黒いスーツ、黒いネクタイ、黒い靴に黒い帽子、そして黒いサングラスを隙なく身につけているというのに！（靴下だって黒なのだぞ！）何故だ！何故に私の方を注視する!? 　私が緊張の為に汗をじっとりとかいているうちに、歓迎式典は始まっていた。ファンファーレが鳴り響き、ふわふわした白い毛皮で縁取りされた桃色のワンピース姿の女性がマイクを手に叫ぶ。 　「さあ！もう直ぐサンタさんが来ますよ！よい子のみなさーん！サンタさんを一緒に呼んでみましょう。サンタさーん！」 　「サンタさーん!!」 　むむむむ・・・・・・な、なんだ。この白い煙は舞台の上に突然吹き出して、何も見えないぞ。 　「メリークリスマス！ホッホホウ！よい子のみんな！メーリークリスマス!!」 　な、なんと！煙がおさまったらターゲットのマスター、赤い服のご老人が舞台上にいるではないか。・・・・・うう、侮れぬ。テレポート能力を持っているとは。ターゲットの姿は見えない。私はパラライザーにかけていた手を懐から抜いた。 　「さあ、サンタさんに質問がある人！」 　よい子のみんなが手をあげているぞ。おお、揃いの服を着ているのは「幼稚園」とかいう場所からの一隊だな。 　「サンタさん、サンタさんは何歳ですか？」 　「あまり昔のことでよく覚えていないのだけれどね。３１５歳くらいですよ。」 　うッ！よく覚えていないといいながら、具体的数字を挙げる・・・・侮れぬ。侮れぬぞ、ご老人。 　「サンタさんはどんなプレゼントが欲しいですか？」 　「ホッホッ！私はよい子のみんなが笑顔でいれば他には何もいらないんじゃよ。」 　思念をエネルギーとして吸うのか？いや、いや、指令官殿からこのご老人は人徳者だと伺っている。そんなことはあるまい。 　「サンタさん、サンタさんはどうして煙突から入ってくるんですか？うちには煙突がないけれど大丈夫ですか。」 　「空を飛んでいると、煙突からが一番入りやすいからなのじゃよ。でも、煙突がなくても大丈夫だから心配しないように。」 　煙突がなくても・・・・・・ど、どんな手段で入るのだ!?ただのテレポートではなく亜空間テレポートができる・・・・というのか・・・・・・ 　「あのう、サンタさん。トナカイさんたちは今日はいないの？」 　おおお！私を代弁する質問が。 　「トナカイ達はクリスマスイブの日に頑張って貰わなければいけないのでね。今は私の家の傍でおやすみをしているよ。」 　そうかッ！部下を気遣う心根の優しさは我らが司令官殿とまさに同じ・・・・ところで、ご老人の家は・・・・・・・ 　「サンタさんのおうちはどこですか。」 　偉いぞ！そこのよい子！ 　「ずうっと北の寒い寒い場所じゃ。雪がいっぱいいっぱい積もっておるよ。」 　そ、そうか。彼らはそこにいるのか。・・・・・・ぐずぐずしてはいられない。その寒い場所に行かねば。 　「サンタさん、よい子にしていれば、絶対にきてくれるんですか。」 　ん・・・・・なんだ？この子は。ご老人に向かって挑みかかるような眼をして・・・ 　「もちろんじゃとも。」 　「・・・・・・・嘘。きっと嘘だもん。」 　な、なんということを！おお、センセイらしき人が子供を抱き上げた。 　「ジンちゃん！駄目よ！そんなこと言っちゃ！」 　ジン・・・・・指令官殿と同じ名ではないか！と、私の横に立っていた恰幅のよいご老人が私の耳に囁いた。 　「あの子は、とても悲しい目に遭って来た。だから悲しいことしか言えなくなってしまっているのですよ。」 　白いたっぷりとしたひげを生やしたそのご老人は小さな青い目をしばたかせた。 私は俯いてしまったジン、と呼ばれた子を見つめていたが、彼から目を離すと、もう私に話しかけてきたご老人はどこにも見当たらなかった。・・・・・・むむむ・・・・立ち去った気配を察知できなかったとは不覚・・・・・・ 　それから、何かの手がかりになるかとも思い、良い子のみんなに混じって列に並んでみた。赤い服のご老人は私を見て少しビックリされたようだったが、 　「メリークリスマス！」 　と言い、握手してくれ、赤いリボンを結んだ緑色の小さな袋をくれた。 　・・・・・・・明日までこの手、洗わずにおこうｖ 　袋の中身はキャンディーが３個とチョコレートが２個だった。 　報告の際、指令官殿にお届けしよう。 　今日は良い日であった。手がかりも掴んだし、赤い服のご老人にも出会えた。 　・・・・・・・・できればご老人からもう一つ私の分のプレゼントも頂きたかったが。