編み物
「ミャ？」 テコが開いていた扉から中を覗くと、スカーレルが籠の中になにやら丸いものをしまっているところだった。小さな護衛獣はその丸いものにいたく興味をしめし、普段ならはいる事のないこのご意見番の部屋にすっと入って寝台の上に飛び乗った。 「あら？ネコちゃんじゃない。」 「みゃー♪」 スカーレルが手にしている毛糸玉に向かって欲しそうに前足を伸ばすとスカーレルは綺麗にやすりをかけてマニキュアした人差し指をピンとたてて左右に振った。 「駄目よ、ネコちゃんに毛糸玉はつきものだけど、爪でぐしやぐしゃにされちゃったら・・・・って、あら・・・・」 スカーレルは微笑む。 「ネコちゃん、っていってもあなたには爪がないんだったわね。」 「みゃｖ」 馬のような蹄を掲げて見せられ、スカーレルはしまいかけた緑の毛糸玉をひとつ、テコの前に置いた。テコはそれを押してみたり、転がしたり、仰向けになって四本の足で回してみたり、スカーレルからすれば何がそんなに面白いんだか、と思うくらいにはしゃいで遊んでいた。そのうち、毛糸の端を発見したテコは何かを思い出して、毛糸を首にくるりと巻いてみせた。 「あら、それがあなたのご主人サマのマフラーになった毛糸だってわかるのかしら？」 確かにウィルはこれと同じ色のマフラーをしていた。アティが手編みしてプレゼントしてくれたもので、ところどころに不思議な穴があって、幅もあちこちで奇妙に増減していたが、ウィルはとても喜んで、ウィルが喜んだのでテコも嬉しかった。 スカーレルは籠の底から途中まで編みかけたマフラーを取り出し、テコが好奇心で目を輝かせているのを見て、くるりと左手に毛糸を絡めるとリズミカルに棒針を動かし始めた。 「面白い？」 「みゃー、みゃ♪」 それはまるで魔法のようだった。このご意見番の手にかかると、一本の毛糸がするりするりと次々にと編み棒に絡まっていって規則正しい編み目を作っていく。 「…アタシがどうして編み物をするようになったか知りたい？」 「みゃ〜？」 「・・・っていってもネコちゃんには人間の言葉はわからないわね。」 クスクス、と笑うとスカーレルは呟くように話しはじめた。 「組織はいろいろな仕事をもってきたんだけどね、その日の仕事は一人のおばあさんを殺すことだったわ。正確に言えばそのおばあさんの持ってる情報を見つけることだったんだけどもね。…アタシは毒を塗った短剣を持って、深夜にそのばあさんの部屋の窓から中に飛び込んだ。…でも短剣は使わずじまい。だってそのおばあさんはもう死んでたんだもの。窓辺でゆり椅子に座って、膝の上には毛糸玉が入った籠があって、左手にはまだ毛糸がからまっていて右手は針を握っていたわ。相当な高齢だったからきっと心臓麻痺でも起こしたんじゃないかしら。アタシが欲しかった情報は毛糸の入ったカゴに隠されていた。もしかしたら毛糸の方にも何かあるんじゃないかって思って回収してきたんだけど、結局籠以外からは何もでてこなかったわ。 普通だったら、ゴミ箱行きなんだけど、なんだか惜しい気がしてね。ちょっとやってみたわけ。そしたらこれが意外に面白くってはまっちゃったのよ。…見て。ほら、目を落として下のほうの段まで糸が抜けても…」 スカーレルは本当に目を落として、それからすばやく籠の底から取り上げた鈎針をつかって元通りに戻した。 「こうして簡単に直すことができるのよ。もちろん、気に入らなくなったら、こんな風に引っ張りさえすれば・・・・・」 つーっと毛糸がスカーレルの腕の幅だけ解かれた。 「こんな風に編む前の毛糸に戻すことができるの。…毛糸に戻したら、今度は前と全然違うものを編むことができるのよ。…編み物はね、やり直しが効くのよ。武器も、船も、壊れてしまったら自分じゃ簡単に直すことができない。でも、編み物は自分で前のものをご破算にして、ゼロから始めることができるの。・・・・ネコちゃん。これって凄いことなのよ。」 「みゃ〜・・・・？」 「でもね、何も編み上げたことがないの。もうすぐ完成する、っていうときになると解いて毛糸にもどしちゃうから。…あはは、ネコちゃんにいっても仕方がないけど、アタシ、相当な怖がりなのかもね。…ほごせば元に戻るってわかっているのに、完成してしまったら、もうこれでおしまい、もう、変える事はできない、取り返しが付かなくなる、そんな気持ちにさせられちゃうみたいなのよ。」 スカーレルは籠から途中まで編まれた綺麗な模様編みの四角い編地を取り出した。 「ん？これ？・・・・センセの見本にって編んだんだけど・・・センセはメリヤス編みがやっとだったから使わずじまいになっちゃった…もう…これもいらないわね・・・・」 そういって毛糸の端を引っ張ろうとするスカーレルの腕にテコが齧りついた。 「ネコちゃん？」 テコは必死にしがみ付いた。何故だかこの手を動かしてはいけない気がした。 スカーレルは細い目を少しだけ大きくし、ついでテコの頭を撫でた。 「これが気に入ったの？・・・・うーん、そうねえ、あなたのだったらこれに続ければすぐに編めるかもね。そこでちょっと待ってらっしゃい」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「テコ、おはよ・・・・」 朝の挨拶をしようとしたウィルは、テコが緑色のポンチョのようなものを着ているのに気づいてびっくりした。 「それは・・・・？」 通りかかったスカーレルが笑う。 「あ、それ、はアタシからネコちゃんへのプレゼント。雪があるような場所に行く時に着るといいと思って。…その模様編みが気に入ったらしくて…アタシも興が乗って結局徹夜ｖああ、お肌に悪いことしちゃったわぁ。あらぁ？」 ウィルのマフラーを見、スカーレルはくすっと笑いかける。 「よく点検したつもりだったけど、そのままじゃほごれてきちゃう場所があるわねぇ。」 「えッ!?」 スカーレルはウィルの帽子にポン、と手を置いた。 「大丈夫。センセにアタシから直してあげるようにって話しておくから。…編み物はね、後からでも必ず直せるのよ。」 そういったあと、スカーレルはテコの方を見て優しく微笑んだ。 |
| 何故スカさんが編み物上手なのかはゲーム中では謎だったのですが、どうにも編んだら即座につーっとほごしていそうな気がしてこんな話になりました。 海賊一家の仲間達に編んであげるとしたら何でしょうか。ヤードにはセーター、ソノラには毛糸のパンツとか…カイルには…彼には防寒具は似合いそうにないですねえ。 |