そして、その顛末

　　「申し訳ございませんでした。」

　宇宙戦艦（本当に戦艦なのだろうか・・・？）ギャラクティック・ジョーズの大広間に特命部隊の面々が跪き、頭を垂れていた。この戦艦の主、ジンベエ・フォン・シャークスコッチは彼らに背を向けていた。紫紺のマントが力なく垂れ下がり、時折思い出したように、ぴく、と動く。

　彼の立っているのは巨大なモミの木の根元だ。北海道の某所から掘り出されたソレは、稀代の庭師、ゴン爺さんの手によってこの閉鎖空間の中、人工土壌にしっかりと根付き、生き生きと葉を茂らせている。頂上にはプラチナ製の星が据え付けられ、真紅のベルベットでできたリボンが深緑の葉を飾り、特別に作らせた紫のクリスタルガラス製オーナメントが点滅するライトにそれは美しく煌いている。・・・・・・折り紙でつくった輪飾りもぐるりと木を取り巻いている。・・・・・よく見ると「字がうまくなりますように！」などと書かれた色とりどりの短冊や、ひろしま土産の開運しゃもじが下がっていたりもしたが、それはこのさい脇に置いておこう。・・・・・・根元に置かれた皿には折れた針がささっている絹ごし豆腐が存在していたりもしたが、それもこの際ずうっと脇に置いておこう。

　ジンベエははあ、と夜の空気が囁くようなため息をひとつついたあと、部下達に向き直った。

　「顔をあげて欲しい。・・・・・貴公らはよくやった。・・・・・・私が無理な注文をしたのだからな。」

　実際、彼らはよくやった。・・・・・・上○動物園でトナカイに蹴られたものあり、根本的に間違ってTDLで着ぐるみと踊ってしまったものあり、ターゲットを捜しているうちに怪我をした青年の代わりになりゆきで犬ぞりレースに出場しトロフィーを貰ったものあり・・・・・と、とにかく一生懸命やったのだ。

　「・・・・・由緒あるUMA、容易く捕獲できると考えたのが間違いであったのだ。・・・・むしろ私から謝らせてくれ。」

　軽く頭を下げるジンベエに『ジン様！』『そんな！勿体無いお言葉を！』と声がかかる。

　「・・・・・・正攻法でいくべきであったのかもしれない。・・・・・・彼らは赤いご老人に仕える身、ご老人にお会いして、その力を借りることを考えればよかったのだ。・・・・・・特命部隊は本日この時をもって解散する・・・・・悲しい顔をするな。部下の悲しみは私の悲しみだ。・・・・・あきらめたわけではない！・・・・・私は今からご老人と折衝してみようと思う。幸いにもご老人はトウキョウエリアに足を運ばれていた。その地に行けば必ず手がかりがあるはずなのだ！・・・・・・・・よいか。このことは内密にな。ブルーにはもちろん、誰にも知らせてはならぬぞｖ（←なんだ、その「ｖ」は）

　・・・・・・あんた、よっぽど単独行動したいんだね。

　そして・・・・・当然の如くに事態は混迷の度合いを深めていくのであった。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「む、ここか。」

　ジンベエは隊員Aの報告にあった「サンタが出現した吹き抜け広場」に降り立っていた。ビル風に紫紺のマントがハタハタとはためく。

　ビルの正面入り口の受け付け嬢はこちらに向かってずんずんずん、と確信をもって歩いてくる紫紺のマントを身につけた男を見て一瞬怯んだ。・・・・怯みつつも職業スマイルを必死に維持する。それでもって「あ・・・美形ｖ」などと並行して考えているあたり現代の若い女性というものはタフなものである。

　ジンベエはスチャっと銀色のケースを取り出し、そこからカードを一枚受付嬢の目の前に両手で差し出した。

　「私はこういうものなのだがｖ」

　カードにはシャークスコッチ家の紋章がさり気なくエンボス加工で刻まれており、ギャラクティックジョーズの３Dホログラムが輝き、「戦艦ギャラクティックジョーズ指令官　ジンベエ　フォン　シャークスコッチ」と印刷されている。以前、とあることで地球人から名刺を何枚か貰い、いたく感激したジンベエが速攻で作成したものだ。

