皆より少しだけ早く
「どうして!?こんなの変だよ？だって、先生は一生懸命頑張ってきたんだよ。誰にだって優しくて、みんなのこといつも考えてて。どうして先生が壊れなきゃいけないの！」 真夜中の食堂の中でソノラは叫んだ。大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて叫んだ。 「こんなの・・・こんなの嫌だよ、変だよ、おかしいよ！」 カイルやヤード、スカーレルがじっと見つめる中、少女はだっと船室を出て行ってしまった。 暗い甲板の上、古びて物入れになっている樽と樽の間にソノラは座り、ぎゅっと膝をかかえてその間に顔を埋めた。さっきまで辛うじて堪えていた涙がぽたぽたと落ちる。 「嫌だよ。先生が可哀想だよ。あんな剣、押し付けられて、あんなに傷ついて、でもにこにこ笑ってて・・・・こんなの嫌だよ・・・」 月明かりが樽に身を寄せた少女を照らす。ソノラは月なんてなくなってしまえばいいのに、こんな時に光なんていらないのに、と思いながらただただ涙を流していた。 「みゃ？」 涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげると、そこにはオレンジ色の毛をした召還獣が真ん丸い緑の瞳でソノラを覗き込んでいた。 「テコ…。ウィルは？」 「…みゃー、みゃ・・・・・」 「…御免、あたし、貴方の言葉、わからないや。…ウィル、先生についててあげてるの？」 コクン、と頷くテコにソノラは手をのばし、ぐりぐりと頭を撫でた。 「あたし、何にもできないよ。…この船に乗ってる中ではあたしが一番先生に年が近くて、同じ女なのに、全然支えてあげられないよ。…それどころか、喚いて、泣いて、兄貴たちに心配させてる。あたしはさ、口尖らせてぶー、ぶー、とかなんとか文句言ったり我侭言ったりして、『しょうがない奴だな』なんて言われるのが役目なんだよ？泣いたりしちゃいけないんだよ？兄貴みたいに力はないし、ヤードさんみたいに召還術が得意なわけでもない、スカーレルみたいに素早くもない…。銃だって…銃だってこの間仲間になったヴァルセルドの方がずっと威力ある奴を撃てる。だから、あたしはせめていつでも笑ってなくちゃいけない。先生が笑えなくなっちゃったら、その分まで笑って、先生に今まで貰ってた笑顔を返してあげなきゃいけないのに・・・笑えないよ。あたし、笑えない・・・」 テコはぐっと背伸びをし、ソノラの頬を伝う涙を小さな桜色の舌で舐めた。 「・・・・ありがと・・・・テコだってこうしてちゃんと頑張ってるのに、駄目だね、あたしは・・・・」 と、大柄な人影が船室への扉を開けるのが見えた。迷い無く大またでこちらにやってきて樽の陰を覗き込む。 「やっぱりここかよ。」 いつも通りに肩に上着をひっかけたカイルは妹の姿をみとめてやれやれ、という顔をした。ソノラはというと兄の顔を見たとたんに、収まりかけていた涙が再び溢れてきてしまった。 「おいおい・・・・」 大きな体を縮めるようにしてカイルは膝を抱えている妹と向き合うようにしゃがんだ。 「いつまで泣いてるんだ？スカーレルも客人も心配してたぞ。小さな子供じゃあるまいし。」 ソノラはしきりに目を擦るが涙は止まってくれなかった。 と、カイルは大きな手でソノラの両耳のあたりを挟みこむようにして俯いた妹の顔を上に上げさせた。 「泣いたら先生が元気になるのか？」 頭を挟み込まれたままソノラは小さく首を振った。 「じゃ、他に何かいい考えでもうかぶのか？」 ソノラはまた首を振った。 「泣いても何もかわらねぇぞ？」 ソノラは今度は首を縦に振った。 「わかってるなら泣くな。」 ソノラは目を強くこすった。そして笑おうとして・・・またふっくふっくと涙が溢れてきてしまった。 するとカイルはぎゅっと妹を抱きしめて頭を大きな手でくしゃくしゃにかき回した。 「わかったわかった。泣いちまえ。泣いてもなんにもかわらねぇが、気持ちがすっきりして次に何かやろうって気になるなら泣くのも悪くない。」 わあわあ、とソノラはカイルの腕にすっぽりと包まれて泣いた。 「気が済んだか？」 しばらくしてカイルが訊ねると、ソノラは頷いて無理矢理笑おうとして…失敗してまた涙をこぼした。 「…ったく・・・昔っからお前は、いつもはからっとしてる癖に涙にとりつかれたらずーっとぐじぐじしてたからな。」 と、カイルはぐい、とソノラの腰を抱き上げて自分の肩の上に担ぎ上げた。 「わ、わ、わ、アニキ！一体何!?」 頭にに齧りつくとカイルは笑った。 「お前が今よりずっと小さい頃、今みたいに泣いてるときにはこうやって肩に乗っけると泣き止んだんだぞ？忘れたか？」 「そんなこと・・・・・あったっけ・・・・・？」 「ああ・・・・今みたいにこんなに重たくはなかったがな。」 「ぶーぶー、あたし、そんなに太っちゃいないよッ！」 カイルは見上げて笑った。 「ははは、昔と同じだ。やっぱりこうするとお前は泣き止むんだな。やっぱりお前はまだまだがきんちょだ。」 ソノラは反論しようとしてやめた。そうだ、自分は本当にまだまだ子供なのだ。…大切な人がいて、その人を支えたいのに術を知らず、逆に周りから支えられている子供・・・・・ 「！」 そのとき水平線から朝日が昇り始めた。 「綺麗・・・・・・・！」 「ああ、もう朝になっちまったか。」 ソノラは少し頭を前に倒して、血の繋がらない兄の顔を嬉しげに覗きこんだ。 「ねえ、アニキ、あたしさ、アニキの肩の上に上っているから、いつもよりもずっと早く、お日様が昇ってくるのを見たんだよ。」 「ん？あ？そうかもしれねぇが・・・・ホンの少しの差じゃねえか？そんなに喜ぶことじゃないぞ？」 「ううん、あたしは嬉しいんだからそれでいいじゃない！テコ、おいで！」 ソノラに言われてテコはカイルの体を器用によじ登ってソノラのところにやってくる。ソノラは小さな召還獣の両脇に手を差し入れ、自分の頭の上に差し上げる。 「ほら、これで今度はテコが一番だよ！お日様が水平線から離れるところ、テコが一番初めに見るんだよ。」 カイルは、スカーレルがやってきたら、この光景はさぞかし間抜けてみえるだろうな、と考えながらも泣き止んだ妹の顔を微笑んで見上げた。 「アニキ、あたしやってみるよ。おっきなことはできなくてもちっちゃなことでもできたら嬉しくなれることってたくさんあるから！」 そういってソノラは兄の肩から滑り降りるとたたた、と甲板を走って扉まで行った。 「今日の朝ごはんは腕によりをかけてつくるからね！お茶もうまく入れてヤードをびっくりさせちゃうんだ！」 そう言って船室に入っていった妹を不思議そうに見やり、カイルはテコを肩にのせてゆっくりと彼女のあとを追った。 |
| カイルさんはがっちりしているから肩の上も居心地良さそうな気がします。（←だから何なんだ！） |