修行


 
島の護人の一人であるキュウマは忍(しのび)の修行に余念がない。今日も彼が警護する『鬼の御殿』の裏庭で一人己を磨いている。と、

 「みゃあ?」

 猫の声がした。

 刀の素振りをしていたキュウマが声より前に気配を感じ、咄嗟にその方を見ると、アティの生徒であるウィルの護衛獣であるテコが自分を見上げていた。
 彼の故郷であるシルターンに生息する猫類とテコは種族が違う。しかし、全体的な外見といい、尻尾の先が2つに分かれていることといい、キュウマはテコにシルターンの妖怪「猫又」の姿を重ね合わせており、そのせいかこの小さな獣を『ネコ殿』と呼ぶ。
 (いや、ウィルが『テコ』と呼ぶのを『ネコ』と聞き間違えた可能性もある。)

 「ネコ殿でしたか。」

 「みゃあ、みゃ♪」

 「アティ殿とウィル殿はミスミ様のところですか。」

 「みゃ、みゃ、みゃ~♪」

 ・・・なんとなぁく、だが、会話が成立しているらしいところが面白い。

 「そこに居るのであれば、お気をつけ願いたい。私は修行の最中ゆえ、刀をふるいますから。」

 「みゃ、みゃ!」

 テコは眦を上げ、真剣にキュウマを見つめている。そして足を一歩踏み出して戦いの構えをした。

 「ネコ殿。貴殿も修行をしたいと?」

 「みゃー、みゃッ!」

 鬼忍はふっと口の端に笑みを浮かべた。あの少年も、この小さな獣も、アティ殿を護ろうと懸命なのだ。小さく非力な召還獣であるが、その心持は大切にしてやらねばならない、と彼は思う。・・・・・自分は、亡き主君の妻ミスミとその一子スバルを護ると誓いを立てた。しかし、今心にある想いはそれ以外の人にも強く向けられている。

 「いいでしょう。ネコ殿、怪我をしないように気をつけて下さい。寸前で刀を止める気ではありますが、修行は実戦に出るが如き心構えで臨むもの。お気をつけられよ!あなたが怪我をなされば、ウィル殿もアティ殿も悲しみますから。」

 「みゃー!」

 テコは心得た、とばかりに頷く。キュウマは真剣を腰に納め、傍らの欅の大木にたてかけてあった木刀を握った。

 「では、ネコ殿!いざ!」

 「みゃみゃみゃー!」

 鬼忍はテコの小さなまるまっちい体目掛けて切りかかる。と、彼の視界の中からテコが消えた。

 (速い!)

 キュウマがざっと急停止し、向き直るとテコはキュウマのほぼ背後に回りこみかけていたところであった。

 (ネコ殿・・・侮れん!)

 素早く踏み込んで横切りでテコの胴を狙う。

 (な、何ッ!?)

 テコは横切りに攻撃してきた木刀を前足の蹄で上下からがっちりと押えて動きを止めていた。

 (・・・!真剣白刃取り!?)

 切れ長の鬼忍の目とまん丸緑のテコの瞳の間に火花が散る。

 (では、これでどうだ!)

 キュウマがテコにつかまれたままの木刀を力任せにそのまま斜め上に向かってなぎ払うと、テコは刀に振り回され、掴んだ刀から前足が離れると上空高くへ飛ばされていった。

 (…まだまだ、ですね。ネコ殿)

 とキュウマが一人ごちているとき、空中のテコはくるりと回転し、欅の大木の幹を勢い良く蹴ると鬼忍に向かって飛びついた。そのときキュウマは

 (「滅せよ!」)

 という心の声を聞いたような気がしたのだが、強烈な蹄の一撃で後頭部を殴られて気を失ってしまったのでよくはわからない。

 キュウマが身を起こした時にはテコが覗き込んでいた。

 「みゃ~?」

 慌てて起き上がり、装束から土埃を払い落とす。そしてテコを見て冷や汗をたらす。

 (この小さなまんまるちいネコ殿に・・・・私は・・・・・)

 と、ミスミとの話を終えたらしいウィルとアティがやってきた。

 「テコ!ここに居たんだ!」

 ウィルの姿をみとめるとテコはキュウマを指差し、その場で飛んだりはねたりして“戦った”ことを表現してからウィルに嬉しそうに飛びついていった。

 「え?キュウマさんと修行を?」

 あとからやってきて後ろからウィルの肩に手を置いたアティは“めッ!”というようにテコを睨んで見せた。

 「テコ、駄目ですよ、キュウマさんの修行の邪魔をしては。」

 テコは、みゃ~~と小さく啼いてしゅんとした。

 「そうだよ、テコ。テコは僕よりずっとずっと弱いんだから、邪魔になるだけではなくて、テコが大怪我をしてしまうよ。もう少し強くなってからにするんだ。いいね。」

 アティがくすっと笑う。

 「ウィル君。ウィル君も頑張ってね。今は私から一本も取れないんですから

 少年は頬のあたりを赤くした。

 「う・・・・・僕、頑張りますから!」

 「はい。期待してます。・・・・・あら、キュウマさん、どうしましたか?」

 キュウマは空ろな表情で微動だにしなかった。

 「・・・・いったい・・・・・どうして動かないのでしょう。」

 ウィルが囁く。

 「先生、もしかしたら、これもシノビの修行のひとつなのかもしれません。」

 「そうですね。シルターンのシノビの修行については私もあまり知らないですし…キュウマさん、お邪魔しました。さ、テコ、行きましょう。」

 テコはキュウマに向かって嬉しそうに前足を振って別れを告げ、三人はキュウマの前から消えた。



 その後、そこでは何かに取り憑かれたように修行をするキュウマの姿があったという。

 頑張れキュウマ。気まぐれなプレイヤーが今まで君を使っていなかったとしても、今からでも気合を入れてレベルアップすれば先生より強くなれる・・・かも・・・・しれない・・・・・・。
・・・信じて下さい。キュウマさんが嫌いではないんです。不器用で、融通が効かなくて、守備力低くて、忍んでなくても、そういうところが好きなんです。

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