　受付嬢は文面に唖然としつつも、礼儀にのっとって両手で名刺を受け取った。

　「あのぅ・・・・それでご用件は・・・・・・」

　「うむ。実はここに以前サンタ氏が招待されたであろ？サンタ氏を呼んだ人物のところに会いに来たのだ。」

　（社長、新しいパフォーマーを募集しているなんておっしゃっていたかしら？？）

　「社長にアポイントメントは取られていらっしゃいますか？」

　「アポイントメント？・・・・・その社長という人物はそれほどに多忙なのか？手間はとらせないつもりであるのだが。」

　シルクの白手袋で前髪を撫で付ける所作が妙に決まっている。

　・・・・・・もしもこの男が新手のパフォーマーなら、なかなかイイ線いってるわ、と受付嬢は思った。売り込みに来たのなら、逃す手はないのかも・・・・・あたし、もしかして褒められちゃうかも？

　「少々お待ち下さい。社長に連絡をとりますので。」

　「いや、それには及ばない。・・・・・・社長殿はどこにおられるのか？」

　「え？それは３６階の社長室ですが・・・・・」

 次の瞬間、受付嬢の眼前からジンベエは消えうせていた。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊

　このビルのオーナー、佐伯社長は社長室でぼんやりと壁面を眺めていた。先日のサンタクロースイベントは成功裡に終わった。そして現在もショッピングプロムナードやレストランでは「ファミリークリスマス」企画が続行中である。・・・・・・・重役たちの推した大人向けの企画「ロマンチッククリスマス」よりは収益は確かに小さいかもしれない・・・・・だが・・・・

　佐伯氏は恋人にしゃれたプレゼントを選ぶ若者より、少ない小遣いからがんばってプレゼントを選ぶ子供たちを応援したかった。２人きりでとる気取ったクリスマスディナーより、家族そろって談笑しながら食べるちょっと工夫された夕食を企画したかった。

　それは彼が望んで得られなかったものであったから。
　彼はこれまで何度も裏切られてきたから。

　彼は優しい人だった。困っているものがあれば、必ず親身になって話を聞き、必要とあれば経済的な助力もした・・・・・それらの多くが彼の金を狙ってしくまれた嘘であることを知ってもなお、そんなことはない、と信じて何人に手を差し伸べてきただろう。・・・・・金や権力を狙って近づく者が多い中、この人だけは、と信じて愛した女性から、「５００万頂戴。そうしたらあなたとはすっきりわかれてあげる。・・・・・まだわからないの？遊びだったのよ、あ・そ・び。」とせせら笑われたのはもう何年前のことか・・・・・

　子供はいい・・・・・・嘘をつかないから・・・・・・いや、彼らも大人になれば嘘をつく。ただ、嘘の付き方を知らないだけなのだが・・・・・それでもいい。

　この間、サンタが配ったプレゼント。あれは彼がじきじきに袋につめ、リボンを結んだものだった。袋の材質を選び、色を選び・・・・・それは楽しいことだった。収益をいかに上げるか。他の会社をいかに出し抜くか・・・・そんなことよりもずっとずっと。

　彼の父、先代の社長が急逝し、この椅子にすわるようになって６年、まだ３０代の青年社長は大きな財力を持ちながら決して幸せではなかった。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「では、どうあっても会えない、というのであるかな？」

　ジンベエは佐伯社長の秘書と向き合っていた。秘書は丸顔の、美人ではないけれど、しっかりとした感じのする女性で、ジンベエの名刺を丁寧に受け取るとこくん、と頷いた。

　「うむ・・・・・・・調子が悪いのではしかたないな。」

　秘書・・・・・鈴木さんは丸い眼鏡に手をちょっとそえて言った。

　「え？社長はご病気なのではありませんが。ただ、アポイントメントを・・・・・」

　ジンベエは社長室の扉を見ながら首を捻った。

　「いや、わかっている。こういうことには敏感な方でな。うむむ・・・・・病気、というより、疲れている、というか・・・・・・おお！くるみが言っていた『凹んでいる』とかいうのが相応しいか？ひとまず健康ではあるまい。」

