おいで！
全てが終わった。 それはテコにもよくわかった。ウィルの、そしてアティの顔に浮かんだ微笑には苦いものも混ざっていたけれど、ここでの戦いの全ては終わったのだ。 と、テコは自分にだけ話しかけてくるハイネルの声を聞いた。 （皆の前でも言ったけれど、有難う、メイトルパの同胞。本当に有難う。…そして、さようなら…もしも転生というものがあるのならば、私は次の世界でも君のことを、そしてかけがえのない仲間達のことを覚えて生まれたい…） テコは心の中でハイネルに頭を下げた。テコはハイネルから本当にたくさんのものを貰ったのだ。人間の言葉、人間の文字、そして知識。 「!?」 それに思い至った時、テコを恐慌が襲った。 皆、皆、ハイネルから貰ったのだ。メガネをかけたときの、あの、霧が晴れていくときのような感覚をテコは覚えている。…だとしたら…ハイネルが自分の中から去ったらどうなってしまうのだろう。きっとみんなの言葉がわからなくなってしまうのだろう。いや、自分はただの動物になってしまって、ウィルのこともぼんやりとしかわからなくなってしまうのだろう。 そう考えている間にもハイネルの存在はどんどんと微かになり、テコから抜け出て去って行った。 テコの丸い緑の目から涙がぽろぽろとこぼれた。 「テコ、どうしたんだい。」 ウィルが声をかける。 「みゃッ！」 わかる！まだわかる！大好きなウィルが何と言っているのか自分にはわかる！ ウィルはテコを抱き上げた。 「安心して。泣かないで。終わったんだよ。テコ。」 「みゃあ。」 「うん。そして、これからもずっと一緒だよ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ それから何年かして、テコはユクレス村の草原に居た。目の前に居るのは赤い髪の可愛い小さな女の子。彼女はさっきから花輪を作っていたが、テコを呼ぶとその片耳に小さな花冠をかけた。 「はい！テコ！できました〜！お母さんとお父さんと私とお揃いよ！」 「ミャミャミャｖ」 嬉しそうに跳ねるテコに女の子は微笑む。と、急に真顔になった。 「テコ、森の奥には怖いはぐれ召還獣がまだまだいるんですって。お父さんやお母さん、大人の人たちと一緒じゃなくちゃ入っちゃ駄目よ。夜になると森の入り口に出てくることもあるからお日様が沈んだら特に注意しなくちゃいけないのよ。」 テコはうんうんと頷いてみせた。 「もしも怖い召還獣に出会ったら私を呼んでね！お母さんから召還術を習ったの。お空からお鍋を落っことして助けてあげる！そして、もしもテコが怪我をしたらピコリットをサプレスから呼んで治してあげるわ。」 この子は全然知らないのだ。テコが力をこめた前足の一撃は、凶悪な召還獣を瞬時に昇天させるほど強力だということを。しかしテコは女の子にほお擦りして、そのときには頼む、というようにみゃあ、と啼いた。 「あ、テコ、お母さん達だわ。」 丘の向こうからアティ達がやってくる。女の子は花輪を片手に握り、早くも駆け出していた。 「あっ！」 途中で躓いて女の子は転びそうになった。テコはさっと矢のように飛んできて支え、その小さな背に彼女を背負って後足だけで器用に走り出す。アティの顔がはっきり見えるようになったときテコは女の子を降ろした。 「お母さん！見て、テコと一緒にお花をたくさん摘んだの！」 テコはやってくる人々を見た。 アティ、アルディラ、クノン、ヤッファ、マルルゥ、ファリエル、フレイズ、パナシェ、スバル、ミスミ、キュウマ、ゲンジ、カイル、スカーレル、ソノラ、ヤード…そしてその他にも沢山の人たち。 女の子がアティに抱き上げられた時、テコは自分を呼ぶ、穏やかな声を聞いた。 「テコ。」 ウィルがいた。しかし、それはもう不安と孤独を瞳に宿らせていた少年の姿ではない。すっかり成長し、青年となった彼の伏目がちの瞳には、温もりと落ち着きがあった。 「テコ！おいで！」 拡げたウィルの腕に飛びついていきながら、テコはこの島に召還された幸せを噛み締めていた。 |
| テコ話完結。…アティさんの旦那さんは誰かということは置いておいて（この話の中では誰であっても支障ないと思います）、ひとまずテコがウィル・マルティーニ氏と鉄壁コンビを崩さず続けて幸せならばOK。（どんなルートを通り、誰と夜会話したとしてもきっとこれだけはオフィシャル） ここまでお読みいただいて有難うございました。 |