　鈴木秘書ははっとした。彼女は人を一定の距離以上に近づけようとしない彼の状況を心配しているところであったから。他者を立ち入らせない社長の孤独をなんとか癒してやれないものかと悩んでいるところであったから。

　と、社長室の扉が開き、佐伯社長が顔を出した。・・・・・無理もない。朗々と響き渡るジンベエの声とその内容は、彼を不審がらせるのに十分であった。そして、彼は優しい人であったから、鈴木秘書をたった一人で不審人物と応対させるのを黙殺できるわけがなかった。

　「あなたは

　誰か、と続けようとして、社長はいきなりジンベエに手をがしッ！と掴まれた。

　「おお！あなたが社長殿なのだな！私はこういうものなのだｖ！」

　握った手に誇らしげに名刺を握らせる。
　反射的に佐伯氏も名刺を差し出していた。ジンベエは嬉しそうに両手でうけとって名刺入れに大切そうに格納する。

　名刺交換成立である・・・・・がなんとなくトレーディングカード交換会に見えるのは何故だ。

　「誠に失礼ながらいきなり本題に入らせていただく。先日サンタ氏を招待したのは貴公であると聞いたが、どこで連絡をとったのか？」

　人間、虚をつかれると日常と異なる反応をしてしまうものである。本来警備員を呼ぶところであったのだが、社長はジンベエに答えを返していた。

　「公認の機関がありまして、そこに依頼したのです。」

　「おお！そうか！実は私もサンタ氏に用があるのだ！！その機関とはどこなのだ！」

　ゆさゆさと揺さぶられ、ジンベエよりも少し上背の高い社長のすらりとした体が揺れた。

　「お気の毒ですが、もう今年は無理かと思います。予約がいっぱいに入っていましたから。」

　その言葉を聞き、ジンベエはしゅん、と肩をおとした。はためいていたマントもたらん、と垂れ下がる。

　「そうであるか。・・・・・・やはり・・・・・」

　「・・・・・あの、サンタクロースに何か・・・・・・」

　「いや・・・・・・貴公に話してもしかたのないことなのだ。・・・・・・すまない・・・・邪魔をしたな。では、失礼する・・・・・・・・」

　次の瞬間、ジンベエの姿はかき失せていた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ギャラクティック・ジョーズに帰還したジンベエは、自室を真っ暗にしたまましょんぼりしていた。夕食のデザートの白玉クリームあんみつに半分しか手をつけずに席をたってしまった彼を心配して（こういうところで心配するのが少々不本意だが）副官が指令官室の扉をノックした。

　「ブルーか・・・・」

　「ジン様・・・・あかりをつけます。」

　良い、とも悪い、とも言われなかったので副官があかりをつけると、ジンベエはマントにくるまって机の上に積まれたたくさんの箱を見つめていた。紫の包装紙に銀のリボン。何時の間にこんなものを・・・・？

　「どうなさったのです。トナカイをお探しと聞きましたが。」

　「・・・・・・・・・・・・・話すな、と言ったのに・・・・・・・」

　「特命部隊の者たちのことですか？彼らはジン様のご様子を見て心配したからこそ私に打ち明けてくれたのです。・・・・・・・トナカイ達を捕獲してどうしようと？」

　碌でもない答えが返ってくることを予測し、いかにして顎を落とさずにすませようかとブルーは身構える。しかし、戻ってきたのは意外とまともな答えであった。

　「・・・・・・私がじきじきに立ち上げた文化の長期的研究プロジェクトで乗員の多くはジャパンエリアの各地で修行を積んでくれている。私は彼らの労苦に報いなければ、と思ってな。クリスマスイブ・・・・・・その夜には赤い服のご老人が良い子諸君におくりものを配ってあるくというではないか。そして大人たちもプレゼントを贈りあう。・・・・・しかし、乗員は大人だ。赤い服のご老人から贈り物は貰えぬ。さりとて・・・・・私が贈ろうにも乗員は広範囲に散っている。転移装置をセットするのは調整に長い時間がかかり莫大なエネルギーも必要だ。私の空間転移魔法は、その・・・・・ほんの僅かばかり、位置がずれることがある。」

　・・・・・・たっぷり経度緯度で１°くらいは・・・・

　「・・・・・であるから、私はトナカイたちを駆り、少し前倒しではあるが、クリスマスプレゼントを配りに行こうと考えたのだ。彼らは一晩で世界中をまわる力をもっている。日本を回ることなど容易いことではないか！・・・・・・・・しかし、彼らを得ることはできなかった。」

　副官は苦笑した。

　「ジン様。この国には郵便制度がございます。」

　「？手紙、とかはがき、とかいうものであろう？そのくらいは知っているぞ。しかし、私の送りたいのはこのプレゼントなのだぞ。」

　「大丈夫です。少々費用はかかりますが、住所がわかっていれば確実に届けてくれるのです。」

　「・・・・・・都会ばかりではないのだぞ。飛騨高山や天童や・・・・そういったところでも大丈夫なのか？」

　「はい、人が定住する場所へならどんな山奥にでも届くはずです。郵便配達人がトラックや、バイクや、自転車や、時には徒歩でしかいけない場所にも運んでいってくれるのです。」

　「・・・・・・・恐山の修行場へもか？」

　「はい（・・・・・・たぶん届くと思うが・・・・どうなのだろう）」

　ジンベエの顔がぱあっと明るくなった。

　「そうか！郵便制度とはなんと素晴らしいものなのだろう！郵便配達の諸君に幸あれ！そういえば郵便ポストも、その前に止まっていたトラックも配達人が乗っていた自転車も赤かったな！そうかそうか！彼らは赤いご老人の流れをくんで、人々に幸福を配達する愛のメッセンジャーなのであるな！」

　激しく間違っている気がするが、完全に間違っている訳でもないようにも思う。

　「そ、それはそういうことではないと思われますが。郵便局以外にも荷を運んでくれる機関があります。宅急便というものです。」

　「うむ。黒猫やペリカンが運ぶというものだな。・・・・・悪路や離れ島において彼らの機動力はフルに発揮されるであろう。はッ！もしや、猫やペリカンはトナカイ達の流れをくむ者たちであるのか！」

　浮かれるジンベエを傍らにし、ブルーはプレゼントの山を見てため息をついた。
　これを一つ一つしっかりした袋にいれ、封をし、住所を書き、郵便局に持っていくのだな。・・・・・・・私が・・・・・・・(T_T)

　「ブルー、しかし、今からでも間に合うだろうか。到着したかどうか確かめるすべがないではないか。」

　ブルーは微笑んだ。

　「彼らからきっと手紙が参ります。それに・・・・・」

　「それに・・・・・なんだというのだ？」

　「ジャパンエリアの伝統文化では、どんなところでも盆と正月には里帰りをするものだそうです。そのときにゆっくり話をなさればよろしいではないですか？」

　「うむ。正月か。・・・・・・・昨年は碌な準備ができなかったが、今年は準備万端整っている。・・・・・楽しみだな！」

　準備万端・・・・・・・

　副官はそれがどんな準備なのか聞こうとして止めた。どうせ頭痛を起こすなら、今からでなく当日限りにしたい。

　「ひとまず、どの包みを誰に贈るかのリストを下さい。私が手配いたします。」

　てきぱきと仕事を始めるブルーを横にジンベエは考え込んでいた。

　佐伯社長から（隊員A経由で）貰ったクッキーとキャンデーは非常に美味しかった。そして、袋を結んでいたしゃれたリボンはクリスマスツリーの見えやすいところにさりげなく結んである。

　彼は凹んでいた。

　ならば返礼として膨らませてやるのが礼儀というものではないだろうか。

　そして・・・・・・自分と同じ名でありながら赤いご老人を嘘つき、と糾弾したという少年のことも気になる。

　クリスマスに凹んでいたり、人を嘘つき呼ばわりする者がいるのはなんと不幸なことであろうか！！

　「よし！」

　ターゲット捕獲という目的を失ったジンベエであるが、次の目標を決めた紫紺の瞳はキラキラと輝いていた。

　そしてそれを見ている副官の背には、いつもどおりの悪寒が走ったのであった。
　
・・・・・なんかまだ続くみたいです・・・・・・

戻ります